飛べ! 悲劇を覆す為に①

 時東矢子は無事、自身の目覚めたマインドア能力を制御することに成功した。

「うん、とりあえず一年くらいは行き来できる」

 その後も練習を重ねて時間遡行の精度を上げ、いよいよ実行の日が迫る。彼女の目的は、家族を失った事故をなかったことにすること。その為にマインドアという奇跡に縋った。

「明日決行だな。集合時間は?」

「付いてくるの?」

 矢子は自分一人で何とかしようとしていたが、当然の様にエコールも付いてくるつもりでいた。エコールホビーで作戦のことを話していると、カウンターでロボットの玩具を弄っている彼が割って入った。

「水臭いな。あの西間が邪魔しに来るかもしれないし、仕留めるならそのタイミングだろ」

「そっか……あいつも何とかしないとね」

 未だにマインドア能力の悪用事件は後を絶たない。まずは明確に悪用していてまだ倒せていない西間の討伐が優先になる。

「それにレンさんが『歴史改変は観測者が多い方がいい』って言ってたろ? 俺と紬は決定だとして、他に誰と行くよ?」

「え? 紬もなの? さらに増やすの?」

 時間遡行にはどんなリスクがあるか分からない以上、本当に一人で何とかする予定だったがどんどん話が大きくなって矢子は戸惑う。確かに修行中、そんな話はしたが正直不確定要素の為に誰かを巻き込むなど出来るはずもない。

「やはりそういうことか……」

「咲!」

 話を聞いていたのか、クラスメイトの八神咲が店に入ってくる。友人のあさひも一緒だ。

「タイムスリップなんてそうそう出来る経験じゃないし、ご一緒させてもらおうかなって」

「私も!」

 物見遊山気分で時間旅行をしようとする二人を矢子は咎める。さすがにこれ以上無関係な人間の命は背負えない。

「ちょっと……ドラえもんみたいにタイムスリップ当たり前の世界観でも危険が伴うってのに……」

「事故をどうやって止めるっていうの? 私にいい考えがある」

 咲は秘策を持っていた。それに、ある懸念もあっての参加だ。

「それに、もし接触が必要なのだとしたら実の娘が成長した姿なんで見抜かれるでしょ。赤の他人である私達の方が都合のいい場面もある。紬って子はどうか分からないけど、エコールがうまいこと誘導できるとは思えないし」

「ぐふっ、流れ弾……」

 エコールが思わぬ被弾をしたが概ねその通りである。何か複雑な作戦行動となった場合、特に他人と接触する必要がある場合、彼は心底頼りない。

「あたしも行くぞ」

「上代!」

 さらに同じくクラスメイトの上代まで店に訪れ、話題に加わった。活発で誰とでも分け隔てなく話せる彼女は徹底的に他者との関わりを拒絶する矢子にも声は掛けており、事情も掴んでいた。矢子も西間と違ってウザくないので適当に流しており、彼女的には生死を背負えるほどの信頼はないと思っていた。

「ほんと、危ないかもしれないのよ?」

「上手くやる為に練習したんだろ? それに、あたしが決めたことくらい私でケツ拭うさ」

 リスクを考えているのか考えていないのか、若さ故の勢いもあるが決意は固い。

「裏切るくらいなら裏切られる方を選ぶタイプか……青いな」

「あんたもくたびれる様な歳じゃないだろ、エコール」

 エコールもそんなかっこいい生き方をしてみたい欲求は持っていたが、大人になると自分のことで手一杯になってしまう。今もヒーローめいた活動をしているが、あくまでこれはお仕事だ。

「はは、30手前はもうオッサンだよ」

「……私も、いく」

 上代の後ろからひょっこり現れたのは林。オカルト好きで周りと話さないタイプだが、マインドア関連の絡みにはちょいちょい顔を出す。

「タイムスリップなんてそうそう経験できるものじゃないし、私は残すものないから」

「そうは言ってもね……友達とかいるんじゃない?」

 彼女の僅かな言葉から、矢子は同じく天涯孤独の身であることを察する。だが、自分と違って無趣味ではないのであれば、それ関係の友人もいるはずだ。

「もし過去から戻れないならオカルト同好会にはすぐに連絡している。そんな話が無いってことは、成功しているってこと」

「あ、なるほど。もし失敗して後悔したなら矢子を止める勢力が追加で現れてもおかしくないのか」

 エコールは林の理屈から成功が裏付けられていると確信した。少なくとも、行って戻ってくることに関しては、であるが。ふと、矢子の能力が歴史改変を起こすなら今から行って帰るのに失敗したらもう一組の自分達がいた歴史にこれから改変されるだろうし、失敗してもタイムパラドクス対策に隠れている可能性も否定できない。だがマインドア能力は成功をイメージすることが鍵、疑念は隠したい。実際、予定以上の長い時間を制御が不完全な時に行き来したのだから大丈夫に違いない。

