閑話休題 心の力とは

「というのが、俺がマインドアを開いた時の話だ」

 マギアメイデン・エコール、府中利家は高校生たちに概ねの事情を説明した。他人がマインドアを開き、オープナーとなったことに釣られて影響が出るかもしれないという話。しかし他に例が少なく、なんとも言えないのも現状だ。

「警察や政府も手をこまねいているわけじゃないが、なんだかんだサンプルが少なくて研究が進まないのも事実。手術してるクリニックを取り押さえたいが、物的な証拠を掴めない為訴状も出ないってとこだ」

 これまでにないテクノロジーに法律が追い付かない。それは今までもあったが、今回は規模が大きい。ドローンや電動キックボードなどという半ば娯楽用品の様なものと違い、受験の為に塾へ行く様な感覚で手術を受ける者が多い。普段はそうした新しいものをとにかく叩く側に回るマスコミがムーブメントの急先鋒となっているのも問題だ。

 インターネットが普及して以来、テレビや新聞などのマスメディアが抱える問題は露呈しつつあるが、人口比の面からも築いてきた歴史からも理由なく大手メディアの方を考えなしに信じる人間の方が多い。

「とにかく、各自些細な異変にも気を使うんだ。そしてもし、何か変な力に目覚めた時は連絡を。その上で『制御できる』という確固たる自信を持つんだ」

 エコールの言う通りにするしか高校生たちには手段が無かった。危ないと思って避けていても、向こうから突っ込んで来る様なものだ。例えるなら幸運を呼ぶと言われて阿保がマスタードガスを自分だけ防毒した上で香水にしている様な状態。

 マインドアの悪用自体も危険だが、勝手に開いてしまう可能性が一番恐ろしい。

「ねぇ、心の力ってことは何でも出来るの?」

 咲が話を聞いていると、クラスメイトの一人が質問する。物静かで騒ぎには余り加わらない、どこか浮いた様な存在の女子、時東矢子。どこか影を含んだ空気と綺麗に整えられた黒髪が深窓の令嬢という印象で、密かに男子のファンも多いと咲は聞いていた。そんな彼女が自分から首を突っ込むなど珍しい。

「それは分からん。俺にも出来んことはあるし……。ああ、いい例がいたな。あの大砲になった奴、話からすると成績上げたかったらしいじゃん?」

 エコールは田中を例に挙げる。第一志望に落ちて滑り止めに入った彼は周囲を見下し、自分の成績はもっと上だと思い込んでいた。実際は赤点回避しか考えない咲より下という有様だが。

「成績を上げるなら自分の頭脳にブースト掛ける能力になると思うだろ? でも実際に発現したのは他人を馬鹿にすることで自分の成績を相対的に上げる能力。聞く限り周りを馬鹿にして自分の成績は問題ないって思ってたんだろう。だから自分を上げるんじゃなくて周りを落とす能力になった。つまり心次第だな」

 話は単純だ。単に勉強が好きで沢山勉強できるようになりたいなら、例えば勉強中に睡眠がいらなくなるなど勉強自体をアシストする能力になるはず。だが結局周囲を努力せず見下したいという心が生んだのは、その程度の能力。

「エコールは魔法少女になりたったからこんな能力なの?」

「ゲームじゃファッションアイテムの都合で女キャラ使ってたが……違うな」

 咲の問いにエコールは首を横へ振る。

「正直任意に能力を貰えるなら、一回こっきりでも五千兆円貰える能力の方がいい。つまり狙った能力になるとは考えない方がいい」

 自分の心をどこまで分析しても、それがどんな能力として昇華されるかはやってみるまで分からないのだ。

「つまり、強い意思をもってこうしたいと願えば可能だと?」

 時東は教壇に立つエコールへ歩み寄り、壁ドンしてより深く問い詰める。

「可能かもしれないが……思い通りになってもリスクが伴う!」

 元々が男性だからなのか、エコールは顔を反らして忠告する。

「俺みたいに身体が変化して戻らなくなるならマシだが……最悪物体になってしまうかもしれないんだ! ていうか顔近い! いい顔が近い!」

 彼の忠言は確かであった。田中は最終的に大砲となって粉砕された。あのまま粉砕されなくとも身動きは取れない状態だ。人間が大砲になるなど信じがたいが、目の前で起こってしまったのだ。

