2001年平成の旅 ②

 マギアメイデン・エコール、府中利家にとって2001年というのは知らない時代ではない。その頃に小学一年生。他の人と同じ様に生きていけると何の疑いもなく信じていた時期。その時代に予期せず戻ることとなった彼は、何をするのか。

「いやー、買った買った」

 おもちゃを買い込んでいた。特にゾイドを。とはいえこの時代の思い出はおもちゃばかりではない。下の階にあるスーパーで、今や消滅したお菓子などを求めて徘徊する。うっかりスマホを出そうものなら怪しまれるなど、気を配らなければならないことも多い。

(しかし、案外ないもんだな。コマンドウルフ)

 この時代における現行商品といえども、すぐに見つかるものではない。おもちゃとは一期一会。そういうものだ。頻繁に再販しているガンプラが珍しいだけで、大体の玩具は展開や一次出荷を逃すと手に入らない。

「ア、スミマセン……」

「はい?」

 ふと、エコールに声をかける人物がいた。その人は外国人なのか片言で、彼を店員か何かだと思って話しかけているらしい。しかし買い物袋を提げているので間違いようはないはず。彼は昔から人に道などを聞かれることが多い。棘がなく聞きやすいのは姿が大きく変異した今も変わらない様だ。こうなると外見の話ではなく、エコールの性質によるものだろう。

「クレ556というものを探しているんデスが」

「クレ? スーパーでか……」

 探しているのは金属製品の錆取り剤。ここよりはホームセンターで探した方がいいのだが、彼が勤務していたドラッグストアでもひっそり置いてあった。もしやと探してみる。

「あるとしたらここですね」

 住宅用洗剤のコーナーを注意深く見ると、棚の上方に赤い缶があった。目的の品だ。

「オー! アリガトウございます!」

「いえいえ」

 一日一善、の様な目的があるわけではない。単に人がいいというだけだ。

「お礼を受け取ってほしいのデスが……」

「あー。いや大丈夫っす」

 国の習慣なのか、外国人はチップを渡そうとする。だがエコールは断った。この程度、礼を貰うほどでもない。

「なんと素晴らしい人でショウ! 感動しました! クニでこの話をしましょう!」

 やたら大げさに感激した外国人は去っていく。なんだかアンノウンスカウトストーリーみたいだな、とエコールは思った。その話では、霧のロンドンで迷った男性がボーイスカウトの少年に助けてもらい、今の様に礼も受け取らなかった。それに感動した男性が自身の国、アメリカでもボーイスカウトを広めたという美談だ。

(まぁ俺今ボーイスカウトじゃないけど)

 元ボーイスカウトなのでエコールはその話を聞いたことがあった。彼の場合、そういた大義名分よりも単に神経質な部分から「気になって放っておけない」気持ちが大半を占めるのだが。

「ああ、お礼と言っては何デスが、お探しのゾイド、コマンドウルフでしたか。あちらの店にゴザイました」

「え?」

 外国人はエコールの提げている袋を見て彼の目的を察したのか、情報を提供してくれる。

「サンクス! 行ってくる!」

 欲しいものの情報とあり、エコールは多くの謎に触れることなくその店へ急いだ。


 その店へは歩いてすぐ。どうせ寄ろうかなと思っていたとこだが、目的の品があると聞けば俄然モチベーションが違う。家電量販店の玩具販売参入も少ない時代であり、この時期はあまり地元から離れたエリアをうろうろしていなかったので情報はありがたいことこの上ない。まだ、おもちゃ屋が元気だった時代だ。

「ん?」

 乾いた音が駐車場に鳴り響き、人々が野次馬しようと音源へ集まっていた。2020年代付近ではよく野次馬がスマホで撮影するために集まる、という現象が起きていることが話題に挙がるが、SNSで結果が可視化される様になっただけで野次馬自体は昔からいた。

「これは……」

 爆発音の原因は癇癪玉らしきもので、その付近には怪しい物体がある。

(マズイ!)

