閑話休題 八神咲とクラスメイト達
「とりあえず私のクラスのことを教えておくね」
「なぜ?」
それはちょうど保健室でのことであった。唐突に咲が自分のクラスメイトを紹介すると言い出したのだ。エコールもこれには困惑。
「田中の影響を間近で受けたってことはマインドアが開くかもしれないんでしょ? だったら少しでも情報を共有しておいた方がいいかなって」
「あー、所謂登場人物紹介回的なあれね」
エコールは人の顔と名前を覚えるのが苦手な為、全員覚えられるか不安があった。とはいえ、せっかく情報を共有してくれるのだ。これを逃す手はない。メモを用意して備える。
「まずは私から。八神咲、お母さんと愛犬のパスカルと暮らしているよ。犬種はシベリアンハスキー」
「さてはメガテニストだなオメー」
八神咲はショートヘアの活発な女の子。家族想いの愛犬家だ。一連の事件にも、世界で何が起きているのか知る必要があると感じ、エコールの過去を聞くなど時代に向き合おうとする姿勢も見られる。
「マインドアとかいう変なものが流行ったけど、大変な時代になったものね……」
「俺らの時期はそうだな……大きなテロは国外だしカルト宗教のテロも本当に小さい頃だったから平和だったな。そう思うと激動の時代に生まれたもんよ」
エコールは咲らと自分の高校時代を見比べる。咲もエコールの時代は大変だったのではないかと思わないこともなくはない。
「マインドアはなんかまだ現実味無いけど、大きな地震とか原発事故とかあったでしょ? 前例がないわけじゃない、既に立証された危険が迫っているのはかなり怖くない?」
「被災地にいたわけじゃないと案外国内でも実感ないものよ。精々なんにでも不謹慎だって文句付ける連中がいたくらいか」
当時は自粛ムード絶頂だったので、不謹慎を錦の御旗に暴れる連中がいたのだ。
「うわ、なんか自粛警察みたいなのいるのね……」
「どの時代も大変だな」
結局人間の本質は石器時代から変わっていないのである。
「この流れは私か次……。私は時東矢子、以上」
物静かで憂いを帯びた美少女、時東矢子。家族を事故で失い、マインドアに希望を見出だしている。彼女を止める為にエコールと咲は行動していたと言っても過言ではないが、その強い思いは無理に諦めさせるのを躊躇うほどだ。
「そういえばあんま話したこと無いね私達、クラスメイトになってから日が浅いからだけども」
「名簿も離れているから、隣でも私はあまり話さないでしょうけど」
家族の死以降、寡黙で他人と関わらない様になった矢子は咲とも今回の一件で初めて会話したくらいだ。不可能を可能に出来るかもしれないマインドアのことを知るや、真っ先に飛びつく程度には家族への想いは強い。母子家庭で母親が寂しい思いをさせない様にと育ててくれた咲には、それが痛いくらい分かる。
「まぁ話す奴話す奴が西間みたいなのばっかなら会話したくもなくなるわ」
そんな矢子の幼馴染が西間洋。爽やかな好青年に見えるがその性質はガムテープより粘着質で、矢子当人はかなり嫌っている。
「あんだけ近くにいてあの鈍感力は凄まじいぞ。口から放屁ってのはああいうのを言うんだな」
自身も大概コミュ症のエコールがそう言う程度には、気持ちに鈍い男であった。出会えば家族の気持ちを勝手に代弁してきれいごとを抜かす様は、短時間で咲とエコール両者に不快感を与えるに十分であった。もちろん矢子もたまたま近くで生まれ育った他人と言い切る程度には嫌っている。
「鈍感系主人公ってハーレムモノのラブコメでいるじゃない? あれが静の鈍感ならあっちは動の鈍感よ。能動的に動くから腹立つ」
「あー、言い得て妙」
一回りは歳の差がある異性が意気投合するレベルの嫌われぶりは尊敬に値する。
「んじゃ、クラスメイトを紹介しましょう。教室来て」
「部外者がそこまで行っていいのかよ」
「はいこれ」
咲に来客証明書を渡され、エコールはそれを首に掛ける。教室に向かう途中、おもちゃの様な色合いの破損した大砲が放置されているのが渡り廊下から見えた。
「田中が起こした事件も最早懐かしいわね」
「結局なんだったんだこいつ?」
矢子がその大砲となったクラスメイト、田中のことを思い出す。だがエコールはもう田中が誰だったのか忘れてしまっていた。
「引き合いに出してマインドア能力説明したじゃない」
「もう忘れちゃった」
「まぁ私も知らないんだけど」
