エンドレス瑛斗 ①

「このご時勢にライブを開いてくれるだなんてね」

 茶川奈々子は親友のチユと共に、アイドルのライブが開かれるというショッピングモールの一角にやってきた。明るい茶髪をふんわり伸ばした小動物に様な愛らしさのある少女、チユはこういう成長途上のアイドルがたまらなく好きなのだ。

「リーダーの瑛斗は完璧主義者だからね、一度予定したライブは絶対に反故にしないんだ」

「へぇ、いいんだか悪いんだか」

 奈々子はボブカットにした黒髪を指で梳き、ライブの開催を待った。前髪が左目に掛かってこそいるが、手入れの行き届いた髪はクラス内に矢子という絶対の頂点を戴くものの、平均以上に美しい。あまり話題には上がらないが、一般の女子高生を並べれば目を引く程度には可愛らしい。

「まもなく、ボーイツナサンド、BTSのライブが始まります」

 案内役のアナウンスが入る。元々マイナーなアイドルであることに加え、ソーシャルディスタンスを保って観覧しているのでスカスカに見える。もともと、ショッピングモールのイベントステージなので通行人や吹き抜けから見る人もいるだろうが、一階でがっつり観ようという人は本当に少数だ。

「どうもー! BTSでーす!」

 ありきたりな複数人のボーイズユニット。奈々子には何が何だか分からないが、チユは声援を送っている。ここまで一人で熱狂しているのはメンバーの家族くらいではないかと思うほどだ。

 向こうに見られることを多少は意識しているのか、チユの私服は気合が入ってた。明るい色のカーディガンにワンピースと、主役を奪いはしないが見苦しくもない塩梅を保っている。

 一方の奈々子は付き添い程度なので、デニムのジャケットにホットパンツ、キャスケットと動きやすさ重視のボーイッシュな纏め方。脚は自分で太いと思っているので、白黒のボーダーニーソで隠す。

「ん?」

 他に観客いないかなと奈々子が辺りを見渡すと、エスカレーターを手間取りながら降りてくる見知った顔を見かける。休日だというのに代わり映えのしない辛子色のパーカー、マギアメイデン・エコールを名乗る謎のオッサンこと府中利家だ。

(あいつ……)

 奈々子は自分のクラスをいいものだと思っていた。矢子の様な他者に干渉しない者が独立出来て、林みたいな変わり者が虐められることもない。田中はあれだが、からかわれる程度で済んでいるのは平和な方だろう。それが、エコールの登場で一変した。

 矢子がマインドアという存在に興味を示し、惹かれる様に八神咲も彼と行動する様になった。田中はエコールの手で物言わぬ瓦礫に変えられ、奈々子の平穏は崩れ去った。最近は近くの児童養護施設と小学校で惨劇もあったらしく、エコールが姿を現してからというもの、混乱が続いている様に見える。

「ふう……」

 ちょうど最上階の家電量販店で何かを買って来たのか、ビニール袋を持っている。見た目のせいで分からないが、三十路でオタクのオッサンであり決して女子高生とは相いれない存在だ。あんな皮を被ってまで自分達に接触する理由は何なのか、それが気になっていた。

