奇跡の力
「みんな、ついたかな……」
矢子は避難所で手伝いをしながらエコールと紬の心配をしていた。自分が戦えれば少しはマシなのだが、マギアメイデン・クォーツの変身は家族を取り戻したいという理由からだった。それが無くなった今、常識はずれの時間遡行歴史改変を行った反動で一切の能力が使えなくなっている。
「あ、おもちゃ屋のおねーちゃんだ!」
「赤いお姉ちゃんは?」
エコールホビーに近い学校の体育館も避難所となっている。赤いお姉ちゃん、エコールは今いない。
「エコール……府中お姉ちゃんは今別件でね」
子供達を心配させないために矢子はぼかして伝える。彼は子供が苦手だという割にはなつかれている。精神性が近いのだろう。
(エコールと紬が死んだら、この子達も悲しむかな……)
失ったことのある身としては子供達にそんな思いをさせたくなかった。
(だから絶対に戻ってきて、エコール、紬)
祈りを打ち切る様に矢子のスマホが震える。家族からメッセージが届いている。どうにも家族がいることにまだ慣れておらず、メッセージを読みそびれることが多いので通知をバイブから音にしようかと考えているところだ。
「……ふぅ」
どうやら家族は避難所、ここに来るらしい。無事ならば何よりだ。あれだけ苦労したのにまた死なれてはもう二度と立ち直れない。
「学校まで来てるのね」
近くまで来たというので、再会するために矢子は体育館を出る。
「あの鎧、動きださないといいけど」
マイントピア民を操っていた鎧はこだまの力で停止し、中にいた人々も解放された。しれっとマイントピア民も避難所でお手伝いをしている。テレビではやんのやんの言っているらしいが先んじてSNSにエコールたちが『彼らの国の過激派が国民を操っている』と情報を流して両国の衝突を緩和させている。
「咲達も、ありがとうね」
矢子はその場にいない八神咲たちクラスメイトに感謝した。彼女たちも情報を流してくれたため、パニックは最小限に収まった。
「おーい、矢子!」
「お友達とも合流したぞー」
学校の敷地を出るとこちらへ向かって矢子の両親と妹、そして咲達がやってきていた。無事なのはメッセージやSNSでわかっていたが、姿を見ると安心する。
「うわああああ! よ、鎧が!」
その安心は一息さえつく間もなく砕かれる。脱ぎ捨てられた鎧たちがひとりでに動き出したのだ。
「ちょっと! ここ鎧多くない?」
「しまった、少しは警戒するべきだった!」
よりによって咲や時東家のいる場所に大量の鎧があった。あれは万全な状態のエコールと紬とこだまががんばっても一体倒すのがやっとなのだ。
「あっ……」
エコールの脳裏によぎったのはあの時の光景。事故で家族が自分を残して死んだ時の絶望。それをまた味わいたくなかった。気づけば走り出していた。力がなくても、それはあの時と同じだ。目の前で死なせたくなかった。
「やめろーっ!」
鎧は手に剣を持っている。このままではみんな殺されてしまう。敵だった二人が無残に死んだ光景は今でもついさっきのことの様に思い出せる。
矢子は気づかなかった。左手の薬指に消えたはずの指輪が、左耳にエコールのもとの同じピアスがついていることに。
「こ、これは……」
矢子は炎に包まれる。そして確信した。今ならクォーツに変身できると。
「変……身っ!」
時計の鐘が鳴る。揺らめく炎は時が止まったかの様に停止し、いつもの姿になった矢子、マギアメイデン・クォーツへと巻き付く。炎はリボンやフリルなどの装飾として現れた。赤い装飾はまるでエコールの髪の様だった。
「マギアメイデン……ローズクォーツ!」
マインドアは心の力。取り戻したい一心で覚醒し目的を果たすと消えるが、再度別の強い意思が生まれるとまた目覚める。
「新しいフォームだ!」
「挿入歌とかないの?」
