エンドレス瑛斗 ②

 ノエリアは今日も依頼を受けにいく。この平和な日本で殺しの依頼などする人はそういないと思われがちだが、ノエリア自身の地道な営業により彼女に辿り着く者は少なくない。

「分かっているんだろうな」

 愛車である中古のパッソに依頼人を乗せて、ノエリアは依頼内容を確認する。助手席に座るのは立って歩くのも困難な老婆であった。あるショッピングモールの立体駐車場で、『商談』を行う。ノエリアは殺しの方法上、まず立件されないがなるべく人に聞かれない場所の方がいいに決まっている。

「私に殺しを依頼するということは、裏の世界に『殺しを頼んだ』という弱みを渡すことになる。あんたの様なカタギが頼むことじゃない」

「私はもう死ぬだけの身……目的が果たせればもういいですじゃ……」

 ターゲットの写真を見る。何らかのパンフレットから切り抜いた様なもので、紙質からかなり金の掛かった広報であることが伺える。

「元農水省官僚か……今は悠々自適の天下り暮らしでこの街にいるのか」

「家族の仇を取ってくだされ! 本来なら私が自ら殺すべきこと……じゃがもう歩くのもやっとの身、どうか頼みます!」

 老婆はかつて家族と共に九州で酪農を営んでいた。しかし、家畜の病気が流行した上に当時の政治家や官僚の対応が遅れ、財産とも言える牛を多く失った。苦しくなった経営を支えようと必死に働いた息子は過労死、そして借金苦に悩んだ夫は自殺。なんとか借金を返し終わり、親戚を頼って故郷の愛知に戻ってきた老婆であったが、体にはガタが来ている。

「わかった……それと」

 話を承諾し、ノエリアは扉を開いて車を降りる。そして老婆にこう告げた。

「部屋の電球切れてるだろ、買ってきてやるよ」

「え? そんなことまで……」

 老婆は意外そうに返す。彼女は本心を隠しつつ流す。

「殺し屋にはうさぎの様な臆病さと神経質さが必要だ、気になることを解決しないと仕事に集中できん」

「わざわざありがとうねぇ」

 ノエリアはスラムで生まれ、生きる為に犯罪に手を染めなければならなかった。悪でなければ死ぬしかない世界で生まれた彼女は、いつしか善への憧れが生まれた。殺し屋などをしている時点で偽善者にもなれないだろうが、自己満足の部分くらいはやっておきたいと常に考えている。

 そんなわけで立体駐車場から一階下へ降りてショッピングモールの中にある家電量販店へ入る。目的のものは電球だが、最近は電球の形をしているだけでLEDのものが多い。

「うーん、あの婆さん10年も生きるかな……」

 長寿命を謳っているが、そんなもの老婆に必要だろうか。たしかに一人で交換が困難な都合、回数は少ない方がいい。

「へぇ、省エネか」

 が、LEDの強みは寿命だけではない。消費電力が少ないのだ。温かみのある電球色のLEDを選び、ノエリアはレジに持っていく。その途中、おもちゃの棚が見えた。

(日本のおもちゃって出来がいいんだよな。お偉いさんのご機嫌取りになんかストックしておくか)

 お近づきのお土産にも案外適している。転売して稼ぐという者もいるが、そんなものは活発になった時点で儲けが出ない。誰よりも早く手を出し、誰よりも早く離脱するのが商売の鉄則。もちろん殺し屋として生活に困らない額を持つノエリアにはそんなさもしい真似をする必要がない。

(あいつ……)

 妙に必死に棚を探す人物に、ノエリアは見覚えがあった。以前、殺しを依頼されたマギアメイデン・エコール、府中利家だ。マインドアという能力を有しており、その全容が見えないので迂闊に手を出せないでいる。パッと見ただけでも炎なので相性が悪そう。いくら成人男性とはいえ体格は恵まれていない様子、加えてノエリアには格闘技の心得もあるので真正面からぶつかっても勝てるだろうが、それでは意味がない。一方的かつ迅速に始末するに越したことはない。

