呑まれた学園 ②
こだまの通う学校では、ちょっとした騒ぎが起きていた。施設に入っている児童が揃って登校して来ないのだ。施設側とも連絡が取れない。そのまま一時間目は始めたが、相変わらず遅刻してくることもなかった。
(大丈夫かな……)
こだまのクラスメイトである少女、平賀紬は彼のことを心配していた。学校でもこだまは虐めという言葉で誤魔化し切れない様な暴行を受けていたが、紬はそれに加担することもなく、かといって止めるほどの勇気もない。ごく普通の女の子であった。
よくいじめを止めない者も加害者というが、実のところそれは暴論であり特に立場の弱い子供ではどうしようもないことが多い。しかし、紬はその事実を重く受け止めていた。そういう人間はそもそも加担しないので加害もクソもないという論理には気づかず。
「ん?」
ふと窓を見ると、外でとぼとぼ歩いてくる人影を見つけた。それの異様に小さい影はハッキリと理解出来る。こだまのものだ。紬は教室を飛び出し、急いで彼の下に駆け付ける。こだまの歩調は遅いので、校庭に来る前に合流することが出来た。
「あ」
普段は他人が近づくだけでびくつくこだまも、紬にだけはそうした反応を見せない。自分に危害を加える相手でないというのをちゃんと理解出来ているようだ。
「こだまくん……! えっと……」
急いで来たはいいものの、親しくもない間で何を話せばいいのか分からず言葉少なになってしまう。だが、紬は明白な違和感を覚えた。今まで義手を片方しか付けていなかったこだまが、両腕をきちんと動かしランドセルを背負っている。
「あれ? 義手新しくしたんだ」
「ん……ぁ、え?」
しかし当人も気づいていないのか、自分の両手を不思議そうに見つめる。
「何かあったの?」
「んー……」
事情を聞いても受け答えは曖昧。ということはまぁなにも無かったのだろう、もしくはあったとしてもこだまは知らないと推定して話をする。
「あ、いやね、なんかこだまくんとこの子が誰も学校来ないって騒ぎになってて」
「……」
対面してまともに話したのは実はこれで初めて。なのでこだまが過度のストレスで失語気味ということもよく分からず、紬はやはり当然の様に、嫌われているんだと考える。ここは思い切って、とこだまの正面に立ち頭を深く下げる。
「ごめん! 今まで助けてあげられなくて」
紬とて何もしなかったわけではない。教員や親にも掛け合ったが、何かとはぐらかされてしまう。両親によると、「あの子とは遊ばない方がいい」という。その事情は病気が移るとのことだが、積極的に虐めている連中に移らない辺り方便なのは薄々感づいていた。
だが、そんな事情をいくらいってもこだまにとっては言い訳に過ぎないだろう。そう恐る恐る顔を上げると、こだまは困惑して首を横に振っていた。
「そ……の、うん、だいじょうぶ……」
そして拙い言葉でどうにか意思を伝えてくれる。二人の間の壁が、少しずつ無くなっていく。
「来たわね! 深海こだま!」
そんな中、急に二人組の女子が割って入ってきた。どうせ虐めだろうと、紬はこだまを守る様に立ちふさがる。
「え? 白木さん? 黒沼さん?」
相手はクラスメイトではあるが、いじめの主犯格ではない二人であったことに紬は困惑しつつ、一度決めたことはと防御を固める。
「この予言書によると、今日この日、深海こだまはうちの学校のみんなを殺す……」
「その前触れが、施設での事件。それが起きたということは……」
よく分からない古ぼけた手帳を手に、意味不明なことを言う二人。マインドアというものが世間に流れてトンデモ事件が起きているというが、これもその一つなのかと紬は身構える。
「ここで止める! 変身!」
「え? なに? 何?」
突然二人が変身し、紬は話から置いてけぼりとなった。しかし、二人は日曜日の朝で見る様なフリフリの白黒衣装に身を包んで名乗りを上げる。
「ケアホワイト!」
「ケアブラック!」
