マギアメイデン・エコール グレード2
「いい? やるわよ」
2001年のエコールホビー付近。当然店は存在しないが、現代に戻る起点としてこの場所を選んだのは、矢子が時間移動以外に座標の移動もできるのか分からないこと、出来たとしても長時間の時間移動になるため余計な負担を掛けないためである。ここに現代へ来る前の時間で戻れば、西間も撒くことが出来る。
「変身!」
矢子は左手の薬指に付けたシンプルな指輪に念を込め、マギアメイデンに変身する。ウェディングドレスを彷彿とさせる純白の衣装、そしてエコールの手から離れたハーピングアローが分裂して双剣になる。靡く艶やかな黒髪は青色へ変化した。
「マギアメイデン、クォーツ!」
これが時東矢子のマギアメイデン、クォーツ。彼女は剣を掲げると、時間を進めた。周囲のものや人、空の昼夜が早回しの様に進んでいく。二十年はある経過をものの数秒で終え、彼女達は現代へ戻ってきた。
「お? おお?」
時間の移動が終わった瞬間、エコールの手元に流れ星の様なものが飛んでくる。それは2001年で因幡レンに預けた、変身用のイアリングであった。これが戻って来たということは、間違いなく2022年に帰れたということだ。
三人は急いでエコールホビーのある場所へ向かう。そこにはしっかり見覚えのある店があった。これはマインドア対策組織のフロント企業なので、最近出来たもの。これがあるということも2022年だという証左になる。
「出来た……」
「やったな」
矢子は成功を確信し、安堵する。自分だけならともかく、エコールと紬も巻き込んで帰れませんでしたでは洒落にならない。
「ねぇ、何これ?」
一安心したところで、紬が何かを見せる。光の球らしきものが二つ、彼女の手に収まっていた。
「あれ? 私も?」
矢子も同じものを持っていたが、なんと四つだ。数にどんな意味があるのか考える暇もなくそれらはエコールのイヤリングに吸い込まれていく。
「な、なんだ?」
「もしかしてレンさんがくれたアイテムの影響?」
エコールは強化措置として、霊脈による補修以外にも心の中に神秘的な道具を放り込んでいた。それに関係したものと思われるが、真相は今のところ不明だ。
「何はともあれ、おつかれさん」
浅野は戻って来た三人に経緯を聞き、労う。
「向こうからマインドアに詳しい人間が接触してきたのは、この件があったからなのだな」
「え? どの辺からあったんですか?」
そして彼はレンから連絡があったことを告げる。エコールとしては歴史改変の影響が気になるところである。
「マインドア関連の事件がネットで話題になった時期だな。すまない、影響を考慮して君達には伝えない様に言われていたんだ。それに私も詳細についてはぼかされていてね、さっき君達の報告と同様の話を聞いたところだ」
「タイムパラドクスが起きる可能性もあったのか。あ、でも祖父殺しのパラドクスとかもあるしどうなんだろうな?」
浅野はエコールと接触する前から、レンから話は聞いていた。向こうもどんな影響が出るのか分からないため、細心の注意は払っていた。歴史改変については『実はよく似たパラレルワールドの過去へ移動しているだけ』、『歴史に手を加えてもそれより大きな修正力により元通りになる』など様々な説がある。現時点でレンも時間遡行が出来る人間を矢子しか知らないだろうし、その矢子が『過去を修正したい』という想いからマインドア能力を発現させている以上は改変が可能と思って対応するのが正しいだろう。
「しかし西間は厄介なことになったな。暫定の最大戦力であるエコールでも対処できないオープナーの出現は予想出来たが……今は対抗策がない。京都府警で行われている装備の開発を待たねば」
浅野が警戒していたのは、西間の強さ。いずれ直面する問題であったため、先んじて手を打ってはいるがあまりに発生が早かった。
「あれってそんなに厄介なの? 強いのは確かだけど……」