「見つけた! エコール!」

 エコールを見つけ、大声で呼び止める小学生がいた。まるで日曜朝の女児向けアニメに出て来そうな服装をしている。

「お、マジか。日本にはプリキュアが実在するのか」

 忍者や侍の実在は誇張だとノエリアは聞いたことがあったが、こっちはどうやら実在するらしい。エコールの時点で存在は匂わされていたが、興味の多寡はともかくこういうものの実物を確認すると興奮を隠せない。

「げ、お前は……」

「何者にも染まらぬ正義の黒! ケアブラック!」

 名乗るなり即座に光弾でエコールを攻撃するケアブラック。

「ケアスパーキング!」

「うわああ!」

 エコールは咄嗟に回避したが、棚に光弾が直撃。商品ごと粉微塵になった。

「ぎゃあああ! せっかく開店前に来たってのに!」

 バラバラになったプラモデルを見て、がっくり項垂れるエコール。しかし、その怒りをパワーに変えて立ち上がるのがマギアメイデン。

「許さん! 変身!」

 ここは互いに消耗したところを漁夫るか、とノエリアは様子見することにした。エコールは写真にあった様なシスター服へ変身し、反撃を開始した。右腕を高々と掲げ、指を一本ずつ折って拳を作る。

「ブレイジング……」

 そして燃える拳を起点に回転し、竜巻の様にケアブラックへ迫る。光弾を弾くのではなく霧散させて被害を減らしている。拳が届く位置まで接近されると、巻きあがるの炎の眩さと熱さでケアブラックが思わず顔を腕で覆う。エコールは脚でブレーキをかけて回転のエネルギーを拳に乗せて放つ。

「ブリッド!」

 彼女はあの回転の中、ケアブラックの胴ががら空きであることを見抜いて渾身の必殺を叩き込んだ。

「が……は……っ」

 肌の焼ける音、骨が砕ける音が遠くにいるノエリアにも聞こえた。

(実力は明白か、ここは援護して味方のフリして近づくか)

 消耗にも至らないケアブラックに失望しつつ、ノエリアは方針を変えた。一見するとエコールの技も強そうに見えるが、あくまで素人の範疇を出ない。実戦で鍛えた自分の相手ではないと彼女は測ったが、真正面からぶつかるのは殺し屋として愚策。

「がああああっ!」

 壁や展示物をぶち抜きながらケアブラックが吹き飛んだ先はエスカレーター。そこから下の階へ転げ落ち、血の混じった吐瀉物を撒き散らして悶える。内蔵が直に破裂しただけでなく、折れた骨も突き刺さっているだろう。ノエリアは彼女の命が長くないことを感じた。

「が、あ……えこー、る……!」

「今日こそ神妙にお縄を頂戴するぞ」

 あの威力で生け捕りにする気だったのか? とノエリアはエコールの言葉に困惑を覚えた。彼はエスカレーターを降り、ケアブラックに接近する。だが、彼女は信じがたいことに回復したのか立ち上がって近くにいた民間人を人質に取る。

「降参するのはそっち! この人がどうなってもいいの?」

「何? 汚ねぇぞ!」

 正義が聞いてあきれる、とノエリアが助け舟を出そうとした時、その民間人の姿が目に映る。なんと、依頼主の老婆ではないか。個別の用事か、わざわざ買い出しを頼まれてくれた自分を気にしてか、ここにやってきた様だ。

「チッ、私のクライアントに手ぇ出しやがったな」

 依頼主は守る、というのが殺し屋の基本だ。死んでもらっては報酬が手に入らないのもあるが、ノエリアは今回やけに感傷的になっているところがあった。

「ブライニクル!」

 ノエリアが拳を突き出すと、空気が固まって槍の様にケアブラックへ突き進む。別に漫画の影響とかではないが、技名と能力を紐づけすると制御しやすいと自己研鑽の中で気づいたのだ。

