心の奥で胎動するモノ ②

 時東の前に現れたのは謎の青年。一見するとイケメンで清潔感のある人物だが、ここに至るまでに高校へ突撃して聞き出してきたとなると結構ドン引きなのである。

「誰だ?」

「私の隣に住んでるおせっかいだ」

「こんな場所に来るなんでおせっかいなんてレベルじゃねーけどな」

 関係性としてはただのお隣さん。それでここまで来るなど利家も困惑するレベルであった。

「さぁ、帰ろう。何を考えているか知らないが……危ないことに手を出さない方がいい」

 青年は時東の腕を掴んだが、咄嗟に振り払われる。

「お前に何が分かる!」

 お隣さんというには、彼女と青年の間には大きな溝がある様に見られた。その様子を見て、青年は利家たちに疑いの目を向ける。

「矢子に何を吹き込んだ!」

「いや、マインドアのこと知りたいっていうから教えただけだけど」

「唆しているのか!」

 青年は勝手に利家たちを敵視し始める。それは二人からすれば心外であった。むしろ時東を止める方に話を進めているのだから。

「どっちかっていうと止めたいけど、最後に決めるのはこいつだからな」

 現在、マインドアの使用が犯罪でない以上最終的な判断は当人に委ねられる。それは利家も浅野も理解していた。

「なんと無責任な……!」

「いうて親御さんでもないのにそこまで干渉出来ないよ」

 そして何より、時東とはあくまで他人。教師でも親でもない二人がその行動全てを制御するわけにはいかない。むしろその立場でも干渉の度合いは適度でなければならない。

「ご両親も悲しむに決まっている! 妹さんだって……」

「お前が……勝手に私の家族にことを語るな!」

 青年は悉く時東の地雷を踏みつけていた。あまりに無神経な態度に話を聞いていた咲も呆れる。

「あーあ、こういうのやだねー。自分の考えが絶対正しいって悪い意味で揺らがないの」

 浅野は青年から危険性を感じ、二人の間に割って入る。

「私は警官ではないが……今はストーカー規制法もある。出過ぎた態度はしょっぴかれるぞ」

「く……国家権力が……」

 青年は捨てセリフと共に去っていく。浅野はかなりこの青年を気にしており、時東に事情を聞いた。刑事であった彼なりに事件の予兆らしきものを察しているのだろう。

「彼の名前は? 少し後輩にマークさせておこう。ああいう相手の気持ちが分からないのは危ないからな」

「あの人は……西間洋よ。昔から隣には住んでいたけど、私の家族が事故で死んでからしつこくて」

 時東の話を聞き、利家は彼女がマインドアを欲する理由を察する。

「そうか、可能かもしれないが、危険だぞ?」

 マインドアの力を用いての、家族の蘇生。確かに可能かもしれないが彼はその代償をよく知っている。ただ、同時に彼女がそれで止まることもないだろうということも。

「分かってる。それでも……」

「なら、待ち時間長い上に不確かな手術はやめておけ。『ゲームマスター』を紹介しよう」

 止めることが出来ないならば、その結末がなるべくよいものにするしかない。そして、最後までその決意が揺るがないことを確かめる必要がある。

「ただし、俺の話を最後まで聞いてそれでも覚悟が出来たなら、だ」

「分かった」

「私もマインドアのことを知りたい。何が起きてるか、知らなきゃいけない気がする」

 時東はその条件に応じ、咲も話を聞くことにした。話は、マインドアを悪用した大きな事件のところから再開される。恩師と心の世界で合流した利家の下に来た人物とは。


   @


「あ、今から探しに行こうと思ってたんだ」

 地下鉄の出発準備をしていた利家と土方の下にやってきたのは、一人の少年だった。彼は利家がこの地下にやってきた時にワニの接近を教えてくれた。

「サンクス、助かったぜ。ワニに食われるところだった」

「ぁ……」

 少年は近くで見ると、黒髪に紫のグラデーションが入っている様に見えた。あると思っていた左手も見かけだけの義手であった。少年は固まってしまって声も出せていなかった。見た目日本人であるが、色白で瞳の色は両方とも白濁している。歩いている様子からも視力が弱いのかもしれない。

