真相真理マインドア マギアメイデン・エコール
級長
ビギンズ:エコール
マギアメイデン・エコール ①
『現在、マインドア解放手術の予約は一年待ちとなっており……』
テレビのニュースは最近になってから、ある話題で持ち切りであった。あらゆる成功者が開いていると噂の超常的な存在、マインドア。具体的に何がどうなんだという話は聞かないが、成功者の条件、バスに乗り遅れるなとやけに急く様な声ばかりが聞こえてくる。
当然、そんなことに興味を持たない人間も存在する。通学の準備をしている女子高生、八神咲もその一人であった。成功者になることは望んでいない。唯一の肉親である母、兄弟の様に過ごした犬のパスカルと穏やかに暮らせれば、ぶっちゃけた話刺身にタンポポを乗せる仕事に終始する人生でもいいかもしれないと思っていた。
「最近この話題ばっかりねぇ。そんなにいいのかしらこれ」
「なんかあれでしょ、納豆ダイエット的な」
ニュースを見る母は少し関心があった様だが、咲は冷ややかな目で見ていた。ネットサーフィンをしているとそういうテレビの不祥事ネタは良く見る。今回も時代遅れのメディアが流行を作ろうと必死なんだろうという冷めた視線を向けざるを得ない。
「成功者ってのはみんな開いているらしいけど……イチローや藤井竜王も?」
「所謂悟りとか境地的なのじゃない? それを人工的に開くってロボトミーな雰囲気感じるけど」
成功者はマインドアを開いている。そんな謳い文句も噛み砕けばそういうことだ。高校生でも分かる様なことでも、テレビで手術をするクリニックに殺到する大人たちには理解できないらしい。
「なんか危なっかしいから嫌ねぇ。周りがするとしたくなくてもしなきゃおいてかれる様になるし」
「いい迷惑ね全く」
するしないは自由なのだが残念なことに日本は自由競争の社会。周りがこの怪しげな手術に手を出して超頭がよくなったなんてことになれば、どんなに努力しても埋まらない差を持ったまま大学受験などに挑むことになる。まるでドーピングが公認になったオリンピックの様に無秩序な、不健全な競争が起きることとなる。
母は娘の生きる社会がそうなるのではないかという不安を抱いていた。この世代になると集団予防接種によるB型肝炎やアスベストの被害を目の当たりにしている。なのでこの怪しい手術が数十年後、実はとんでもない後遺症を残しました、なんていう展開も脳裏に過る。
『人生が変わりました! 話すだけでどんどん営業が成立するんです!』
『これ凄いですよ! うちのチャンネル登録者数が増えて再生数もウナギ昇り! リピーターがいるみたいなんです』
テレビでは相変わらず、被験者の喜びの声を取り上げていた。聞けば聞くほど、とてもまともとは思えない体験談。作り話でなければ葉っぱをキメて見た幻覚だろう。
「テストのカンニングみたいに取り締まってくれればいいのにね。いってきます」
「いってらっしゃい」
咲は玄関に向かう。今日は定期テストの日。受験に大きな志を持たない彼女は赤点を取らないことだけが目標であった。
「パスカル、いってくるね」
愛犬のパスカルもすっかり年老いた。どうせ不思議な能力が手に入るのなら、パスカルが長生きする能力でも身に付けばいいのにと彼女は思った。
家を出て学校まで歩く。高校は近さで選んだため、自転車さえ必要ない。
「おはよう」
「うん、おはよう」
クラスメイトと道で合流する。自転車に乗っていたが、咲と歩調を合わせる為に降りる。
「聞いた? うちのクラスの田中がマインドアの手術したって」
「え? 頭剃って頭蓋骨開いたの?」
早速飛び出したのはマインドア関連の話題。昨日までは普通に学校へ来ていた男子であったが、そんな大がかりな手術が一日で終わるのかという疑問が残る。咲としてはイメージが完全にロボトミーだったので驚きしか無かった。
「さぁ、でもテレビじゃ日帰りで済む手術だって言ってたし」
「ええ、なにそれ怖い」
心の扉を開くという意味不明な手術に加え日帰り。宗教的な儀式なら手術とは言わないだろう、そしてカルトなら金を毟る為に日数をかけて費用を水増し、洗脳も行うに違いない。医療措置とも宗教行動とも食い違う存在に咲は不気味さを感じていた。
