蕎麦の自慢はお里が知れる
蕎麦屋で発生しているという謎のマインドア悪用事件。それを調べるべく利家と浅野は咲、時東を連れてやってきた。
「とはいえ味なんてどこまでも主観なのだから、被害妄想じゃない? なにもおかしなところはないと思うのだけど」
時東が見るに、いくらカレーがマズイと噂の店でも急にうまくなったからといって「マインドアの悪用だ!」などと通報するのは妙な話だ。それこそ集団ヒステリーの類。というわけで肝心のカレーを見ておくことにした。
「しかしこのお客さんどこから来たのよ? 全員徒歩みたいだけど」
咲が気にしたのは客の出処。車が人権キャラの愛知において、こんな駅から離れた場所に徒歩で来る人だけで行列が出来るものなのか。それも店に並んでいるばかりか、テイクアウトにも殺到している。
「妙だな……」
「何がです?」
客の表情を見て浅野は首を傾げる。人と目を合わせない利家には分からないが、逆に人をよく見る刑事であった浅野にはある異常性が読み解けた。
「美味しい飲食店に行くということは多少楽しげにしていてもいいのに、まるで人形だ。感情を感じない」
「まっさかー」
たしかに客はぼんやりしていたが、特におかしな部分があるわけではない。が、よく見ると咲はあることに気づいた。
「ねぇ、お客さんのファッションがおかしくない? 同じ服のカラバリばっか」
「マジか」
まるでモブの容量削減でもするかの様に、服が確かに色以外同じだ。
「これだけ不審なら通報もするわね」
「あのお客さん、どう帰るんだろう」
カレー本体を見るより先に怪しい部分が見つかってしまった。というわけで四人は買い物を終えた客の後を追ってみることにした。
「ねぇ、透明になる魔法とかない?」
「んな便利なもんないよ」
尾行初心者三人がいても客はまったく意に介さない。堂々と「同じ方向行きますよ」と歩いているので気づかれにくいのかもしれないが、後ろから同じく客が、前にも先に買い物を終えた客がいるのでなんだかハーメルンの笛吹きに先導されるネズミの気分。
「みんなここに行くな」
「路地だ」
客たちは路地に入ると、塀に貼り付けられたドアから中へ入る。おそらくこれがマインドア犯罪ではないかと疑わせた材料だ。
「これは一体……」
「とりあえず店主を問いただそう」
ともかく事情を聞くに限る。戻ってみると店主が休憩しており、客足もピッタリ止まっていた。
「これがカレーか……」
「いらっしゃい、こだわりカレー一つ1500円だよ」
やけに強気な価格設定だが、見た目は何の変哲もないカレー。ただし、具が見当たらない。溶け込んでいるというドロドロ感もなくルゥは液状。
「食べてみたら案外普通かもしれん」
マズイ様に見える要素は一切ない。というかカレーをマズく作るのは相当難しいはずだ。店に入ると結構内装が汚い。この時点で食欲が削がれる。汚くてもうまい店というのをテレビでよくやっているが、基本店は綺麗に限る。飲食店なら尚更。
「とりあえずカレー一つ」
浅野が身銭を切り、席についてカレーを頼むことにした。すると突然店主が泣きだした。さすがに咲も動揺せざるをえなかったという。
「なんだこのおっさん」
「いや……一杯のカレーを娘三人と分け合うなんて、感動的な家族だ……。三杯サービスしよう!」
勝手に貧乏な家族認定されてカレーを増やされそうになったので急いで時東が止める。
「んな昔のホームドラマみたいなことしないわよ。一杯で十分。第一貧乏なのにこんな高いカレー食いに来てたらなるべくして貧乏になるわ」
貧困というのは単純に収入が少ないだけでなく、その少ない収入の使い方に問題があったりする根深い問題だ。
「というか俺娘カウントかー……」
変身せずともナチュラルに咲たちと同世代の女の子扱いは利家として妙な気分であった。
「おまたせ、カレーね」
「猛烈に指入ってる!」
持ってきたカレーには店主の指が入っていた。洗い物で出来たらしきあかぎれの指を熱々のルゥに突っ込んで平然としており、鈍感を通り越した何かだ。
「まぁ、いいだろう。とりあえず味を確かめよう」
「さすが昭和一桁、滅多なことじゃ動じない」
浅野は気にせず食べる。利家も続いて食べた。浅野の方は特にリアクションはないが、利家は口にした直後に異変を訴える。
「ぐほっ……猛烈に酸っぱい、前に一人暮らししててダメになった鶏肉を焼いてみたけどやっぱダメだった時の十倍酸っぱい」
「柑橘系の酸っぱいじゃなきゃ危ないんじゃない?」
涙目でまずさを訴える利家の様子を見て、咲はスプーンを躊躇う。しかし時東はルゥを掬って匂いを嗅ぐところから始めた。
「まずは匂い、それがよければ唇で挟み様子を確かめる。痺れ等が現れないなら舌に乗せて数分」
「完全にサバイバルで見たこと無い植物食べる時の手順じゃん」
時東にそんな知識があることに驚く咲であったが、とりあえず真似してみることにした。
「う、腐った卵みたいな腐乱臭……加熱したカレーでこんなことが?」
「なんかカビキラーとかプールの塩素っぽい匂い……」
二人はそれぞれ違う感想を抱いた。
「なんで人によって匂いの感想が違うんだよ、シュレディンガーのカレーかよ」
利家にはこの奇怪なカレー自体がマインドア攻撃に見えて仕方ない。普通に浅野が食べ進めている時点で何かの異常性をカレーが持っている様な気がした。
「浅野さんこんなの食べないで! ぺっしなさい!」
咲が止めるも普通のカレーとして完食してしまう浅野。
「たしかに強気な価格だったな。具がないカレーにしては」