「でもこんな大人数を抱えてタイムスリップできるかな……」

「それは私とレンくんが対策済みだ」

 一人でどうにかする予定が、いきなり飛ばす人数が増えて不安を覚える矢子。しかし浅野はある策を用意しており、鍵を彼女に渡す。小さなリモコンの様な形状から、車の鍵と思われる。

「これは?」

「キャンピングカーだ、名付けて箱舟作戦。キャンピングカーをタイムマシンに見立てて飛ぶんだ」

 タイムマシンという明確な交通手段を用意するという作戦。これなら大人数を収容しながら、動かしたくない空間をハッキリ隔離して時間遡行を行える。

「……明日の12時、決行する。辞めるならそこが最後のチャンスだ。来なくても当然、恨むのも筋違いだ。私は元々一人でやるつもりだったからな」

 矢子はハッキリと時間を伝え、全員に降りる機会を与える。だが、この分では誰も欠けそうにない。


   @


「まったく、拒絶してきたはずなんだがな……」

 明日の準備をするため、矢子は一旦自宅へ戻った。先に上代が通りかかって西間が待ち伏せていないかチェックする念の入れ様。もはや奴は警察が止められる存在ではなくなった。

 まさかここまで他人の力を借りられるとは思いもよらなかった。マインドアの情報だけ聞き出し、一人で手術して一人で行く予定だったがかなり変化が生じた。まるでエコールというピースを使っただけで全てが変化していく様な、そんな不思議な存在だ。

 久しぶりの我が家だ、と彼女は鍵を開けて中へ入ろうとする。その時だ。

「もし、そこのお嬢さん」

「何?」

 不意に話しかけられ、矢子は思わず身構えた。警戒している最中なのでさては西間の差し金か、と思わずにはいられない。だがなんてことはない、その辺にいそうなお爺さんであった。

「あーいや、驚かす気はないんだ。井戸を直している最中に錆落としが切れてしまってな……もし家にあれば貸してくれないか?」

「ええ、そのくらいなら」

 断るほどのことでもないので、倉庫から錆落としのスプレーを渡す。

「使い終わったら玄関の前にでも置いておいて。私、よくチャイム聞き逃すから」

「ああ、助かるよ、それと……」

 矢子が玄関を閉めようとした時、お爺さんは気になることを言う。

「十年前では府中利家、マギアメイデン・エコールに自由行動をさせるといいだろう」

「え?」

「では、借りるぞ」

 謎の言葉に矢子はしばらく動きが止まった。なぜこの老人は自分が十年前に行くことを、そしてエコールが知り合いにいることを知っているのか。だが、お爺さんは去ってしまいそれ以上は聞けなかった。

(まぁ、あいついても上手いこと誘導とかできないだろうし、お礼にそれくらいはいいかな)