学校に着いた咲は、テストの内容を詰め込んで今朝の話を忘れようとしていた。あんな与太話に気を取られて赤点になっては洒落にならない。田中の席を見ると、特に変わった様子はない。頭を丸めたということも、霊的なものが憑りついている様子もない。
「マインドア……なんなの?」
話は聞くが、実際に施術したという人は初めて見た。一年待ちの手術を出来たのは早めに予約していたからなのか、それとも特別なコネがあるからなのか。
「おいおい、改造人間田中様じゃないか」
「ベルト出してポーズ決めろよ」
クラスの男子が田中をからかう。陰湿ないじめの様にも見えるが、田中というのは志望校に落ちたらしく不本意でこの学校に通っており、周囲を見下した発言のせいで浮いていた。その割には赤点回避だけに重点をおいている咲にも頭脳で負けている悲惨さ。
「ふん、僕はマインドアを開いた。もう君達の様な旧人類とは別物だ」
「へー、ニュータイプにでもなったのかよ。てきぃーんってSEだせや」
自業自得のいじりに耐えかねた田中は立ち上がり、おもちゃの銃を構える。スポンジのダーツを発射する、本当に危険性のないおもちゃだ。
「そんなに見たいのか……僕の力が……」
「はは、こいつは傑作だ。ガスガンやエアガンならともかくナーフなんか向けられても怖くねーぜ」
どこから出したのか分からないが、おもちゃの中でも低威力のものを突き付けられてもなんの威嚇にもならない。それは事実だ。ただ、本当にどこから出したのか気になる。大きさからも、袖に隠せる様なものではない。両手で抱えるくらいの大型商品を、手品の様に出すのは不可能。
「こいつを喰らってもそんなことを言えるか!」
田中はおもちゃの銃を発砲。そのダーツが男子に当たると、床に落ちる……ことはなくなんと身体に吸い込まれたではないか。
「な、なんだ、気持ちわりぃ!」
不気味でこそあるが痛みはない様で、虫が飛び掛かってきた様な反応だけを男子は返す。その間にも田中はあちこちに弾をばら撒き、生徒たちにダーツを植える。
「もう……テストの前に……」
あんまりに遅い弾なので咲は呆れながら手で払いのけようとした。だが、ダーツは手に刺さって体内に入っていく。
「うえ、何これ?」
現実味のない光景に、思わず彼女は自分の頬をつねって夢か確認した。夢だとしてこんなベタな方法で目覚めるかは不明だが、とりあえず痛みもあり目覚めもしないので現実と判断する。ただ、ダーツは身体に刺さったはずだがつねった頬の方が痛いという混沌とした状態であった。
「マインドアって言ってもこの程度なら……」
わざわざ一年待ってこの程度の不思議能力が身に付くのならブームもすぐ去るだろう、と咲が考えた瞬間、異変に襲われた。
「何……これ?」
突如思考がぼやけ、まるで何も考えられなくなった。これまで体験したことのない症状である。インフルエンザで高熱を出しても、こんな風にはならない。頭痛などの苦痛が無いのに、頭の回転だけが急速に衰えていく。試しに一桁から徐々に難易度を上げて暗算してみたが、答えが二桁を超えると途端に分からなくなってしまう。
「ハハハハハハ! そうだこれでいいんだ! 僕の成績が上がらないんなら周りの成績を落とせばいいんだ!」
思考の停滞から言葉すら発せなくなっているクラスメイト達を見て、田中は笑う。この力を前提に生きようとすれば、いずれは大学受験、出世争いと田中の攻撃は広範囲になる。そうなれば、日本人の殆どが田中以下の頭になってしまい国が滅びる。個人の怠惰からとんでもない事態に発展してしまう。
(あれをどうやって止めれば……)
咲は錆びついて軋む頭で考える。当たった時点で終わる能力、警察が出動しても能力のメカニズムを解明する前に全滅してしまう恐れがある。喰らったら馬鹿になってしまう上外見では影響が分からず、この脅威を外に伝える術が限られる。もしこの能力に気づいたとして、怪我すらさせていない人間を狙撃で始末など警察がするわけないだろう。加えて、田中が死んでもこの症状が消える保証はない。
何とか能力の全容を紙に記そうとするが、ひらがなさえ頭に浮かんでこない。ここまでかと咲は諦めかけた。このままパスカルや母のことすら分からなくなるのが何よりの恐怖であった。もし自分がこのまま馬鹿になり続けて、母の助けを借りなければ生きられない様になったとしたら? 重荷になる前に首を括ろうにも、その頃にはそんな判断も出来なくなるのではないか?