「とりあえずこの名簿を見て全員いるか確認する」

「おっす、じゃあ一番後ろで待っておきますね」

 土方が名簿を利用してここに引き込まれた人間を調べようとする。利家は少年を連れて最後尾の車両に移った。ちょうど人がおらず、ゆったりと座ることが出来る。

「お、そうだ変身してたなあの時。変身」

 少年が黙ったままなのは自分があの時のシスターだと思われていないと思った利家は、変身して会った時の姿になった。

「俺はエコール、バトルシスター……じゃないな、エコールなのはたしかだが……」

 エコールという名称はあったが、何か仮面ライダー的な枕言葉が欲しいと思った利家。言葉を捻りだしてかっこいいのを考える。

「魔法少女……ありきたりだな、プリキュアでもないし……魔法の少女……マジック、マギア、少女……ガール、メイデン……マギアメイデン!」

 そしてようやく決まったので、通しで名乗ることにした。ポーズは適当にそれっぽいのを決める。

「俺はエコール! マギアメイデン、エコールだ!」

 急なヒーローポーズに少年はぽかんとしていた。だが、自己紹介の流れだと思ったのかどうにか彼は名乗ろうとする。

「ぼ、ボクは……深海こだま……」

「こだまか。うん、新幹線にあったな」

 名前に対してはそんな当たり障りのない反応しか出来ない。とはいえ、腕のことを聞くわけにもいかない。

「うーん、ここどこなんだろうな」

「……」

 こだまは人に対して恐怖を感じているのか、あまり言葉を発したり目を合わせない。もともとコミュ力が高い方ではない利家も共通の話題が無いと詰まってしまうのであった。

「……」

「……」

 しばらく沈黙が続いた。その時、更に後方の列車から物音がする。利家がそちらを見やると、連結部の扉を開いて黒いコートの男が現れる。

「あいつ……生きてたのか!」

「っ……」

 急な敵襲に利家は立ち上がり、戦闘態勢を取る。こだまは今まで以上に脅えた様子を見せるが、こんな不審者が安全地帯と思われた場所に入ってくれば当然だろう。

 マインドアを展開していればダメージが精神に行くとはいえ、あれだけボコボコにしても立ち上がってくるとは想像していなかった。肉体と精神のダメージレートがどうなっているのか、変身中は痛覚のない利家には分からないが、どちらも変わらず痛いはずだ。

