変化せし現在
明かされた種
すべてを終え、エコールと矢子達は元の時代に戻ってきた。全員無事に帰還したが、まだやることはある。咲やそのクラスメイト、紬は遅くなるのでそのまま帰し、エコールと仁平が矢子に付きそう。
「大丈夫……大丈夫……」
一番緊張しているのは矢子。自宅に帰るだけだが、それが問題なのだ。ちゃんと歴史が改変されているか、その後もちゃんと生きているか、その不安があった。
「信じよう。利家くんが2001年で預けた変身アイテムも現代に戻ってきたじゃないか」
仁平は適当で無責任なことは言いたくなかったが、多少でも不安を和らげようとする。
「やべ、自分のことじゃないのに緊張してきた……。大学入試の結果発表の日以来だぞ……」
エコールは緊張のあまり何も言えなくなった。他人のことだが、改変に挑んだその一部始終を見てはいる。どうなっただろうか。
「車……?」
矢子の家には車が停まっていた。事故で廃車になって以来、当然運転する者がいないため駐車場は空になっていたはずである。
「あ、矢子。お帰り。そっちはお友達?」
「お父……さん?」
家の外には矢子の父がいた。エコールも会ったことがあるので、少し老けたが確かに矢子の父だとわかった。
「ふぅー……」
歴史改変に成功し、エコールは一息つく。矢子は目から涙をこぼしながら父に飛びつき、抱きしめた。
「うまくいったようじゃな」
一安心といったところで、見知らぬ老人がエコールに声をかける。
「マギアメイデン・エコール、そしてマギアメイデン・クォーツ。君たちのことを申し訳ないが利用させてもらったよ」
「利用?」
老人はエコールとクォーツ、矢子を利用したのだと語る。あの時間遡行と歴史改変は矢子の願いであり、そもそもこの老人を彼は知らない。そこに見知った顔が割って入る。
「久しぶりだな、エコール」
「ゲームマスター?」
たびたびエコールに助言をもたらす男、ゲームマスターだ。老人と彼は知り合いらしい。
「ちょうどそちらの代表もいる様だ。我々の目的について、話させてもらう」
「お、おう?」
ゲームマスターは仁平を見るとちょうどいいとばかりに自身のことを話す。エコールは疲れ切っており、まるで状況が頭に入ってこない。
「我々は地底にある国、マイントピアの人間だ」
「え? 地底人?」
まず前提が突拍子もない。だがマイントピアという言葉は何度か聞いた。
「この改変が起きる前、私たちは地上を支配するためにマインドア能力とその開錠手術の技術を手土産に地上へやってきた」
「それで、んな手術が……」
突如としてマインドア能力の開錠手術なんてものが流行ったのはそうした背景があるためだ。しかしエコールには腑に落ちない部分もあった。
「でもなんで俺たちに力を? 対抗されるのは支配する時不十分だろ?」
「クイーンの能力に関わる。彼女はつまらないワンサイドゲームになるが……開放手術で目覚めたオープナーとマイントピア民を操る能力がある」
女王という存在はエコールにもなじみがある。過去で戦った相手はセイブザクイーンという組織を名乗っていた。
「それで、君たちは地上の支配に反対なのかね?」
仁平はまずゲームマスターたちの立場を確認する。そんな計画を地上人である自分たちに話しているとなると、阻止を狙っていると思えてしまう。
「ああ。地上のゲームは好きだが支配は望まない」
ゲームマスターは明確に反対の意思を示した。老人はより詳細に地上支配を望まない理由を語る。
「我々マイントピアの民は大昔に地上人に敗れ、地底世界へ逃れた。最初は不便じゃったが、先祖の努力で地底世界でも十分暮らせるようになった。だが、クイーンとその信徒は地上を自分たちの手に取り返そうとしておる。勝っても負けても、地上人とマイントピアの溝を作る愚かな行いだ。我々はマイントピアだけで生活を完結できる。セイブザクイーンのような奴らが起こした戦いで我々が地上人の報復を受けるのは避けたいんじゃ」
いわば、この事態は一部の先鋭化した集団によって引き起こされたもの。それによって両国の関係悪化を彼らは恐れていたのだ。そもそもマイントピアなど地上からすれば認知していない存在だった。
「そのために人間側かつ開放手術を受けていないオープナーが必要だったのだ。そこに現れたのがお前だ、エコール」