言葉に出来ない不安に襲われる咲。言葉に出来ないのは単に頭が悪くなり続けているからだ。涙を流したくても、現状の理解すらできなくなりそれも許されない。人間の尊厳を奪ってしまう様な恐ろしき存在が母の生きる世界に今後も生まれるのかと彼女は絶望した。その絶望もまもなく認識できなくなる。
(どうなるの、私……お母さん、パスカル……)
思考が途切れそうになったその瞬間、教室の扉を蹴破って何者かがやってきた。
「オープナー狩りの時間だオラァ!」
物騒なもの言いとは正反対にハスキーで可愛らしい声であった。その正体は小柄な、咲と同世代か少し下程度の少女である。控えめに言っても美少女。街に出ればスカウトが声をかけるだろうというレベル。しかし服装が辛子色のパーカーにチノパンと洒落っ気皆無な上、サイズも合っていない。髪もショートだが、黒髪のショートヘアが似合うのは本物の美少女だけだと男子が熱っぽく語っていたのを思い出す。
「な、貴様何者だ!」
田中は言うなり銃でダーツを撃ち出し、少女を攻撃する。しかし彼女はそれをはたき落とす。そう、咲がしようとして出来なかったことをやってのけたのだ。ダーツは無情にも床に落ちる。
「変身」
少女が左耳のピアスに触れると、その姿が変わる。変身のエフェクトに何らかの回復効果があったのか、咲の思考も正常に戻った。
「あ……戻った!」
ほっとしたのも束の間、少女はまさに変身という言葉通りの変化を遂げて田中に対面していた。
黒字に白が映える修道服に、田中が銃を取り出した様に一瞬で着替えた。しかしその服装は修道服と呼ぶには貞淑さに欠ける。
「シスター? にしては……」
スカートの丈は長いが両側にスリットが入っており、ヴェールも被っているがワインレッドのセミロングに変化した髪を隠していない。アレンジ著しいケープから覗く腕は服がノースリーブのせいで大胆に露出しており、グローブの上から付けたシルバーの指輪はメリケンサックの代用なのだなと察することが出来た。
「俺はエコール」
その少女、エコールは高らかに名乗りを上げた。まるで日曜日の朝に放送している、ヒーロー番組の様に。
「マギアメイデン・エコール!」
@
「どうだ、状況は」
都内のビルにある応接間で、高級なスーツを着た初老の男が営業らしき青年に問いただす。
「手術の件数も増加、予約数もこの通り。これだけケースを重ねれば、より安全な強制開錠手術も可能になるでしょう」
青年が見せる資料にはテレビで話題のマインドアを開く手術、その回数や具体的な結果、今後の予約数が記されていた。
「いいだろう。私の時に危ないのじゃ困る。真っ先に力をやるのは口惜しいが命には代えられないのでな」
「そうですとも。やはり急がば回れ、安全かつ効率のいい術式を開発しています」
青年は熱心にセールスを行う。美味しい話には裏がある、という例をこれでもかと綺麗に表現した会談が密かに今、一つの騒動の裏で行われていた。
咲の様な若者が知らないうちに、日本は老人が生や権力にしがみつくための実験場になろうとしていた。
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