「それ以外の問題がたくさんあったゾ」
カレーの味は大問題だった。たしかにこれが急に売れたら何かの異常を疑いたくなる。まずいカレーとして話題なのだとしても、初見の怖いものみたさであれだけの客が集まるとも思えない。その上客は奇妙ときた。
「本命の蕎麦は流石に美味しいだろう」
「まだ食う気か。これ保健所案件だろ」
浅野はあろうことか蕎麦の方に意識を向けた。この店はざるそばしか蕎麦のメニューがない。
「危なくない? 浅野さんマインドア攻撃受けてない?」
「いやこの人サルミアッキだろうがタイヤグミだろうが普通に食うからよくわからん」
咲の心配も虚しく、利家にもいつもの悪食なのか区別がつかない状態だ。
「ここのお店はざるそばしかないのですか?」
「うちのこだわり十割蕎麦を一番おいしく食べてもらうためにざるそばオンリーね」
時東が本命たる蕎麦の話題を振ると、なにやら危険な香りがする答えが返ってきた。
「一番誤魔化しが効かんやつじゃん……」
「というわけでざるそば一丁」
「まだ頼んでねぇよ……」
利家が恐れおののく中、何故かざるそばが到着。牛丼並のスピードで出てくる辺り本当にこだわっているのか分からない。
「なんでまた指入ってんの!」
咲はやはり蕎麦の中に指を突っ込むことへ嫌悪感を抱いた。もうこれは味以前の問題だ。
「ていうかこれ蕎麦?」
「無人島生活の最後に出てくるやつね」
おそらく世代は等に過ぎているであろう女子高生二人が小麦粉を千切って作った米らしきものを想像する程度にはぶつ切りの蕎麦がざるに盛られている。
「ご主人……」
流石の浅野も容認できなかったのか、店主に切り込む様子を見せた。
「はい?」
店主は疑いの目を掛けられているとは思わず、アホっぽい声で返事をした。
「あんた、偶然マインドア開いただろ」
「ええ?」
彼の出した結論に三人は驚愕する。刑事であった彼にしか見えないものが、あのやりとりにあったのだろう。
「マインドア?」
店主の態度はすっとぼけているというより、本当に知らないといった様子だった。テレビで連日報道されても知らない辺り、今の首相の名前も怪しいだろう。
「あ、ああ。心の力のことでな、最近テレビでやってますでしょ? そいつが周りの人間に影響されて手術してなくても開くことがあるって話で」
利家はマインドアについて知らないであろう店主に大まかな概要を話す。殺到していた客の正体を含めて。
「な、なんてことだ……」
事実を聞いた店主が膝から崩れ落ちる。当然である。繁盛の裏にそんなトリックが隠れていたなんて知れば誰でもショックを受ける。この様子からも手術を受けたのではなく、知らないうちに開いてしまったらしい。
「でもなんでカレー? ここ蕎麦屋じゃないの?」
咲はそこである重要な事実に気づく。蕎麦屋がマインドアを開いて繁盛した。ならば蕎麦が売れて然るべきだろう。心のどこかでこんな蕎麦は売れないとでも思っていたのだろうか。
「私はね……世界一のカレー屋になりたかったんだ」
「なりたかったって、蕎麦屋は親から継いだってこと?」
店主の独白を聞けば、咲の様に想像するのが当然。親が蕎麦屋だから継いだが、本人はカレーをやりたかったのだと。
「あ、そうじゃなくて蕎麦屋のカレーは美味しいって言うじゃない。だから蕎麦屋に……」
「本末転倒ね、呆れた」
店主はそんな迷信を信じて蕎麦屋になったのだ。もう何が何やらで時東も呆れていた。
「もしかして店が汚いのも……」
「汚い店が旨いと聞いて……」
「その手間カレーに向けてくれないかなぁ?」
努力の方向音痴っぷりに咲も頭を抱えた。
「おあいにく様だけど、これじゃあマインドアの悲劇というよりなるべくして起きた喜劇よ」
「ぐうの音も出ない」
一応マインドアの悲惨さを見せる為にここへ来たはずがとんだ笑い話だ。
「しかし、気づかぬうちにマインドアを開き、それに翻弄されることさえある。自ら望んで開いたとしても、望んだ結果とならず苦悩することはあるだろう」
「無理に締めようとしてない?」
浅野が強引に話を持っていく。
「ていうかこれどうするの? マインドア開いちゃった上に制御出来てないけど」
「そうだな……一応専門の機関に報告してそこの指導を仰ごう」
利家がスマホでどこかに連絡をする。彼らは実働部隊であり、後ろには研究組織がいるらしい。
「私は諦めない……必ず世界一美味しいカレー屋になってみせる!」
「大丈夫かな……」
諦めない店主の様子に咲は心配が勝った。そもそもカレーをマズく作るのは相当な才能である。具がないので余計にマズくなる要素が見当たらない。
「今日から再出発だ! この門出を祝して写真を撮ろう!」
「いやそうはならないでしょ」
流れで集合写真を撮った四人と店主。気合と努力だけは認めたいが認められない。
「とりあえずルゥから考え直すか……」
厨房に戻った店主が取り出したルゥのパッケージを見て咲は驚愕することになる。あれだけ仕掛けのないカレーをマズくするのだ、てっきりスパイスの調合が危ういのだと思ったが、市販のカレールゥを使っている。
「え? まって、それ使ってたの?」
「そうだよ。でもやっぱ一種類を箱の通りにしても美味しくならないかなぁ」
「いやそれでどうやったらマズくなるのよ……」
特にブレンドやアレンジ等もしていない。これからも『真厨荘』の奮闘は続くのかと思ったら、咲と時東は寒気がしたのであった。
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