心の奥で胎動するモノ ①

「まぁ、マインドアを開くというのは道化になることだ」

「かなり無理矢理ね」

 マインドアの解放を試みる時東を止めようとして事件の顛末を見せた利家だが、まぁなんとも微妙な結果に終わってしまった。

「だったら一番大きい事件の話をすればいいんじゃないかな?」

「ああ、そうか、丁度その話のとこっすね」

 浅野がフォローを入れると、利家も先ほどの話から地続きであることから話をすることにした。自分の悪感情の化身、ウィスパーに挑むべく彼は心の中へ入り込んだ。ようやく罠を切り抜けた彼は、ある出会いを果たすこととなる。


   @


「ん?」

 下水道に辿り着く。腰まで水に浸る様な状態であるが、地下なせいか冷たくはない。ただ、ゴミが浮かんでおり匂いがキツイ。上を見上げると作業用の通路が存在し、そこに一人の少年が立っている。

「誰だ……?」

「……あ」

 少年は線が細く中性的で、見方次第では女の子にも見える。左手は柵を掴んでいるが右の袖は空っぽであり、結んであった。彼は利家を見て、驚いた様に静止する。

「知り合い……か?」

 自分の心の中ということもあり、利家は知り合いの誰かにこんなのいたのだろうかと記憶を探る。しかしここまで印象の強そうな人物が全く覚えていないというのも妙だ。小学生くらいの年齢に見えるので、その時期の友好関係も洗ってみたがそんなに広くないのですぐにどん詰まる。

「あ、あの!」

「ん?」

 少年は何かを指さして利家に指示する。差された方を向くと、何かが水の下でぶくぶくと空気を漏らし、泡を立てている。暗闇の中に光る、白い鱗の巨体。顔を持ち上げたそれは、人など丸呑みに出来そうなほどのワニであった。

「に、逃げ……」

「オーケー助かる!」

 少年のおかげで利家はワニに不意を打たれることなく逃走出来た。ワニも獲物に逃げられたと気づき、即座に追いかける。

「めっちゃ走りにくい!」

 変身しているため身体能力は上がっているが、腰まで水に浸かっているとどうしても動きが鈍る。おまけに散乱したゴミが邪魔をしている。しかし、よく見ると下水道の壁は水の圧力の耐える為か、アーチ状になっている。

「これでどうだ!」

 そこで利家は壁へ向かっていき、壁を足場にして逃走を試みる。やはり出来ると強いイメージを持っていれば可能なのか、困難もなく走破可能。

「よっしゃここだ!」

 飛び込んだのは水に浸っていない通路。シャッターもある様で、ワニから逃れるにはちょうどいい。急いで非常ボタンを押し、ワニと自身を分断する。

「ふぅ」

 これで一安心、とばかりに息を付く。だがあの少年のところへはどう行ったものか。気になってはいたが、自分の心が生み出した幻影なのかと思いつつ先へ進むことにした。

「おや?」

 道を進むと換気口へ昇る梯子を見つけ、もしや少年のところに行けるのではと思い昇ってみる。ワニからも影響が見られた通り、好きなゲームの展開ならびっしり大きなゴキブリが潜んでいそうだが、もしそうなら諦めることにする。利家が勝手に思っている心の法則なら、下に潜った方がより深層心理へ近づいているのだから。

「お、何事もなさそうだ」

 下水の空気を取り換えていたにしては綺麗な通気口であった。大人でも立って歩けそうな大きさをしている。

「よしよし、問題なさそうだ」

 通気口を歩くと、二股の分岐に差しかかる。何かに待ち伏せされては困ると顔を覗かせてから先に進む。片方は大きなファンがあるので必然的に行き先は決まる。それも戻る方、少年がいるであろう方へ行けるので迷う必要が無かった。

「さて」

 安全を確認して進んでいくと、ごうんと静かに動き出す様な音が聞こえてきた。振り向くその僅かな隙に背後のファンが一気に回転を初め、利家を吸い込もうとしていた。

「う、うわああ!」

 三十年もないとはいえ、人生の中で感じたこともない突風だった。立っていられない、というレベルを超えて異変を認識した瞬間に足が浮きあがっているレベルだ。

「ここで死んでたまるか!」

 せっかくここまで来たのに死に戻りは勘弁願いたい。またもや一か八かで、キックを繰り出す。

「ブレイジングキック!」

 炎のキックでファンの中央をぶち抜き、危機を脱する。が、勢いが付き過ぎて通気口を抜け、穴へ飛び出してしまった。

「あ」

 当然真っ逆さま。一応目的の深層へ潜ることは達成できているが、無事に着地出来る保証はない。

「宇宙に飛ばされてよかった、これで!」

 宇宙に投げ出された時の経験を元に、手から炎を出して落下の速度を緩める。だが重力下では勝手が違う。何とかスピードを相殺した時には炎を吹くのも限界だ。

「ぐぬぬ……お、いいのあんじゃん」

 途中で広い開口部を見つけ、そこへ踏ん張って入り込む。確実に届いたことを確認してから炎を止める。こんな場所で落ちては洒落にならない。

「だぁああ、疲れた!」

 開口部に倒れ込んでその風景を見ると、行ったことはないが見慣れた空間が広がっていた。地下にある大空間、柱が並んだコンクリート造りの神殿とも言えるそこは首都圏外郭放水路、通称『例の地下』だ。特撮でよくロケ地になっている、都市部を豪雨が襲った時に水を流す為の空間だ。