咲達が若干エコールの影響で特撮とか見始めていい感じに毒されているが残念ながらそんなものはない。ただ背後に浮かぶ時計の幻影は0時から6時へ針を動かし、それが槍となって矢子の手元に現れる。
「いくぞ……」
彼女が敵を討ち、全員を守ると決意すると周囲の時間が停止する。その上で矢子の行動だけ倍速になり、あっという間に鎧たちは粉砕されていく。
「明らかに強くなってる……」
これは中身がないとはいえ数が大量で、総出で戦ってもやっと一体倒せるような相手なのだ。
「あっち行きたいけど、私はここを守らなきゃ……」
この力でエコールたちを助けたいところだが、この様なことがあると避難所を離れられない。
エコールは船へたどり着き、内部へ侵入した。あの時は上空にあってよく見えなかったが文字通りの船、木造の帆船だ。
「なんかFFの飛空艇みたいな感じだな」
これならばすぐにクイーンを見つけられると彼は考えた。中がどうなっているかわからないがクイーンは既に甲板で待機している。
「来ると思いましたわ。地上人」
「部下は出払ったみたいだな」
移動中、船からクイーンの配下が出てきたことは知っている。
「私の能力をご存じない? この船は私の武器にもなるのです!」
クイーンは船の甲板をうごめかせ、下から棘のようなものを生やしてくる。エコールは即座に回避して反撃に出る。
「ステージギミック付きか! ブレイジングキック!」
燃える脚でのキック。必殺技クラスの技を出し惜しみなく使わないとじり貧だ。直撃はしたがクイーンは微動だにしない。
「ギミックありでこの硬さかよ!」
一旦飛び跳ね、エコールは距離を取る。あまり長いこと接敵していると何が飛んでくるかわからない。船は直ったのかゆっくりと浮上する。
「あの子供の力もここまでですこと」
「十分だ。お前を倒せる」
こだまの放った力による拘束、すぐさま致命傷にならないものの鎧の進撃を止め船を一時的に墜落させることで減った犠牲もある。あとはそれを繋いで、クイーンを倒すだけ。エコールはそう思っている。
「喜びなさい! あなたは私が手ずから始末してあげます!」
クイーンは脚に炎を纏い、キックを放ってくる。ブレイジングキックの模倣。それがエコールに迫っていく。
「これは……」
だがエコールが驚愕しているのはそこではなかった。手にメリケン代わりでつけている指輪が光っていた。これは以前、矢子の精神世界で彼女の両親から受け取ったものだ。
「ふんっ!」
腕でキックを防ぐエコール。周囲に熱波が走り、船が大きく揺れるほどの勢いだ。甲板も大きくめくれ、燃えたりしている。エコールのオリジナルを超える力のキックであったはずだ。
「な、……私の力が通じない!」
「これは……この力は!」
指輪を通じてわかる。矢子が新たな力に目覚めたことが。あの時矢子の精神世界に自分の指輪を置いてきた。その影響なのか。
「しゃあああっ! なんだか知らんが、ノってやるぜ!」
マインドアは心の力。勢いがある時にぶちかませ。時計の鐘が鳴り、周囲の時間が止まる。エコールの衣装はアレンジされた修道服という文脈を固定したまま純白のドレスへ変異する。
「マギアメイデン……クォーツエコール!」
「ば、バカな……!」
一気に形勢が逆転する。そもそも無差別に鎧をバラまいて行かなければ、それが矢子の家族や咲達を襲わなければ、もしかしたら勝てたかもしれない。だが自分でその道を破壊したのだ。
「ブレイジングキック!」
だが技を見てクイーンは安心する。いつもと変わらない、芸のないキックだ。それを受け止めて反撃という絵を彼女は頭で描いていた。
「見た目が変わっただけで!」
だがその絵は一瞬で消える。炎の熱は周囲の空気を呑む。耳をつんざくような轟音にクイーンは包まれる。
「ぐはぁぁぁああああっ!」
防御する隙もないほど速い。気づけば腹部に直撃。爆発してフッ飛ばされ、船の外へ飛び出るクイーン。
(この……立て直す!)
