深淵 ③

 拳に頼ってきたエコールには、このカード嵐に対応する手段がない。近づけば忽ち切り刻まれるだろう。マインドアの力は心そのもの、つまりエコールがダメージを受ければ痛みがなくとも利家の精神が削られる。逆も然りと言いたいが、こういう能力はカード嵐を焼けばダメージになるのか判然としない。

「くっそ、とにかくこれをどうにかしないと」

 ただどちらにせよ、このカード嵐を止めないことには危険が続く。前の様にオープナーである子供をぶっ飛ばして済ませたいが、そこまで届かない。突っ切ろうとすればその前に細切れだ。

(お前が出来ると思うことは出来る)

 そこで思い出すのはゲームマスターのアドバイス。格闘技が好きなわけでも格ゲーを嗜むわけでもない利家がこの様な戦闘スタイルになったのは、心当たりがないわけではない。ならば、そのモデルの技を使うまでだ。

「行くぞ……!」

 右手に炎を滾らせ、それを拳と共に突き出す。技名を叫びながら。

「オーバーヒート!」

 放たれたのは空気を呑む様な轟音と肌を焼く熱の塊。炎はカード嵐を焼き尽くし、起きている風を取り込んで大きな火炎となって辺りを焼き尽くす。

「しまった、やり過ぎた!」

 明らかな過剰火力に利家は冷や汗をかく。これでは子供を止めるどころか丸焦げだ。検索してはいけない言葉になりそうな子供の末路を想像しながら、利家は晴れていく煙の中を恐る恐る覗く。

「あ、よかった」

 辺りの焦げ具合と反比例して、子供は廃人の様になって倒れているだけであった。傷はないが、マインドアを全て燃やし尽くされたせいで心が消滅したのではないだろうか。

「う、うちの子になんてことを!」

「げ、逃げろ!」

 母親は自分の監督不行き届きを棚に上げて利家に迫る。やはり攻撃対象を子供に設定していたせいか母親は全くの無事であった。利家は変身を解除して逃亡した。


 とりあえずなんとか利家は無事に家へ帰った。ニュースを見ると警察沙汰になっている様だが、変身していたおかげで足取りは掴めていないらしい。しかし自分でコントロールしていると思っている部分さえこう危ういのでは、自力での制御は難しいと言わざるを得ない。

「ってことがあって、ゲームセンターのこと考えてくれよ……」

 夕食時、利家は戦闘のことをぼかして母に愚痴った。ゲームセンターが厳しい昨今、筐体へ無為な負荷は勘弁願いたい。どれだけプレイヤーがお金を落としても、一銭も落とさない人間が筐体を痛めつけていたのでは意味がない。

「あんただって無職じゃない」

(は?)

 そんな中、割と意味不明な反証が飛ぶ。確かに無職だが就労の意思があって行動もしているし、自分の意思で無職なのではない。母は時折、買うものを確認しただけでキレたりと意味の分からないことをすることがある。イラついている利家をヒステリックと非難するが、もうそれはヒステリーを超えて正気を疑うレベルなのだ。

(ん?)

 その時、手にした味噌汁がぐつぐつと煮えるのに気づいた。一旦落ち着いて味噌汁を置くとプラスチックの椀が指の形の変形していた。

(ヤバいな……)

 無意識にエコールの力が表出するという事態が起き、利家はあの扉を使うことを検討する。あれがどういうものなのか、一度見ておく必要がある。危険度がそうでもないのであれば、いっそウィスパーを倒して乗っ取りを阻止するのが安全かつ手っ取り速い。


 というわけで自分の部屋で受け取った扉のミニチュアを確認する。四畳半の狭い部屋にロフトベッドと勉強机が置いてあり、殆ど自由に動けるスペースはない。三人に部屋があるということは凄いのだが、弟達は親の金でもっと広い部屋に住んでいるのだ。自分だけどうぶつの森の初期状態みたいな状態は釈然としない。一度は自力でいい部屋に住めたのだが、仕事を辞めると同時に連れ戻された。

