第44話 パーティーイン


「ようフィリア、調子はどうだ?」


 その日の夕方、セイバーグループの本社内にあるフィリアの病室へウィルトが尋ねてくる。


 対するフィリアはベッドで横になったままだが、首を向けてウィルトに向かってほほ笑む。


 その顔は憑き物が落ちたように晴れやかで、かつての剣士の表情は無い。


「回復呪文が効いているからな、明日には退院できるそうだ」

「そいつはいい」


 魔王にあそこまで侵されこの程度で済んだのも、原子レベルで浄化された魔王の因子が残らず消えたおかげだろう。


 それはつまり、ウィルトのおかげということにもなる。


 少なくとも魔王の因子が残ればフィリアはこの先の人生に大きな障害を抱えて生きただろうし、下手をすれば処刑か魔術協会から封印されてしまっただろう。


 魔王の力に手を染め、マトモな体に戻れるヒトなど普通はいないし、それはフィリア自身も理解している。


 だが、体は無事でもそれ以外は別だろう。


 何せあれだけの事をしたのだ、どのみち自分は死刑か、良くて終身刑だとフィリアは覚悟した。


 そこへ、第二の訪問者が現れる。


「ウィルトも一緒か、ちょうどいい」


 リレイ部長の姿にフィリアは驚きながら、もう罪状や刑罰が決まったのかと覚悟したのだが、リレイ部長は、


「しかし二人とも、今回はお手柄だったな」

「え?」


 二人、とはどういうことか、まるでフィリアが事件解決に協力したような、むしろその中核を担ったような口ぶりに聞こえる。


 しかしフィリアの疑問は解消されないまま、フィリアに喋らせないようにウィルトが割り込む。


「はい、それはもう俺とフィリアの最強コンビに勝てる奴なんていませんよ部長、アーレイの奴が魔王形態になった時はもう駄目かと思いましたけどね、いやー、しっかしほんと、俺のカリバーがキマったのはフィリアのサポートあればこそっすから、フィリアには感謝してますよー」


「それは凄いわね、途中から戦いが激し過ぎて何をやっているか良く見えなかったけれど、流石はフィリアね、ウィルト達のパーティーとフィリアは表彰されると思うわ、それで退院後の日程だけど」


「ああちょっと部長、今フィリア疲れてるから夜にまた」

「それもそうね、じゃあお邪魔するわ」


 そう言ってリレイ部長が退室すると、ウィルトは大きく息を吐き出した。


「あっぶねー」

「ウィルト、これはどういうことだ?」


 自分は魔王として裁かれるのではないかと思っていたが、実際はその逆、表彰とはなにごとか、するとウィルトは向き直って説明する。


「ああ、バハムート倒したあと魔王形態のアーレイが襲い掛かって来て、またいつもどおり独断専行で勝手に応援に駆け付けたフィリアと強力して倒したっていうふうに報告したんだよ」


 さも当たり前のように語るウィルトに、フィリアの理解が及ばない。


「だから……何故そのような」

「だって本当の事言ったらフィリア勇者になれないだろ?」

「!」

「俺はフィリアには勇者になって欲しいからな」


 そう言うウィルトの顔が優し過ぎて、フィリアは何も言えなくなってしまう。


 元のキレイな体に戻れただけでもウィルトには感謝してもしきれない、なのに、ウィルトは体だけでなく、フィリアの人生そのものも救ってしまったのだ。


 嬉しさのあまり、フィリアの目に涙が浮かぶ。


「えーっと、それでさフィリア、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」


 急に視線を泳がしながら、モゴモゴと言い淀むウィルトにフィリアは首を傾げる。

 そして、


「痕……残ってないか?」

「痕?」

「おう、痕」


 コクン、と頷く。


「ほら、魔王の手って、アソコに張り付いてただろ? だから、一番侵食率が高いだろうし、魔王の細胞は全部消したつもりだけど、手形とかなにかしら影響が残ってたり……」


 フィリアの顔が首元からみるみる染まっていく。


「その、気になるのか?」

「えっと、そりゃあ……フィリアの胸って本当に綺麗だし、少しでも痕が残ったらもったいないだろ」


 自分の胸元にチラチラと視線を送るウィルトに合わせて、フィリアも自分の胸を見下ろす。


「……見るか?」

「へ?」


 病み上がりの体を押して上体を起こし、フィリアは掛け布団を払いのけると患者衣に手をかける。


 患者衣は触診がしやすいよう、上下一繋がりで前が開くようになっている。

極東の島国ヤマトの浴衣という服がモデルになっているらしい。


「見るかって、いいのか?」


 恐る恐る聞きながら、視線はフィリアと交えたまま崩さない。


「ウィルトさえよければ、私は……ウィルトにならいいぞ、学生時代も何度かあったが、どうせ昼間にも一度全部見られているからな」


 お互いに赤面したまま、甘酸っぱい空気が流れる。


「じゃあ、見せるぞ」


 両手で患者衣の前を徐々に開き、胸の深い谷間が見える。


 それだけでフィリアの白くきめ細かい肌にはなんの痕も無いのが分かるが、フィリアはなおも患者衣の前を開いて、全てを見せようとする。


「ちょっ、フィリアそれ以上は」

「ウィルトが、大きな胸が好きなのは知っている、だから……」

「やっほーいフィリアー、元気してるかー?」

「いや、一度死んだ君が言うセリフではないだろう」

「何それ、アタシをバカにしてんの牛魔女? アタシのゴッド・ファイナルは完璧よ」


 車イスに乗ったエリカとそれを押すクロエ、そしてその後ろから悠々とサーシャが歩いて来て、


「あれ? あんたら何やっちゃってるの?」


 音速で布団に潜り込んだフィリアとイスに座ったウィルトだが、その顔にはまだ赤みが残っている。


「どうしたんだい二人とも、顔が赤いようだけれど」


 不思議そうにするクロエと違い、その横ではサーシャがジト目でウィルトを攻撃する。


 おそらくここで何があったかを正確に理解しているのだろう。


「なな、なんでも無いぞクロエ、それよりフィリアは明日には退院できるらしいぞ」


「ならあたしと一緒だな、腹の穴治ったけど精密検査がどうこううるさいのよねー、元々人間の体なんて穴だらけなんだから一個や二個増えたくらいでぴーぴー言うなっての」


「いつも言ってるけど、お前はもっと女らしくしろ」

「えー、別にいーじゃん、」

「エリカ、悪いけどボクもウィルトに賛成だ」

「だからサル剣士なのよ」

「がー! なによみんなしてー!」


 そんな四人の騒ぎを、フィリアは羨ましそうに眺めていた。


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