バックトゥ・令和

覚悟とお節介

 時東矢子の部屋、というより自宅は歳相応の女の子らしさが皆無であった。ミニマリストかと思うほど生活に必要なもの以外がなく、なんならある時期から殆ど物が増えていない。その癖リビングのテレビは故障して映らないが、それは捨てずに放置しているという有様だ。

 この状態を維持したいというのが彼女の思い。亡き家族との思い出の家を少しでも、その時の状態で。

 矢子の家族は事故で死んだ。自分だけが助かり、そこから立ち直れずに十年経った。周囲は元気付けてくれるが、正直鬱陶しかった。立ち直って、元気になることが家族を安心させるなど、分かった様なことを言う。仲のいい家族を突然失うことなど、本当ならいつまでも引きずるようなものだ。

「うざ……」

 家のチャイムが鳴る。通販を使わない矢子にはそれが誰のものか分かった。隣に住む西間洋。前々から自分を子供扱い弱者扱いして絡んでくるので不快感を持っていたが、家族の死以降それが顕著になった。あらゆる傷を治すのは時間だ、とはいうが彼はその傷を定期的に開いているとしか思えない。思い出すのが命日程度の頻度なら、矢子もここまでやさぐれることはなかっただろう。

 揃えられた黒髪は艶やかで、見目麗しい彼女が暗く粗雑な態度を取っても『憂いを含んだ、浮世離れした美少女』にしか見えないのも皮肉だ。

「……」

 矢子は名刺を取り出し、固定電話に番号を打ち込んで連絡を取る。最近出会った、マインドアなる超常の力を悪用する輩から人々を守る民間組織。彼らはマインドア能力に興味を示した矢子へ危険性を提示こそすれ、最後は彼女の決断だと相談の門戸を開いただけでそれ以上関与しなかった。

 単純に、彼女一人に割けるリソースが無いのか、まだ法律ではマインドア能力が規制されていないので止める筋合いがないのかは不明だ。だが、その距離感が矢子には心地よかった。

『もしもし、こちらエコールホビー』

「あ、珍しい、エコールが出るなんて」

 電話口からは女性のものと思われる声。この人物は実働部隊のマギアメイデン・エコールこと府中利家。マインドア能力に興味を持った矢子に、親身になってくれている人物だ。

『もしかしてあのストーカー? 通報する?』

「お願い」

 話をする中で西間のことも認知しており、一人暮らしの女子高生に男が付き纏うのはマズイと判断したのかマインドア関係なく相談にも乗ってくれる。警察OBが絡んでいるからか、その辺の対応は適切だ。

「ねぇ、エコール。あの後ウィスパーは……」

 矢子が気にかけていたのは、エコールのマインドア能力暴走の一件。利家の能力は『マギアメイデン・エコール』への変身。言わば魔法少女になる能力だ。しかし偶発的に目覚めたそれは、彼の押し殺していた感情の一部が暴走、ウィスパーなる存在に乗っ取られかけたり家族を殺されかけたりした。

『出てないよ。まぁ俺の一部だからストレス溜めると出るかもってんで今一人暮らししてんだ』

「そう」

 テレビが壊れていてニュースを見ない矢子にはよく分からないことだが、最近は成功者もやっていると嘯いてマインドアを開く手術を流行らせようとマスコミが連日報道しているらしい。

 しかし、エコールの一件を聞くとリスクも当然あることが分かる。ほんの一部、誰しもが持っている負の側面に乗っ取られ、場合によってはそれが独立して暴れ回る。マインドアは心の力故に願えば家族を蘇らせることが出来るかもしれない。だが狙った能力に覚醒する保証はなく、ましてやより状況を悪化させかねない。

 残された側であり、友もいない矢子には自分がどうなっても、暴走した能力が何をしようとも正直興味はなかった。ただ、さすがに良心の呵責というものがある。自分が家族を失って悲しかったように、他人の家族を奪う結果にはなりたくない。