「な、あぁあっ!」

 ケアブラックだけが綺麗に凍り、その隙にノエリアは老婆を救出する。

「感謝する! てめぇもう許さねぇからな……」

「ひっ……」

 ゆっくりとエコールはケアブラックに近づいていく。しっかり握った右の拳を燃やし、顔面にぶちかます。

「ブレイジング!」

 顔面への強力なパンチ、それだけでも十分だが拳を振り抜いた先には肘鉄が待っている。恐怖の連続攻撃だ。

「バンカー!」

 肘が入ったところで、急に景色が砕けたかの様に消滅する。気づけば、ノエリアは車の運転席にいた。立体駐車場に止めた愛車のパッソの中だ。

「あん?」

 そういえば今は依頼主を待っているところだった、と思い出し、下の書店で買った漫画を読み漁るノエリアなのであった。


   @


「こんにちは、ここがエコールホビーですか?」

 浅野仁平を筆頭に矢子、紬はエコールホビーで待機していた。そこに、高校生くらいの爽やかな少年がやってくる。こういう外面はいい人物にろくな思い出がない矢子が警戒を強める。

「あれ? 夕夜さん?」

「もう怪我は大丈夫かい?」

 が、彼は紬の知り合いの様だ。

「って、頭に破片が?」

 夕夜は紬の右額、そこに突き刺さった電極の様な角を見て驚愕する。隠すどころか髪も上げてむしろ見せている。

「あ、これね。マギアメイデンになった時に生えたの」

「なるほど」

 事情だけ聴くと、夕夜はすっと納得した。これには矢子も驚く。

「あれこれ言わないのね」

「隠さないのも、彼女なりの考えがあるんだろう。僕も事情はなんとなく察してるし」

 すごく物分かりがいいので、矢子は少し紬が羨ましかった。

「さて、改めて初めまして。金子夕夜です。少しお話があって」

「夕夜さんはソリストを目指している、凄いバイオリニストなの」

 夕夜は何か相談があってここに来た様だ。矢子はあの物分かりで紬がマインドア事件に関わることを止めにきたわけではないと考えた。紬は突発的にマインドアへ覚醒したものの、その能力を制御出来ていない。そのため、事件解決の協力をしつつ自分の能力を知ろうというわけだ。

「それで、何かありましたか?」

「ええ、それが」

 浅野が詳しい話を聞く。夕夜は詳しいことを話し始める。最近、自分が協力しているアイドルグループ内で理解不能の減少が勃発しているのだ。

「というわけなんです、信じられない思いますが」

「そんなことが……」

 具体的には、練習をした翌日になったと思ったら前の日に戻っている。明日に進まないという事態。あるメンバー以外は困惑しつつ練習をしたが、完璧に仕上がるとこの怪奇現象はふと収まったのだ。

「巻き戻る……そうすればもしかして……」

「やっぱりマインドア能力!」

 何かを掴んだ様な表情を見せる矢子。紬はマインドア能力ではないかと疑っていた。

「たしかに、数日メンバーの一人が練習を休んだんだ。完璧主義の彼が練習を一日でも休むなど……」

「瑛斗さんだったね」

「そうだな、彼だけがこの事態に動じていなかった」

 紬も知っている人物が恐らく、この事態を引き起こしていると考えられた。犯人に目星がついているのはありがたい。

「今日ライブだし、聞きに行こう。もしライブに悔いが残ったら、まだ時間が巻き戻るかも」

 紬は本人に問いただすことを提案する。それが一番早く、確実だ。

「私も行く」

 自身の願望を叶える鍵になるマインドア能力の案件ということもあり、矢子も同行する。浅野の車で急ぎ、ショッピングモールへ向かう。

 彼の車は教習車でしか見ない様な古めかしいセダン。マニュアル車であるが、浅野の時代にAT限定免許はない。矢子が助手席に座り、夕夜と紬は後部座席に乗った。

「でもソリストがアイドルのライブに協力するなんて、バイオリンでも弾くの?」

「僕は音楽を文字通り音を楽しむものとして広めたい……だからジャンルはあまり隔てていないんだ」

 移動中、矢子はソリストを目指していると紹介された夕夜がアイドルのライブに関わっていることに疑問があった。ただ、それは音楽に携わる者としての純粋な願いであった。

「そうだ、君にこれを」

 夕夜はスマホの画面を紬に見せる。それはSNSの返信。彼の家は音楽教室をしており、告知のためSNSのアカウントを持っていた。

「これは……」

 そこには、深海こだまからと思われるメッセージが届いていた。アカウントは誰かから借りたのか不明でなぜここにそれを送れば紬の目に留まると分かったのかも彼女には分からなかったが、思惑通り届くこととなる。