矢子とエコールの他人に興味ないズはこんなものなので咲が変わりに説明する。
「田中は凄く勉強しているらしくて、志望校に落ちて滑り止めのこの学校に入ったことが不本意だったみたい。それで周りを見下して衝突してたわ。まぁ真面目に勉強する奴ならそんなことでめげないし見下しもしないし、マインドアに手なんか出さないんだけど」
田中はマインドア開錠手術の後、スポンジダーツを撃つ銃で他人の知能を下げる能力を引っ提げてきた。マインドアは心を写す鏡、勉強の補助をする能力ではなく他人の脚を引っ張る能力な辺り、学力はマウントを取る道具程度にしか思っていなかったのは間違いない。
「で、確か死んでないのよねこれ」
「ああ」
最早物体と成り果てた田中だが、一応死んでいない。死亡を確認する手段がないことに加え、マインドア能力使用中は肉体のダメージも精神が肩代わりする性質からエコールと交戦して死んだ人間は今のところいない。
「あんだけぼこぼこ燃える拳でぶん殴っても死なないもんなんだな」
「もしかしてマインドアは心を反映するから、本気で殺す気がないと殺せないんじゃない?」
咲はふと、ある点に気づいた。遁走した結果生死不明となった問題教師の中岡以外は、肉体が化け物に変化してもそこから吹っ飛ばされて爆散しても死なないということは、エコールの攻撃に『手加減』が付与されている可能性が高い。
「確かに、俺の能力ってまだ結構曖昧だしそれあるかも」
話をしながら教室に向かう。教室には休み時間というのもありクラスメイトが概ね揃っていた。
「あ、時東さん大変だったね。ストーカーでしょあれ?」
とっつきにくさはあるがマドンナであることは疑いようもない矢子には、男子が切っ掛けを見て話しかけてくることが多い。
「他人からもストーカーに見えるの……」
普段は当たり障りのない返答で済ませる矢子も、西間が赤の他人からしてもストーカー扱いという事実を重く受け止めた。
「ナイス、これで奴を立件する証言が増えたぞ」
ここぞとばかりにエコールはその発言をメモる。
「ねぇ、マインドアの手術受けるの?」
矢子に近づいて直球の質問を投げかけたのは、クラスメイトの女子、茶川奈々子。近くには親友のチユもいる。この二人はいつも一緒にいるなと、あまり他者へ関心を寄せない矢子も印象に残っているほどだった。
「それを考え中」
半分本心でもある言葉で適当にはぐらかす矢子。
「あ」
「何よ急に」
唐突にエコールは何かを思い出す。
「いや部屋片づけてねぇなって」
西間対策にエコールの家へ泊まることとなった矢子。しかし彼はふと部屋の状況を思い出したらしい。
「私気にしないけど、泊めてもらう身だし」
「俺が気になる」
泊める、という言葉にクラスがどよめいた。二人と咲の間では話が出来上がっているが他は初めて聞くことである。咲といつも一緒に登校しているクラスメイトのあさひは茶化す様に冷やかした。
「あの時東さんが外泊と? こりゃ明日は矢作川が干上がるかもしれないわね!」
「それ普通に干ばつなんだけど。それにストーカーがいるから、警察の知り合いに紹介してもらったこのお姉さんに匿ってもらうって話」
咲は気を利かせて真実を混ぜた嘘を言う。だがエコールへの疑いの目がクラス中から注がれる。一応田中の一件の際にエコールはクラス全員にマインドアの事情を話し、その時男性であることも明かしているが、何人が覚えているだろうか。
「貴様~、疑ってるな、主に年上ってとこ」
「いやそこかよ、とにかく、夕方には戻るから!」
エコールは用事を済ませるべく教室を飛び出した。廊下を進み、玄関に戻ろうとする彼の前に背が高いポニーテールの少女が現れる。制服をきっちり着込み、腕章を身に着けている。
「止まれ、部外者か?」
「いや、ほら来客」
部外者だと思われたので、さっき渡された来客証明を見せる。だが疑いの目は抜けない。
「来客予定はなかったが……」
「緊急なんだ、一年八組の時東矢子って子がストーカー被害に遭ってて、手助けをしている」
腕章から何らかの役員であると予想したエコールは、とりあえず伝えることを伝える。
「そうか、情報感謝する。私は風紀委員長、北条巴だ」
「俺は府中利家。じゃ、また夕方に来る手はずなんで」
エコールは風紀委員の目を何とかやり過ごし、学校を後にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます