心の開いた未来

『先日、各国に攻撃を仕掛けたマイントピアなる国と国連は不可侵条約を結びました』

 マインドアに絡んだ騒動から数週間が経った。結局、マイントピアの民は再び地下へ戻った。少しの間だけ地上にいた者もいたが、まぶしくて気温が安定しないと概ね不評だった。慣れた環境が結局一番だ。

『野党は攻撃されながら何も要求せずただ不可侵条約を結んだだけの与党を強く非難しており……』

 八神咲は学校へ行く支度をする。エコールや紬、矢子のような当事者はそれで納得していたので咲も文句はなかった。敵基地攻撃能力がどうのという話をする時は戦争になると文句を垂れているらしい野党であったが、結局嫌いな人間のやることにケチをつけたいだけなのである。

『また日本各地を襲撃した謎の船も全ての破片をマイントピアに返還しており、あまりの弱腰に政権支持率はまた下がる見込みです』

 軸が自分にない、他人に軸を預けるような弱い心は何も成せない。咲はマインドアの事件を通じてそれを知った。

「仲良くなった方もいたのに……寂しいものね」

 咲の母はあの騒動でちゃっかりマイントピア民と仲良くなっていたらしい。不可侵とはいっても国交がないだけで民間での交流は続けようという落としどころになった。

「エコールが民間で会う分には問題ないように取り計らってくれたから」

「それはよかった! ヒーローって敵を倒すだけじゃないもの」

「はは……」

 エコールがなぜ交流を維持しようとしたのかを知っている咲は苦笑い。どうやらマイントピアで製造されているゼンマイが動物のロボットに用いられていたものに近いらしく、それを欲しがったのだ。

 ゼンマイなんて、と思ったがすでに製造できなくなっているものをより丈夫にして錆びないんだとか。

『うおおおお! これならウオディックが再販できる! すげぇ、錆びない!』

 魚のロボットのためになんとも熱っぽいものである。魚雷に仕込んだ発砲スチロールで浮かべてなんたらとかもう話を覚えていない。エコールにとっての軸は最初から徹頭徹尾おもちゃなんだろうか。

「いってきまーす。パスカル、帰ったら散歩だよ」

「いってらっしゃい」

 咲は学校へ行く。心なしか愛犬のパスカルも今日は元気だ。


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「いってきます」

 矢子は家族のいる家を後にして登校する。口元は少しほころんでいた。

「矢子、最近元気ないのか?」

「え?」

 矢子の父は彼女の様子を見て声をかける。以前に比べればすっかり元気になった矢子であるが、それでも10年の孤独で固まった表情筋はすぐにほぐれてくれない。

「むしろ元気だけど?」

「そうか、何でも言ってくれよ」

「……ええ」

 家族がいる、今この時代に生きている。それだけでうれしくて涙があふれそうだった。だが心配を掛けないために堪えて玄関を出る。家族に心配を掛けないことさえ、この10年はできなかった。

「私は……これから……」

 エコールと紬はせっかく家族を取り戻したのだからマギアメイデンを降りる様に説得した。だが家族を失った悲しみを知る者としては、それを他人に味合わせたくないと思うようになった。

「よし」

 左手の薬指に付けられた指輪はマギアメイデンに変身するためのもの。一時は目的を果たしてなくなっていたが、新しい目的を得たことで蘇った。

 マギアメイデン・ローズクォーツ。以前と違ってこの力で倒すべき敵がいるかどうかわからないが、やれるだけやってみようと矢子は誓うのであった。


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 紬は市内にあるお寺の無縁墓地にやってきていた。歴史改変や歴史の修正力がどうのという複雑な事情があっても、深海こだまがあの時死んだということだけは覆せない。

 彼の起こした学校での虐殺や施設のスタッフ子供全滅事件は改変されなかった。児童養護施設にいる子供達は親族がいないためこことは違う無縁墓地に入ることとなったが、こだまは遺体もない上に被害者遺族の要望もあって埋葬されなかった。

