呑まれた学園 ③

 子供にとっては、家庭と学校の往復こそが世界の全てである。人生の総数にして僅か10分の1、たった9年のこと。社会に出れば流行りのゲームやテレビを見なくても糊口をしのぐことは出来る。だが、子供の世界はそれだけで生きていけないほど厳しいものだ。

「お、犯罪者のガキが来たぞ」

 遅刻してきたこだまを見て、児童はにやにやと集団で近づいてくる。子供は常に純粋で正しいもの、そんなのは大人のお仕着せに過ぎない。半端に知能を持つチンパンジーやイルカが同族を凄惨に虐め殺すのと同じ、無垢でいられるほど頭は悪くなく、悪性を抑えられるほど聡明でもない。

 こだまという『悪』を見つけ、『正義』を振りかざすのは日常である。

「一人前に遅刻して来やがって……」

 だが、今日は非日常であるという点に気づくことは出来なかった。こだまの右腕に出現したドリルが、唸りを上げて児童の胸部を貫く。餌食となった子供は血を大量の吐き出し、何が起きているのかを自覚する前に息絶えた。

 悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げる児童たち。ドリルを抜いたこだまはそれを逃すまいと、それを向けて先端のドリル刃を発射した。

 乾いた音と共に、ドリル刃が逃げた児童の頭部を貫く。横で走っていた友人が即死したという受け入れがたい事態に、数人が腰を抜かした。

 それでも、まだ逃げようとする者はいる。こだまはウインチに武装を変更し、それを飛ばして逃亡者の首を掴んだ。

「ぐげっ!」

 ワイヤーを巻き取って自分のところに手繰り寄せると、掴んだままその児童をなんどもコンクリートの壁にぶつけて殺傷する。白い壁に赤いシミが付着し、回数が増える度その範囲は広がる。

「く、来るなぁ!」

 これだけの騒ぎにも関わらず、なぜか付近の教室からは誰も出てくる気配がない。偶然通りかかったのか、ようやく女性教諭が現場に居合わせた。その存在に気づいて振り向いたこだまは、その顔に憎しみも快楽も浮かべていない。ただ掃除でもするかの様に淡々と敵を処理していた。

「ひっ……」

 現実離れした光景に言葉を失う教諭に対し、こだまは腕のチェーンソーのスターターを起動する。対応が遅れた、何もかも。廊下にこれ見よがしに立てかけられたさすまたを手にしたが、こだまの攻撃が早く刃をそれで受けることしか出来なかった。

「がげぁやぁぁああッ!」

 軽く、細いパイプのさすまたなど簡単に両断され、チェーンソーは肉と骨を砕いて命を奪う。


   @


 何人も殺害される事態になりながら、誰も避難しないのには理由があった。

「開かない!」

「どうなってる?」

 教室は何故か開かず、隔離された状況となっている。外の風景は真っ暗で、窓さえ開かない。開いたとしても、三階から飛び降りる者はいないだろう。

「スマホでなんとか……」

 児童の一人が持ち込んでいたスマホで外に助けを呼ぼうとする。ポケットから取り出したスマホに110番を入れ、電話をしようとした時異変が起きた。

「ぎゃああ!」

 スマホが破裂し、児童の手を破片が襲う。爆発自体は大したことないが、燃えた破片が手に深々と突き刺さり手を内外から焼いていく。

「うわあああ!」

「ここから逃げられるぞ!」

 児童の一人が廊下側の壁の下部にある、換気用の窓が開いたことに気づく。なんとか逃げ出そうとそこを潜るも、開いた窓が勢いよく閉まって児童の胴体を強く挟む。

「うぐ!」

 なおも窓は閉まろうとし続け、児童は足をばたつかせる。だが、鉄の混じった様な匂いと便臭、アンモニア臭が鼻を刺激する頃には足が止まる。ズボンには濡れた様な痕が付いている。悪臭とクラスメイトの残酷な最期に吐き気を催した児童数人が窓へ駆け寄る。想いが通じたのか、窓が開き外の空気を吸うことが出来た。

「あ、ぁあああ!」

 だが、どういうわけか窓の外へ吸い出された、否、後ろから何者かが彼らを突き落とした。長い悲鳴が鈍い音で止まる。彼らを押した人物は、ぼんやりとした影として数人存在した。それは、何を隠そう彼ら自身であった。

「ひぃいいい! 許して許して! ごめんなさい!」

 死にたくないと蹲っていた女子の脳裏に、ある光景が焼き付く。それは、自分がしたことをされた側の目線で見た映像。深海こだまに行った横暴が、鮮明に映っている。窓際にいる彼を二階から突き落としたこと、必死に逃げるこだまを嘲笑いながら、扉で挟んでやったこと。全部自分達がしてきたことを、この学校がこだまの意思を受けたかの様に仕返ししているのだ。