だが敵から離れたということは連撃を喰らう心配がなくなる。そう安心したのもつかの間だ。
「&リバース!」
謎の力によって引き戻されるクイーン。引っ張られているのではない。船の破片や雲の流れからして時間が戻っているのだ。
「ブレイジングバンカー!」
戻ってきたクイーンの顔面に拳がぶつかる。
「グホッ!」」
この技は拳を振り抜いた勢いで肘も当てる技。肘鉄でクイーンがもう一度船の外へ吹き飛ばされる。
「三発も……この私に!」
「違うな」
クイーンは攻撃を受けたことを屈辱に感じていた。だが実際は三発では済まない。無数の打撃がいつの間にかクイーンに直撃しているのだ。
「3000発だ」
「ギャアアアアアア!」
コンクリートを砕くかのような音が一帯に響く。文字通りのボコボコ。時間停止と自身の加速を利用した不可視の攻撃だ。
そのまま抵抗する力もなくクイーンは地上へ墜ちていく。いつの間にか船の高度は地上の民家が米粒ほどに見える高さになっていた。
「これが最後の、ブレイジングキックだ!」
炎を纏った飛び蹴りをクイーンに向かって放つエコール。ブレイジングキックはクイーンに命中した後、そのまま貫通してエコールが一人で地上に着地する。
「っと」
緩やかな着地ではなく、地上にクレーターができるほどの勢い。そして滑っていく自身を脚力のブレーキで無理やり停止させる。その背後には攻撃を受けたクイーンが墜ちてきている。
「おらぁっ!」
そのクイーンに向かって回し蹴りを放つエコール。クイーンは吹っ飛ばされて船に激突する。破損した船は高度を落とし、不時着しようとしていた。
「ラジエルブレイジングキック!」
そこに向かって緑に輝くものが突撃する。裏四天王も真四天王も全員倒したラジエルロザリア、紬だ。彼女はエコールの近くに着地し、船が日本海に落ちていくのを見守った。
「さて、とっ捕まえるぞ」
「えっほ、えっほ」
エコールと紬はその辺にあった白鳥の足漕ぎボートで墜落した船へ向かう。
「波がきつい!」
「小さい船だと揺れるな」
紬は一瞬船酔いしそうだったが、酔わないと自分で思えば収まった。マギアメイデンに変身すること自体がマインドア能力なので特性を追加すると耐性ができたりする。
「ふふふ……まんまと来ましたね……」
「すげー浮き方」
クイーンは海にぷかぷか浮かんでいた。まるでギャグ漫画の様に海水を飲んで腹が膨らんでいる。
「私の能力は支配! この船を操って反撃!」
彼女の能力は自身が支配しているものを自由に操る力。なので所持品の船を武器にしたり再生したりは自在だ。だが、一切船は動かない。
「な、なぜ……」
「あー、自分の能力が負けて自信なくなっちゃったかー」
マインドアは心の力であるが故に、できると強く思ったことはできる。だがその思いを砕かれたら能力自体が消失する恐れもある。矢子の能力が願いの成就で消えたように。この戦闘でクイーンは自信を破壊され、能力も揺らいで維持できなくなった。クイーンの自信が能力に依存するものであるため、それを破られて自信を失い能力が使えなくなってまた自信を失い、取り戻すことは不可能だ。
「グゲッ!」
クイーンの美しい風貌もシワシワになっていく。美貌も身体を支配していると認知して能力で作っていたのだろうか。
「これで終わり、だな」
こうしてマイントピアと地上を巻き込んだ大きな陰謀は終わった。
「やれやれ、なんだかんだ矢子に助けられたな」
より暗躍されて被害が拡大する前にクイーンが表に出たのも、戦いでクイーンを圧倒できたのも矢子の力が大きかった。彼女がマインドアを望んだのもそれが広まってしまったから。結局最初から最後までクイーンは自分で自分の首を絞め続けたのだ。
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