終章 《流星とともに》
ムグルとの戦いから、数時間。
ミクトルが目覚めた遺跡の中に戻った彼らは、基地のハンガーに〈アスラトル〉、そして〈ザリチュ・タルウィ〉をセットする。
天井部にある指令室では、ミクトルとテーレが階下を眺めていた。
「そのケーブルこっちに持ってこい! 機材に接続するぞ」
「ゼミウルギアの装備はこっちの棚だって言っただろ! もたもたすんな!」
奇妙な野太い声が、基地に響き渡っていた。
二機の古代式ゼミルギアの隣には大量の〈センティ〉が並べられ、発掘機材を運び、整備し、搭載している。作業を担っているのは、〈双子〉のマークが描かれた作業着を着た者たちだった。
「にしても一瞬で賑やかになっちゃったわね」
苦笑しながら、彼女はカップを並べていく。その数は、四。
「なんで、あたしらここに招待されてんの?」
「えっと……なんででしょう。ミクトルさん?」
指令室に居たのは、ミクトル、テーレ、そしてクナンとサティの四人だ。
その内テーレは隣の給湯室で沸騰させたお湯でお茶を入れていた。
「なんでと言われてもな。そもそも助けるという約束だった」
テーレのわがままから始まったわけだが、彼女らとしては本当に助けられるとは思っていなかったのだ。
加えて、こうして基地に招き入れられ、お茶を飲んでいる。それが予想以上に美味しかったのか、二人ともその温かさにほっと一息ついていた。
「お前たちの部下にかけられていた法術はオレが破壊した。安心するがいい」
「それに関しては、心より感謝しています」
「ああ。さっき連絡あった。全員基地に戻ったってよ」
全員大なり小なりにケガはしているものの、命に別状はないということらしい。
コーダをはじめ、団員以外の者たちは戻ってこなかった。ミクトルと再び戦うことがあれば、と考えた結果であれば仕方がないと、クナンもサティも咎める気はなかった。
ともかく、これでテーレの願いは完遂された。
正直なところ、クナンたちをこの基地に招待する理由は、本来彼女にもない。
「この基地に招いたのはオレの判断だ。我が軍に招くには、少々人間が多すぎるがな」
ミクトルは茶を片手に招き入れた〈双子〉の傭兵たちの様子を見る。
「幸いザリチュ・タルウィは目立った損傷や傷もなく、簡単なメンテナンスで十分運用できるだろう。お前らの所には技術者はそれなりにいる」
ミクトルの言葉に、びくりとクナンとサティは肩を震わす。
彼にとって、自分たちは古い友人の機体を勝手に乗った不届き者。どのような処罰が待っていようと、双子に文句は言えない状況だと理解していた。
こうして穏やかにお茶の時間を過ごしていたから忘れているのかと思っていたが、そんなことはない。
飲みかけていたお茶は喉を通らず、二人は神妙な面持ちで次の言葉を待った。
「ザリチュ・タルウィの操縦、完熟していないが、初めてにしては見事なものだった」
コトン、とカップを机に置くと、ミクトルは〈ザリチュ・タルウィ〉のことを見る。
もしこれが一万年前だとしたら、たくさんの整備士が忙しなく眼下で動き回っていたことだろう。残念ながら、ここにはいる整備士は、誰一人ミクトルの部下ではない。
「あれは、ザリチュ・タルウィはオレが造らせたものでな」
しみじみと、彼はその時のことを思い出す。
二人の小さな仲間のこと。無茶を承知で設計士たちに依頼したこと。
全てを言葉にはしなかったが、今でもその時のことは思い出せた。
「あ奴ら以外に、これを十全に動かせるとは思っていなかった」
「あ、あの……」
恐る恐る、といった様子でサティは声を出す。ミクトルはその声に顔を向けず、表情は彼女から見えない。
「か、勝手に使ったっていうか、あたしらはあれをムグルの奴から貰っただけでな」
「そのことは、もう咎めはせん」
ぴしゃりと、ミクトルはそう告げる。その言葉にほっとしたのか、サティは体勢を崩し、クナンは大きく息を吐く。
「もし下手くそだったら今お前らはここにはいない。合体状態でも見事に扱えたことは称賛に値する」
