顛末
二か所で起きた惨劇は多くの死傷者を出し、原因の究明が今一つの状態で幕を下ろした。おそらく深海こだまのマインドア暴走が原因であるため、警察は会見を開いて保護を呼び掛けた。
「なんじゃこりゃ……」
だが、夕刊を見て浅野は絶句する。そこにはさも、警察が子供を指名手配して捕まえようとしているかの様な記事が書かれていた。
「問題だな」
ネット上では見出しでクリック数を稼ごうとするこの手の記事に対し、実際はこうだから釣られるなと警告する声がある。だが大きな問題は、当事者たるこだまがネット端末を持っていないこと。駅前の新聞、街頭のテレビ、そこで流れるニュースを見れば姿を隠すだろうことが容易に想像できる。
「早めに保護せねば……」
推測の域を出ないが、防衛本能の暴走だとすれば彼の身が危険になればそれに比例して暴走、周囲に被害を出す恐れも大きくなる。未だそのメカニズムも不明瞭なマインドア能力、その危険にこの国は晒されているのだ。
紬は病院に搬送され、集中治療室で手当てを受けていた。
「おそらく……今夜が山です」
「そんな!」
だが状況は芳しくなく、彼女の両親は悪い知らせを受けていた。バイタルは異常なまでに低く、なぜ生きているのか分からない状態なのだという。
「殆ど仮死状態で、頭部に刺さった破片もどういう原理でどうなっているのか……。レントゲンで確認しても頭蓋骨を貫いて前頭葉に達していること以外は何も分からず、迂闊に手術で取り除こうとすれば脳を傷つける可能性が」
傍で聞いていた矢子は、あの角がマインドア能力の一部だと見ていた。刺さっている、というよりは生えてきたの方が正しい物体なので取り除くのは不可能だろう。
「何の話をしてるの?」
その時、あろうことか紬が意識を取り戻し、何事も無かったかの様に集中治療室から出て来た。他のスタッフが慌てて止めている。点滴の台を引っ張りながら、死にかけていたとは思えない軽い足取りである。
「まだ安静に……」
「お父さん、お母さん、話しておきたいことがあるの」
紬は自分の身に起きたことを把握しているのか、話を始める。
「私は白木さんと黒川さんの攻撃からこだまくんを庇った時、多分死んだの」
「え?」
両親からすれば信じられないことだろうが、心肺蘇生をした矢子には理解出来た。あれだけ長時間、呼吸も脈も止まっていれば死んでいる。エコールがポリケアとかいう妙な二人と戦っている最中も、彼が学校でこだまを探している時も、救命措置は続けたがまるで回復する気配が無かった。
「ええ、確かに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返したけど、効果が出なかった。外傷によるものだったのね、どれほど時間が経っていたのか知らないけど」
「でも私は生き返った……生き返ったんじゃなくて、未練があるからだと思うけど」
紬には、そこまでして死ねない理由があった。こだまのことだ。
「私は今まで、こだまくんのことを見て見ぬふりしてきた、だけど、もう逃げない。これは、私が罪滅ぼしをするまでのロスタイム……」
「そんな! あんなベクレてるガキの為に……」
両親はこだまと関わることに、昔から否定的であった。だが、そんな大人の態度が今回の惨劇を引き起こしたとも言える。
「ベク……あ」
紬の親の発言から、矢子はそのおつむを察する。科学的根拠のない差別用語を堂々と子供の前で使う様では、紬の想いが届くかは微妙なところだ。
「人間の本質は、はだしのゲンの時期から変わってないのね」
とはいえ家族の不仲を全く見捨てておけない矢子。自分は死んでしまったが、紬にはまだ和解の芽がある。
「他人の私が言うのもおこがましいけど、紬ちゃんは立派よ。マインドアは心の力、それを自分可愛さではなく他人への慈愛によって開いたのだから」
「でも、あの汚染されたガキがこんなところに来なきゃ紬は死ななくて……」
