君だけの騎士(自称)

「へぇ、それでね……」

「そうなんですよー」

 矢子と紬は歳こそ離れているが、なんだかんだ仲良くやって休日には一緒にパトロールをしていた。元々矢子が妹持ちで素はかなり面倒見がいいのと、エコールという共通の知り合いがいるため話が出来る。矢子は休日も制服を着るなど私服さえ持たない無趣味ぶりであるが、根っこはお互い社交的なのだ。生粋の陰キャであるエコールとは違う。

「しかし、子供の足と資金で遠くには行けないと思うけど……」

「そのはずなんですけど」

 パトロールと言うが、無為に事件を求めてふらついてはいない。消息を絶った深海こだまを探し出し、保護する目的がある。生存本能のマインドアが暴走した可能性があるということは、また彼に危険が迫った時惨劇に繋がりかねない。

「そういえばあれ以来変身出来ないの?」

「それがそうなんです。府中さんからもアドバイス貰ったのに……」

 紬は一度、変身を行ったのだが再度変身することが出来ない。突発的にマインドア能力に目覚め、マギアメイデンとなった例であるエコールが傍にいるのだが、どうも勝手が違うらしく再変身が出来ないでいる。

「あいつの能力は『マギアメイデンへの変身』だとして……他の能力だから変身は必要ないのかな?」

 しかしマインドア能力とは必ず変身が伴うものではない。エコールが単に『身を守り外敵を討つ能力』として変身を思い描いたからそうなったに過ぎない。中岡という教師の様に自身を強化しつつ精神世界へ潜行する能力や、そもそも欲望のままに能力を持て余した結果殆どサイコキネシスの延長にしかならないパターンも多い。

「理屈が分からない……」

 マインドア能力は未解明な部分が多い。正直素性が不明とはいえ、ゲームマスターを名乗るマインドアに精通した男の協力をエコールが得られたのは幸運に近い。そうでなければ今頃ウィスパーに肉体の主導権を奪われている。

「一応、細かいディテールというのを利家さんに作ってもらったんですが」

「何これ」

 紬は変身のイメージを固める為にエコールが作った『マギアメイデン・ロザリア、秘密ブック』を取り出す。ルーズリーフをファイルに挟んだ簡単なものだが、あの一瞬の変身から特徴を切り出したイラストなどもある。

「あの姿は喪服モチーフらしいです。名前は世界一美しいミイラから来ているそうで」

「死にかけたことを全力で擦るじゃない」

 実際に現場で紬の蘇生を試みた矢子は、すっかり死んでいるものだとばかり思っていた。だが現にこうして生きている。頭には電極の様な角がまだ生えているが、あれだけの怪我をして数日で退院という脅威の回復を見せた。

「私もてっきり死んだとおも……」

 それは紬本人も同様、と返答しようとした瞬間彼女は電池が切れた様に動きが止まって倒れた。

「紬?」

 矢子は突然の事に動揺しながらも、手早く脈と呼吸の確認を行う。瞼は閉じていないが、脈も息もない。家族を失ってから、この手の救命法は誰よりも学んだ矢子は冷静に周囲の人へAEDの手配、救急通報を依頼したという。


   @


「お世話かけました……」

「よかったー、生きててよかったマジでーっ!」

 病院に搬送された紬の下にフラフラと駆け付けたエコールは待合の椅子にもたれて力尽き、安堵する。

「ねぇこの牛乳……」

 矢子は紬の無事を確認した彼が急に牛乳を売店で買い、折れた紬の前歯をそれに漬けたことに疑問を呈する。こうすると治療の時便利らしいが、特に説明はなかった。

「うちの娘は一体どうなっているんですか!」

「知らないって」

 紬の両親はエコールに説明を求めるが、すっかり魂が抜けて疲弊した彼の代わりに紬が答える。

「でもAEDした瞬間、何事も無かったように起きたのよ。鼻血と前歯の心配が先なくらいに」

「なんかいつもより調子いいです」

 矢子は秘密ブックに書いてあるメモに目を通し、エコールの推測を知る。『電気で蘇生?』と書かれており、雷を纏って戦うと同時にエネルギーも電力であると考えている様だ。

「たしかにAEDは電気ショックよね」

「保健体育で習いました」

 紬もAEDのことを全く知らないわけではない。蘇生=電気の図式が彼女の中にあるのならば、電極の様な角も合わせてそういうイメージがマインドア能力に反映されたとしても不思議はない。