 他の教室でも惨劇は繰り広げられていた。床の隙間から水が溢れ、ある教室では天井付近まで水位が上がっていた。

「がぼっ……助け……」

 脚が付かない場所を着衣泳出来る小学生が何人いるだろうか。この水は手足が千切れるほど冷たく、既に数人が床に沈んでいる。水を飲み、浮かんでくることすらない。


 とある教室では、謎の熱波が発生していた。蒸し焼きというよりは、蛍光灯がまるで直射日光の様に輝き、児童を焼く。持ち込んだお茶は何故か腐臭のする泥水へ変化しており、教卓にも同じ水が吹き出すパイプがあった。干からびない為にはそれを我慢して飲むしかないが、しばらくすると腹痛に襲われる。熱中症と下痢で水分を奪われ、また一人ひとりと命を落とす。


 体育館でも阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。ボールが殺人的な速度で児童を襲う。人間や機械が投げる速度などを優に超え、ぶつかるだけで身体が宙に浮くほどの衝撃。鈍器の様に繰り返しバウンドし、倒れた者を容赦なく仕留めようとする。


「どこに行ったんだ?」

 エコールは学校中を捜索するが、まるでこだまの姿は見つからない。惨劇の痕跡を辿ろうにも、それすら見当たらない状態なのだ。まさかまた中岡がしゃしゃり出て異空間になったのではと危惧しつつ、辺りを見渡す。

「いた! おーい!」

 心配はほどんど杞憂に終わり、こだまの姿を発見する。エコールの声に反応して振り返った彼は身体から放たれる黄緑の光を収め、腕の血糊がべったりついたチェーンソーも消失させる。

「ぁ……エコール……」

「やっぱ暴走か……、そうだ、ドアは時東さんに預けたんだった」

 その様子からマインドアの暴走ではないかと考えたエコールは、心理世界への侵入を考える。とりあえず矢子と合流する必要が出た。彼はこだまの手を引いて、矢子の待つ場所へ向かう。

「た、助けて……」

「無論だ」

 こだまは搾り出す様な声で助けを求める。快く応じるエコールだったが、どうも話は違う様だ。

「僕じゃなくて……紬」

「誰か怪我してるのか?」

「……外」

「なるほど、急ぐぞ」

 あの三人のうち誰かのことだろう。エコールは校庭付近まで戻り、矢子の下へやってきた。重傷を負った女の子を彼女が手当していたが、容態は芳しくない。

「矢子、その子はどうだ?」

「……」

 黙って首を横に振る矢子。こだまはその女の子に駆け寄って名前を呼ぶ。

「紬……紬!」

 その姿を見て、矢子はあることに気づいた。二人の少女は一番重傷を負った紬がこだまにやられたと言ったが、本当なのだろうか。もし防衛本能の暴走なら、エコールの様に二面性の強調という可能性も捨てきれないが、身を守るために排除しなければならなかった相手をここまで心配するだろうか。

「見つかったか!」

 一通り現場を見終わった浅野も戻ってきた。

「浅野さん、状況は?」

「奇々怪々、なれど死屍累々か……。学校で大勢があんな死に方をするのか?」

 とてもでないが、信じられない光景が広がっていたのだという。体育館では大量のボールが散らばり、殴打によって死亡した者が山と。ある教室では何故か溺死した児童が、ある教室では汗まみれ下痢まみれという地獄の様な状況で死んでいる者が多数。それ以外にも、施設の件と同じ様な死に方をしている者までいる。

「ねぇ、こだまくんって学校でも虐められてたんじゃない?」

「その可能性はあるが……」

 矢子はある推測をする。浅野もこだまが虐待から救われない辺り、学校の対応を疑問視してはいたがそこまで踏み込んで考えてはいなかった。矢子はこだまについて、エコールから話は聞いている。

