第29話 勇者は何者?


 リビングにコの字に並べたソファに向かい合って座るエリカとサーシャの姿に、クロエは観念したように一度目をつぶってから、最後に余った真ん中のソファに座った。


「それで、説明してもらいましょうかクロエ」

「どうせあんたは全部知ってるんでしょ?」

「エリカはサーシャから聞いたの?」

「ちっがうわよ! あたしは戦士系よ、ウィルトと直接剣合わせてれば分かるわよ、学生時代からあいつと試合するとなーんか違和感あったのよね」

「そうか」

「じゃあ教えてもらいましょうか、万年落ちこぼれの劣等生が事件の中心地である第五研究所から無傷で生還した理由を」


 サーシャに問い質されて、クロエは返す。


「二人の思ってる通り、ウィルトはさ、凄く強いんだよね」

「それってどんくらい?」

「公式だと昔、全国剣術大会の少年部で優勝、しかも全試合一撃KO、非公式でも大会終了後に女子の部で優勝した当時のフィリアと戦って、やっぱり一撃で倒した、それでも本気の半分も出してなかったよ」


 二人が息を呑んだ。


「まま、ちょっと待ってよ、あたし学生時代フィリアとやりあったけど全然叶わなかったわよ!」

「アタシも……フィリアの一撃を防御呪文で防げる自信ないわね、でもそれは子供の時の話だし」


「ウィルトに限ってそれは無いよ、ウィルトは神に愛されてるからね、理由なんてない、ウィルトは普通の人間の両親から生まれた人間で神様の加護も呪いも特別な術式も装備も無い、ただのパン屋の子供だった。

 なのに子供の頃から普通じゃなくて、異常な身体能力と戦闘センスがあって、町の剣道場の練習風景一度見ただけでその日に見た技全部使ったり、後は勝手に応用して他の武器も我流で使いこなしてた。

 理由なんてない、ウィルトはウィルトだから強いんだ。

 ドラゴンが生まれた時から最強のモンスターであるように、ウィルトが何故強いかって聞かれたら、元々強い存在として生まれたとしか言えないよ。

例えるなら勇者レギス以来の、千年に一人の天才って言うのかな……多分セイバーグループの全勇者が束になってもウィルトには勝てないんじゃないかな」


「それ、下手したら国滅ぼせるわね」


 目を丸くするエリカの横で、サーシャも無言で汗を流した。


「それで牛魔女、その最強様がなんでボンクラ勇者のフリしてるのかしら?」


 視線をテーブルに落として、クロエは呟く。


「最強だったせいでね……妹が殺されたの」

「「え?」」


「子供の頃のウィルトはそこら中で自分の力を自慢して周ってた。

 大会荒らしや道場破りして、強い人がいると聞けば飛んでって大人の戦士を倒したり、森のモンスター倒しては町に持ち帰ったり、盗賊団を一人で潰したりもしょっちゅうだった。

 それでいつも勇者になって世界を救うって言ってた。

 でもね、それが駄目だったんだ。

色んな人から逆恨みされて、ウィルトは文句があるならかかって来いって言ってたけど、ウィルトを恨む人は妹のマナちゃんを殺して、死体を家の前に置いてったの……仕返しだって書かれた手紙と一緒にね」


 語るクロエの目から、ウィルトと話した時に流した暖かい涙ではなく、冷たい涙が流れる。


「あの時のウィルト、辛すぎて見てられなかった。

 あんなに仲良かったのに、あんなにマナちゃんの事好きだったのに、自分のせいだって……あの時ウィルトまだ一二歳だよ? マナちゃん九歳だったんだよ?

 それからウィルト、誰とも戦わなくなって、勇者になるって言わなくなって、だけどその時、もう勇者学校の中等部に推薦合格してたから、ボクが学園に無理矢理引っ張ってたんだ。

 けれどウィルトはもう真面目に戦わなくなって、いつも弱いフリをするようになった。

 昔は騒いでたマスコミも過去の人には興味無くて来なくなって、ウィルトはみんなの知る劣等生になったの」


「何よそれ、フザけんじゃないわよ! あいつ弱いフリしてるせいで六年間どんな扱いされてきたと思ってんのよ!」


「ボクも言ったよ、ウィルトは強いってみんなに教えようよって、でもそうしたらウィルト言ったんだ。

『それでクロエが殺されたら嫌だ』ってね、ズルいよウィルト、そんな事言われたら、もう何も言えなくなるじゃないか…………」


「だけどさ!」

「別にいいじゃない」


 口を挟むサーシャは一度目を伏せてから、淡々と喋る。


「だってそれを選んだのはウィルトでしょ? あいつの生き方をアタシ達がどうこう言える権利はないわ、あいつは弱者を演じる事で身内を守る事を選んだ。

 立派じゃない、アタシにはできないわ、じゃあアタシはもう寝るから」


 立って、鷹揚(おうよう)に足を運んでサーシャは自室に隠れてしまう。


「ちょっとサーシャ」

「エリカ」

「ん?」

「今の話、誰にもしないでくれるかい?」


 クロエの真摯な眼差しに負けて、エリカはソファの背もたれに倒れ込む。


「わぁーったわよ」

「ありがとう」


 その純粋な笑みにエリカは腕を組んで顔を背ける。


「まったく、どうしようもない勇者様ね」

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