「見つけたわ! エコール!」

 その時、少女が一人、エコールに向かって呼びかける。何だか面倒なことになりそうな匂いを奈々子はプンプン感じていた。

「なんだ……どわぉっ!」

 その少女は謎の光弾をエコールに向かって放つ。彼はギリギリ避けたものの、ビニール袋が被弾してしまい、中身が砕け散る。

「ぎゃー! 早起きして手に入れたのに! あ、逝ったのは一つか……」

 複数買っていた様で、粉砕されたのはその一つ。

「ああああ! ロボ太ぁあああ! まだ買える方だからまぁいいか……よくない! 貴様俺のネオロボ太を!」

「何物にも染まらぬ正義の黒、ケアブラック!」

 少女は日曜朝の変身ヒロインみたいな服装をしており、名乗りを上げてポーズを取る。

「大人になってもおもちゃ買ってるの? ダサくない?」

「大人になってもではない……大人になったからだ! 変身!」

 エコールも変身して臨戦態勢になる。奈々子としてはケアブラックの意見は正しいし、マジになっているエコールはなんかカッコ悪く見えた。

「貴様よくも俺のガンプラを!」

「こっちはガンプラどころじゃないっての」

 二人はライブ会場だというのに構わず戦闘を続けた。散らばった破片には、値札の貼ってある箱も混ざっていた。壊されたのは千円もしないものであり、また買えば済む話なのだがエコールはマジの大マジでキレている。

「ブレイジングキック!」

 いきなり必殺技を放つものだから回避もされる。しかし燃え盛る飛び蹴りの勢いは伊達ではなく、周囲の店舗のガラスを振動で砕くには十分だ。突然の爆発にショッピングモールはパニックとなった。

「万全なら、あんたなんてザコ!」

 煙の中にケアブラックが突入し、追撃を仕掛ける。だが、その拳は弓で食い止められた。

『ハーピングアロー!』

「何?」

 予想外の防御をされたため、回避しようと試みるケアブラックの腕を掴み、エコールは弓に取り付けられた刃で彼女を切り裂く。

「ハッ!」

「うあぁああっ!」

 逃げられない様にしてからがっつり攻撃を直撃させ、床に引き倒す。大人げないにもほどがある。まだ動けるとみて隙の大きい必殺技を使わず、弓から矢を放つことで距離を取って弱らせる戦術に出る。

「が、はぁっ!」

 先に攻撃したのはケアブラックであり見た目もお互い正義のヒロインっぽいが、エコールが悪者に見える。ライブがめちゃくちゃとなり、BTSのメンバーは茫然とする。

「お、おい……」

「瑛斗……」

 特に彼らはライブに並々ならぬ情熱を持っていた完璧主義者の瑛斗を心配する。

「止めないと!」

 チユは何がどうなっているか分からないが、戦いを、主にエコールを止める為に飛び出した。

「待ってチユ、危ない!」

 明らかに常軌を逸した力を振るう二人の間に入るのは危険だと感じ、奈々子も追う。二人は偶然、瑛斗へ接近する形となった。

「おいたが過ぎたな……」

『ハーピングフィニッシュ!』

「ぐ……」

 エコールの必殺技が至近距離で炸裂しそうになったその時、古時計の様な音が聞こえて周囲が固まる。エコールとケアブラックはもちろん、周囲の観客もだ。

「なに……これ?」

 その中で動けているのは奈々子だけ、かに思われた。

「え?」

 チユも動くことが出来た。そして、瑛斗が拳を握るとその空間がガラスの様にひび割れた。そこから景色が崩壊していき、そこで二人の意識は途絶えた。


   @


 ケアブラック、黒沼黒子は休日を利用してパトロールをしていた。いつもなら服屋をみたりしたいところだが、そんな場合ではない。学校にバレない様に少しずつ脱色して伸ばした髪を暗い茶色にするなど、お洒落に気を使う年頃の女の子であるが、彼女には正義の戦士ポリケアの一面がある。

 自身の通う小学校を恐怖に陥れ、今も尚逃亡している恐るべき能力者、深海こだまの行方を追ってショッピングモールに来た。彼の目撃情報はここで途絶えている。また、いつ大量殺人を犯すか分からない彼を放置できない。学校もしばらくは休校なので、こうして探しにきている。