紬の父親は断固として原因をこだまに求めているが、それは因果関係が違うと矢子は断ずる。鶏が先か卵が先か、ではなくハッキリとした話だ。
「あのね、あんたら大人がそういう非科学的な風評であの子を追い詰めたからマインドアの暴走を招いたのよ。あれは警察も発表している通り、マインドアという心の力の暴走。あの子の場合は身に迫る危険を避けるために防衛本能という精神が爆発的な反応を見せたことによるものなの。初めからちゃんと周りがしてれば防げたって話」
矢子の言うことは正論なのだが、有史以来正論が人を救ったことはない。この愚かな大人には神経を逆なでする説教にしか聞こえないのだ。
「お前に……何がわかる! 夢のマイホーム、ようやく建てたその先にあんなのがやってくるなんて……災害じゃないか! 娘と同じ学校に、学年に……クラスに! 放射能と病気を持って! 親になればわかる! 我が子に避けようのない危険が迫る理不尽!」
「こだまくんからしても理不尽でしょ、生まれた瞬間病原菌扱いなんて」
娘を思うなら、科学的根拠に基づいた人間関係の構築の方がよほど重要だ。そんな対応が罪悪感に苛まれて死をも厭わない覚悟を決めてしまう結果にもなったわけである。
「……とにかく! 私はもう大丈夫だからこだまくんを探そう!」
「そうね、何が起きるか分からないもの」
紬は話を強引に打ち切る。矢子もそうするべきだと思ったが、さすがに死にかけの人間を連れていくわけにはいかない。目線の高さを合わせて、安心させる様に言った。
「でも紬ちゃんは先に怪我を治して。後はお姉さんたちがなんとかする」
矢子は普段の冷たい態度からは想像できないかもしれないが、本質的には温厚で優しい少女なのだ。
@
黒沼、白木のポリケア二人組は、小学校の体育館二階にあるギャラリーからあるものを見下ろしていた。大量の遺体袋が並び、家族が縋って泣きわめく姿。深海こだまによる犯行は児童、教師の大半を犠牲にしていた。
「ねぇ、黒子……こんなことがもっと起きるのかな」
「多分」
この事件を知りながら止められなかった二人は意気消沈する。まだ、誰が死んで生きているかの確認が取れない。友達の安否が気になるところだ。
力を与えてくれた妖精の予言書にはこれ以上先のことは記されていなかったが、これを止められず、引き起こした元凶が生きているということは惨劇が繰り返されることとイコールだ。
「多分、ニッシが何か知っているはず。どうにかこだまを止めないと……」
黒沼黒子が自宅に匿っている謎の妖精、ニッシ。自分達に力を与え、ポリケアにした張本人。なんとかしてくれるはずだと淡い期待を抱き、変身アイテムであるコンパクトで連絡を取る。コンパクトの鏡が画面になってテレビ電話が出来るのだ。
「ニッシ、ここから先どうすればいい?」
画面にはクマの様な妖精が映っている。これが妖精のニッシ。未来の惨劇を防ぐために奔走していると本人は言っている。
『二人で勝てないのなら仲間を増やすっきゅ! 僕も増やせる様にアイテムを調達してくるっきゅ!』
「うん、お願い」
ニッシは戦力補強を提案する。ただ、すぐには出来ないらしい。アイテムがあってもメンバーを募らないといけないので、やることはどのみち同じであるが。
「やぁ、精が出るねお嬢さん方」
行動指針を決めた黒沼黒子の前に、見知らぬ男が現れた。学校に現れた不審者に二人は警戒を強める。
「私はゲームマスター。君達が迷走して詰まない様にヒントをあげよう」
「どういうこと?」
その男はゲームマスターと名乗る。エコールの協力者でもあったことをポリケアは知らず、彼もまた話がややこしくなるため明かさない。
「君達が使っている力、そして深海こだまに目覚めた力はマインドア能力だということは知ってるね?」
「……似たような力だってのは聞いた。心の力だから、出来て当然と思うことが大事だって」