つまり、もし合体状態で運用せずに左右分離しての使用ばかりであったら、操縦席から引きずり出されて放逐された可能性もあるということだ。
それを理解すると、崩した姿勢を瞬時に戻す。
「で、では何を、言いたいのですか?」
「そこで提案だ。クナンとサティ、お前たちの傭兵団、そっくりそのままオレたちの下に付く気はないか?」
「……はぁ!?」
「それは、わたくしたちにあなたがたのギルドに入れ、ということでしょうか」
クナン戸惑いながらの返事に、ミクトルは肯く。
「そうだ。欲しいものは三つ。この基地を守れる奴。ゼミウルギアを整備できる奴。この基地から離れて情報と仕事を集められる奴。つまりギルド団員だ」
ミクトルの言うことは尤もだ。
現状二人だけのギルドでは、この先の運営に支障しかない。ゼミウルギアの整備は街に行けばそれを専門とする職人もいる。
だが、望むべくは、自分たちの機体を専門的に扱い、癖や特性に熟知した者だ。
そして、これから様々な依頼もこなしつつ、生きていくための銭も稼がなくてはならない。星征都市について調べるにしても、今のミクトルたちの情報量では不足している。
「ギルドの団員最低人数が五人って設定されているのも、通常運営していくうえで必要な職務をこなせる最低人数っていう考えだからね。確かに人員は欲しいわ」
暫定ギルド長も肯き同意する。そもそも、二人しかいない時点で、ギルドとして成立していないと言っていい。
「何より、ザリチュ・タルウィをまともに扱える者を、野放しにするつもりはない」
それがきっと一番の理由なのだろう。動かさないことも壊すことも拒否するなら、使える者の手にあることが理想的だ。
最低限、この機体のパイロットと整備士だけは確保したかったのだ。
そしたら、目の前に保有する軍用ゼミウルギアをことごとく失い、部下たちにも多大な被害を出し、下手をすればこの先傭兵として立ち行かず根無し草になりかけの傭兵団がいるではないか。
目算だが、ゼミウルギアのパイロットが五名、〈双子〉の基地から連れて来た整備士が十二名、会計士、通信士が一名ずつ。合計十九名と団長二人、先行きを見失った者たちを囲い入れることが可能だとミクトルは思っていた。
「あたしら、ついさっきまで敵だったんだぞ」
「でも、無理やりやらされていたのよね。信頼できるかって聞かれると、だいぶ微妙なところだけどね」
拒否する要因を挙げるサティだが、テーレは肩を竦めながら答える。面食らったサティは、彼女の言葉に戸惑いながらも肯定する。
「昨日まで敵だったものと共闘するなど、オレの時代はいつものことだ。逆にさっきまで一緒に飯を食っていた奴がいきなりナイフを突き立ててくることだってあった。まぁ、オレは裏切りを許したことはないが」
――全員叩き潰してやる。
そんな気配を、法力を纏って垂れ流す者だから、階下の整備士やパイロットたち全員の背中に悪寒が走る。うちの団長たち何か変なことしでかしてんじゃないか――と戦々恐々する彼らは、より一層仕事に励んでしまう。
「ミクトル、雰囲気がシャレになってないわ」
「そうだな。こういう繋がりはあまりよくない。やはり覇循軍とは勝手が違う。元々オレが頼られて結成した軍のようなものだから、黙っていてもついてきた」
成立経緯が全く違う組織を、同じやり方で運用できるはずもない。
ギルドの新団長と息巻いていたが、そうもいかないとミクトルは理解する。
「この時代は違う。利害だけでは人は動かず、対話だけで得られるものの価値が大きい。その辺りは、お前から学ばせてもらうとしよう」
「あなたのやり方でも、ついてくる人はいないわけじゃないと思うけどね」
圧倒的な力を持つミクトルだからこそ、ついて行きたいと思う者たちはいる。特に通常機に乗っていたゼミウルギアのパイロットたちはそうだった。
より強いものとともにあること。それを望む者からすれば、ミクトルほどの逸材はいない。事実、覇循軍はそうして出来上がった。
対して整備士や会計士たちは、きちんとした稼ぎと適切な労働があれば、一緒に働いてくれることだろう。
