変身 ②
現れた中岡は火炎放射器を背負い、辺りに炎をばら撒いている。ただの炎ではない、ああいうのは燃えた燃料を撒き散らすので消火が困難なのだ。
「早く逃げろ! 狙いは俺だ!」
土方は自分を狙ってきたと考え、利家に逃走を促す。しかし戦う力があるのは、彼のみ。マインドア能力者にいくら体格に恵まれていても通常の人間ではどれほど立ち向かえるのか。
「いや、俺が戦います!」
当然、利家は変身して戦おうとする。しかしかつての、とはいえ生徒の身を危険に晒すことは土方の職業倫理が許さない。
「またお前は……今ばかりは逃げろ! 自分の為に努力する前に死ぬぞ!」
思えば、変身能力を与えたウィスパーはそういう他人の為に頑張った結果限界を迎えた、無意識の部分なのかもしれない。ただ、かといってはいそうですかと他人を見捨てて利己的になれる様な器用さを持ち合わせていないのも事実。
「残念ながら、そういう風にうまく生きていけるタイプではないみたいなんすよね」
ずるが出来ない、真面目というのはいいことかもしれないが、適度に手や気を抜くことは覚えなければならない。それが出来ないから困っているのだが。
「それに、自分の恩師を守るのは十分自分の為なんで、見ててください。俺の変身」
利家は中岡の前に立ち、変身する。いつもの服装であったが、白かった衣装は変身と同時に焼け焦げる様な音と共に黒く変化した。変身に使用するブローチも左耳に移動し、ピアスへ変化した。髪色も鮮やかなワインレッドになる。
「俺はエコール、マギアメイデン、エコールだ!」
「ウルァアアアアアア!」
中岡は火炎放射器を吹きつけたが、エコールにとってこの程度はぬるま湯にもならない。防御姿勢すら取らずに吶喊し炎を切り裂き、裏拳で火炎放射器をはたき落とす。噴射口がひしゃげ、もう使い物にならない。
「ヒジカタァアアアアア!」
「温度の違いを焼きつけてやるってんだよ!」
エコールの拳は炎を纏い、一撃の度に中岡の肥大化した肉体へ焼き印を残す。それを何発も受け、この化け物は体勢を崩していく。
「表出ろこの野郎!」
強烈なキックで室内から中岡を叩き出し、エコールは本格的な攻撃を開始した。仰向けに倒れ、火炎放射器の燃料タンクの下敷きになってもがく中岡にかかと落としを決める。
「これでどうだ!」
穴の開いたタンクからはエコールの脚の炎が引火した燃料が吹き出し、中岡を焼いていく。中岡はここまでなっても自我が残っているのか、苦痛に悶えていた。知性がなくなれば楽だろうに、そうならず痛みを実感し続けるのはまるで罰の様にも思える。
「ウゴオオオ……」
よろよろと中岡は逃げ出すが、こいつを野放しにするわけにはいかない。エコールは深追いが禁物と分かりつつもここで仕留める道を選んだ。
「待てや!」
エコールが追いかけると、門の影に潜んでいた中岡は四連装のロケットランチャーを構えて待ち構えていた。やはり罠。弾頭がエコールへ飛ぶが、彼はそれを片手でキャッチした。身体能力も向上している。
「二度も同じもん喰らうか!」
それを思い切り投げ返す。爆炎の中でも苦し紛れなのか中岡はロケランの残りを発射する。それでも次々に受け止めて投げ返すだけの余裕があった。
「ウググ……」
「あ、こいつ!」
しかし中岡のマインドア能力は心の中に入ることこそ本領。ドアを生成し、精神世界へと逃走を図る。
「これで読了だ! ブレイジングキック!」
エコールは飛び上がり、炎を纏った飛び蹴りを放つ。隕石の様にそれが中岡へ降り注ぎ、扉ごと爆発へ飲み込んだ。
「おりゃああああ!」
爆風を抜けたエコールはアスファルトを削りながら着地。爆発の痕を振り返る。しかし、そこには中岡の姿はなかった。扉の残骸はあったが、死体は確認できない。
「野郎……ギリギリ逃げおおせたか、あのダメージで生きてられるかは微妙だが」
手ごたえはあったので直撃こそしたと思われるが、精神世界へは勢いで飛び込めた様だ。
「府中!」
「やりましたよー」
土方が駆け寄る中、利家は手を振って無事を伝える。その時、背後から聞き覚えのある声がした。
「お前にはがっかりだ。これだけの力をまだ私欲の成就に使わないのか?」
「ウィスパー!」
後ろを向くと、ウィスパーが佇んでいる。その手には変身用のピアスが握られていた。利家が耳に触れると、ピアスは無くなっていた。穴すら見当たらない。いつのまにか、変身も解除されている。
「もはや私は囁きですらなくなった。お前の身体を使う予定だったが必要もないな。私こそがお前の心が響かせる音、エコールだ!」
ウィスパーはエコールの姿に成り代わる。その余波は凄まじく、学校の窓ガラスを全て粉砕してしまった。
「あ、野郎せっかくあのバカ倒したのに被害が!」
結果的に中岡より大きな損害を産んでしまった。ウィスパーはそのまま飛び去り、どこかへ消えてしまう。
「まずは私の献身を貪る奴から消し去ってやる!」
「待て!」
さすがに飛ばれてはどうしようもない。どう追いかけようか、と悩んだその時、カードが地面に出現してそこからゲームマスターと弟分が姿を現す。
「エコール、どうやらマズイことになったな」
「ゲームマスター、何しに……」
