マギアメイデン・エコール ②

 突如現れた謎の少女、エコールによって窮地を脱した咲。しかしまだ田中の能力は残っている。周囲を自分より馬鹿にする恐るべきおもちゃの銃。これだけならばもう戦う力を持たない田中は詰んだ様に見える。

「お前もマインドアを……」

「さぁな」

「効かないなら直接消すまでだ!」

 詳細を語らないエコールに田中は再び銃を向ける。今度放たれたのはおもちゃのスポンジダーツではなく、エネルギー弾。明らかに殺傷能力を持つそれをエコールは回避した。

「おっと! 一応戦えるのか……」

 着弾した場所は爆発したが、あまり傷ついていない。煤すらないのは奇妙であった。

「見た目は派手だがあまり強くなさそうだ」

「言わせておけば!」

 攻撃力を見定めたエコールは腕で防御しながら田中へ突撃する。当然田中は絶好のチャンスと攻撃するが、全く通用せず接近を許してしまう。

「はっ!」

 拳でおもちゃの銃を打ち上げる。大きさの割に軽いためか、衝撃で腕が持っていかれ田中は姿勢を崩す。パンチには炎が灯り、その眩しさで目も眩んだらしい。

「ボディががら空きの様だぜ!」

 隙だらけの胴体にキックが突き刺さる。炎の蹴りは焦げる様な音と匂いを立て、田中を吹き飛ばしガラス窓から教室の外へ追い出す。

「ちょ、ここ三階!」

「あー、大丈夫大丈夫。マインドア開いてればダメージは全部精神に行くから死なん」

 あまりに雑な対応に咲は混乱した。精神に行くのもだいぶマズイんじゃないだろうか。

「さて、そろそろ伸びたかな……」

 エコールは窓から飛び降り、落ちた田中のところへ向かう。信じられないことに、三階から落とされてもフラフラしているだけで負傷が見当たらない。

「白旗を上げて警察に投降しろ。それで許してやる」

「舐めた口を……うおおおおお!」

 一応降伏を呼び掛けたエコールを無視し、田中は雄たけびを上げる。すると、おもちゃの銃に扉の様な造形が出現する。少し開いているそれを、田中は無理矢理こじ開ける。

「おい、それ以上開いたら制御出来なくなるぞ!」

「俺はこんな底辺校で終わる男じゃないんだぁっー!」

 エコールの忠告を聞かず、田中は扉を全開にしてしまう。咲はそれより自分の高校の立ち位置が気になった。割れた窓から様子を伺っていたが、ここが底辺ならヤンキー校とかどうなってしまうのかと。

「いやうち偏差値は中間だから」

「そういう問題じゃないぞ、一体どうなるやら……」

 そのぼやきはエコールにも聞こえていたが、どうもこの状況はよくない様子であることが彼女の態度から伺える。

「俺の力を思い知れ!」

 田中は巨大な大砲に変化した。手足のない、正真正銘おもちゃぽい色を除いて大砲だ。サイズも大人の背丈を優に超える。

「このサイズ! 俺の力が凄まじい証明だ!」

「はいはいご立派ご立派」

 大砲になったはいいが、地面に固定されており動けそうにない。移動用の車輪も見当たらず、辛うじて砲塔を旋回出来るのが救いだろうか。

「あ、動けない! なんだこれは! 戻れ……どうやって戻るんだ?」

「だから言ったのに」

 今まで使っていた銃が大砲になったのではなく、田中自身が大砲になってしまったらしい。質量保存の法則とかいろいろ気になるところであるが、勉強もせず周りを馬鹿にしてテストの成績を上げようとした男には相応しい末路であった。

「これが負けたら名所ちゃんですか……」

 もう田中にはこの学校の新しい名所としての人生しか残っていない。この状態でちゃんと死ねるかも怪しいものだが。

「まだだ! まだ負けてない!」

 田中の地獄耳は健在で、砲塔を咲の方に回転させて狙いを付ける。

「うわこっち向いた!」

「危ない!」

 あろうことか田中は教室にいる咲へ砲撃を行う。大地と窓ガラスを揺らす音に彼女が顔を覆った。爆発の熱が頬を掠める中、特に痛みや衝撃が来ないことに疑問を抱いて目を開ける。