「ここなら……」

 どうにかこだまを弔ってもらえる場所を探し、このお寺を見つけた。通学路からも家からも離れているがマギアメイデンの力を使えば問題なく来られる。

「おお、今日も来てくれたか」

 そこの住職は朝の涼しい間にお墓を掃除するのが日課であった。遺骨は収められていないが友達の眠る場所へいつも来ている紬のことも見ている。

「見てて。私はきっと、あなたと同じ思いをする人を減らして見せる」

 右腕の袖を捲ると、そこにはこだまから受け継いだ義手が残っていた。機械の腕だが肌に触れる感触がある。もうこれは紬の身体になったのだ。

「やれ不況だゆとりだZ世代だとか言っておるが……」

 住職はそんな紬の姿を見て未来を感じる。ニュースでは不安を煽ったり自分と異なる世代や属性の者を腐せば売れるからそうしているのだろうが、世の中はそう単純ではない。

「こういう子がいればもっとこの世はよくなるな」

 少なくとも紬の心は行動として現れ、救われる人も増えるだろう。そしてそれを見た者たちもまた同じ様に。伝播するのは不安や侮蔑だけではない。それは例え地上とマイントピア、世界と世代を隔てても同じことだ。


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「聞いた? うちの学校の田中がマインドア開錠したって」

「またぁ?」

 学校に着いた咲はどこかで聞いたような話を耳にする。どうもクイーンの地上人にマインドアを開いた人間を手術で増やさせる作戦を諦めていなかったらしく、手術の手法が流出してしまった。

「また?」

「いや、何でもない」

 時間遡行に付き合った咲は歴史改変のことを知っているが他の者はそうではない。遡行した10年前などに地上人のマインドア能力者、つまりエコールたちが現れて脅威の判定が難しくなり当初の計画は頓挫した。しかし水面下では途中まで進めており、そこでマインドア開錠手術のデータが流れた様だ。

「最後っ屁か」

 クイーンは心が折れ、能力も失った。それでも憎き地上人を滅ぼすために混乱の種を残していったのだ。ただ、以前と異なりマスメディアを使った喧伝も出来ずしょっぱなの攻め込みっぷりで危ない技術だと思われている様だ。

「おい来たぞ」

 噂をしているとその田中がやってくる。頭を丸めて包帯を巻き、前回よりも痛々しい姿だ。技術系統が違うのだろう。

「おいおいまるでミイラだな」

「星形の痣無いだろうな? 爆発されても困る」

 前回もあった、一見すると陰湿ないじめにも見えるクラスメイトの反応。周囲を無差別に見下せば例え東大主席でも全員からいじくりまわされるというだけの話だ。

「ザンボット3の人間爆弾とか誰がわかるのよ……」

「わかってるじゃん。というか何それ?」

 一方で咲はエコールの影響もありいじりの元ネタがわかってしまった。最近はロボットが集まるゲームやネットミームなどで昔のアニメに触れることは多い。

「ふっふっふ……もう我慢する必要などない!」

 だが田中は頭の包帯を外す。包帯の下にはおもちゃの銃がついており、まるでおもちゃの銃を模した仮面でも被っているような状態だ。

「今から貴様らをみんなぶっ殺してやる!」

「なーんか、やばい感じ……」

 前は知能を低下させるスポンジダーツが発射されたが、今回は普通に射殺してきそうだ。能力も雑に殺す方式になっており、やはり技術の後退が見られた。

「せっかく残骸から戻れたってのに、あのバカ!」

 以前は完全に砲台と化し、破壊されて身動きも取れなくなってしまった。矢子のおかげで戻れたのにまた似たようなことをしているが、彼は前のことを歴史改変の影響で覚えていないのだ。