「「私達、ポリケア!」」
「いやだから何!」
全く話が読めない。もう二人の世界で完結しており、入る隙がない。
「深海こだまを倒して、この学校を守る!」
「関係ある? こだまくんがなんか学校爆破とかできるの?」
ポリケア二人の間では、こだまが学校に危害をもたらす敵ということになっているが、紬からすればもうちょっと説明が欲しいところであった。
「この予言の書をみなさい!」
「え?」
「ここにはここ十年で起きる事件が予言されている。そして、今日、深海こだまが施設の人を殺して学校の人も殺すことが記されている!」
予言の書などというわけの分からないものを見せられても、はいそうですかとは言えないのである。
「そんなの後から書けばいいじゃない!」
「この手帳の奥付を見なさい!」
ケアホワイトは手帳の裏表紙の裏、いつ製造されたのかという情報が載っている奥付を見せる。手帳は予定を書く都合、製造された翌年のカレンダーに基づいている。そして奥付にも十年前に刷られたことを明示する表記がある。
「これは十年前の手帳! そこにはオリンピックの延期も疫病も、令和に変わることも書いてある!」
「いやそんなの後から書けばいいじゃん」
紬の言うことも尤もで、十年前の手帳をどっかの在庫で見つけてそこに記せば予言の書の出来上がり。
「そんなことより未来はどうなの! 次のポケモンデイの情報解禁とかわからないの?」
重要なのは、未来をどう記しているかだ。信憑性がある未来か、それとも現在進行形で起きていることか。何かが書かれているはずだ。
「そんなことどうでもいいの!」
「白紙なのね」
が、ケアブラックに一蹴されてしまう。何が何でも強く思い込んでいる人間というのは恐ろしい。ケアブラックは何が何でもこだまを殺す気なのか、右手に光の球を作ってそれを向ける。
「どきなさい! ここで止めなきゃいけないの!」
「……」
脅せばどいてくれると思ったのだろうが、紬の意思は固く、決してこだまの前から動かない。
「離れろ!」
そして発射。さすがに本当に攻撃すれば避けるだろうという甘い見通しでの行動だったが、紬は動くことなくそれを受けた。
「あぁあっ!」
「なんで?」
光の球は爆発し、紬は吹き飛ばされる。生身の人間がそんなものを受けて無事なはずがない。彼女はアスファルトの上に叩きつけられ、強い閃光と爆音で視界や聴覚を麻痺させられたがなんとかこだまの方向を確かめる。
「ぐ……っ」
全身を強く打ち、熱で肌や焼けて刺す様な痛みに襲われる。それでも、二度と見捨てない様に、過ちを繰り返さないことに必死で恐怖や苦痛は薄れていく。
「ぁ……」
「今だ! 終わりだ!」
こだまの意識が反れた瞬間、ケアホワイトが拳を振り上げ彼を始末しに走る。
「こだまくん!」
紬は既に瀕死の重傷を負っていたが、無防備な胴体に強化された鉄拳を受けてしまう。身長の三倍近く高く打ち上げられ、二十メートル近く遠くへ鈍い音と共に落ちる紬。内蔵が複数破裂したためか、横たわる彼女は口から黒い血を流していた。
「う……ぅ……」
ピクリとも動かない紬、その意味を知ったこだまは目を見開いたまま、彼女を見ていた。
「なんてこと……」
「こだまーっ!」
紬の介入はポリケアの二人にも予想出来ないことであった。全ての元凶を絶つため、二人はこだまに飛び掛かった。
「……」
が、彼は冷たい目をしたまま大きなウィンチへ変化した右腕を向けた。
「な……」
その大きさと頑丈さに物を言わせ、最も接近しているケアホワイトの頭部を殴り付け、地に伏せさせる。驚きの余り固まったケアブラックに対しても、ウィンチをワイヤーで飛ばして顔面に叩きつけた。
「ぶッ……」
耐久力は普通の人間を想定しているのか、詳しい生死は確認しないままこだまは学校へ歩を進める。ポリケアの二人は負けて気を失ったが、息はある。余計な手出しをしなければ、あるいはその予言が実行されることはなかっただろう。だが、後悔してもすでに遅いのだ。
