お供妖精の正体

 ニッシという謎の妖精に力を与えられた二人の少女がいた。黒沼と白木はその力によって正義の戦士ポリケアになったのだ。

「あいつを探さないと……」

「どこに行ったのかな?」

 彼女たちの学校で惨劇を引き起こした深海こだま。この存在を止めないといけないのだが、なかなか見つからない。幸いにも学校は休校になっており、自由に使える時間も多い。ただ、それでも時間が無制限になったわけではない。人を容易に殺せるこだまを長く放置するのは危険。早めに討伐する必要があった。

「こうなったら、あれしか……」

 黒沼はこだまが頼るであろう人物に接触することにした。あの化け物を庇い、一時は死の淵に立たされた紬、マギアメイデン・ロザリア。二人の幼い少女は自身の行いが正義だと信じ、紬の下へ急いだ。


   @


「それでこの子が炭鉱のカナリアみたいな役をするのね」

 クイーンの暴挙から数日後、どうにかこうにか仁平とエコールはこだまを発見した。その辺でぼんやりしていたので捕獲は容易であった。矢子は自分の能力が知らず知らずに利用されていたことを知り、複雑な表情を浮かべる。

 一同はエコールホビーで作戦を立てていた。

「あの、ボク行かなきゃいけないとこがあったような……」

「思い出したらでいいじゃないか」

 こだまがぼんやりしていたのは、どこかに行こうとしたのだがなぜどこへ行こうとしていたのかという記憶がすっぽ抜けてしまったからだ。これが歴史改変の小さな影響なのか、それとも単に栄養不良で脳が働いていないのかは不明だ。

「たしかに知っているオープナーであのタイムトラベルに参加していないのはこだまくんだけだけど……」

 紬も思わぬ再会にどんな気持ちをすればいいのかわからなくなっていた。ただ、エコールで勝てないほどの相手が出たという危機感もある。

「そういえばあん時は忘れてたが、歴史改変が起きたら仁平さんもマインドア対策関連の仕事やってないだろうに。警察内部は変化ないんすか?」

 タイムトラベルしていない味方といえば仁平もそうだ。マインドア開錠手術がマイントピアからやってこない歴史になれば、彼らがエコールを支援してオープナー対策をすることもない。つまり今いるエコールホビーそのものが存在しなくてもおかしくはない。仁平はそれを踏まえて予想を話す。

「おそらくだが、通常歴史には修正力というのがあり、タイムスリップで過去に行き自分を生む親を殺しても自分は消えない。修正力によって別人を殺したことになったり、丁寧に死亡確認をしても奇跡的に息を吹き返したりするのだろう。彼らがマイントピアの民から時間にまつわる能力を探してもクイーンの計画を覆したり、逆にクイーン側がマイントピアが敗れた歴史を修正出来なかった理由がおそらくはそれだ」

 マインドア能力ならばクイーン側も使えるはず。それができないというのは法則的にできないということなのだ。

「しかし矢子くんの能力はそれらを貫通し、家族の死を覆すものだった。本来は家族を守る時にだけ発揮できるものだったが、そこに便乗してクイーンの妨害を行うことで歴史が変わった……。だが即座に変化した時東家の歴史と異なり、矢子くんの心が影響を及ぼさない範囲であったため変化が緩やか、もしくは中途半端になっているのだろう」

「ふーん、あいつも残骸から復活できたみたいだし」

 矢子はエコールに敗れて置物になったクラスメイトが歴史改変で戻ったことを告げる。どこが戻り、どこが今まで通りなのか、文字通り蓋を開けないとわからない。

「変化したものだと……、そういう個人レベルの話はすぐ改変されたけど警察やこの店、施設や小学校での事件みたいな組織レベルのものはあんま変わってないな」

 エコールはスマホでニュースを確認する。こだまの起こした事件は残っているが、エコールに負けた中岡という教師は存命。ただし別件で捕まっているが。

「ああ、警察でもなんで対策本部ができているのかわからなくて混乱が起きている。ただ頻発する奇怪なテロへの対策本部としてそのまま引き継がれたがな、情報も持っていたのが幸いした」

「浅野さんは改変の影響受けてないの?」

 紬はふと、仁平が改変前の通りに接していることが気になった。

「ああ、私は君たちから改変を行う予定を聞いていたからだろう」

 歴史改変はタイムスリップするだけでなく、その情報を知るだけでも影響をある程度免れる。

「問題は改変の変化がここで止まるか、まだ続くかだ」

 最大の疑念は歴史改変がどう動くかだ。まだ変化していくのか、それともここでうち止めか。タイムスリップしていないオープナーのこだまはそれを見る上で重要な役割を果たす。手術で覚醒したオープナーは手術がなかったことになり、元に戻った。ではそのオープナーを呼び水として現れたこだまのようなオープナーはどうなるのか。

