2001年平成の旅 ①
「本当に2001年なんだな……」
矢子は売店で買って来た新聞を見て、確かに今が2001年であることを確認した。今は因幡レンと名乗る謎の巫女に連れられ、車で彼女の拠点へ向かっていた。目に見えて高級な外車であるが、彼女の正体は何だというのか。
「ふへー……でもなんで紬は身体治ってんの?」
エコールは後部座席で紬の様子を見ていた。消し飛ばされたはずの半身が変身解除と共に再生している。しかし、相変わらず呼吸も脈もない。
「まぁまぁ、その辺纏めて説明するから」
そうして連れてこられたのは山奥の神社。お稲荷さんや狛犬の代わりに兎の像があり、特殊な信仰を伺わせる。
「ここは私の神社ね」
社務所に迎えられ、とりあえず目を覚まさない紬を布団に寝かせて持っている情報のすり合わせを行う。
「私達はマインドアという能力が蔓延した2022年から来た。マインドアというのは、心の力を具現化したものらしいけど、私達にはよく分かっていない」
「やはり精神エネルギーの類だったのね」
マインドアという単語は知らなかったが、矢子の言葉からレンは心当たりを持っている様子。
「精神エネルギー?」
「ほら、昔から不思議な儀式とか超能力とかあるでしょ? あれは基本、精神の力を用いたものなの」
レンが彼女達の時間移動を察したのは、レンの使った記憶を消す呪術らしきものと基本が同じだったが故。
「ああいうのって基本オカルトじゃ……。卑弥呼の占いだってタネは天気予報だっていうし、予言は沢山して当たったのだけピックアップしてるとか……」
そう言われても、矢子にはピンとこないものだ。
「ラスプーチンがなかなか死ななかったのとか、ジャンヌダルクの信託とか、マンハッタンカフェのサイン馬券が俺らの言うマインドア的な?」
「どこまで精神エネルギーによる異変かは分からないけどまぁそんなところ」
エコールの例示は闇鍋もいいところであったが、近い部分はある様だ。
「私の能力は、正確には祀られてる神様から授かっているものでね。その神様が『子孫繁栄』という周囲の人々の願い、精神エネルギーを長年蓄積して生まれた存在なの。あなた達のマインドアっていうのは……」
「謳い文句によると、心の扉を開いて能力を扱えるようになるんだとか」
心の扉、矢子が出したその単語でレンは概ね理解した。
「はー、心の扉。それってつまり悟りの様なものね」
「は? 悟り? みんな変な手術で解脱しちゃってんの?」
矢子も全く知識がないというわけではない。悟りとは則ち、お釈迦様がめっちゃ苦労して辿り着いた境地なのでそれを手術でしてしまうのは危険な匂いを感じる。スポーツ界では技術の蓄積で後年になるほど記録が伸びるのだが、それと同じ感覚でやっていい様なものではないはず。
「解脱まで行かなくていいのよ。ほら、人の心を揺るがす歌を歌えるとか、凄い本数のヒットを出せる様になるとか、人智をちょっと超えるのに悟りが必要なの」
「もう私達の能力、人智をちょっと超えるとかじゃないんだけど……」
宣伝文句の通り、成功者が開いている領域であることは間違いない。だが、この状況はその規模に収まっていないと矢子は感じた。
「もうエコールや紬なんか変身しちゃってるし、私のストーカーは鎧を宙から出すし、メカメカしい義手が生える子とかいるしもうめちゃくちゃで」
「そんなことになっているのね」
レンは伝聞のみのせいか、そこまで驚いていなかった。なのでエコールが実例を見せる。
「変身!」
「おおー、こんなことが」
変身したエコールを見て、レンは驚愕し考える。
「こういうのが怪しげな手術でスナック感覚で使える様になってんだ。俺達の時代」
「受けたのですか? 手術」
「いや、周囲のそういう奴がいると偶発的に目覚める奴がいるらしい。俺と多分紬も」
偶然覚醒するパターンもある、と聞いてレンはあることを尋ねる。というより、知っているだろうと思ってエコール達に確認を取った。
「あら? 矢子ちゃんも能力あるんじゃないの? というか時空移動は彼女の能力だとばかり」
「え?」
レンは時間の乱れを察したと言った通り、エコール達には感知できないものが見えている様子。
「あの乱れの小さい奴が矢子ちゃんからずっと出ているんですよ。気づかなかったんですか?」
「そういえば変なことがあった様な」
エコールは矢子飲んだお茶が復活するなどの奇妙な現象を思い出す。それを聞いた彼女は愕然とする。
「それ言いなさいよー!」
「いや気のせいだと思うじゃん?」
「予測するに、マインドア関係の事件に首を突っ込み続けた結果矢子ちゃんも開いちゃったのかな?」
レンに指摘され、エコールもずっと矢子がマインドア絡みの事件、それも空間を揺るがす様な規模のものに触れていたことを思い出す。
「それで……私達は元の時代に戻れるの? 少なくとも用件済んだら現代に戻りたいんだけど」
「あら? 何かの目的があってタイムスリップを?」
矢子は戻り方を聞くが、当然レンが知るはずもない。
「いや、これは偶然なんだ。ただ数年後、私の家族が事故で死ぬ。それを防いだら帰る」
「うーん、だったらここで修行して能力をコントロールできるようにしてから一回仕切り直すのがいいかもね」
レンが提案したのは、能力を制御する為の修練。このままでは、確かに戻ることすらままならない。この状態で事故を回避したとしても自然の時間経過以外で戻れないのであれば、『家族が死んだ世界線から来た矢子』と『事故を回避した世界線の矢子』が同時に存在する状態を産んでしまう。
「それしかなさそう……。それと紬だけど」