ゲームマスターがあの時エコールに接触したのには意味があった。その話を聞き、彼はあることを思い出した。
「な、なぁ、マッチアップは?」
ゲームマスターの隣には常に、弟分のマッチアップがいたはずだ。それは一体どこへ行ったのか。ゲームマスターは淡々と、感情を隠す様に伝える。
「あいつは殺された」
「え? あんなに強いのに……」
「クイーンは手術を受けていなくてもマイントピア民なら意思一つで殺せる。なにせ、あいつはマイントピア王朝の末裔だ。議会制になって200年しても、マイントピアを自分が支配しているものと認識している歪んだ神経の女だ」
相当な手練れであるマッチアップでさえ死ねと思えば殺せてしまう。クイーンとはそういう能力の使い手なのだ。
「なるほど、地上人は支配していないが、自分の扇動した手術を行った者は支配したとみなせるわけか」
仁平は心を基準にした能力であるが故のややこしさをかみ砕く。老人は矢子の行動に対し、どの様に動いたのかを話した。
「私たちが賢明に探した能力者でも時間をさかのぼった上で歴史改変まで起こす能力はなかった……。あの子に頼るしかなかったのだ。クォーツの力とその経緯を知った我々は、捜索の過程で得た時間系能力も駆使して、2001年に君と地上に出てテロをやっていたマインドア民をぶつけた。君が強力でありながら人を殺せないのは知っていたが、突如として人間側にオープナーが現れれば計画もとん挫する可能性がある。そして計画は想定通り崩れたが、もう一つの問題が起こってしまった……」
エコールが倒したのはたった一人だが、それだけでも秘密の計画には大きな懸念となり計画は破綻した。根底にはマインドア能力があくまで心に依存したもののため、それにまつわる技術がなくても発生するという要素があった。オープナーが現れれば偶発的にオープナーが増える。一人見つけたのを倒すだけで済むのだろうか。
うまくいったかに思えたが、クイーンの往生際は悪かった。
「クイーンはそいつを殺し、地上人の暴挙として大衆を扇動した。その結果、偶発的なテロが地上に対して行われる様になったんじゃ……。当然、マイントピアのことなど地上人は知らない。敵国のテロだと思い、戦争に発展したこともある」
なんとクイーンはおとなしく諦めるどころか泥沼を誘発してきたのだ。その一方でエコールはあることが気がかりだった。
「待て、マインドア開錠手術が広まらないってことは、オープナーが増えないんだよな? じゃあ俺はマインドア能力に目覚めないんじゃないか?」
エコールのマインドア能力、それどころか矢子、紬、そしてこだまの能力はオープナーの増加に呼応したもの。その呼び水が消えた今、どうなってしまうのか。
「エコール、クォーツ、ロザリアの三人は歴史改変が起きた時にこの時代にいなかったからおそらく大丈夫だ」
ゲームマスターはそう言うものの、大規模な歴史改変など前例がない。矢子だって家族の死を回避するだけの予定なので、そこ以外を強固に保障することはないだろう。いくらすでに覚醒した上で一緒に時間遡行をして改変を免れたとしても、だ。
「それで、ここからどうする? クイーンは計画を潰してもあきらめないんだろ?」
問題はクイーンをどうするかにかかっている。以前の様に無秩序なオープナーが
出現することは防げたが、より事態は深刻化していると言える。エコールはその解決が必要だと考えた。
「ぐおおおおおッ!」
だがその時、老人は爆散した。一体どこから攻撃してきたのか。なんの痕跡も音もなかった。
「な、なんだ?」
「これは?」
エコールと仁平は辺りを見渡す。ゲームマスターはこの攻撃に見覚えがあった。
「クイーンか」
「あら、意外。お父様でも『支配下』扱いになるのね。マイントピア臣民だから?」
ゲームマスターの睨む方には住宅街にそぐわない豪華なドレスと装飾の女がいた。見た目こそ美しいが、あの老人、実の父を能力で殺したのだろう。
「あの爺さん、お前の親父だったのか……?」
エコールは自分の親についてどうこう言う気はないのだが、今まさに父親含めた家族を死の歴史から救おうと奮闘していた矢子を見ていたのでクイーンの行いは凄まじい嫌悪感を覚えた。
「あんなもの、お父様ではないわ。私が本来継ぐべきモノを一切ばらまき、ましてや地上奪還さえしない腰抜けなど」