「ああ!」

 なんとエコールが咲を庇って攻撃を受けたのか、煙を上げて下に落ちていく。いくら謎の変身能力があっても、大砲など人間が直に受けては無事で済まないだろう。

「だ、大丈夫?」

「なんとか……」

 立ち上がろうとするエコールであったが、膝を付いてしまう。腰に手を当てており、そこにダメージがあることが伺えた。服もボロボロになり、先ほどのエネルギー弾とは比べ物にならない

「くそ、痛みがないってのは意外と不便だな……」

 格闘家にとって重い打撃を入れる為の重要なポイントを負傷し、一気に劣勢へもつれ込んだ。田中へ距離を詰めようにも、やはり腰を痛めては素早く動くのも難しいだろう。

「げ、水平行けるのかよ!」

 田中はトドメを刺すべく、エコールへ標準を定める。そして砲撃。さしものエコールもこれで終わりか、と田中は勝ち誇った。

「やったぞ! やはり俺はここで終わる人間ではない!」

「どうやって戻る気なんだろう……」

 大砲になってしまっては戦いに勝っても終わりな気がした。しかし戦いにも勝てていないという事実が硝煙の中から現れる。

「うおおおおお!」

「なにぃ!」

 エコールは動けないならと、倒れたまま転がって田中に接近する。限りなく姿勢も低いので射線に入れられない。

「こいつで終わりだ!」

 最高に格好付かない逆転の一手でエコールが勝負に出る。しかし、田中は砲塔を限界まで下げることで砲塔と地面で彼女を挟んだ。ばちーんとネズミ捕りの様に。

「うげ」

「あ」

 そして挟んだのをいいことに、砲塔を旋回させてずるずる引きずった。まわれメリーゴーランド。そんなロマンチックさは欠片もないが。

「やめろー! 目が回る!」

 戦いは泥沼と化していた。しかし挟んでいるとはいえ固定は地面依存なので途中で外れ、エコールは脱出出来た。だが回転の勢いが強く遠くに投げ出されてしまう。それはつまり、再び射線に入ったことを意味する。

「今度こそ勝った!」

 田中は勝利宣言と共に、爆散した。多分砲撃したんだろうが、何が起きたのか田中はもちろん咲にも分からなかった。砲塔の先端が大きくひしゃげて焼け焦げている。

「な、なにが……」

「馬鹿め、お前が俺を捕まえている間にこうぎゅっと力入れて砲身を歪めてやったんだ」

 目を回しながらエコールが種を明かす。あのドタバタの最中に砲塔に力を加えて、撃った時に暴発する様にしたのだ。砲身が曲がったり歪んだりして途中で弾が詰まれば、この様に爆発して危険なのだ。

「さて、トドメを……待って目が」

 すぐに必殺と行きたいところであったが、エコールは酔ってしまってしばらく動けなかった。かといって田中も反撃出来ない。もうぐだぐだである。

「よし、これで読了だ! はっ!」

 姿勢を立て直した後、エコールは大きく飛び上がって炎を纏った飛び蹴りを田中に食らわせる。

「ブレイジングキック!」

 キックというよりは小さな隕石の落下に見えた。着弾地点で爆発が起き、エコールは華麗に着地する。

「グワーッ!」

 直撃を受けた田中は断末魔と共に木っ端みじん、部品が飛び散ったものの人には戻らず台座は残ったまま。

「あや? これは……無理矢理開けたのがいかんのか?」

 普段はそんなこともないのか、彼女は首を傾げて様子を見る。落ち着いたと判断した咲はいろいろ聞くためにエコールの下へ向かう。起きたことは何もかもが信じられない。

「何だったんだ今の?」

「少し頭がぼんやりしてた……」

 クラスメイト達も元に戻り、自分が馬鹿にされていたことを理解し始めた。

「んー? あ、何ともない?」

 台座を足でつんつんしていたエコールは咲に気づき、状態を聞く。

「なんか頭悪くされたけど元通り……これは何?」

「マインドア、心の内に眠る感情を呼び起こすことで現実に干渉する現象だ」

 彼女は咲の問いに勿体つけることなく答える。漫画だと大抵は説明してくれないシーンなので意外に思えてしまうが、これは信じがたいことに現実だ。

「マインドアってテレビでやってた……」

「ああ、俺達も詳しいことは分かってないが、それを無理矢理開く手術がある。当然危険だ。こんな感じで、不可逆の変異が発生する。幸い他人へ与える影響は物理的なモノ以外軽微だが……」