 歴史改変という人類がこれまで経験したこのない現象が起きているため、ことを慎重に運ぶ必要があった。

「あの矢子さん、気になったんですけど」

「なに?」

「西間はどうなったのかなって」

 紬はふと、あることを考えた。それは西間のこと。彼は時空の狭間においてけぼりになったが、手術を受けたオープナー。つまり手術がなくなると時間遡行への追跡もそこでの戦闘でどこかに落とされることもなくなるはずだ。

「あー、当然死んだものと思ってたけどそういうこともあり得るわね……。家族が生きているから生きててもウザがらみしては来ないと思うけど」

 矢子やエコールの認識では死亡扱い。だが言われてみれば奴も微妙な立場の人間の一人だ。

「そうなると、データベースにあるオープナーを一度洗い直した方がいいな」

「そうっすね。中岡の奴もたぶん生きてるやで流してましたけど」

 仁平は警察のデータを使ったチェックを行うことにした。異世界へ移動する力を持つ中岡という教師もどのような影響があるか確かめた方がいいとエコールも考えた。考えれば考えるだけイレギュラーがある。

「あ、いらっしゃい」

 ドアが開いたのでエコールは反射的に迎え入れる。来た客は黒沼と白木だった。見たことのない妖精を一匹連れている。

「……なんだお前らか」

 正直雑魚に構っている暇がないのでエコールの対応はしょっぱいものだった。だが、妖精が口を開くとその態度は一辺せざるを得なかった。

「ようやく会えたな、矢子。僕だよ、西間だよ」

「何?」

 妖精の告白に矢子は身構えた。エコールは彼女の前に立つ。妖精は姿を変え、西間のものへ変身した。その姿はノイズが入り、今にも消えそうになっていた。妖精の段階からこのノイズはあり、エコールは注意深くそれを見る。

「僕はエコールに蹴り飛ばされ、西暦1945年に飛ばされた……戦後すぐだよ」

「へぇ、その程度で済んだの」

 矢子はもっと飛ばされていればよかったのにと思った。西間は聞いていないにも関わらず自分語りを続け、エコールたちはもとよりポリケアの二人にもあきれられていた。

「わかるかい? 愚かな日本人たちは僕の言うことを信じず、愚かな歴史を繰り返した……僕がどれだけ未来からの忠告を話しても聞く耳を持たない!」

「当たり前じゃん」

 エコールの言う通りで、それが事実だとしても信じるに足る確証がないのだから当然である。ましてや西間ブレインを通して認識された自称を、また西間ブレインを通して出力したのでは事実通りに伝えられたかも怪しい。西間は家族を失ってふさぎ込む矢子に、きれいごとを喚いていたような奴ということを忘れてはいけない。

「ようやく知っている時代にたどり着いて驚いたよ……。矢子の家族は生きているし、マインドア開錠手術はやっていない……。君たち、歴史改変したね?」

「だからなんだよ」

 エコールは流しつつ、西間に起きている異変を探る。そもそも西間が1945年に取り残されたのは、マインドア開錠手術でオープナーになり矢子の時間遡行を追跡できたから。一方その歴史がなくなるとこれが成立しなくなる。かといってエコールや矢子達の様に歴史改変に絡んだわけでもないという新種の状態だ。歴史改変の影響外まで蹴り出されて後で合流したという感じである。

「利家さん! こだまが!」

「え?」

 紬の声に反応し、エコールはこだまを確認する。彼の姿にもノイズが入り、今にも消えそうだ。

「こだま? まさか……」

 エコールはある恐ろしい仮説にたどり着いてしまう。こだまのマインドア能力を覚醒させたのは急増したオープナー。それを失うということは緩やかに彼もオープナーではなくなる。そして彼の生存がマインドア能力によるものであった場合、どうなるのか。彼はこの時系列まで生きているはずもなく、死んだという事実で上書きされる。

「そうか……ボクはあの時、オープナーになっていなければ死んでいたのか……」

「その前に私たちが倒す、みんなの仇を取るために」

 黒沼と白木はポリケアに変身し、こだまと戦おうとする。小学校の惨劇はこだまが手術で覚醒したオープナーでないためなかったことにはならなかった。当然、エコールはそれを制止する。彼はゲームマスターが最後に託したデータから、あの惨劇の真相を知っていた。