「だがお前らもすぐに理解する。どこぞの馬の骨の下で生きるのと、最強の覇王の配下となってこの先の人生を過ごすのと、どちらがいいかなど、一目瞭然だとな」
たっぷりの自信を込めて、彼は堂々と言い放った。
最後の一言に周りの三人は若干苦い顔をする。
特に双子の方は、今ここでいい返事をして、あとから裏切ったとしたらどうなるか。それを予想したのだろう。
「返事はすぐでなくてもいい。だがよく考えておけ。この先の人生、どう過ごすのか」
勝手にゼミウルギアを使ったことは咎めるつもりはない。そして彼の言葉に従う必要もない。だが、彼にこれ以上挑み続けてなんの得があるのかと、二人は考える。
席から立ちあがったミクトルは、テーレを連れて部屋を出る。
しばらく二人を部屋に残し、ミクトルはテーレとともに基地の地下へと向かう。
「ムグルの襲撃前に、この基地の記録用端末を発見した。五千年以上前の記録は、そこにしか記録されていないと思われる」
「じゃあ、星征都市の記録はそこに?」
「あるといいがな」
施設の地下、そこは巨大なホールのようだった。
ドーム状の施設で、胸ほどの高さの台がある。それは記録装置の端末のようで、むき出しのコンソールがあった。
それを操作すると、ドーム内の空中に光の文字が浮かび上がる。
全て古代文字だが、ミクトルはそれを読み解いていく。
「この基地が建造したのは、どうやらオレの部下らしい。覇循軍の領土として勝ち取ったこの地域を反撃の橋頭堡とするために、もしくは再度奪還されても敵内部の活動拠点として運用するために、峡谷の奥のわかりにくい場所を基地にしたのだろう」
たとえ地上を奪われようと、地下の施設は奪われまいとしたのだ。
そのため、これだけゼミウルギアの整備機能があり、外部の迷彩機能も高性能のものが使われていたのだ。
「まさか、建設当初はそれを冷凍睡眠したオレのシェルターにするなんて、考えてもいなかっただろうがな」
だが情報の記録場所としても活用されたのだろう。おかげで、今は助かっている。
「情報はいくつか破損しているが、どうやら、お目当てのものは残っているらしい」
コンソールのキーを一つ叩くと、ドーム内の照明が落ちる。
そして表示されるのは、立体的に表わされた球形の映像――この星の姿だった。
ミクトルが最後に見た大地の形とは、いささか変わっている点もあるがおおむね輪郭には見覚えがある。
その中に、光の灯った点が二か所、表示されていた。
それはこことは違うサーバーの位置を示している。
「ふむ、こちらの光は今この基地がある場所で、ここは別の地点だが……どこだこれは」
「わたしは知っているわ」
その中に、光の灯った点が二か所、表示されていた。
それはこことは違うサーバーの位置を示している。
「ふむ、こちらの光は今この基地がある場所で、ここは別の地点だが……どこだこれは」
「わたしは知っているわ」
そう言ったのはテーレだった。ミクトルは一万年前の戦時中、確かに様々な場所に赴きはした。だが星の全てを回ったかと聞かれれば、そうではない。
行ったことのない土地もあれば、何度も足を運んだ土地もある。
その中で、二つ目の光が灯る地域は言った覚えがない。だが、テーレはわかるという。
「おお、それは好都合だ」
そう言ってミクトルがテーレの方に顔を向けると、彼女はどこか険しい顔をしている。
どうしたのかと思っていれば、彼女はおもむろに口を開いた。
「兄さんたちと一緒に各地のマーケットを巡っている時、一度だけ行ったことがあるの。でも……あのヴィアートゥっていう機体のパイロットの格好、覚えている?」
「緑色の、特徴的な色の格好だったが、それがどうした?」
「あの恰好、この地域の上流階級が着る民族衣装なの。アナイ姉さんが言っていたから、間違いないと思うわ」
彼女が指さしたのは、この基地があるアイドニシティ近郊ではなく、別の光が灯るミクトルの知らない地域。
その土地の格好を、ムグルはしていた。単純に考えれば、ムグルの出身地がこの近くだということ。もしくは、この地域を統括する者の一員なのか。