 不可逆とはすなわち戻らないということ。ヒーロー番組の様に、何等かのアイテムで怪人に変身した人が倒されてアイテムの破壊と共に戻るということは起きない。田中の末路がそれを示している。

「田中、死んだの?」

「多分死んでねぇ。マインドア解放中のダメージは精神に行くから、肉体は少なくとも」

 エコールは淡々と答えるが、咲は背筋がゾワッと寒くなる。こんな残骸になっても、田中は生きているのだ。心は粉微塵にされて廃人状態だろうが、生命としては死んでいない。

「だから精神的に立ち直ったら再生するかもな。つっても大砲から人間に戻れるか知らんけど」

「戻れないの?」

「不可逆って言っただろ。あ、そうだ。何か異変はないか? 頭の中で何かに話しかけられてるとか」

 目も合わせず事務的に返答するが、その内容はおぞましいに尽きる。頑張って持ち直しても大砲のまま。ましてやマインドアというものを無理矢理開き、それが粉砕されるほどのダメージを負ったのであればどの程度精神を痛めたのだろうか。この状態では投薬やカウンセリングは不可能。一般的な療法が通用しない分治る見込みも薄い。

「何よそれ……そんなものがテレビで?」

「それより本当に何ともないか? マインドアを他人が開いた影響で俺みたいに自分のマインドアが開いちまうことが……」

「ええ?」

 矢継ぎ早に語られる衝撃的な事実に咲は処理が追い付かなくなっていた。他人がマインドアをこうしてこじ開けたせいで、自分にも被害が及ぶかもしれないのだ。既に被害は出ているが、まるで感染症の様に広がってしまう可能性まで孕んでいるという事実は恐怖を煽る。

「開いたらどうなるの?」

「連鎖的に開く例は少ないが……俺みたいに危うく女になりかけたりするし、一応異変は細かくチェックしてくれ。正直なところ効果的な手段は確立してないけど、知らんことには何とも出来ん」

 こんなことをクラスメイトに伝えたらパニックだろう。もはや不安しか呼び起こさない事象をオブラートにさえ包まず話すエコールは配慮に欠けていると思えた。

「そんな……どうすれば……」

「それは俺達も考えている。今出来るのは少ない異変を拾って情報を集めることと、悪用を防ぐことだけだ」

 日常は急変し、いつの間にか咲は人類が経験したことのない大厄災の最前線に立たされた。しかし、とエコールはある名刺を渡す。

「これを渡しておく。何も国は手をこまねいているわけではないということだ。何か相談したいことがあれば、気軽に訪ねてくれ」

 咲はそれを受け取るのを躊躇った。これを手にした瞬間、後戻りできない世界へ足を踏み入れる様な気がしたのだ。


   @


「チッ、あのジジイ警戒心が強いにもほどがある」

 営業を終えた青年はネクタイを緩め、バーのカウンターで愚痴をこぼす。先ほどの丁寧な態度とは異なり、乱暴な口調と脚を組んで座る雑な仕草を見せた。

「普通こういう特権的なの、真っ先にやるだろ! 流行り病のワクチンが優先で受けられますよとか、飛びつくだろ普通!」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。こちらとしても多くマインドア開錠者……オープナーが増えれば都合がいい」

 他の席には、違う客が数人座っていた。

「強ええ奴が出るといいな! ウハハハ!」

「研究のし甲斐があるというものです」

「ヒャハハハ! どうでもいいから殺せる奴は多い方がいい!」

 大柄な男、汚れた白衣の眼鏡、ナイフを舐める小男と、青年を諫めた男性以外にも妙な連中がこのバーには集っていた。そして、カウンターでシェイカーを振るうのは若い美女。まるで絵に描いた様な悪の組織である。

「忘れないで。私達の目的はこの地上をホモサピエンスから奪還することよ」

「ったく、猿の癖に随分とのさばりやがって……」

 自分が社会を支配していると思い込んでいる老人の裏には、更に大いなる陰謀を抱えた者達が胎動していた。少しずつ、運命は動き出している。

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