「おい、このまま放っておいても倒せはするだろ! それに……」

「いいよ。ボクも討ちたいんだ、紬の仇」

 こだまは立ち上がり、外に出て戦いの準備をする。エコールたちも仕方なくついていくことにした。

「お、おいおい! 僕なんか消えそうなんだけど?」

 西間の叫びは誰も聞いていなかった。


 こだまは右腕にチェーンソーを出現させ、髪や瞳、発疹を緑に輝かせていた。ポリケアも変身して戦いの準備をする。

「紬、あんたも戦いなさい。仇でしょ」

「え? いや私は……」

 黒沼に要求されても紬は応じない。数としてはこだまの方が不利だが、それでも彼は戦う。勝敗はエコールたちにとって見え透いたものであった。

「やめといた方がいいぞ。死ぬだけだ」

「私たちが負けるわけない」

 一応、エコールは彼女たちを止める。こだまの方が強い、それはなんとなく理解していたからだ。よって、エコールは無用な殺生を避けるためにこだまの方へ声をかける。

「こだま、マインドアは心の力だ。殺さないと思えばどんな攻撃でも殺すことはない」

「うん、わかった」

 これしか言うことはない。相手がだれであれ、死ぬところは見たくないという平和な国で育った人間らしい感性がエコールにはあった。

「行くぞ」

 こだまはスターターを引っ張り、チェーンソーを回転させる。刃が緑に発光しており、ただならぬ雰囲気だ。

「私たちがお前を倒す!」

「あの惨劇を償わせる!」

 意気込むポリケアの二人に対し、エコールは「ああそうだ」と情報を伝える。

「お前ら、ゲームマスターっておっちゃんに会ったろ?」

「それが何?」

 集中を乱され、黒沼は苛立つ。

「あの小学校の事件はすべてこだまが起こしたものではない。学校という閉鎖的な環境では数々の悲劇が起きる」

 あの事件の真相はこうだ。いじめにより命の危機に陥ったこだまが自身を守るためにマインドア能力を暴発させた。それに呼応して、手術で目覚めたオープナーの影響で能力に覚醒する様に学校そのものに宿った心が引き起こしたことなのだ。

「そんなことどうでもいい!」

 黒沼と白木は事の真偽などではなく、こだまへの偏見と憎しみで動いており聞く耳を持たない。エコールもこれを話してどうにかしようという気はなかった。ただ、ゲームマスターの託した情報を開示しただけ。いわば義理立てでしかない。

「そうか……」

 エコールはそのため、効果がないとわかるとすぐに引き下がる。

「ポリケア、クリーニングシャワー!」

 黒沼と白木はビームの雨を辺りに降らせる。こだまだけでなくエコールや矢子、紬まで巻き込む形だ。

「くっそめちゃくちゃだ!」

「浅野さん、こっちへ!」

 エコールと紬はすぐに変身してビームを跳ね返す。だが矢子だけが変身できずに出遅れてしまう。

「へ、変身できない?」

「しまった! 矢子!」

 浅野だけ守れば大丈夫だと思ってたエコールは予想外の事態に慌てる。そんな矢子を守ったのはこだまであった。チェーンソーでビームを弾き、直撃を免れる。

「ふぅ……」

「こだま、ナイス!」

 矢子の無事を確認し、こだまはポリケアの二人を睨む。いきなり横紙破りで無関係な人間を攻撃し始めたので当然の反応だ。

「お前は既に手を汚しているボクが殺さなきゃ、紬達が危ないよね……」

 左手に出現したウインチを伸ばして白木を掴むと、ワイヤーを巻き取って自分の下へ手繰り寄せる。チェーンソーの回転はより強まり、炎さえ出ていた。

「ひっ」

 白木は本能的に自分が何をされるのか理解し、怯える。しかし矢子の命を奪おうとしたこと、そして紬を実際に殺した以上避けられない運命であった。

「や、やめろーっ!」

 黒沼の制止も虚しく、チェーンソーが白木の胴体を貫いた。かに思われた。だがエコールと紬の二人が駆け出し、それを止める。

「こだま!」

「こだまくん!」

 二人にチェーンソーを抑えられているが、こだまはまだ腕を動かそうとしていた。黒沼は座り込み、茫然とするだけだ。

「私なら、こんなのがいくら悪さしても負けないから、大丈夫」

 紬の言葉を聞くと、チェーンソーの回転が止まる。こだまの緑に光っていた部分が元に戻った。

「ボクは……」

「なんだ……あれだ」

 こだまは暴走したとはいえ、あれだけ散々な目に遭わせてきた相手とはいえ、殺したことについてなにか気に病んでいるのかもしれないとエコールは思った。

「もしお前がなにか償いたいなら、誰かの命を守ってくれ。俺たちと一緒に」

「……それはできないかも」

 だが、こだまにはそうする時間さえ残っていなかった。体にノイズが入り、今にも消えそうだ。

「ん?」

 そんな空気の中、スマホがけたたましく鳴る。そして大きな影が地上に落ちる。上空には船が浮かんでおり、そこから鎧をまとった兵士の様な存在が次々に降りてくる。

『みなさんごきげんよう。私はクイーン』

 スマホはジャックされている様で、クイーンの演説を流している。

『地上本来の支配者であるマイントピアの王です。これからこの世界は、あるべき姿に戻るのです』

 ついに最大の敵が動き出す。エコールたちの運命やいかに。

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