 否、普通の人は覚えていなくても怪しげな不要な手術はしないのだからそれ以前の問題だろうか。

「ぐええええ!」

 突然、時計の鐘が鳴って田中の頭が元に戻る。髪は生えてこないが手術で切る場所を示すマークが坊主頭に残っているので、手術直前に戻されたのだろう。

「この程度なら戻るのね」

 矢子が変身さえせず、田中の時間を戻したのだ。

「矢子!」

「え? 時東さんと仲よかったの?」

 クラスメイトは咲と矢子の関係性が意外な様子だった。

「そりゃ悪くはないけど……」

 歴史改変という人類が初めて直面した現実。どうやら10年前に亡くなった矢子の家族からすれば急に元気がなくなった認識になり、逆に高校のクラスメイトからすればいつも一人の矢子が誰かと友達になっている方が意外なのだろう。

「そっかぁ……」

 時東家目線では矢子が自分たち家族が生きている環境で成長した歴史が適用され、クラスメイト目線では家族を失い暗くなった歴史が適用されている。歴史改変とは宇宙だ。もしかすると矢子のマインドア能力は家族を軸にしているから、クラスメイトへの影響が少ないのかもしれない。

「ま、いっか」

 この複雑さは結局、矢子があの日エコールへマインドアの力を求めて詰め寄った理由が達成されたもの。ある方が咲にとってはずっといい。


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「ここね」

 放課後、紬は学校であるものを探していた。見つけたのは不自然なほど大きくなり、脚が短くなって倉庫の様に佇む百葉箱。白い扉がかすかに開いている。そこを開くと、中は校舎と同じ廊下が続いている。

「これがゲームマスターの言ってた、原因……」

 小学校の虐殺はこだま一人が引き起こしたものではない。死んだゲームマスターの手記を元につむぎはこの学校で発生した負の感情が溜まるエリアを見つけた。これが生まれた原因は間違いなく学校でおきたいじめなど。それを解決した方がいいのは言うまでもないが、これを放置する理由にはならない。

「これを何とかしないと……」

「水臭いじゃないか。俺も混ぜろ」

 そんな紬の後ろにエコールは現れる。変身の強度が上がったせいか、変身前でさえ髪がマギアメイデンの時と同じ赤になっていた。

「はぁ……それはこっちのセリフなんだけどな」

 矢子も駆けつけていた。三人はお互いを見合わせ、アクセサリーに触れて変身する。

『変身!』

 今、マインドアや心のエネルギーが起こす事件に立ち向かえるのはこの三人だけだ。これからのことはわからないが、心がある限り後から続く者もあらわれるだろう。

「行くぞ!」

 三人は百葉箱の中に飛び込み、いつもと変わらず戦い続ける。それぞれの思惑を胸に秘めて。


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「ここってこだまくんが通ってた学校でしょ? そこの七不思議を調べれば、何かわかるんじゃないかって」

 星が輝く夜のことだった。深海こだまは眼鏡をかけたショートヘアの女性と、彼女の母校である小学校へやってきていた。

「あー、通ってたって元の世界のことね」

 女性が訂正した通り、ここは確かにこだまと紬が通っていた学校だが違う。この世界ではマインドアなど存在せず、学校も大量虐殺が起きていない。こだまが気づくと、この少しおかしな世界へ来ていた。なぜ紬に渡した右腕が自分に残っているのかもわからない。

「わかるかな……」

「まぁ、わかんなかったら一つ絞れるでしょ」

 女性はこだまのマインドアがどうとか意味不明な発言を全て信じた上で、マルチバースやパラレルワールドなどの仮説を立ててくれた。オカルトマニア的には垂涎のネタなんだとか。

(紬、ボクにもよくわからないけど、優しい人に会えて元気にやってるよ)

 どこかでこだまが「ここではないどこかに行きたい」「誰か優しい人に会いたい」と願っていたのだろうか。人間が想像できることは全て現実に起こりうる。その想像、心の動きを具現化する力があるのなら猶更。

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真相真理マインドア マギアメイデン・エコール 級長 @kyuutyou00

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