マインドア能力者、オープナーの事件を見て来た矢子からしても、確かに強くはあるが特別な対策を取らねばならないほど別格というのには驚きであった。
「ああ、今まで出て来たオープナーの大半は欲望や願望、心の形がふわふわしていたため安定した形を取ることは少なかった。欲しいものを無作為に操ったり、ボヤっとした憧れから特撮ヒーローを模したものが出たり、敵を押し潰す為だけに肥大化したり……」
「施設の時に出て来たクソ教師が惜しいとこ行ったんだが、欲張り過ぎたなありゃ」
中岡は明白に強い自身をイメージ出来ていたが、悪事の為の能力も欲した結果心の出力が足りなくなって中途半端に終わっている。最終的には受けたダメージから逃れるため、その場凌ぎの変異をすることになってしまった。
エコールがそうした事態に陥らないのは、偶発的に痛みを感じない仕様からマインドア能力の根幹である精神がブレにくく、特オタ特有の『敗北則ち変身解除』という方式があるためといえる。能力をマギアメイデンという箱に入れる、という方式はそうした面でも正解であった。
「で、今回出た西間だが……独りよがりではあるが騎士のイメージが固まっている。そして独りよがりであるが故にぶれない」
浅野は西間が矢子の騎士気取りでその思い込みが激しいことに危機感を覚えた。マインドアの厄介な点は、心の指針が硬いなら善悪は問わず強くなることだ。これまでの敵にエコールが勝てたのは彼のスペックによるところもあるが、相手の感情が幼稚な欲求だったり他人に依存した指針でブレやすいところにある。子供の欲求など苦痛の前には失せる、他人の評価を基にした価値観は簡単に揺らぐ。
オープナー同士の戦いは可視化された我慢比べだ。今まではエコールが圧倒的であったが、とうとうその土俵に強敵が現れた。当人に直接拒絶されても懲りない、独りよがりの騎士様が。
「ま、今度は三人いるし何とかなんだろ」
エコールの強さが以前と変わらないとしても、メンバーは増えた。前とはわけが違うはずだ。
「ポジティブね……」
「そう思わないとやってられない人生だったしな。今は俺だけじゃなくてお前らもいるからマジで思ってるけど」
エコールは前向きに見えることも多いが、そう自分を鼓舞しなければ他人より歩みの遅い中を生きてはいけなかった。だが、一人で踏ん張らなければならなかった過去とは違う。同じマギアメイデンの仲間がいるのだ。
@
自転車はとてもエコロジーだ。ロードバイクは環境にいい趣味だという認識が男にはあった。今日は絶好のロードバイク日和。目的地である田舎道へ向けて、国道一号線を走る。この道は週末でも渋滞する。法律では自転車は軽車両扱いなので車道を通ることが当然だ。
だが男は気づいていない。左端に寄っていないので、渋滞の中車一台分の空白が出来てしまうことに。右の車線に車側が寄りたくても、そこも渋滞しているので出来ないのだ。いくら国道が片側三車線の広い道とはいえ、一車線は狭い。隣がトラックなどの大型車両ならば尚更だ。
車は隙を見て男のロードバイクを抜かすが、すぐ信号で止まってしまいまた抜き返される。この事態を見かねたあるトラックのドライバーが、左に幅寄せしてロードバイクの進行を止めた。こんな傍若無人な運転をされて事故でも起きたら目も当てられない。ましてや理不尽なことに、対自転車では車の方が過失割合が上がる場合が多い。事故が起きないにしても自転車は不安定な乗り物、急に車道側へフラフラ出て来た時に急ブレーキを踏めば荷台の中が崩れて積み荷を損傷する恐れがある。トラック運送はそういう意味でも普段から神経を使うのに、遊びになど付き合ってはいられないというのが本音だろう。
「くっそ……底辺どもが」
にも関わらず、男はトラックドライバーを見下した様に呟く。一体だれのおかげで物流が支えられていると思っているのか。
「俺の邪魔をするな!」