「開けるのか?」

 とりあえず扉のミニチュアを開くことにした。すると、部屋の扉にミニチュアが飛んでいって張り付き、扉の外観を変化させる。プッシュ式の暗号錠が付いた鉄の扉だ。

「おお、こういう感じか……」

 暗号のヒントは一切ないが、いつも自分がパスワードに使っている数列を入力してダイヤルを捻る。ガチャン、と手ごたえがあり扉を開くことが出来た。

「よし。そうだ、変身!」

 扉を開けて中に入る。何が起こるか分からないので変身しておく。中は人のいないおもちゃ屋といった趣。新旧様々な玩具が陳列されており、非常に落ち着く空間だ。

「これは……?」

 ともかく中を探索することにする。きっとここにウィスパーがいるのだろう。と思って長々と探索したが、まるで見つからない。

「あ、これ懐かしい」

 それどころか棚の玩具に目映りしてしまう。今や絶版の玩具たちは社会人になっても手に入らない、子供の頃の憧れそのもの。だが一向にウィスパーは見つからない。

(そういえばなんか、深く潜っていくと深層心理に辿り着くとかなんとか……)

 利家が思い出したのは心の闇を題材にしたホラーゲーム。そのゲームではやけに降りる、落ちる演出が多く、それが心の奥深くへ潜っているという意図になっていた。つまりなにかここから降りる道を見つければウィスパーの居場所に辿り着けるかもしれない。

 そもそもウィスパーが自身の奥底に眠った感情の煮凝りなので、こんな表面にいるとは思えない。

「よし、とにかく降りる場所を探すぞ」

 方向を変え、下へ向かう道を探す。とはいえ全く階段や梯子の様なものは見当たらなかった。その中で、唯一鍵が掛かった扉を見つける。カードキータイプになっており、まずは鍵を探す必要がありそうだ。

「まさか自分の心を壊すわけには……」

 エコールの力ならもしかして扉を破壊出来るのではないかと思ったが、ここは自分の心。壊したらどんな悪影響が出るか分からない。

「仕方ない、探すか」

 この広大な玩具屋からカードキーを探すのは苦労しそうだ。心を覗かれたくないという当然の心理を考えれば当然だが、幸いにもここは自分の心。木を隠すなら森の中という理屈からおそらく、カードコーナーにあるのではないかと踏んで行動する。

「ここかな?」

 カードコーナーはショーケースに高額なカードが並んだり、ストレージに安価なカードが詰められているというカードショップそのものな光景をしている。とにかく好みを突き詰めた空間であり、まさに表層の心理を表している。

「ショーケースには、あった!」

 ショーケースを眺めると、好きなカード群に混ざってカードキーが存在していた。

「レアカードに偽装したカードキー、俺でなきゃ見逃してるね」

 かつて愛用していたカードの絵柄が印刷されているが、テキストが無かったり挿入方向を示す矢印が記されているなど見る人が見れば分かるものとなっていた。その姿や付近のカードは武器を持ったシスターのカードで統一されており、なんとなくエコールの姿がこうなった理由が分かる。

 ショーケースくらいなら壊せそうだがやはり自分の心を壊すのは憚られる。大人しく鍵を探すことにした。

「鍵鍵……」

 普通ならレジの奥にあるものだが、このおもちゃ屋にはレジがない。そのため鍵の在り処も検討が付けられないという有様だ。

「もしかしておもちゃの中か?」

 おもちゃには鍵をモチーフにしたものもいくつかあり、棚にも存在した。それを思い出し、おもちゃコーナーに戻って捜索を開始する。

「キーボッツ、リュウケンドー、ゴーカイジャー……この辺か?」

 当てはまるおもちゃをとにかく開封し、鍵を探す。ただ、それっぽい鍵は見当たらない。当然だ。おもちゃの多くは中身が見えるブリスターパッケージを採用しており、もし本物の鍵が紛れているのなら一発で見つかる。

「待てよ……これが鍵?」

 おもちゃの鍵が鍵なのではないかという仮説が利家の中に浮かぶ。とりあえず全部持っていき、一つずつ試すことにした。

「よいしょ、これか? これか?」

 カードキーのことを考えると自分の好みが反映されることは明白。そうなると必然的に候補は絞られる。白い恐竜の追加戦士の姿を模した鍵が正解であった。プラスチックの大雑把な鍵にも関わらず、ショーケースの鍵穴にすっと入って開くことが出来た。

「よし、これで先に進める」

 カードキーを持って問題の扉へ向かう。リードするタイプではなくカードを押し込んで開ける方式はかつて一人暮らしをしていた部屋を思い出させる。

「あれ?」

 しかし鍵は開かない。もしかして違うのか、と思い再びカードコーナーに戻る。昔からカードゲームを嗜んできた利家にとって、思い出のカードはこの一枚だけではない。この中から該当のカードを探し出す必要がある。