 様子見のため、紬は矢子、エコールと共にしばらく病院に戻った。紬の両親にはお帰り頂いた。エコールがほぼ死んでいるの確認すると、彼女は口を開く。

「利家さんって、本当なら一日起きていることも出来ない状態なんですよね……」

「みたいね、原因もよく分からないらしいし」

「それなのに真っ先に駆け付けてくれるなんて……」

 エコールは自分のこともままならない状態で、ただ一人マインドア犯罪に対抗できる存在として戦っていた。それだけではなく親身に矢子や紬のことも気にかけてくれる。

「今度は私が力になりたいけど……」

 紬はエコールに何かを返したかった。だが、自分の能力も把握できないのでは戦いに加勢することも出来ない。

「そうね、でも戦いに向いた能力になるとは限らないし」

 矢子もそこは考えていたが、全てのマインドア能力が戦闘に活用できるわけではないはずだ。

「あ、牛乳持ちますよ。私の歯ですし」

「はい、どうぞ」

 紬は矢子から牛乳を受け取る。結構前に開封したはずだが、まだ冷たい。

「そうだ、エコールってあいつのマインドア能力そのものよね?」

「はい、そうですね」

 矢子はふと、エコールの成り立ちについて考える。エコールへの変身自体が府中利家のマインドア能力。これまでの戦闘を見るに、利家が精神的に疲弊している時はエコールの能力も低下していた。それまで圧していたポリケアの様な相手にも連戦が続けば苦戦し、別の日に回復した状態で戦えば圧勝できるくらいの不安定さ。

「つまりエコールを強化できればあいつの状態もよくなるんじゃないかなって」

「あ、そういえば……!」

 マインドアが心と密接に関係しているのならば、それが強くなるのなら精神疾患由来と思われる疲労も抑えられる様になる可能性がある。だが、問題はその方法がないこと。

「どうにかエコールを強化出来れば……」

「見つけたよ、矢子」

 そうしている間に、なんと西間がやってきたではないか。

「西間! なんでここに!」

「まだこんな怪しげな奴と付き合っているのか……亡くなったご家族が悲しむよ」

 勝手に死者の言葉を代弁する様は相変わらずで、精神的な余裕も出てきたせいか矢子は怒りより呆れが先に出ていた。

「はぁ、通報しますか……」

 警察への通報を考えた矢先、西間は虚空から出現した鎧を纏って騎士になる。

「僕は君の騎士! この悪縁を断つ!」

「やれやれ、自分のこと現代の龍馬とかジャンヌダルクとか言う奴にろくな奴はいないからな」

 敵の襲来に、エコールは既に変身して起きていた。状況からして、どこからかマインドア能力を西間が得て来た様だ。

「表に出ようぜ、ここじゃ迷惑だ」

「その必要はない!」

 西間は盾と剣を手にエコールへ突進する。仕方ない、と彼はハーピングアローで必殺を放って迎撃した。

「カモだぜ」

『ハーピングフィニッシュ!』

 炎の矢は西間に直撃する。だが、盾で軽々と防がれていた。

「うそぉ……」

「喰らえ!」

 エコールが茫然とする中、西間は剣で彼を袈裟斬りにする。エコールは倒れて転がりながら混乱している。

「ぐわああ! 斬られた! 痛…くないけどめっちゃ血が出てる!」

「ふん、この程度か」

 西間の実力は不明だが、エコールのコンディションがよくないのは確かだ。

「エコール!」

「利家さん!」

 矢子と紬が駆けつけるが、西間は剣に光を蓄えて攻撃の準備をしている。

「どけ! こいつを世界から消し去る!」

「迷惑な奴……あんたの方が私の世界に要らないのよ!」

 矢子は自分さえいれば攻撃出来ないとみて、間に立って妨害を試みる。だが、遠慮なく西間は剣を振り下ろした。剣から放たれた光線が三人を呑み込む。

「利家さん!」

 紬がエコールを転がして射線から離す。攻撃は矢子をすり抜け、紬とエコールにだけ届いた。空気が巻き込まれて燃え上がる様な音がする。光は視界を塗りつぶし、何が起きているのか分からなくなるほどであった。

「紬!」

 エコールは掠めただけであったが、紬は直撃を受けて左半身が吹き飛び、傷も焼け焦げるほどの重傷を負っていた。

「うぅ……」

「一体何が……」

 それどころか、病院にも被害が出ている。設備が損傷し、怪我人もいる。エコールは病院で人を巻き込むから戦い難かったのだろうが、この西間という馬鹿は無遠慮にもほどがある。

