サイゼリアで喜ぶ彼女
「クソまぁッ! アルセウス捕まえてやったぞ!」
「何してんのよ」
エコールは何かのうっ憤を晴らすかの様にゲームを一気にクリアした。そういえば今までは一世代前のゲーム機で女神転生してたなと矢子は思い出した。
「Vやってたのメガテン」
「ん? いやポケモン」
「なんで?」
switchでプレイしていたので、てっきり最新作の真Vかと思ったが全く別物だった。わざわざ昔のゲーム機まで引っ張り出してきたのに繋がらないんかいと肩透かしを食らった気分だ。
「真Vやる為に真Ⅳやってたんじゃないの?」
「あれね、ブラックフライデーで買ったのを積んでたからな。ほらアルセウスはちょうど発売だし」
「あんたのゲームライフ全く読めないわね」
レトロから新作まで好きに生き理不尽に死ぬを地で行く遊び方をしているので、ゲームに疎い矢子は全くどんな手の付け方をしているのか分からない。無趣味で倹約家な彼女は金がそれなりにあるので、咲に誘われてどうぶつの森をやってみた。ついでにソフトがあるのでエコールからポケモンソードとロックマンとかも借りてみたわけだが、いまいちアクションは肌に合わない。
「ロックマンは本当昔のゲームだし」
「GBAのロックマンゼロが昔……?」
「私生まれてないし」
「うそぉ……」
エコール的には世代ストライクのゲームが目の前にいる若者の生まれる前とか信じたくないのであった。
「真女神転生のアームターミナルって何? あんなでっかい機械腕に付けるの?」
「時代なんや……あんだけデカイ機械付けても下手すると今のバイタルブレスに負けるかもしれんのだ……」
1990年代後半から2020年代までの時期はコンピューター、特に記憶媒体の進化が目覚ましい。前腕を覆うほど大きな機械の性能が、今や腕時計サイズに収まるどころか腕時計の方が上、それも本気めのスマートウォッチとかではなくおもちゃの万歩計内臓育成ゲームに負けるとかさえあり得る時代。
「悪魔召喚プログラムって随分小さいのね……」
「ほ、ほら真Ⅳじゃ悪魔全書で召喚出来たり検索合体出来る様になったしストックも増えたし……」
ゲームの話をしていると、矢子はスマホの時計を見る。今日はマインドア関係の情報交換をすべく、咲達と集まる予定だった。
「そろそろ時間ね、サイゼ行きましょう」
「お、そうだな」
集合場所は付近のサイゼリア。安くて美味しい庶民の味方だ。店に行くと、今日来る予定のメンバーは全員集まっていた。咲にクラスメイトの女子が数人。前に紹介して貰った茶川奈々子とチユはいないようだ。あさひは咲と親しいだけに、当然の様にいたりする。
「えっと、初めましての人もいたかな?」
「こっちは既知なんだけどな……」
相変わらず人の顔と名前を覚えるのが苦手なエコールは、咲と矢子以外の判別がまだつかない。あさひの他にいるクラスメイトは女子の上代、林という少なくともエコールにとって新顔となる面子。
「サイゼか、安くて助かる」
「お前ら金大丈夫か? 普通に喰うと千円くらいするぞ?」
上代が財布の心配をしたので、流れとしてエコールは高校生勢の金銭を気にする。
「え? サイゼで千円ってどんだけ食べるの?」
「え?」
咲の感覚だとドリアやパスタにドリンクバーを付けても千円には届かない。だが、エコールくらいしっかり食べる成人男性のオーダーでは普通に千円超えてしまう。少量をいろいろ安価に楽しめるのが特色なので、量を賄おうとすると当然なのだが。
「いや私も金欠気味だけどサイゼくらいいけるって」
「そうなのか? 月の小遣い半額くらい消し飛びそうだが……」
「月2000円?」
エコールの高校時代の小遣いはそんなもの。上代にも驚かれてしまった。バイトも原則禁止なので、放課後にファミレスやファストフードに通うなんてのはブルジョワの行いだ。
「とりあえず席……」
「やべ、忘れてた」
林に促され、エコールは席の予約をすることにした。普段は空いている時間に一人で行くので、待つ必要もないので気にしなかった。
上代は快活そうな女の子、林は物静かな印象がある。咲を中心にあさひ、上代で陽、矢子、林で陰のグループ分けが成立しそうなバランスのいいメンバーだ。