「さて、困ったな……」

 ストレージというのは一枚30円程度で売られているノーマルカードを雑多に入れた空間であり、その殆どが整理されていない。カードゲームの種類、その中でのカードの種別ごとに分けられていればいい方で、基本的により細分な整理はされていない。例えばモンスターはモンスターで一括、属性での区別はされていないなど。

「これだ!」

 しかし見当がついていれば判別は容易。なんとかそれっぽいカードをいくつか見つける。カードキーというだけあり、他のカードと比べえて厚いため大量のカードを一枚ずつ確認しなくとも、ざっくり見て行けば見つかるのは助かったと心底思うのであった。

「よしいくぞ」

 カードキーの候補をいくつか挿して開錠に成功する。これで先に進めると扉を開けてみると、どこかで見た様な造形の地下通路が続いていた。階段をひたすら降りていくと、また扉。目が回るほど階段をぐるぐる降りては扉という繰り返しになっている。

 同じ様にカードキーを使って開き、どんどん下へ向かう。

「本当に厳重だな……」

 自分自身でも呆れかえるほどガチガチのセキュリティであった。下へ降りる道の長いこともそうだが、簡単に心の中を覗かせたくないという意思の表れなのだろうか。

「あれ、今度はエレベーターか?」

 気が遠くなるほど奥に進むと、今度はエレベーター。呼び出すボタンがなく、鍵が必要なタイプだ。利家の通っていた高校にはエレベーターがあり、必要な人だけが使える様に鍵で操作する様になっていた。

「くっそここでか……」

 まさかの展開に利家は心が折れそうになった。鍵を表層の玩具屋から持ってこないといけない上に、今度は昇り階段だ。下りの方が幾分か楽というもの。

 往復は面倒なので可能な限り鍵を持って利家は再びエレベーターの前に戻ってきた。修道服にポケットはないので、おもちゃの空き箱を利用して大量の鍵を持ち込んだ。

「まぁそれっぽいのは分かってるんだけど」

 どれが当たりかは何となく気づいていたがそれで違ったらまた面倒なのでこうなった。好きな戦隊ヒーローを模した鍵がやはり正解となっており、それを使ってエレベーターを呼ぶことが出来た。

「マジどんだけ……」

 内部も同様に鍵で操作する仕掛けになっており、しかも外とは違う鍵を要求してくる徹底ぶり。そこまでしてようやくエレベーターに乗って辿り着いたのは、自宅だった。

「は?」

 降りた先の光景は自宅の自室を出たものと同じであり、振り返るとエレベーターが無くなっていた。もしかしてあれで扉のミニチュアは効力を終えてしまったのだおるか。一応部屋を確認すると、現実の様だが日が差し込んで夜が明けてしまったことが分かる。

「ここはどこなんだ?」

 一応変身は解けていないので、用心しながら下の階へ降りる。両親の姿はない。だが、階段を降りて玄関に差しかかると覚えのある匂いがした。

「お前は……」

 もうとっくに亡くなったかつての愛犬がそこにはいた。長毛のスパニエル、屋外で飼っていたが夜中は室内に入れていた。

「ということはまだ精神の中か?」

 利家はもう少し家を探索することにした。ここがまだ精神世界なのは間違いない。リビングに入ると、和室の方からカリカリ爪を立てる音が聞こえる。

「あいつがいたってことは……」

 今飼っている猫は二代目にあたり、先代がいた。死んだペットがここにいるということはもしやと思い扉を開くと、やはり前の猫が姿を現した。白黒の、ちょっと切り過ぎな桜耳の猫である。増えすぎないようにボランティアによって去勢された野良猫は耳に目印として切れ込みを入れられる。先代も今の猫もそうして集められた保護猫を引き取ったものだ。

「おー、やっぱりいたか」

 懐かしい再会であったが、肝心のウィスパーはここにいない。これだけ奥に進んだのにいないとは、一体どこにいるというのか。

「ん?」

 急に猫が尻尾を太く立てて声を上げたので、利家は周囲を確認しようとする。彼女がこの様な態度を取る時は、よほど見知らぬ存在が家にいる時だけだ。

「んん?」

 何かに背中を押された様な感覚と共に、薄い胸板を突き破って刀が飛び出す。痛みこそないが口の中には鉄の味が広がり、大量に傷口から出血し家の床を汚す。

「わざわざお前から来てくれるとはな」

「うぃ、ウィスパー!」

 ついに姿を現したウィスパー。だが、それより先に利家は殺されてしまう。果たして、彼はこの深淵の探索を無事に済ませることが出来るのか。己との戦いが幕を開けようとしていた。

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