ニッシには正義の戦士ポリケアへの変身能力、そしてそれは心をエネルギーとすることは聞いていた。最近世間をにぎわすマインドア能力との関係を聞いたら、近いものだとぼかされた。
「そうだね、そして人間の心というのは強いストレスで摩耗する。深海こだまの境遇を考えれば、ここまで大規模な事件を起こすほどのエネルギーが残っていると思うかね?」
ゲームマスターは淡々と、理路整然と状況を分析して伝える。
「減るばっかじゃないでしょ? 恨みとかなら増えるはず……」
黒沼は反論するが、事実として人間の感情はそこまで単純な構造ではない。
「一定まで、はね。どんなに辛い境遇でもあるところを超えると、憎しみも怒りも生まれない。人間は慣れる生き物だ。学習性無気力として、学術的にも証明されている」
ゲームマスターは一通りの説明を小学生にも分かりやすく噛み砕く。
「こんな実験がある。犬を電気が流れて痺れる床があるゲージに入れた。その床がゲージの半分しかない場合、犬は電気が流れるとそこを避ける。だが、ゲージいっぱいに電気が流れる床を敷き詰めると、犬はやがて抵抗しなくなる。何をしても逃げられないと分かると、慣れる方にシフトしていく。これが学習性無気力。人間にも同じことが言える。特に子供はいじめや虐待が日常茶飯事だと、その異常性に気づかない」
「何を言っているの?」
それでも黒沼と白木は理解に苦しんだ。単純に二人の理解力が低いだけではない。事件の犯人が深海こだまという結論ありきで凝り固まっている為、それを覆す説明を脳が受け入れないのだ。
「では、本当の原因に近づくヒントをやろう」
ゲームマスターもそれを分かっており、ドアのミニチュアを差し出して方向を切り替える。
「学校というのは、何十年、何百人が通うものだ。この国には、長く使われたものには心が宿るという信仰があるが、マインドア的にもそれは概ね正しくてね。この学校の心に行け、そうすれば、本当の原因を討ち取れる」
「知らない人の言うことを聞くと思う?」
黒沼はゲームマスターの手からドアをはたき落とす。
「ニッシという妖精も、元は知らない者だろう? 見た目が違うだけだ」
「行こ、こんな話付き合えない」
黒沼は白木を連れて去ってしまう。たしかにニッシは知らない相手だが、ゲームマスターほど怪しくはないと自分に言い聞かせながら。
黒沼黒子は、所謂『普通の女の子』である。母はパート、父は会社員。話題のドラマを見て、アイドルを追い、ユーチューバーをリサーチする。常に多数の側、正しいモノの中にいて生きてきた。
「無事だったのね!」
「心配したぞ!」
両親も事件を聞きつけ、仕事を切り上げ自宅で彼女の帰りを待っていた。黒子の無事を確認するなり、飛びついて抱きしめる。子供は親を選んで生まれてくるのだと言われれば疑問を持たずに納得し、望まれて生まれない子供はいない、親は子供を無条件に愛するもの、と無邪気に信じるのも当然の家庭環境。白木の方もその価値観に違いがないからこそ、友人としていられる。
@
(どうしよう……)
紬に促されるまま逃げ出したこだまは、荷物も持っておらず着の身着のままであった。幸い衣服に血痕が付いていないため、こうしてショッピングモールのベンチで休憩しながら思考を巡らせることが出来る。
ニュースでは警察に追われているらしいことが分かる。暴走とはいえ、殺したのは紛れもなく自分の意思で記憶もある。その為、罪悪感こそないが警察に捕まったらまずいという状況判断は出来る。
(とりあえずお兄ちゃんに相談しよう)
しかし深海こだまも四面楚歌の天涯孤独で十年弱を生きて来たわけではない。もしそうならばとっくに野垂れ死にだ。唯一の味方がこの街に存在し、彼ならば何かいい案を授けてくれるかもしれない。そう思い、こだまは行動を開始したのであった。
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