『つむぎへ。ぼくはおこってない。ありがとう。ふかみこだま』

「こだまくん……」

 拙い文章ではあるが、彼の想いが綴られていた。いつか再び会い、本当に言葉を交わすその日を目指して、紬はマインドア事件の解決をすると再び心に誓った。マインドアの原理が解析されれば、あの様な暴走も起こらなくなるはずなのだから。


「ブレイジングバンカー!」

「ケアシールド!」

 急いでライブ会場に向かった四人が見たのは、エコールとケアブラックがライブ会場付近で戦闘を繰り広げているところであった。それをよそに、矢子の知っている人物がアイドルの一人に縋りついて制止を促しているという混沌とした状態が広がる。

「何する気なの! また時間でも戻すの?」

「あれ? 茶川にチユじゃない」

 矢子は偶然見かけたクラスメイトに声を掛ける。普段なら無視するところだが何か知っていそうなので情報収集だ。

「あ、矢子! なんかライブがどーんってなったら始まる前に戻っててね!」

「どーんって何よどーんって」

 チユからはやはり、ライブが繰り返されている事実が確認された。

「何故か毎回あの二人が乱入してライブが中断されるの! それでこの人が何かすると時間が戻ってて……」

「ええ……」

 毎回のハプニング、というのが奈々子曰くエコールとケアブラックの乱闘騒ぎらしい。

「瑛斗! やはり君か!」

「金子……」

 件のタイムリープを引き起こしていたのは予想通り、瑛斗である。誰が止めても聞く気はないらしく、右手を握って空間を破壊し始める。あれが時間遡行の合図だと知っている奈々子は必死に止める。

「もうやめて! 無駄なのよ! 巻き込まれている人がいるの!」

「俺はアイドルだ……完璧なライブをファンに見せる義務がある……!」

 頑固極まりない瑛斗だが、その右手にチェーンが絡みつく。金で出来た、アクセサリーに使われる細いものだ。

「なんだ?」

「その力……もらうぞ!」

 なんとケアブラックが戦闘を放棄して急に瑛斗へ攻撃を始めた。全く接点のない人間を何の脈絡もなく攻撃したため、エコールも対応できなかった。

「何する気だ?」

「数に限りがあるが……マインドア能力を吸収する!」

 なんと、このチェーンにはマインドア能力を奪う機能があるのだという。

「なんだと? マインドア能力は精神の反映……そんなことをすれば彼は廃人だ!」

 浅野もその恐ろしさは理解していた。数に限りがある、奪っても能力がダブったら活かせないという点からエコールに使わなかっただけで、そんなものを隠し持っていたとは。

「力が入らん……!」

 明確にエネルギーを吸われているらしく、瑛斗は膝を付く。

「これでタイムリープは……」

 奈々子はタイムリープの終了程度に考えていたが、ケアブラックの思惑は別にあった。ポリケアへの変身能力を授かった日、ニッシから受けたチェーンの説明。

(このチェーンで敵の能力を奪えるはずっきゅ! でも一人一本だから大事に使うっきゅ!)

(この時間を巻き戻す能力であの日より前に戻る……そして深海こだまを倒す!)

 あの惨劇をなかったことに出来る絶好のチャンス。ここが使い時だ。

「それは能力の吸収が出来た場合だろ!」

『ハーピングストライク!』

 しかしここで黙っていないのがエコール。ハーピングアローの必殺技で鎖の切断を試みる。だが、刃は通らない。

「なに?」

「ふふ、どうやら簡単には斬れないようね」

「だったら……」

 鎖が切れないならと、エコールは弓をケアブラックに向ける。だが、その本体を倒す作戦も読まれていた。

(エコールは鎖が切れないと分かると、君達を攻撃してくるっきゅ。そういう時はこの鎖の性質を思い出すっきゅ)

 ニッシが言っていたこの鎖の、マインドアという心をやり取りする性質故の特徴。

「待ちなさい! ぐっ……」

 急にケアブラックは自分の腹部を殴り付ける。すると、繋がっていた瑛斗にもダメージが入ったのか彼もうめき声を上げる。

「ぐふっ!」

「なにぃ! 汚ねぇ!」

 まさかの人質作戦にエコールは手も足も出ない。

(勝った!)