『そうだ、少しリスクがあるかもしれないけど……俺がウィスパーを止める時に使った精神世界に入るの、貸そうか?』

「精神世界?」

 未だ悩む矢子に、エコールはある提案をする。

『心の中に潜ってみれば、なんかあるだろ、多分』

「なにそれ……まぁ、試してみてもいいけど」

 うすぼんやりとしたアドバイスであったが、心の中に入れるというのであれば試してみたくもある。自分の中に眠る家族の思い出と出会えれば、また定期的に出会えるのであれば、どこかで踏ん切りがつくかもしれない。

『じゃあ学校行くよ』

「わざわざ届けてくれるんだ。取りにいくつもりだったのに」

『まぁこっちもあの事件で偶発的にオープナーになった奴がいないか調べたいし』

 矢子はフロント企業であるホビーショップに向かうつもりだったが、エコールも彼女の学校に用事があった。マインドア能力者、オープナーの大半は手術で『開いた』者だが、エコール当人の様に周囲のオープナーが能力を行使した結果、偶発的に覚醒した場合もある。

『学校ならアポ取っておきゃ俺も入れて貰えるし、あのストーカーは逆に入れん。店は場所が割れてるからなぁ』

「西間対策ね……苦労を掛けるわ」

 西間はエコールを、矢子を悪しき力に唆す悪党だと思い込んでおり二人の接触を妨害する恐れがあった。見た目は自分達と同年代でも、やはりエコールは社会経験のある大人なんだなと端々から感じられる。


   @


 翌日、矢子は学校のある場所にいた。校門から昇降口に至る通路、そこにコーンとテープで封鎖線が敷かれて放置された大砲の残骸。おもちゃの様な色合いで、学校建設の時に発掘されただの歴史教育の為に置かれている様には思えないそれは『生徒の亡骸』だ。

「死ぬことは怖くない……」

 矢子とエコールが出会った日、オープナーとなったクラスメイトが能力を自ら暴走させて大砲の様な姿になった。それが破壊されてこうなった。エコール曰くマインドア能力のダメージは精神が肩代わりするため死んではいないらしいが、言葉を発さないため真相は分からない。

「あ、時東さん」

 考え事をしていると、クラスメイトがやってくる。ショートヘアの女子、八神咲。彼女とは一緒にエコールの話を聞いた仲だ。マインドアに興味があるというよりは、今起きている世界の異変を知っておく必要があるという考えによるものらしい。

「八神さん、私を止める気?」

 普通の考えなら、エコールの体験談を聞けば危険性から止めにくると要素出来た。あの話の中では、エコールだけではなく、善悪の区別がつかない子供に能力を与えた結果暴走した事例、能力を悪用して討たれたため死よりも重い苦痛を味わうことになった事例もある。

 現に暴走を止めるべくエコールに討伐されたオープナーの多くが精神に重大なダメージを受け廃人化、中岡という教師は自身の能力で撃破される寸前に精神世界へ逃げたのか生死不明となっている。

「そうしたいのはやまやまなんだけど……あれだけリスクを強調されても悩むよね。家族だもん」

「……まぁね」

 しかし意外にも、全面的に止めようというつもりはないらしい。家族の件は隠していたが、西間によってバラされた。

「私もお母さんやパスカルが死んで、それが生き返るって言われたら考えるよ」

 咲は母子家庭で育った。母は女手一つで仕事が忙しい中、しっかり彼女に向き合ったおかげか咲は母親想いの娘に育った。家族を想う気持ちが強く、だからこそ矢子の苦悩に寄りそうことが出来る。

「マインドア能力で家族を生き返らせたいんだろう? それは神をも恐れぬ禁断の領域だ!」

 が、一番矢子に付きまとっているにも関わらず何一つ理解を示さない男が現れた。一見すると爽やかな好青年だが、その性根は地面に吐き捨てられたガムも同然、その名は西間洋。

「げぇ! 西間!」

「……」

 彼に付きまとわれるのを阻止する為にエコールは学校での受け渡しを指定したはずだが、まさか余裕で部外者が入ってくるとは思わなかった。

「君はあの変な奴に唆されているんだ! しっかりするんだ! 甘い言葉に惑わされるな!」

 相変わらず反吐の出る様なきれいごとをのたまう西間。咲はそれが気に入らなかった。両親健在でぬくぬくしながらそんなことを言っている様をみれば、不快感を催すのも無理はない。

