世界にこだまする彼の命

 クイーンがついに動き出した。エコールたちは状況を確認しようとしたが、船から降りてきた鎧の兵士はすぐに彼らのいる場所にまでやってきた。フルフェイスの兜で表情はうかがえない。

「これは……」

 しかも、連中は目に付くものや人を無差別に襲っている。幸い武器は剣の様なもので銃器を持っていないため、逃げればなんとかなりそうだ。

「止めるぞ!」

「うん!」

 エコールと紬は駆け出し、兵士に戦いを挑む。

「おらぁ!」

 炎のキックを兵士に直撃させるが、手ごたえがない。集団で襲ってくることはないが、逆に言えば一対一で十分と思われているのだ。

「この! こいつ!」

 紬のタンバリングソウによる攻撃も効果がない。一人で一体と戦っていても埒が明かない。

「集中攻撃だ!」

「わかった!」

 エコールと紬は一体の兵士に二人で攻撃を仕掛ける。

「ブレイジングブリット! ブレイジングバンカー! ブレイジングキック!」

 拳からの肘鉄、回転してのパンチ、必殺のキック。これらを連続で浴びせてやっと効き目が表れた。

「どきなさい! 私たちなら!」

 黒沼と白木が飛び出して参戦する。だが今苦戦しているエコールたちにさえ負けるポリケアが相手をしていい敵ではない。

「待て、お前らじゃ……」

 エコールはそれを危惧して止めようとしたが、遅かった。兵士の雑に振るった剣で白木は切り裂かれて軽く飛ばされる。

「ぎゃああああ!」

 頭からアスファルトに転落。そのままぴくりとも動かない。たった一撃でたやすく命を失ったのだろう。

「白木……い、いやああああ!」

「あ、バカ……」

 あまりにもあっけなく友人が死んだのを見て、黒沼は半狂乱に陥る。そんな状態を兵士は見逃さず、拳で殴りつける。

「ぐッ」

 吹き飛ばされた黒沼は壁に激突してピクリとも動かない。たった一撃で一般人よりはマシな戦力が次々死んでいった。さすがに憎たらしい敵とはいえ、あまりにも簡単に既知の者が死ぬためエコールと紬にも動揺が広がる。

「野郎! ブレイジングキック!」

 エコールは炎のキックを敵にぶつけて体幹を揺らす。それでも致命的なダメージは与えられない。

「ふっ!」

 そこにこだまが腕にドリルを装着した状態で現れる。ドリルとチェーンソーで兵士の胴体を狙って攻撃を続ける。

「そうか、攻撃を一か所に集中すれば……」

 兵士が一歩引いたのを見たエコールは左、右とパンチをこだまの攻撃個所に繰り出し、回し蹴りで吹き飛ばす。

「これで!」

『タンバリングギガスラッシュ!』

 紬もタンバリングソウの必殺技をぶつける。激しく回転する丸鋸が兵士の胴体を直撃する。するとようやく鎧にヒビが入った。

「ブレイジングキック!」

 エコールの技が直撃し、兵士は吹き飛んで鎧が破壊される。兵士は兜まで脱げ正気に戻ったような態度を取る。

「あれ? 俺こんなところで何してんだ?」

「まさか……マイントピア民を無理やり鎧で操ってるのか?」

 クイーンの行いは彼らの想像をはるかに超えて邪悪であった。戦闘員に仕立てるだけでなく、殺戮の片棒を担がせているのだ。エコールたちが相手を殺さない様にしているからいいものを、下手をすれば相手に殺される危険まである。

「でも……これ一体でこんな大変なんて」

 紬は息を切らしていた。一体倒すだけで地上側の最大戦力をすべて費やさないといけない状態だ。しかも船は移動しており、ここから全世界にあの恐ろしい兵士を派遣できる。

「逃げるぞ、時東くん!」

「で、でも……」

 浅野と矢子はまだ残っている兵士に追われていた。あれ一体を倒して終わりではない。

「あんにゃろ……」

 エコールが救出に向かうが、他の兵士が立ちふさがる。あの強敵がまだ何体も残っているのだ。

「このままじゃ……」

 戦力の一人であるこだまも消えかかっている。歴史改変から時間が経つにつれ、本来死んでいたという歴史が適用される状態になりつつある。彼はしばらくうつむき、意を決したような表情になる。

「利家さん、マインドア能力ってのは自分ができると思ったことができるんですよね?」

「あ、ああ……そうだが?」

 マインドアは心の力、つまり可能と願ったことができる。それは散々、エコール本人も体験したことだ。こだまは再び緑に輝き、その光は強まっていく。

「紬、これ持ってて」

「え? ……うん」

 そして何を思ったか、右の義手を外して紬に渡す。光はより強くなり、色も青に変化した。瞳や髪のグラデーション、発疹といったいつもなら緑の部分が淡い青になる。だが紬に預けられた腕はリンクが切れた様に、以前の優しい緑の光を保っている。

「あとは……頼みます」

 そして飛翔し、こだまは敵の船へと向かっていく。

「あいつまさか!」

 エコールは彼の意図を読み取った。青い流星が船へ一筋の軌跡を描く。

(どうせ消えるなら、せめてあの人達のために)

 これまでの人生を振り返り、初めて自分を人間扱いしてくれる人に出会えたこだまは消えてしまってもそれはそれで満足できた。あんな生活をしていればいつか死ぬのは予想できた。だからそんな出会いの中死ねるならそれでよかった。

 そのまま消滅を待つだけの命なら、彼らに託して死のう。それが少しでも自分の生まれた理由になれるなら。

 船に激突した軌跡は、もう一つの太陽かの如き青い輝きを放った。地上を揺らす轟音、光から逃れる様に煙を上げて逃げ出す船。地上の兵士たちは鎧から解き放たれた。

 光が晴れた時、そこには何もなかった。しかし上空の雲が裂け、揺れた大地には衝撃で吹き飛んだガラスや軽い看板などが散らばる。確かに彼のいた痕跡は残っている。

「こだま……」

 紬は預けられた腕に視線を落とす。光は消え、こだまの生命が途絶えたことを示していた。

「いくぞ、紬。あいつがくれたチャンスだ」

 エコールは紬に呼びかけ、船を追うことにした。こだまの決死の行動が窮地を切り抜けた。クイーンを倒し、地上だけでなくマイントピアも守る。それが彼女たちマギアメイデンに託された最後の仕事だ。

「うん」

 この戦いが終わってもまだマギアメイデンの力は残るだろう。紬はこだまの様な存在を生まないために、この力を使うことを誓った。

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