「私林さんと話したことないんだけど、マインドアのことが気になるの?」
「少し……」
あさひも矢子に次いで会話したことのないという林。マインドアに興味があってとのことだが、まさか矢子の様なパターンではあるまいとエコールは警戒する。普段発揮しない積極性が出るとろくなことにならない。
「マインドアが様々な超能力の正体と仮定すると、それで説明が付く都市伝説も多い。心の力という曖昧なものが存在出来ることが証明されたなら、心霊現象も立証できる可能性がある」
「……なんて?」
オカルトに疎い咲にはなにを言っているのか分からなかったが、エコールもオカルト好きなのでその意図はくみ取れた。
「なるほど、マインドアの謎が解ければ芋づる式に説明できることもあるってわけか。ロマンがあるなぁ」
「女神転生とかやってる層はそう思うよね」
悪魔とかを題材にしたゲームにハマるところから、矢子は素質を感じてはいた。
「えー……六名でお待ちのグリット……マン様~」
店内では徐々に席へ呼ばれていくが、中にはふざけて変な名前を書く奴もいるものだ。
「誰よあんな名前書いたの」
あさひ達の年代ではフリーザ様ネタも通じない。そして犯人はこの男。
「あ、はい」
「お前かい!」
エコールがやっていた。
「しまった、こいつ見た目のせいで分かんないけど女子高生じゃなくて成人男性だった」
「もうノリが思春期の男子じゃん!」
矢子はすっかり忘れていたが、系統がそもそも違う人物。しかし成人とも思えないふざけぶりであった。
「いくぞ新世紀中学生共」
「高校生じゃないのそこは?」
元ネタは当然通じない。アニメのグリッドマンもはや数年前だ。
「一応これって俺奢った方がいいんか?」
席につき、ふとエコールは思う。一人だけ社会人なのに個々に支払いは格好がつかない。だが、咲達はそういうタイプではない。
「いや、数か月前まで病気で職就いてなかった人に集るほど恥知らずじゃないわよ」「男が奢るってのが古いからなー。今どっちも貧しいし……っていうと悲しいな」
上代ら現代の女子高生は男が金を払うという価値観を持たない世代ではある。昔はそれこそ給料の差があるのもあったが、同権を訴えるならば同様の義務も負うべきという考えの浸透からかこうした細かい部分で発想の変化がみられる。
「でもサイゼで喜ぶ彼女の絵を描くだけで炎上する世の中だぜ?」
「所謂ノイジーマイノリティ」
ただ昨今は何かにつけて炎上させようと虎視眈々と狙っている自称フェミニストも多くいる。林の様な一般的な感性を持つ者からすればそんなものは、声の大きい少数なのだが。
「サイゼで喜んでいいんじゃねーか? 美味しいし。あとなんかあったな、プレゼントにジュエリーだか高いもん貰ってブランドでガッカリするのもよくわからん」
「もらうのが当然の世界にいると感覚が麻痺するのね、恐ろしい……」
上代の言っているのは4℃のことだろうか、矢子みたいに詳しくない人からすれば不満が出る理由が分からない点だ。現在進行形で変な男からつけ回されている彼女に言わせれば、重要なのは相手の存在だ。
「私だったら高級フレンチでも西間とは行きたくないし、好きな人とだったらコンビニのイートインでカップ麺を啜るのもいいと思うけど」
「好きな人いるの?」
あさひが自然な流れで恋バナに持っていこうとした瞬間、ガキンと鈍い音がしてエコールの首筋にハーピングアローが突き立てられる。壁に刺さっているので幸い無傷であったが。
「何してんの?」
「違う! ハーピングアローが勝手に!」
出自からして矢子の両親の想いが詰まった代物。怪しげな男には容赦なくすっ飛んでいく。エコールの力では外せないほど強い意思で自律している。
「いやさすがに一回り近く年上のオッサンはないから」
矢子が否定の言葉と共に撤去すると大人しく外れる。安心した様ななんか悲しい様な、そんな気持ちにエコールはなったのであった。
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