「ちょっと! さすがに家族が蘇るかもってなったら悩むでしょ! あんた幼馴染のくせに何見て来たの!」

「部外者は黙っていてくれ! これは僕と矢子の問題だ!」

 西間は咲をシャットアウトしようとするが、矢子からすれば今は西間の方が部外者だ。

「しつこいのよあんた! もう私のことは放っておいて!」

「そんなこと、出来るわけないだろう!」

「迷惑なの! 延々延々絡んでは意味の分からないこと言ってきて!」

 流石の矢子も腹に据えかね、無視ではなく拒絶の意思を示す。

「僕は昔から君を知っている! 昨日今日出てきた様な怪しい奴の誘惑から、君を守ってみせる!」

「幼馴染だがなんだが知らないけど、その昨日今日出て来たエコールの方が私のことよっぽど考えてくれてるよ!」

 最後の一言が致命的だったのか、西間は黙り込んでしまう。そこにタイミング悪く、マギアメイデン・エコールこと府中利家が現れた。高校生を通り越して女子中学生と並んでも違和感のない外見だが、しっかり中身は二十代後半の成人男性。

「お、いたいた」

「あれ? ちゃんと服洗ってる?」

 からし色のパーカーに上下暗い服と初めて出会った時と同じ様な服装で来たので、咲はちゃんと着替えているか心配になった。

「似た服ヘビロテしてるだけだよ」

「そうなんだ」

 世間話をしていると、突如西間がエコールの顔面を殴ってぶっ飛ばす。

「ぎゃあああ!」

「エコール!」

 体格差は精神年齢と真逆、エコールは倒れ込んでしまい、咲と矢子が慌てて駆け寄る。

「うごご……」

「大丈夫?」

「よし、言うぞ、殴ったね! 親父にもぶたれたこと無いのに!」

「ふざけとる場合かい」

 追撃をしようとしていた西間だが、二人が間に入ったため出来ないでいた。

「どけ! そいつは悪魔だ!」

「あー、おれデーモンになっちゃったよ……」

「ふざけとる場合か」

 エコールがこの状況でもふざけるので、かえって西間は苛立つ。咲もわざとなのか分からないこのおちゃらけを止めに入った。

「出たな部外者!」

「取り押さえろ!」

 騒ぎを聞きつけた教師が西間のみを取り押さえる。彼は納得できない様子で抵抗するが、エコールは事前にアポを取っているので問題無かった。後ろに警察OBの仁平がいるだけに、足場の硬め方はバッチリだ。

「離せ! あいつも部外者だろ!」

「あいつは許可取って来てんだよ!」

 こうして西間は学校から追い出された。


「いてて……」

「変身してる時だけなのね、痛くないの」

 エコールは保健室で手当てを受けていた。変身中は痛覚がなく、ダメージを受けても解除した時に完治する。しかしマインドア能力が傷つくということは精神に負担が行くということ。それはそれで危ういんじゃないかなと咲は思っていた。

「どうやら自分の負荷に気づかない部分が能力に反映されてるみたいだな」

「ごめん、私のせいで迷惑かけて」

 矢子は素直に謝った。しかし、エコールは気にしていない様子だ。

「問題なのは西間の奴だよ。ありゃ質の悪いストーカーだ」

 腕に装着したスマホを見せ、あのやり取りが録音されていることを示す。

「変わったスマホケースね」

「女神転生やってたら欲しくなった」

 本来はランニングに使うツールなのだが、エコールはゲームの影響で購入したらしい。

「そうだ、はいアイテム」

「ああ、ありがとう。これの話だったね」

 エコールは矢子に扉のミニチュアを渡す。これが心の中に入るアイテムであり、エコールを大いに助けた……かは微妙なところだが何か役に立つだろう。

「いい形で踏ん切りがつくのを願ってるよ。危ないしマインドアは開かずに済むに限る」

「ええ、そうする」

 矢子は正しい『お節介』に感謝しつつ、アイテムを受け取った。もし心の中で家族に会えたなら、少しは前に進むことが出来るだろうか、そんな期待が彼女には僅かにあった。

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