「面倒な」
心の底からの感想だ。だが、何があろうと遠慮や手加減などしないだろうけれど。
「結局、奴は操縦席からすでに姿を消していた」
〈アスラトル〉の《凱王魔玄装》を叩きつけられた〈ヴィアートゥ〉は完全に機能停止して使い物にならない。
「もしやムグルは、この場所に逃げ込んだのかもしれんな」
水属性法力を用いた分身が操縦していたのか。それともあの一瞬で離脱したのか。
どちらにしろ、侮りがたい敵であることに間違いない。
「奴らが星征都市への到達を阻む理由は、わからん」
「そうね。わたしとしても、この地域との因縁を作った覚えはないけど」
一万年前の事情を知っていたムグル。数世代上の古代式ゼミウルギアを保有する戦力。別の地域の王家か貴族か、それらとの繋がりのある敵。
「奴の本拠地があるとしたら好都合だ。行って星征都市に関する事情を全て聞き出せばいい。いなくとも、何かしら情報はあるはずだ」
ミクトルの言葉に、テーレは肯く。
「ようやく、星征都市に関する情報に近づけた。何年も、一切進展のなかったことに、ようやく一歩を踏み出せた」
それは、小さく、見当違いの方向に進んだ一歩かもしれない。
けれど、動かないことよりかは断然いい。近づけたのなら御の字。違う方向だったら間違っていると気づくきっかけになる。今はただ、指し示された道を進むだけなのだ。
「俺が現代に蘇った理由もまた、星征都市にあるのだろう。誰かのレールの上というのはあまり気が進まんが、無碍にするわけにもいかないからな」
テーレは故郷への帰還を。ミクトルは失われた記憶と現代に蘇った理由を。それぞれ星征都市に辿り着かなければならない理由がある。
「上にいる奴らには、十分な報酬と対価を与えればいい。そちらを確保しながら星征都市のことについて調べるのは、なかなかに骨が折れるだろうな」
「大丈夫よ。そうやって頑張ってた人のことを、わたしは知ってる。それに、大目標のために小目標を日々こなすなんて、いつも通りのことよ」
「それもそうだ」
力強く、この先の不安を消し飛ばすように、テーレは笑って見せる。その強い笑顔に、ムグルと戦っていた時の暗さは残っていない。
もう彼女は心配ない。そう確信したミクトルは、これから先の道順を考えようとしたとき、その目にあるデータが留まった。
「これは、星征都市に関するデータか?」
「え、どれ!? 見せて!」
大量のデータの片隅にあったファイル。名前だけは星征都市の名がついているが、中身はほぼ空だった。単語が一つ、寂しく書かれているだけで、他は何もない。
「天の箱舟――空中戦艦か何かの名前のようだが」
そこに書かれているのは古代文字だが、テーレには読めない文字だった。
「ゼミウルギアの語源となった文字と同じ、オレの時代よりさらに古いものだな。今の言葉で約するなら天の箱舟だが、古代的な当時の発音で言うと――」
すっと息を吸い込んだ時、空間全体がシン、と静まる。
「《キボトウラノス》――だな」
「それが星征都市の名前なのね」
テーレの言葉に、おそらくは、とミクトルは答えた。
キボトウラノス――その言葉の意味を、彼はまだ思い出していなかった。
たとえ知ったとしても、止まることはないのだろうけれど。
「――さて、ここからが本番だ。覚悟はいいな、テーレ」
「もちろん。どんな壁が立ちはだかろうと、わたしは止まらない!」
軽快に答えた声は力強く、そして好奇心に満ち溢れていた。
いまだ、その道の先は見えず。
しかし、復活した覇王と〈流星の魔女〉の名を受け継ぐ少女は、未来を恐れはしない。
ともに目指すもののために。
果てしないロマンのために。
辿り着くべき故郷のために。
二人は黒き創克の願紡機を駆り、大地を駆ける。
その道の先に待つのが、たとえ星を征する者たちであろうとも――。
創克の願紡機・Δημιουργία-ゼミウルギア- セラー・ウィステリア @cerrar-wisteria
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