「おい、全員いたぞ。いたこと自体が驚きだが……」

 土方が名簿のチェックを終えて合流する。敵の姿を見ても彼は驚かなかった。

「やはりお前か、中岡」

「来やがったな……土方ァ!」

 何か因縁ありそうな様子に、利家は一応聞いておく。

「お知り合い?」

「まぁ、昔ちょっとな」

 土方の方は終わったことと言った空気を出しているが、当のマトリックスの出来損ない、中岡は私怨バリバリでにらみつける。

「お前がチクらなければ、俺はァアアアア!」

「あー、はいはい」

 どうやら中岡は悪さをして土方に咎められ、それが原因で処分を受けた様子。これ以上はまぁ必要のない情報なので利家は人払いをして戦闘を始めることにした。

「あ、じゃあこの地下鉄発車しちゃってください。これ追い出すんで」

「んなゴキブリみたいに……お前はどうするんだ?」

「死んだら戻れるんで。ま、ここもまだ探索し終えていないですし」

 飄々と語って見せる利家に土方は若干頭を抱えたが、状況が状況だけに承諾して行動する。

「お前はいつも……あとで無事を知らせろよ!」

「はい! じゃあ、マギアメイデン・エコール、行くぜ!」

 土方がこだまの手を引いて去った後、中岡はにやりと笑って利家に迫る。

「ふん、まずはお前からだ。この力さえあれば、大抵の奴は始末出来るからな。まずは80%を見せてやる!」

 ふんッ、と中岡は気合を入れて肉体を膨らませ、瞬時にバンプアップする。コートは破れなかったがパツパツになり、強そうというより滑稽だ。

「なんだ、ケンシロウみたいに破れるんじゃないのか」

「そんな力お前に必要ないからな」

 そう言いながら、中岡はガトリングガンを持ち出した。弾倉となっている大きなコンテナは背中に背負っている。ゲームではよく強い武器の代表として出てくるが、少なくとも個人で携行する武器ではない。

「いきなりかよ!」

 これをぶっ放されれば避けても後ろに被害が出る、などと一瞬で判断するだけの思考力は利家にない。ただ、ガトリングは動き出してから弾が出るまでにラグがある。そんなことを無意識に察し、飛び込む様に中岡の股下に炎を纏ってスライディングしていく。

「うお眩しッ!」

 煌いた一瞬に隙が生まれ、利家は炎の脚で中岡の股間を蹴り上げる。焦げた匂いが辺りに漂い、脚が股間へメリメリと嫌な音を立てて沈み込む。

「あー、そういえば精巣って打撲した程度の熱でも機能不全になるんだっけ。じゃあお前、一生種無しだな、多分」

「おごおおお……」

 中岡が悶えている隙に立ち上がり、利家は扉を蹴り破って彼を車両から追放する。その際の衝撃でガトリングは外れ、床に転がった。

「き……貴様……」

「武器奪取はライダーアクションの基本だぜ」

 利家はそのガトリングを拾い上げると、それを中岡に向かってぶっ放す。しばらくの空転を置いてから弾が発射され、火球の様なものが絶え間なく中岡にぶつかり続ける。

「ぐおおおおおッ!」

 コートのおかげか、現実にガトリングを受けた者など見たことないからか、案外肉体を綺麗に貫通して損傷は少ない。代わりに背後の壁が穴だらけであった。

「オラオラァ!」

 弾が切れると、利家はその白熱した銃身を鈍器にしようと殴りかかる。

「死ねぇ!」

「ウゲェ!」

 なんとか起き上がろうとした直後を上から叩き、首が身体にめり込むまで押し付ける。

「さて流石に死んだだろう」

 死体確認をしようと利家が無残な姿となった中岡を眺めていると、突然奴は大きな筒を利家に突きつけて彼を持ち上げる。

「ぐっ、しま……」

 まだ武器があったのか。あのガトリングの出処が分からない以上、油断はするべきではなかった。現実では考えられない現象が起きる心の中での戦いは一瞬のミスが命取りだ。

 中岡は筒の引き金を引き、爆発を起こす。どうやらロケットランチャーの様だ。吹っ飛ばされた利家は痛みこそないが、派手に吹き飛んだせいで現状認識が出来なくなっている。ゲームでは吹っ飛ばされてもキャラの背後から見ているのでどうなっているか分かるが、現実では視界というものがある。

「く……どうなってんだ今?」

 出来る限り急いで起き上がったつもりだったが、2発目が既に迫っていた。ロケットランチャーは比較的速度が遅いので弾道は見られたものの、誘導機能がある場合も多くこの間合いでは回避が有効か、微妙なところだ。

「ええい!」

 利家は咄嗟に弾頭を掴んだが、噴射の力が強く相手に投げ返せるわけもない。適当な場所に投げたいが、中岡も3発目を用意している。安全に処理している時間はない。

「こうなりゃ一か八かだ!」

 利家は弾頭を掴んだまま、飛び蹴りを放った。これが正真正銘、勝負を決める一撃だ。

「ブレイジングキック!」

 放たれた弾と掴んだ弾の爆発、そして必殺の炎で視界は白くなり、深淵の様子はそれ以降一切見えなくなってしまった。

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