「……紬は違う……」

 こだまはある一点について否定する。その言葉を聞いた瞬間、ポリケアの二人が顔色を悪くする。そして、問答無用でこだまに襲い掛かる。

「お前がぁああああ!」

「みんなを殺したのか!」

「待て!」

 エコールが間に入り、ハーピングアローで防御する。

「だとしてもマインドアの暴走だ! 防衛本能の暴走だとしたら、迂闊に攻撃すればまた被害が増えるぞ!」

「その前に殺せばいい!」

「イカレてんのか?」

 アローで二人を弾き、距離を作ったエコールは弓を番えて牽制する。

「殺すってどういうことか分かってるの?」

「ガキ特有の強い口調……ってわけでもなさそうだ! こいつらはマジでやる!」

 矢子は息を引き取った紬とポリケアを交互に見て、信じられないと目を丸くする。実際に戦ったエコールはこの二人が殺害という行いに躊躇いがないというのを感じている。

「もしかしてこの子をやったのは……」

 矢子も紬がこだまの暴走に巻き込まれたのではなく、ポリケアに殺されたんだと感づき始めた。嘘がバレた二人は悪びれる様子もなく、言い訳を口にする。

「仕方ないじゃない……庇ってたけど攻撃すれば避けると思ったし、割り込んできたし……」

「こだまを殺す気だったってわけかこの野郎……」

 ポリケアを倒す、と決めたエコールであったが、彼に異変が起きた。突然変身が解けてしまったのだ。

「エコール?」

「んん……きっつ、限界きた……」

 元々、エコールは心的なストレスから一日起きているのも厳しい状態。それが連戦を続けてしまったため、ガス欠に陥ってしまった様だ。

「利家くん!」

「立ってるのも無理……」

 唯一マインドア能力者に対抗できる手段であるが、あまりにも不安定。普通に戦えば負けるはずのないカードだが、一気に形成は不利へ傾いた。

「ここで倒す!」

「ポリケア、クリーニングシャワー!」

 ポリケアの二人はビームの雨を降らせる。まさかの絶体絶命。そんな時、三人の前に小さな影が現れた。

「え? あれ?」

 矢子は自分の傍で倒れていた紬がいないことに気づく。ビームの雨霰を雷鳴の唸りと共にはじき返したのは、なんとその紬であった。

「蘇生出来た?」

 どう考えても手遅れだったが、まさか心肺蘇生に成功したのか。もしそうだとしてもすぐにこんな動けるはずもなく、ましてや異能の攻撃を防御するなど不可能。

「その姿は……!」

 ポリケアの二人が驚いたのは、変化した紬の姿。黒いジャケットに漆黒のタイ。ハーフパンツやミニハットまで黒で統一されたゴシックな喪服姿。左の額には電極の様な角がある。

「お前も……ポリケアに?」

 死んだはずの紬が自分達と同じポリケアに目覚めた、と二人は驚愕する。紬はある思いを胸に、死の淵から蘇ってみせた。

「私は逃げない……見捨てない! もう、恐れはしない」

「ケアブラックは私一人だぁああ!」

 ケアブラックは色被りに激昂するも矢子はそれを否定する。そんな意味不明なものではない。

「違うわ……誰かを助けたいという想い、人が抱く善性の戦士、マギアメイデン!」

「え? マギアメイデンそんな重大な称号だったの?」

 命名者であるエコールもびっくりの激重認定。矢子からすれば始まりは自己防衛でも、その後自分やこだまを助けようと動く姿は善性の発露たる正義の味方、エコールもマギアメイデンそのものである。

「これ使え!」

 能力は未知数だが、数的不利は覆せない。エコールはハーピングアローを渡し、戦力差を埋める。

「うん、これで……」

 使い道はパッと思いつかなかったので漫然と振り回したが、それだけでも刃の付いた武器というのは有利に働く。それで吹き飛ばした二人に、矢を叩き込んで優勢に立ち回る。

「その面叩いて必殺技だ! なんかアクセを読み込め!」

 エコールもよく使い方が分かっていないので、ふんわりと説明する。紬はその説明通り、アローの何かが取り付けられそうな部分の裏を叩いてから、ジャケットの襟に取り付けられたバッチの様なものをスキャンする。

「なんか行ける!」

 必殺待機音が鳴ったので、どうやら成功らしい。紬が弓を引くと、ケアブラックの背後に大きな電極が生えてくる。

『ハーピングフィニッシュ!』

 放たれた矢は電極まで高速で移動し、雷鳴の様な轟音が響き、閃光が煌いた。

「ぐぎゃあああ!」

 貫かれたケアブラックは黒こげになって倒れる。紬に殺意がなかったおかげでまだ息はあるらしい。

「よ、よくも……」

 ケアホワイトが反撃に出ようとするが、即座に必殺待機へ移行した紬は、アローの刃でホワイトを切り裂く。

『ハーピングストライク!』

 稲妻の刃で敵を切り裂き、爆発させる。ポリケア二人は再度変身を解除させられ、戦闘不能に陥った。

「一件落着か……」

「いや、暴走の件がある」

 矢子はこれで全て終わったと思ったが、浅野は事件の全貌を解く為にこだまへ近寄った。だが、その前に紬が立ちはだかる。

「逃げて! 捕まっちゃうよ!」

「え、ちょ……」

 おそらく学校の児童を殺したことでこだまが逮捕されると思ったのだろう。彼もそれに応じて逃げ出した。

「あ、ちょっと待って! 別に取って食おうなんて……」

 矢子の静止も聞かず、こだまは忽ちどこかへ走り去ってしまった。彼の逃亡を見届けた紬は安堵したためか、変身を解除する。

「ぅ……」

「だ、大丈夫?」

 角は残ったまま、変身時には消えていた傷跡もある。顔は死人の様な土気色で、呼吸も浅い。


 学校一つを呑み込んだ惨劇は、大きな爪痕を残して終焉した。

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