どこで様子を伺っていたのか気になるとこであるが、弟分はすぐにウィスパーの後を追った。
「兄貴、俺あいつ追っかけるぜ」
「任せたぞ」
ウィスパーに勝るとも劣らない速度で飛んでいく弟分。ひっついているだけに見えて、実力は相当なものであると伺える。
「マズイってなんだよ。中岡って野郎のやらかしのがマズくないか?」
「我々にも方針というのがある。特にお前は管理し切れていないからな……」
ゲームマスターは相変わらず独特の目的があるらしい。彼は一台のバイクを寄越し、利家にウィスパーと弟を追う様に促した。
「お前もいけ、あれはお前がなんとかしなきゃならん」
「言われなくても分かってるが……俺バイク乗れないぞ?」
追いかけたいのはやまやまだが、彼はてんかんの発作が原因で免許のいる乗り物に乗ってはいけないことになっている。
「安心しろ、私の妖精が動かすからお前は掴まっていればいい。無免許になるだろうが、家族の危険にそこまで考える暇があるかな?」
やたらゲームマスターが含みのある言い方をするので、利家は仕方なく従うことにした。今、ここで助けを借りないとウィスパーを止められないのも事実、そして彼女の目的も分からないのに野放しには出来ない。
「とにかくやるしかねぇか」
『初めまして、エコール。ここからは私、サリィがナビゲーションするわね』
バイクから女性の声が聞こえる。物静かで感情の機微は少ない印象だ。
『それじゃあかっ飛ばすから、しっかり掴まっててね』
利家はバイクでウィスパー達を追跡する。彼とサリィが去ったあと、土方は帰ろうとするゲームマスターを問い詰める。
「お前がマインドアを配っているのか?」
「そうだ」
ゲームマスターは淡々と答える。それが土方には気に食わなかった。
「お前は何とも思わないのか? あの力さえなければ、中岡はしょぼくれた小悪党で済んだ、あんな化け物にはならなかった」
「力というのは所詮道具だ。電気を発明した君達の偉人、ニコラ・テスラが電気椅子の処刑に心を痛めるかね? ノーベルの思惑通り、ダイナマイトが工事にだけ使ってもらえたかね?」
「つまり、責任を感じる気はないのか」
ゲームマスターは危険な人間、と土方は確信した。責任も良心の呵責もない。確かに彼の言う通り、自分の発明が世界をよくするためだけに使われることはない。その全てを管理し、悪用を防ぐのは不可能だ。だが、心を痛める様子もないのは異常。
「それに君は何か勘違いをしているな。私達がいつから人類の繁栄を願ってマインドアを普及したと言った? そもそも見た目が似ているから、私達が君達と同じホモサピエンスだと無邪気に信じているのか?」
「何?」
意味深な言葉だけを残し、ゲームマスターは去っていく。それを眺める土方の近くに、奇怪な人物が入れ替わりでやってくる。
「あらー、相変わらずゲームマスターは冷たい男だこと。それにべったりのマッチアップもたいそう気持ち悪いけど」
野太い声にわざとらしい女口調。カツラの様に不自然な長髪と青髭やムダ毛の処理もしていない中年体型でフリフリのスカートという今出したら方々から怒られそうなタイプのオカマが現れた。
「あなた、ゲームマスターのことお嫌いでしょう? あいつ、人のことゲームのコマとしか思っていないのよ。アテクシと組めばそんな冷たい異常者を倒すことが出来るのよ。神様気取りのニヤケ面が崩れる様が楽しみねぇ!」
「……」
この妙に濃いキャラに面喰らいながらも、土方はきっぱり断った。
「俺はああいうのも嫌いだが、お前みたいにちょろちょろつるまないと嫌いな奴とも向き合えない奴、本人のいないとこで陰口をぐちぐち言う様な奴も嫌いだ」
「チッ、まぁいいわ。あなた達ホモサピエンスでは奴ら、影の人は倒せない……。それを思い知ったら、私のとこに来ることね」
「影の人?」
断られるとオカマは露骨に不貞腐れる。妙なことを言っていたが、ゲームマスターほど信用できないのは直観で理解出来た。土方は去るこの不審者を無視し、荒れた学校の片づけをすることになった。
@
利家の母は休日というのもあって買い物に出かけていた。服屋で服を選ぶというごく普通の買い物に見えるが、実はネット通販でも服を買っている。家族共用のハンガーが重さで悲鳴を上げるほどの量となっており、それはもう弟の部屋を使っていることを利家に何か言えた義理ではないほどだ。
「ぐわああ!」
買い物をしていると、そこに人が一人投げ込まれる。ボロボロになっており、その脅えた視線の先には、修道服をアレンジした様な衣装の少女がいる。彼女、ウィスパーは悠々と歩き、投げた人を踏みつける。
「お前転売屋か? ついでに死んどけや」
鈍い音がし、その人の下半身が動かなくなる。腕はもがいているが、立ち上がれていない。
「見つけた。ったく、人の趣味にケチ付ける前にその飽き性なんとかしろよ……」
ウィスパーは母を睨みつける。一体この少女が何者なのか、何が目的なのか全く心当たりがない。言わば通り魔も同然だ。今、利家の押し殺した感情がその牙を剥く。母はそれが自分の息子の一部だとは知らなかった。
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