「そのリスクを背負うだけの価値はあるということね」

「お、おい何を……」

 時東はそのまま視聴覚室を去ってしまう。何を考えているのか分からないが、危ないのは確かだ。

「な、なぁ、あいつ何を……」

「さぁ……」

 エコールはクラスメイトに手がかりを聞いたが、如何せん彼女が話をするタイプでないため何を考えての行動かが分からないでいた。


   @


 翌日、学校で全校集会が行われた。突然、同じ学校の生徒が半ば死んだ様な状態となったこともあり、形だけの様な状態だが校長が長々と話している。

「えー、つまり、マインドアというのは本来は報道の通り素晴らしい力なのですから、それを悪用することはいけないと思います。ええ、素晴らしい力を悪用するのはいけないことです。昨日の不審者の様に、人を傷つける為に素晴らしい力を使うのはいけないことです。この素晴らしい力で人を殺めるというのは大変遺憾です」

 田中がマインドアでクラスメイトを襲った件、ではなく話はいつの間にかエコールが不審者として田中を殺害したことになっている。ふがふがと似たような話を繰り返す一種の催眠術の中で、咲はこれを聞き逃さなかった。田中がやらかしたとなると学校の管理責任だが、不審者に襲われて犠牲が出たという形なら責任も軽くなるという猿知恵だろう。

「矢子、来てないね」

「うん、やっぱ何か考えてるのかな」

 クラスの仲良し二人組、チユと茶川が時東のことを話していた。彼女は学校を休むことなどなかったが、今日ばかりは休んでいるとなると昨日の態度が気になる。

(やっぱ何かあるのかな……あんなリスクを抱えてまで叶えたいことが)

 田中の最期を知ってまで、マインドアの力に縋る理由が何かあるのかもしれない。興味本位ではなく、時東の態度は本気であった。そしてあの代償を抱えることも承知の上でやろうとしている。

「今後は風紀委員が見守りに加わります。明日から風紀委員が皆さんの登下校を見守りますので、これから風紀委員がいますのでとりあえずはご安心ください。教員と風紀委員がいますのでご安心ください」

 相変わらず話が分からない校長からマイクを奪い、風紀委員長が話始める。この学校は生徒会長、副会長、風紀委員長という要職が全員女子という珍しいところがあった。男女の規定がないのだろうか。

「生徒諸君、マインドアという不可解な誘惑に惑わされるな」

 校長の後だからか、余計に毅然とした態度に見える。校長はテレビを鵜呑みにしてあんな恐ろしい結果を招いたマインドアを素晴らしいと絶賛してしまった。

「今こそマインドアが猛威を振るい、その力に嫉妬し、焦ることだろう。しかし不正な存在は容易に排除される。たゆまぬ努力こそがいつの時代も変わらぬ価値を私達に与えるのだ」

 努力を忘れた結果が田中の末路。その言葉は強く、生徒に響いたと信じたい咲であった。


 時東が気になった咲は職員室に行き、彼女のことを聞こうとした。もしかしたら教員なら何か知っているかもしれない。職員室に辿り着いた咲はそこで信じられない光景を目にする。

「ですから、時東さんのことを……」

「警察に言うことはありません。学校とは学問の自由を保障するものですから、国家権力の介入は受け付けません」

 パンツスーツのすらっとした女刑事が教師に時東のことを問い詰める。田中ではなく時東ということが気になった。

「あの、時東さん何かあったんですか?」

「ここの生徒さん?」

 まさか時東がこの短時間に何かやらかしたのかと思い、刑事に話しかける。

「何かありそうだから事情を聞きたいんだけど……」

「もしかしてエコールって警察の人?」

「え? うん、違うよ、チガウヨー」

 警察が時東をマークしていることに、エコールが関係していると思ったがどうやら当たりの様だ。

「トッシーは警察官じゃないけど、うん、まぁ、その……」

「とにかく時東さんのことが心配だったんです。何か思い詰めてたから」

 咲の話を聞くと、刑事は教師から聞き出すのを諦めて去っていく。

「わかった。安心しろ、こっちで何とかしておくから」

「大丈夫かな……」

 とはいえ、咲は心配が勝る。そういえば、と昨日渡された名刺を思い出す。情報は全員で共有したが、現物は彼女が持っていた。そこに記されていたのは住所。街中にあるので行くのは難しくなさそうだ。

「行ってみるしかないか……」

 時東と仲がいいわけではないが、田中の様に不快な人物でもない。それにあれだけ真剣な態度を見せられて無視できるほど咲は薄情な人間では無かった。時東の身に何かが起きないように、エコールと再び会う必要が出たのであった。

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