「カイゼルはマイントピアの未来を見据え、一人の判断で国をも滅ぼしかねない仕組みを改めたのだ」
ゲームマスターの言うことも尤も。専制政治は決定の速さで議会制に勝るが君主の能力次第では最悪の結果を招く。
「私に反論するな!」
だがクイーンは真っ当な指摘にも不快感をあらわにし、それだけでゲームマスターを爆散させてしまった。指一本動かすこともなく人を殺してみせるクイーンの能力と異常性にエコールと仁平はおののいた。
「ゲームマスター! 貴様……!」
マインドア能力は心の力、よって殺したいとよほど本気で願わなければどんな能力であっても殺人は不可能。エコールの技を受けた相手は派手に爆発こそすれ、死ぬことは一切なかった。それをこんな簡単にやってしまうのだ。
「お前の相手はこれで十分ですわ。行きなさい、リッパー」
クイーンはどこからともなくナイフを持った子供を呼んだ。
「ひゃはははは! ねぇこいつ殺していい? 殺していい?」
「言うまでもありません」
どう見てもこってこての雑魚だが、エコールはあのクイーンが直に呼んだ人物だ。気を引き締めねばならない。
「ひゃあ!」
「はやっ!」
リッパーはとびかかるが、そのスピードは今まで戦った相手などくらべものにならない。瞬きもしていないのにあっという間に距離を詰められる。
「あぶね!」
どうにか腕で防御するが刃は通っており出血する。反撃したが即座にリッパーは回避した。速い上に攻撃も強い。
「この!」
「ひゃあはははは!」
攻撃してもすぐに避けられて捉えることができない。このままではじり貧だ。
「ならば……」
こういう相手に取るべき対策は一つ。エコールはリッパーの攻撃を回避せずにあえて受けた。
「しいいいいねえええ!」
ただし、急所だけは避けて。ナイフが肩に深々と刺さるが、それは逆に捕まえらえるということ。エコールは左手でリッパーの腕を掴むと、右手で渾身の拳を顔面へぶち込んでやる。
「ブレイジングバンカー!」
顔面パンチを振り抜いて肘鉄を加える。地味だが威力の高い大技だ。まともに直撃したのだが、リッパーはけろっとしている。
「えへぇえええ」
「げっ、無傷かよ……」
相変わらず気味の悪い笑みを顔に張り付けている。だがまだ拘束はつづいているのだ。
「ならこれで!」
そのままグルグル回転してやることにした。ナイフが刺さっていてそれを相手が持っているのなら普通はめちゃくちゃ痛いが、エコールは変身中に痛みを感じない。
「ブレイジングブリット!」
回転の後に拳を叩き込む技に派生。それでもリーパーはなんともない。
「しつけぇんだよ!」
もうやけくそでひたすら拳をリーパーに浴びせるエコール。お互いに膠着している状態だ。
「はぁ、美しくない」
すると何を思ったのか、クイーンがリーパーを爆発させた。
「く、クイーンさまぁああ!」
「え?」
至近距離で人間サイズの爆弾が爆発し、エコールは吹き飛ばされる。住宅街だったが、軽く飛ばされていき川のような用水路に転落した。
「仲間を……?」
こうも雑に仲間を爆弾扱いするクイーンに対し、仁平は困惑が強まった。拘泥していたとはいえ、あのまま戦いを続けていればリーパーはエコールに勝てたはずだ。
「何を考えているんだ!?」
「何って、地上人の雑魚を一撃で仕留められないゴミはいらないですものね」
敵である地上人はおろか、同郷かつ仲間さえこの扱い。とんでもない女であることを仁平は確認したが、それと同時に攻略の糸口も掴んだ。
(今は平静を装っているが……内心相当苛ついているな。身勝手なタイプの犯罪者によくある行動だ)
マイントピア民も同じ人間ならば、クイーンの行動は自己顕示欲と自尊心が強い犯罪者に似ている。狡猾で冷徹には違いないが、その行動に慎重さはなさそうだ。
「最高戦力が負けては、もう私に逆らうのが愚かだとわかっていただけたかしら?」
「ああ、エコールが負けたのではな……」
ここで重要なのはとにかくエコールが殺されず、自分も殺されずに切り抜けることだ。仁平はうなだれてあきらめた素振りを見せる。クイーンはそのまま上機嫌で帰っていった。
「なんて恐ろしい奴なんだ……」
クイーンという最悪の敵を討たねば、地上はおろか彼らマイントピアも危険だ。
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