 これにはケアブラックも勝利を確信する。紬もなんとか応戦を試みるが、変身すらできない。小さな稲妻が身体に走るだけで戦える状態ではなかった。

「変身……なんてできないの……?」

 その時、夕夜の持っていたスマホから光が放たれる。その光は紬の纏う電気と共にエコールの手元に集まり、一つの武器になる。円盤に取っ手が付いた様な形。丸鋸とタンバリンを組み合わせた奇怪な装備だ。

『魔響丸鋸、タンバリングソウ!』

「とにかくやるぜ!」

 この場で出て来た新装備、これに賭けるしかないエコールは早速必殺技を使う。取っ手の外側に付いたボタンを三回押し込む。押す度にエレキギターの様な音が響き、光が円盤を巡っていく。

『アルティメットヒット!』

 そしてトリガーを引くと、一際光の回転が激しくなり、光のパズソーとも言える状態になる。

『タンバリングギガスラッシュ!』

「いけぇえええ!」

 必殺の一撃がチェーンを容易く粉砕する。

「そんな……」

 急に出て来た武器に切り札を破壊され、ケアブラックの表情に絶望が浮かぶ。タンバリングソウを手に彼女へ向き合うエコールの姿に、こだまや紬が何故か重なって見える。

「ひっ……」

「これ指輪読むとこ……あった」

 エコールがトリガーを長押ししてソウの中央に指輪を翳すと、予想通りハーピングアロー同様指輪を読み込んで必殺待機音らしき音楽が流れる。

「お前の野心を引き裂く!」

『サウンドフィニッシュ!』

 光の円が炎に変化し、それをエコールが投げるとソウから分離して炎のチャクラムとしてケアブラックに飛んでいく。

「うわあああっ!」

 それの直撃を受けた彼女は爆発の中に消えた。吹っ飛ばされて変身が解除されただけで、命に別状は無さそうだ。

「今度こそ……」

 戦いが終わるなり、瑛斗は時間遡行を行おうとする。それを即座に夕夜が止める。

「瑛斗! 失敗こそがライブの本質なんだ!」

「何?」

 とても信じられないと言いたげだが、理解できる人には理解できる。エコールもそちら側なので頷いた。

「そうそう、ライブは生もの。演技が本番の中で洗練されたりハプニングがあるから初演と千秋楽を見るファンも多いんだ」

「へぇ、それで同じ劇何回も見る人いたのね」

 矢子はライブやミュージカルのチケットを複数回取っている様子こそ耳にしたが、そういう理屈だとは知らなかった。たしかに映画の様な編集されたものではなく人間が演じる以上、細かい変化はあるだろう。

「そうです! ライブに来れて近くに感じられることが一番なんです!」

 ふんす、とチユも自分にとってのライブを語る。

「俺は……一人よがりだったのか……?」

 今まで自分がしてきたことを否定された様な気になり、瑛斗は愕然とする。だが、それも間違いではないと夕夜は語る。

「いや、ファンを楽しませるのが責務というのも正しい。お金や時間を割いてもらう以上、質の高いものを提供するのは当然だ」

「要するにバランスが大事ということだ。両方正しいからこそな」

 浅野が年長者らしく話を纏める。

「ニュートラル、やはりニュートラルは全てを解決する……!」

「ニュートラルとは東京の隠語で皆殺しの意とか言ってなかった?」

 エコールの言うニュートラルは違うんじゃないかと思った矢子だが、これ以上は突っ込まない。

 こうして、一人の青年の責任感から生まれた不思議体験は幕を下ろした。ある少女に大きな危機感と小さな疑念を抱かせる形で。

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