「いつもの地下神殿やん」

 利家の最推し平成ライダー、ファイズの最終決戦の地故に心の中にもあるのだろうか。冷たいコンクリートが運動で火照った身体に心地いい、のを打ち消すが如く服が濡れた不快感と下水臭さが残っている。

「つまりここがゴール地点……ってこと?」

 明らかにボス戦を行いそうなロケーションも相まって、こここそが目指し続けた深層なのかとも思ってしまう。休憩を済ませると、奥へ進んでみる。

 そこにはウィスパーが待っている、と思いきや黒いコートにサングラスをかけた

「お前は……」

 その男はオールバックにしてかっこつけているが、利家の全く知らない人物であった。これまでの流れからバイオのボスキャラがモチーフなのかと思ったが、どちらかというとマトリックスの敵のコスプレをドンキで揃えてハロウィンでやりましたみたいな空気を感じる。

「もしや、土方が呼び寄せたのか? あいつくらいしかおるまい」

「なんだこのオッサン?」

 かつての恩師の苗字が出たものの、このオッサンに心当たりはない。

「どうやら心を繋げ過ぎて変なところに繋がったらしい。ならばお前も踏み台にしてやる」

「ああ? やってみろよ!」

 急に舐めた態度を取るので、利家も構える。とにかくこのオッサンが敵であることに変わりはない。

「では死ね!」

 オッサンは威勢よく駆け出す。本人としては凄いスピードで迫り、パンチを繰り出しているつもりなのだろう。だが利家の目線からはあくびが出るほど遅い。

(なんだ? 遅い……行ったり来たり出来るぞ?)

 身体を左右に揺らして回避ごっこ出来る程度には速度に差があった。そのためしっかりと狙いを定めて顔面、胸部、腹部、金的へ拳を振るえる。二つの拳でしっかり人体の弱点を突き、オッサンの膝を一瞬で着かせる。

「おご……」

「ブレイジングキック!」

 至近距離で必殺の蹴りを繰り出す。吹っ飛ばされたオッサンはコンクリートの柱にぶつかってめり込む。

「ざっこ」

「ぐほぁ!」

 謎のオッサンを倒し、探索を再開する利家。このオッサンもそうだが、なぜ自分の心の中に知らない人間がこうもいるのか気になってきた。オッサンは心を繋げるだの言っていたが、それと関係あるのか。

「お、開いてんじゃん」

 オッサンは扉を開けっ放しにしていた様で、どこから来たのかを辿ることが出来た。扉を出ると地下通路に差しかかり、シャッターの閉まった場所を見つける。そのシャッターは少し空いており、下を潜れそうだ。あのオッサンは無駄に着込んでいる上に殴った感触からして太っていそうだと利家は察したので、ここを通ることが出来なかった様だ。

「こっちにはなんかあるのか?」

 シャッターを潜ると、明かりの少ない暗い場所に出る。夜目が効く利家は僅かな光を元に進むが、途中でバリケードの様なものがあり小さく痩せた身体でないと通れない様になっていた。

「おや?」

 そうしてようやくたどり着いた場所には指紋認証の扉。ダメ元で読み込むと何故か通してくれた。扉を潜ってから閉めると、しっかり鍵も閉まる。そこからは静脈認証、網膜認証、声帯認証と思いつく限りのセキュリティを突破し、到着したのは地下鉄のホーム。

「なんだこりゃ?」

 その地下鉄をまじまじと見ると、どうも地元の私鉄が乗り入れるタイプらしい。赤い車両は地上空間を走っているもので、そのまま線路が地下鉄に繋がっている。

「なんで鶴舞線の構造なんだ? どっちかっていうと名港線か東山線の方が馴染みあるんだが……」

 利家としては他の路線の方がお馴染みであるが、ここもそれなりに印象に残っている。初めて来たときは地上区間の車両がやってきたことに驚いたものだ。

「府中か?」

「え?」

 車両を眺めている利家に声をかけたのは、彼にとって信じられない人物であった。長身でいつものジャージを着込んだ男性。中学時代の恩師、土方である。

「土方先生?」

「あれ? 人違いか? でも確かに府中な気が……」

「ああ、変身してるからか」

 とりあえず変身解除する。変身してしまうと本当に別人だ。だが、本来の姿になったにも関わらず土方は首を傾げた。

「お前なんか戻った? 一年の頃に」

「いやこれでもぶくぶく太りましたってマジ」

「いや確かに成人式の頃はそうだったんだけど……」

 多分心の中だからだろうということにして、状況を聞く。

「しかし何で俺の心の中へ?」

「え? ここお前の心の中なの? あのマトリックスの出来損ないは?」

 一応、利家の認識では自分の心の中ということになっているが、どうもそれが怪しい。地下鉄の中には中学生程度の子供達がいる。誰も彼も見覚えのない相手だ。

「そのマトリックスの出来損ないが心を繋ぐ云々言ってたんで、俺の心が繋げられたかもしれないですね。実はかくかくしかじかで」

 利家はマインドアを偶発的に開いたこと、その謎を握ると思われる者に渡されたアイテムで心に潜っていることを説明した。そしてマインドアが様々な現象を引き起こし、それに対面した経験も。