「紬! エコール!」

「野郎……図に乗りやがって……」

 どんどん被害を増やす西間にエコールは怒りを隠せない。可能な限りの全力で敵を倒す為、力を振り絞って起き上がる。

「死に晒せや!」

『ハーピングストライク!』

 弓の刃で猛攻を仕掛ける。炎を纏った刃が光の筋を描きながら、西間の盾を連続で叩く。しかし、盾はびくともしない。

「僕の信念は、お前になど負けない」

「抜かせ!」

 それは信念ではなく、偽善ですらない独りよがりだ。エコールと矢子の気持ちは同じだっただろう。タンバリングソウを取り出し、エコールは猛攻を続ける。

『タンバリングストライク!』

 回転する丸鋸が盾の防御を押し切り、西間を吹き飛ばす。エコール、矢子、紬と三人の想いが乗った攻撃は、流石に一人で防ぎきれるものではなかった。

「ぐわあああ!」

 だが、盾を喪失しただけで西間はまだ戦える。盾が砕けると同時に、それに食い込んだタンバリングソウも床に落ちる。

「まだだ!」

「これで終わり!」

 反撃に出ようとした西間の傍に、変身した姿の紬が出現していた。傷も無くなっており、喪服の様なコスチューム、所謂『マギアメイデン・ロザリア』の状態だ。タンバリングソウを手に、それで攻撃を仕掛ける。

「はぁああ!」

「そんな……馬鹿な!」

 鎧が攻撃を防いでくれたが、一転攻勢の状態に西間は狼狽する。彼を睨むべくエコールとロザリアが揃って並び、これで逆転かと思われた。だが、エコールの変身は解けてしまい、ロザリアも変身を解除して意識を失う。

「紬!」

 矢子が彼女を支えるも、全く反応がない。傷などは無くなっていたが、同時に脈と呼吸もない。エコールも立っていられない状態だ。

「くっそ、万全ならぶっ殺してやれたのに……」

「ふふ、その程度か……なら終わりだ」

 西間は二人にトドメを刺す為、剣を振りかぶって走り寄る。マインドアというものの性質故か、二人を庇おうとしても攻撃は矢子をすり抜けてしまう。どうすれば二人を助けられるのか、また失うのか。

 矢子の中には十数年前に味わった恐怖が再来していた。二度目を味わいたくなくて、人から距離を置いていたのに。家族を蘇らせることが出来る、と欲を出したために、また……。

 後悔や悲しみなど、渦巻く気持ちが頂点になった時、周囲の風景に異変が起きる。

「なにこれ?」

「なんだ?」

 エコールもそれは知覚していた。紬も巻き込まれてはいない。まるで景色が逆再生の様に、巻き戻っていく。それも信じられない速さで、日の出と日没を繰り返す。人の波が行き来し、終わる頃には待合の薄型モニターは無くなっていた。

「な……何が……」

「なんだこれ……」

 一体何が起きたのか掴めない二人。それは、周囲の人々も同じだった。距離を開けて三人の周りには人だかりが出来ている。

「何が起きたの?」

「おいおいなんだこれは……ここ市民病院だよな?」

 場所は変わっていないが、周囲の機材や人々の服装がまるで昔を振り返ろうという趣旨の番組で見る様なものになっている。スマホを取り出しても、電波が入らない。

「あら、時間の乱れを見つけて押っ取り刀で駆けつけてみれば……」

 二人の困惑をさらに深める存在が目の前に現れる。黒髪を伸ばした、巫女装束の少女。

「どうやら、訳も分からず時間移動って感じなのね。では……」

 彼女は周囲に人魂の様な小さい炎を揺らす。すると、集まっていた人が何事も無かったかの様に散っていく。

「これでこの事態はみんな忘れるでしょう」

「あなたは?」

 矢子は少女の正体を聞いた。立て続けに色々なことが起こり過ぎて、頭が痛くなってくる。

「私は因幡レン、本職の巫女です」

「時東矢子です……この子は平賀紬」

「府中利家だ」

 名前をとりあえず教える。だが、どうもレンは状況を把握しているらしい。

「さっき時間の乱れとか時間移動とか……」

「うん、私には多少分かるの。この辺りで時間の乱れがあったことが。で、状況から推測するにあなた達が突然現れてみんな混乱。つまりあなた達が何らかの方法で時間を超えてやってきたんじゃないかなって」

 とはいえ、全てではない様だ。

「時間移動って、今はいつなんだ?」

「2001年4月27日よ」

「え?」

 時間移動したのは異変からも確定なのでエコールが日付を聞いた。なんと二十年以上も前に飛んでいるではないか。

 こうして、突然力を得た西間の襲撃に加えて時間旅行までする羽目になった三人。果たして、彼らは無事帰ることが出来るのだろうか。

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