せっかくの行楽気分を阻害された男は怒りに任せ、最近手術によって開いたマインドアを開放する。それにより、男はロードバイクと一体化、その場で高速回転するタイヤはアスファルトを斬って甲高い音を鳴らし、前輪が持ち上がると同時にタイヤが巨大化して前方のトラックを切断した。タイヤは自在に変化する鋭いカッターとなり、周囲の車を切り裂きながら暴走を開始した。
@
現代へ帰還した翌日のことであった。店には警察無線を受信する装置があり、事件の情報が即座に伝わる。
「なんだって?」
国道でロードバイクの化け物が暴走しているとの一方を受け、エコールと矢子は店の外に飛び出した。情報によると、こちらに向かっているとのことだ。
「何あれ?」
ちょうど国道に到着する頃には、自動車と見まがうスピードで爆走する下半身がロードバイクの化け物がこちらに向かっているところであった。
「ピストモンみてーなビジュアルしやがって……」
「マイナーなデジモンで例えられても」
エコールは交通規制のされた国道に踏み出し、化け物の前に立ちはだかる。だが、矢子はあの化け物を見てある懸念を抱いた。
「あれって、西間と同じタイプの、確固たる意志があるオープナーじゃない? 勝てるの?」
「逆にあれぶっ飛ばせれば、西間にも勝てるってことだ。それに……」
それに、とエコールは付け足す。
「マギアメイデンは出来ると思ったことが出来る! 変身!」
彼がイヤリングに触れると、いつものエコールの姿になる。ただし、服装は真っ白だ。矢子は見たことがないが、まだ能力を使いこなせていない時期の姿になる。その上から長方形のエフェクトが重なって修道服が黒くなり、再度同じエフェクトが重なることでエコールは新しい姿になった。
アニメナイズされた修道服というのは共通だが、ボトムスが深いスリットのスカートからホットパンツになっている。腰マントとして修道服のラインは残っているが、足元はサイハイブーツに黒いストッキングと動きやすさが増した。
「マギアメイデン・エコール、グレード2だ」
エコール当人としても初めて変身する姿であったが、大元は自分の心なのでどこかでこうなることが分かっていた。
「どけぇ! 轢き殺されてぇか!」
目の前でこうした変身が行われたにも関わらず、化け物は向かってくる。タイヤは鋼鉄の車を容易く引き裂くが、エコールはそれを退くことなく素手で受け止めた。
「何ぃ!」
「ふん」
前輪を持ち上げられ、化け物はペダルを漕いで離脱を試みる。だが、後輪が空回りするだけで全く動けない。化け物は軽く押されると大きく後退してバランスを崩し、転倒する。
「うおおおお!」
何とか起き上がった化け物は、圧倒的な力を前に逃げ出す。不思議なことに空を飛び、くねくね動いて追跡を振り切ろうとした。
「ブレイジングキック!」
いつもの様にエコールは炎を纏って飛び、キックを放つ。だが、移動を続ける敵に対して炎の帯が追いかける様に飛行する。
「な、なんだ!?」
一度避けても、上昇して高度を保ちながら狙っていく。ホーミング性能は異様に高く、あっと言う間に自転車の化け物は直撃を受けて爆散してしまう。
「でやぁああああっ!」
「ぎゃああああ!」
上空の方で撃破され、自転車と一体化したまま化け物は道路に落ちた。エコールの『殺す気がない』という加護を受けているのが、墜落こそしたがまだ生きている。エコールも軽々着地して化け物の様子を確認した。
「強い……」
以前からも強かったが、よりエコールの力は増した。だが、矢子は安心できなかった。あくまでエコールの強化は、紬の想定では精神面の補強目的。これからもこんな敵が絶えず現れる中、エコールだけに戦わせていいのだろうか。
彼女は全てが終わった後、うまくいったら、上手くいくと信じてある決意を固めたのであった。
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