 これは典型的な爆弾テロの手法だとエコールはすぐに気づく。小さな音で人を集め、本命の爆発に巻き込む。2001年はアメリカ同時多発テロの年であったが、テロという言葉の普及に反してその手法、避難方法はまだ広まっていない。日本でも宗教団体による化学兵器テロがあったはずだが、こんな田舎街でと誰もが思うだろう。

「変身!」

 即座にあの怪しい物体を取り除く必要がある。エコールは変身し、その物体を持ち上げた。だが、どこに投げればいいのか。この手の爆弾はサイズ以上の殺傷力を得るため、爆発そのものではなく飛び散った破片による殺傷を目的とした設計になっている。周囲を人に囲まれた状態では、かなり遠くへ投げないと危険だ。

「ええい、これで!」

 ならば可能な限り吹っ飛ばせばいい。エコールは垂直に不審物を投げると、オーバーヘッドキックで上空高く、この場から可能な限り遠くへ蹴り飛ばす。

「ブレイジングシュート!」

 エコールが地面に降り立つ頃には不審物が見えないほど遠くへ飛んでいた。だが、閃光と共に轟音が一帯を包む。爆発はそんじょそこらの規模ではない。昼の中に二つ目の太陽が現れたかと錯覚するほどだ。

 周囲はパニックとなり、野次馬は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。

「なんだ……この爆弾? 核爆弾?」

 エコールは記憶を探る。自分の住む愛知県で核爆発などあれば、知らないはずがない。これはなんだというのか。

「んん……? ていうかこれ……」

 変身直後は必死で気づかなかったが、エコールは既に負傷していた。ただの怪我ではない。身体をざっくり切り裂かれた痕、これは西間との戦闘で付いた傷だ。

「治ってないのか?」

 混乱する彼の下に一人の男が現れた。

「まさかホモサピエンスの中にオープナーがいるとは……ブラボー!」

「何? マインドア能力を知っているのか?」

 オープナー、久しく聞かないその言葉は間違いなくマインドア能力者を指す言葉。だが、この時代にはまだマインドアは存在しないはず。声の方を振り返ると、頭より二回り以上大きなアフロの男が立っていた。サングラスに煌くスパンコールのスーツ、場違いにもほどがある存在だ。

「なぜその言葉を知っているんだいブラザー……俺達マイントピアの裏切り者か?」

 向こうも状況が掴めていないのか、エコールに対し構える。

「とにかく何か知ってそうだ、とっ捕まえて聞き出してやる!」

「ホモサピエンス如きに俺を? このセイブザクイーンの一員、ボマー様をかい?」

 ボマーと名乗るアフロの男は周囲に黒い球を散らばらせる。それは周囲の野次馬を巻き込むための攻撃だとエコールは即座に判断し、高速で動いてそれをかき集める。

「おおおおあっぶねぇ!」

 それをボマーへダンクしようとするが、彼は避けてから爆発させる。変身状態では痛覚のないエコールにとって爆発など夜中にハイビームを受けながら春一番に吹かれる様なものだが、一番厄介なのは吹っ飛ばされてしまうことだ。