「あ」

 人探しをしていると、目的とは違うが因縁のある相手を見つける。マギアメイデン・エコール。ビニール袋を提げて丁度エスカレーターから降りて来たところだ。

 倒すべき敵の一人であり、以前は負けた相手。先日はこだまとの連戦だったため不利に働いた。今日は万全なので倒せると踏んで戦いを挑む。

「見つけた、エコール!」

「ん?」

 名前を呼ばれてこちらを向くエコールは完全に油断しており、気の抜けた表情をしている。どうやら黒子がポリケアだとは気づいていないらしい。

「変身。何物にも染まらぬ正義の黒! ケアブラック!」

「げ」

 変身を見てようやく気付き、エコールは慌てる。その隙を黒子は逃がさない。

「今日こそあんたを倒す!」

「ま、ちょ……タンマ!」

 光弾を放ちながら、逃げるエコールを追う。辺りは悲鳴に包まれたが、エコールを倒すことに意識を割いている黒子には届かない。

「おわああ!」

 光弾が直撃し、吹き抜けから下に落ちたので倒せたと思って黒子は下を覗く。三階から落ちればさすがに一たまりもあるまい。だが、なんとエコールは変身して無事着地していた。一階はライブイベントが行われており、謎の爆発と降って来た人に騒然とする。

「運のいい奴……」

 黒子も吹き抜けを飛び降りて追いつく。本人は無事だったエコールだが、近くには無残にも焦げてバラバラになったビニールと中身が落ちている。

「だああああああっ! せっかく買えたのに!」

「おもちゃ……いい大人が……」

 エコールは見た目に反して成人男性である。サポート妖精のニッシによると、相手を油断させるために姿を変えているらしい。そんな大人の男が買ったおもちゃの末路に愕然とし、膝から崩れ落ちる。

「貴様……許さん!」

 が、すぐに怒りをパワーへ変えて立ち上がり、黒子に向かって炎の拳を振り上げる。

「ブレイジングパンチ!」

 この程度なら防御できる、と考えた黒子は腕をクロスさせて拳を受け止めた。しかし感情を基盤とするマインドア能力、怒りを力に変えたその拳は彼女の予想を上回る速度と力を見せた。

「ぐ……なっ!」

 受けた腕からミシミシと嫌な音がし、肉や布が焼ける匂いが漂う。そして、爆発を巻き起こして黒子を近くの柱まで吹き飛ばした。

「でえええい!」

「がっ……はっ!」

 柱に叩きつけられた黒子は肺から酸素を押し出され、視界が白く染まる。柱は凹み、彼女がバウンドして床に落ちるほどの威力であった。

「貴様貴様! 俺が開店に合わせて早起きして買ったプラモをよくも……! 今どんだけ買うの大変か分かってんだろうなぁ?」

 黒子は倒れて動けなくなったが、エコールの怒りは収まらない。彼女もこのくらいで諦めるわけにはいかなかった。

「し、知らないっ……! いい大人がおもちゃくらいで必死になって……」

 ふらりと立ち上がり、エコールを睨む。だが、彼は既に必殺の一撃へ移っていた。先ほどの拳も十分な威力であるが、エコールの代名詞は炎を纏った飛び蹴りだ。

「ブレイジングキック!」

 回避することも出来ず、その直撃を受けた瞬間、黒子の意識は途絶えた。


 ケアブラック、黒沼黒子は休日を利用してパトロールをしていた。いつもなら服屋をみたりしたいところだが、そんな場合ではない。学校にバレない様に少しずつ脱色して伸ばした髪を暗い茶色にするなど、お洒落に気を使う年頃の女の子であるが、彼女には正義の戦士ポリケアの一面がある。

 自身の通う小学校を恐怖に陥れ、今も尚逃亡している恐るべき能力者、深海こだまの行方を追ってショッピングモールに来た。彼の目撃情報はここで途絶えている。また、いつ大量殺人を犯すか分からない彼を放置できない。学校もしばらくは休校なので、こうして探しにきている。

「ん?」

 この光景に妙なデジャブを覚えたが、いつも来ている場所だからだろうと深くは考えなかった。それより、探しているものがある場所を何となく察してそこへ直行する。普段はいかない、最上階の家電量販店。そこに探し物の一つがあると、なんの根拠もなく感じたのだ。

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