「あー……しんどいっす」
「今度は学校?」
既に事件を一つ解決し、疲労の溜まったエコールを連れて矢子はこだまの通う小学校へ向かった。現場検証で彼の遺体だけ無かったので、ますます単独で登校した疑惑が強まり様子を見に行くことにしたのだ。
「な、なにこれ!」
校門をくぐると、すぐに三人の少女が倒れている様子が飛び込んできて矢子は絶句する。
「二人は……マギアメイデン?」
エコールはそのうち二人が魔法少女の様に変身しているのでそちらに意識を取られる。矢子は一番重傷を負っている少女に駆け寄り、救命措置をする。
「見て、聞いて、感じて……」
脈拍と呼吸がないのを確かめると、気道を確保し人工呼吸に移る。二人の少女が起き上がり、辺りを見渡す。
「く……こだまは?」
「深海こだまを見たのか?」
こだまの名前を聞き、エコールは彼の所在を聞いた。
「紬は……こだまにやられた……」
重傷の少女はこだまの攻撃によるものだという。だが、腕もない彼に人ひとりを打倒す力があるのだろうか。
「もしや」
僅かな証言から、遅れてやってきた浅野は状況を予想する。
「利家くんのウィスパーの様に、こだまくんのマインドアが開き、防衛本能が暴走したのか?」
こだまが虐待を受け、周囲から暴力を振るわれていたという情報が本当ならばこの説が有力だ。マインドアの暴走。それによる惨劇が今起きているのだろうか。
「変身! 今すぐ止めに行くぜ、マギアメイデン・エコールが!」
エコールは変身し、校内に突入しようとする。だが、二人の少女がその前に立ちはだかった。
「なんだお前ら」
「来たわね、マギアメイデン・エコール! 予言に記された敵!」
「私達ポリケアが止める!」
さっきまで倒れていたと思ったら、急に戦い始めたのでエコールも混乱するしかない。
「いやなんだよ! プリキュア? 東映とかバンダイに怒られるぞ!」
「お前を倒す!」
「待て待て! そんなことよりこだまを止めないと!」
ガンガン殴りかかってくる二人に防戦一方のエコール。貴重な目撃者の為、有無を言わせず倒すことも出来ない。
「予言書ってなんだよ!」
「私達に力をくれた妖精が教えてくれたんだ! 深海こだまが今日、この学校を襲うこと! お前が敵であること!」
ポリケア側はエコールを敵としてみなしているので、話が通じない。ここを抑えている隙に、こだまを止めるべく誰かに行ってもらうしかない。
「浅野さん!」
「分かった!」
困った時の浅野仁平。彼は即座に混戦を抜け、校舎に向かっていった。相手が未知数だが、避難誘導くらいは出来るだろう。
「いいから話を聞け! その妖精ってのは何なんだ!」
エコールは妖精とやらがマインドア能力者で、二人を唆していると判断する。なんとか攻撃をいなしていると、校舎の方から悲鳴が聞こえる。これは一刻の猶予もない。
「しゃあねぇ、お前らには一回ぶっ倒れてもらう!」
『ハーピングアロー!』
ポリケアを即座に始末するため、ハーピングアローを取り出してすぐに必殺技をぶっ放す。
『ハーピングストライク!』
「セイヤーっ!」
ブラックを一刀両断し、爆散と共に変身解除させる。さすがに初手必殺は隙が多く、ホワイトの接近を許してしまうがエコールにとって問題にはならない。
「ブレイジングキック!」
「ぐはっ!」
炎を纏った右足がホワイトの胴体に突き刺さる。脚の力だけでケアホワイトを校庭に放り出し、爆発四散。彼が殺す気を持たないため、最低限の負傷で変身を解いて戦意を奪う。
「ヤクザキックバージョン!」
「くっ……エコール!」
「急げ急げ!」
ポリケアを瞬殺したエコールは校舎に急ぐ。中で起きているであろう惨劇は本能の暴走か、正気の復讐か。いずれにせよ、こだまを助けるには追いかけるしかない。
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