「どう見ても死んでいるけど、やっぱりマインドア能力で蘇生できるのね」
事情を知らないレンからすれば、紬の方は完全に死体。ただ、こちらはエコールによってある程度予想がついている。
「多分電気で復活するんじゃないかな」
「たしかに、AEDで復活したし」
ある程度の方針が固まり、一行は行動を開始する。即座に理解ある人間と出会え、拠点を得られたのは大きな幸運だ。
「んじゃ、俺は昔の俺に出会わない様に買い物行ってくるぜ」
「は?」
「いや子供の時買えなかったものがね……」
エコールは修行そっちのけで玩具を買おうとしていた。相変わらずの始末であるが、一つ問題がある。
「お金、今の使えるの?」
「え?」
矢子に言われ、エコールは財布からお札を取り出す。千円札は現在、野口英世。それを見てレンは首を傾げる。
「夏目漱石じゃないの?」
「マ? じゃあ諭吉は?」
「あ、まだ諭吉なのね」
2022年から持ってきたお札で使えるのは一万円だけ。幸いあるにはあるので、500円以外の硬貨と合わせて使っていきたい。
「ていうかこれいいの?」
「いいんじゃない?」
思い切り私情で動いているエコールだが、レンは特に拘束しない。
@
こうして、マインドア能力を制御する為に矢子と紬の修行が始まった。
「物理法則と違って精神に依るものは、自分が出来て当然と思うことに意味があるの。だから、まずは集中力を高めてね」
角に電極を繋がれて蘇生された紬も入れて、まさかの滝行。修行と言っても古典的過ぎる。
「これは何の意味が?」
「どんな状況でも能力を使いこなす自分をイメージするの!」
昨夜、レンは三人にヒヤリングを行い修行のメニューを決めていた。エコールが突然生えてきた能力を難なく使いこなせたのはその高い想像力と、過集中とも言われる集中力によるものだと判断。結果的に精神に依存した能力を制御する資質があったのだ。しかし一般人である矢子と紬には、そこまで飛びぬけた才能があるわけではない。
(あとは利家くんがうまくやってくれるといいけど)
そして、同時にレンは『マギアメイデン』というシステムにも注目していた。変身により姿や能力を変化させるということは、能力の明白なオンオフに繋がる。実際利家は紬用に『マギアメイデン・ロザリア』を生み出しており、それを箱とした能力制御を試みた形跡がある。
なので、彼には矢子の変身するマギアメイデンも考えてもらう必要があった。
「具体的にはマギアメイデンへの変身を目指して!」
「まぁ三人中二人が変身したから理屈はわからなくもないけどさ、特オタアニオタのエコールが変身したのはともかくなんで紬まで変身したの?」
矢子は咄嗟とはいえ、ポリケアに対抗するべく紬が変身した理由を問いただす。マインドアが心の力である以上、その答えは当人の中に必ずあるはずだ。
「なんというか、向こうが変身してるから対抗して……」
「ポリケアもよく分かんないのよねー……」
マインドア能力というのは変身するばかりではないはずだが、何故か変身する奴がちょいちょいいるのだ。単純にアニメ的な意味ではなく、理想の自分に近づくことで強くなるというメカニズムなのかもしれない。
「さて、こっちもやっちゃいますか」
滝行をしている二人を横目に、レンはあるものの制作をしていた。紬から『エコールを強化することで利家の精神疾患を改善できないか』という相談を受けていた。心理士ではない彼女だが、エコールの姿は利家の心を写した存在。それを見れば紬の心配を理解出来た。見てくれこそ立派だが、内部はかなり損傷している。変身中、痛みを感じないというエコール当人の発言からも、『本人もダメージに気づかない、我慢することに慣れている』という可能性を考えていた。
このまま変身と戦闘を続ければ損耗は激しくなる一方。2020年代には彼の他にマインドア能力を用いた犯罪に立ち向かえる人物がいないとのことで、後進を育成するまでに持つかどうか。
「強化より先に、補修した方がいいかな」
包帯に経文の様なもの書きながら改善案を出していく。古来より不意に目覚めた心の力を制御出来ず、暴走させてしまう者がいなかったわけでない。それをどうにかする為の技術も開発していたが、実例の少なさや研究不足で上手くいかない。
「まぁ、ないよりはいいはず……」
だが何もしないよりはマシだろう。1と2の間に大した差はないが、0と1では大きな差になる。
@
「これを?」
買い物から戻ったエコールに、レンは開発したものを渡す。経文の描かれた包帯と、天に伸びる木の様な図を描いた墨絵だ。
「
「どうやって使うん?」
「そうね……こっちは身に着けるものだけど変身するから今付けても意味ないだろうし……」
心深支文は見た目通り包帯の様に使うものなのだが、変身してしまうと今まで着ていた衣服が全てマギアメイデンの衣装に上書きされてしまう。ただでさえはっきりと効くかわからないものなのに、そんな特例みたいな状態が相手では不安の方が募る。
「こっちの絵は?」
「縁のある人に葉や花、実の絵を描いてもらうおまじないね」
結局のところ、これといった解決になっていないのが現状。しかし20年後から来たエコールには今のレンが持たないものがある。ゲームマスターから託された精神世界に入るドアのミニチュアだ。
「とりあえず心の中に入れておこう」
精神世界の冒険を経験したエコールは、とりあえず精神世界になんかすればいいと思っている節がある。まだ修行の旅は始まったばかり。彼ら三人は無事、現代へ戻ることが出来るのだろうか。
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