「なるほど、とするとマトリックスの出来損ないがそのマインドアの能力で心を繋げた結果、こうなった可能性が高いな。俺達は夜寝ててみんな起きたらここにいたんだ」

「集められた人の共通点はあります?」

 中学生ばかりの中、自分と土方だけが大人というのは異様であった。発動した人間が無作為に選んだのならもっとばらけるはず。何らかの規則性があるのだろう。

「俺の中学だと思ったが、赴任したことのない学校や小学校からも来てる。ここを見つけて以降、お前みたいに偶然ここへ辿り着く奴もそれなりにいて全員はまだ把握していない」

「とすると、俺達よりマトリックスもどきを中心に考えた方が良さそうですね」

 相談したが、二人の間で結論は出なかった。そうなると、脱出の方法を探すのが優先だ。

「俺は死ねば出られると思うんすけど、みんなはそうもいかないか……」

「この地下鉄はみんなを集めている時に見つけたものだ。あのマトリックスの出来損ないもこのホームには入って来れない様でな」

「心の中って下に行くと深層心理に入ると思うんすよ。だったらこれで地上まで行けないすかね?」

「そうだな、幸いここが終点の片側の様だし、鶴舞線モチーフだとすれば地上に繋がっているかもしれん」

 地下鉄にはそれなりの大人数が乗っており、無作為に出歩くことは出来ない状態だ。ならば、この地下鉄に賭ける他無い。

「ずっとこいつを動かす為に色々手を尽くしているんだが、何人ここに引き込まれたのか分からんと動かせたとしても出発出来ん。作業は順調なんだがな」

「なら俺があのマトリックスもどきをぶちのめして吐かせますよ。あれ弱かったんで」

 地下鉄の再起動は進んでいるとのことだがここに来てしまった内訳が分からないと助け零しが出てしまう。それはなるべく避けたい。引き込んだ本人なら知っているのではないかと利家は考えた。

「そうか、相手の強さが読めない以上戦いは避けていたが……ならば俺は地下鉄の再起動、お前は犯人を捕縛に当たってくれ」

「分かりました。そうだな、道中誰か見つけた時に信用してもらいたいし……」

 役割分担が決まり、それぞれ動き出す。利家は地下鉄の壁に貼られた広告を斜めに巻いて棒を作り、そこに広告を切って張り付け旗を作った。さながらツアーのバスガイド。

「はいはい、謎のダンジョン脱出御一行様ですよ」

「お前そういうもの作るのホント早いな」

 そんな工作をしていると、地下鉄にいた子供の一人があるものを持ってきた。

「こんなの見つけたんだけど」

「これは……」

 それは書類の束。何かヒントになるかもしれない。

「かぁーっ、みんね! 片面印刷でもったいない!」

「妙に所帯じみてきたな。それより見ろ、何かの名簿じゃないか?」

 利家が紙の無駄使いを気にしていると、土方はその書類が書式こそバラバラなものの名簿の類が集まったものであると気づいた。

「あ、本当だ。何かのクラス名簿ですね」

「ん? これ担任と副担任に同じ名前があるぞ」

 名簿をめくっていくと、担任副担任の欄があり、かつそこに必ずある名前が記載されていた。それこそが、事件の謎を解く鍵であった。


   @


「ねぇ、必殺技のブレイジングキックってこれから来てるの?」

 咲はオモチャ屋に戻った時、あるプラモの箱を見て利家に聞いた。マギアメイデン・エコールの必殺技、ブレイジングキックは炎の蹴り。このロボットのキックは緑に輝く足と違いがある。

「んー、それは偶然だな。ポケモンの技をもじったんだよ」

「へぇ、ポケモンなんて10まんボルトしか知らないや」

「全体的にそのポケモンの影響だな」

 あの姿は利家の心を示したもの。長らく愛着のある存在が反映されているのも納得だ。

「さて、遅くなってしまったな。送ろうか」

 浅野は夕暮れに女子高生を一人で返すのは心配なのか、送迎を申し出る。

「私は近いので」

「私もいいわ」

「そうか、気を付けてな」

 咲は家が近いことを理由に、時東は違う理由からそれを断った。二人が店を出ようとすると、一人の青年が立っていた。その顔を見るなり時東は露骨に嫌悪感を示す。

「どうやってここに……」

「矢子、お前がマインドアを開くんじゃないかって心配になって、学校の人に聞いたんだよ」

 時東を取り巻く状況は混沌とし始めていた。

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