「おわわわわ!」

 視界が地面で回転し、敵の位置が分からなくなる。すぐに立ち上がってボマーの位置を確認し、反撃の準備をする。

「ダウン追撃無しとは舐められたものだ!」

「今ので死なねーのかよ!」

 ボマーはこれで倒せたと思っていた様だ。向こうにとっても能力者との戦いは想定外かつあまり経験のないことらしい。

「ブレイジングバンカー!」

 敵の動揺を見逃さず、エコールは燃え盛るストレートからの肘鉄をボマーの顔面に叩き込もうとする。

「ウボァ! させるか!」

 一撃目を受けたボマーはサングラスが砕けたものの、二発目は腕を掴んで防ぐ。だが、反撃が彼の動揺を激しく誘った。

「聞いてねーよ! ワンサイドゲームって話だろが!」

「あ、待て!」

 即座に背中を見せて撤退する。それが運の尽きであった。エコールは飛び上がり、燃える飛び蹴りを放つ。

「ブレイジングキック!」

「グワーッ!」

 キックの直撃を受け、爆発するボマー。だが、命に別状はない。殺す気がなければ殺せない。それがマインドア能力だ。

「殺すつもりがないのか……」

 それはマインドア能力を知るボマーにも伝わっている。ふらりと立ち上がるものの、精神ダメージが重く敵意は失せていた。もちろん、逃亡の意思も。

「言っただろ、とっ捕まえて洗いざらい吐いてもらうぞ」

「ホモサピエンス如きに掴まる様な種族の恥は殺されるさ……。ここでバイバイしたた方がいいぜ」

 ボマーはエコールが近づくより前に、小規模な爆発を起こして跡形もなく消えた。彼らは一体何者なのか。マインドアに詳しいゲームマスターと関係があるのだろうか。

「とりあえず、現代に戻らねーとな」

 こんなところで妙な課題を増やしてしまったと思いつつ、エコールは現代への帰還を考えた。


   @


 一方で、矢子と紬の修行も完成に近づいていた。

「うん、時間移動も完璧だね」

 一人でやっているのでレンしか察知していないが、一時間単位から一日まで矢子は時間移動の練習を行い、自在に時間を操ることが出来た。あとは現代に戻れるかどうかだ。

「流石に二十年以上は不安になるわね……」

「成功するって信じれば成功するから!」

 マインドア能力の制御には、心が大きく関わる。出来ると信じればできる。それが基本となる。エコールも数々の能力を「出来る」という意思のみで成立させてきた。

「それにしても、能力をマギアメイデンの魔法として括る彼の発想はよかったんじゃないかな?」

 現代科学では解明できない存在を呑み込める程度には体系化するエコールの作戦が功を奏し、短時間での制御が可能となった。

「よし、私も完璧!」

 紬は自ら電気を生み出すことが可能になっていた。バチバチと静電気のそれを何倍にも大きくした音を立て、角に電気を溜めていく。

 彼女の生命力は電気によるもの。外部からの供給で成り立っていたそれを、自前でどうにか出来る様になるのは大きい。

「で、マイントピアだのセイブザクイーンだのってなんなのさ」

 戻って来たエコールは早速、レンに問いただす。彼女なら何か知っているかもしれないと踏んだのだが、すぐにもったいぶられてしまう。

「それは大事な話だから、現代に戻ってからしようか。私も噂くらいは知っているんだけどね」

「20年の間に調べますってことか……」

 調べものに使える時間が増えたのは僥倖であった。向こうに気取られない慎重な調査となれば時間も掛かる。それよりと、レンはエコールに尋ねる。

「変身に使う宝石、現代まで預かってもいいかな?」

「なんで? 二十年も?」

 エコールが変身に使うピアスはマインドア能力の一部、つまり心の欠片みたいなものだ。そんなものを二十年も置いておけるわけがない。エコールから見たら一瞬かもしれないが、心の一部が二十年も経っていてはどんな影響があるやら。

「うんうん、その程度の疑心があるのなら大丈夫だね。君の変身態、マギアメイデンエコールは見た目じゃ分からないけど凄くボロボロなんだ」

「う……」

 今日の戦闘を思い出し、エコールには心当たりがあった。西間との戦いで受けた傷は癒えておらず、戻ってきてもう一度変身したがボマーとの戦いで負った傷も治っていない。原因は分からないが、このままでいいはずないことくらいは分かる。

「霊脈の力を注げば、多少なんとかなるんじゃないかなって」

「今はこれに賭けるしかないか……」

 左耳からピアスを外すと、くすんでおり欠けやひび割れも目立つ状態になっていた。普段見ない場所なだけに、ゾっとするエコールなのであった。

「現代に戻ったらすぐ君の下に行くと思うよ」

「私はいつでも行ける」

 矢子の修行も完了し、現代には帰れる状態。突然で奇妙な短い旅は終わりを告げ、三人となったマギアメイデンは新たな未来へ踏み出した。

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