 どうせエコールも十年前の玩具を欲しがるだろうと、そのアドバイスを呑むことにした。運命の時は迫る。


 いよいよ約束の時間になった。昨日集まったメンバーは欠けることなく集合していた。全員でキャンピングカーに乗り込み、いよいよ十年前へ出発だ。

「あの野郎は来てないぜ!」

「よし、みんな。戻れなくなっても恨まないでよ!」

 上代が西間の不在をチェックすると、矢子がマギアメイデン・クォーツに変身し時間を遡る。周囲の時間が巻き戻り始め、日の出と日の入りを繰り返す。

「相変わらずチカチカするな」

 変身して待機しているエコールであったが、光には弱い。それでもクラっとしない辺り変身の恩恵はある様だ。

「フハハハハハハ!」

「あ? なんだこれ?」

 その時、白馬に乗った鎧の騎士がキャンピングカーと並走してきた。車は動いていないのに、馬だけがパカパカ走っているのは非常にシュールな光景だ。

「西間!」

「こいつが?」

 紬がそのトンチキ騎士の正体に気づくと、車内がざわめく。

「精神エネルギーでこうなってるってことは……自分のこと白馬の王子様だと思ってるってこと?」

「バ美肉の方がまだ素直だよ!」

「きも」

 咲、あさひ、林からの連続攻撃も西間には利いていなかった。代わりに屋根から流れ弾に被弾したと思わしきエコールの声が飛んでくる。

「こっちにも飛んできてるぞちくちく言葉ー」

「エコール! いつの間に?」

 矢子は危険を感じ時間遡行を辞めようとしたが、エコールに止められる。

「タイムスリップに集中しろ! 俺が落ちても過去に残されるだけなら、合流できる! だがあいつは、お前を邪魔しに来ている!」

「やってくれる……」

 矢子は西間の狙いに気づいた。護衛が付くことを想定し、時間遡行中に襲うことで護衛を気にして計画を止める様に促すのが狙いだ。当然、エコールもそこまでは読んでいないが邪魔はさせる気などない。

「さぁて、ケリ付けようぜドン・キホーテ!」

「ドンキ? 何のことだ?」

 西間は教養不足でエコールの皮肉に気づかなかった。

「その痩せ馬ロシナンテで矢子の能力に追いつけるかな?」

「愛があれば可能だ!」

 どうやら時間遡行に追いつくため、馬がパカパカしている様だ。それを見てエコールは炎の弾を投げつける。

「おらおらー! 幸いオメーの相手は風車じゃなくてマジのドラゴンだぜ!」

 しかしながら馬はそれを綺麗に回避し、キャンピングカーに飛び掛かってきた。だがそれは、エコールのリーチに入るということだ。

「ここは、俺の距離だ!」

 炎を纏った拳が馬に命中し、西間は大きく体勢を崩す。タイムリープに追いつくための原動力である馬が攻撃され、彼は大きく後退しておいてかれる。

「何年前に落ちるかね?」

「こいつ!」

 馬から飛び降り、西間はキャンピングカーの屋根に飛んで来る。倒れて置いていかれた馬は爆散したので、この判断は正しいだろう。

「チッ、勘のいい奴だ」

「貴様!」

 着地までの隙と直後の硬直を見逃すエコールではない。着地点に狙いを定め、回転して威力を乗せた拳をお見舞いする。一方の西間も攻撃は見えていたので、聖剣を光らせて迎撃に入る。

「クソ! 人質か!」

 だがエコールがいるのは矢子もいるキャンピングカーの上。迂闊に攻撃すれば彼女に被害が出る。マインドア能力を熟練させていれば、斬りたいものだけを斬り、斬りたくないものは一切斬らないということも可能だが残念なことにこいつはそこまで鍛えていない。

「ブレイジングブレッド!」

 一瞬の迷いが勝負を決した。拳が西間の顔面に突き刺さる。吹き飛ばされた彼は見知らぬ空間に飛び出し、空中で静止することとなった。どうやら一歩先に目的の時間へ辿り着いたらしい。エコールはタイムリープのエネルギーを利用し、キャンピングカーをカタパルト代わりに飛び上がった。

「ブレイジングキック!」

 この攻撃を耐えれば反撃のチャンスがあると踏んだ西間は盾を構え、背中に生えた翼を前方で畳んで防御姿勢を取る。光のバリアも張り、万全の状態だ。だが、そんなものは濡れた紙ほど役に立たなかった。何の足しにもなることなく、西間はキックで貫かれた。

「ぐわああああ!」

 空中で爆散。そしてエコールの纏っていた僅かな時間移動エネルギーの影響か、キャンピングカーの後方に向かって飛んでいき、爆散。タイムリープが終了すると姿を消してしまう。

「あいつは……」

「馬鹿な奴だ。時間遡行なんて何が起きるか分からん時にちょっかい掛けようなんて」

 ついに長年のストーカー、西間は討伐された。どうなったか分からないが、とりあえず矢子は一安心した。

「ふぅ」

「安心するのはまだ早いぞ、本懐を達成するんだ」

 だが、エコールの言う通りここまではあくまで前哨戦かつ邪魔者の排除でしかない。悲劇を覆すには、ここからの行動が重要だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る