第五章 《覇王の名のもとに》-4
傭兵団〈熱と渇きの双子〉拠点――灰色マントのゼミウルギアに連れられた二人は、投げ捨てられるように床に落とされた。
「クナン様! サティ様! い、一体どうしたんですか!?」
拠点に残っていた部下たちが駆け寄ってくる。突然放り投げられた団長の姿に、彼らは驚きを隠せない。
愛用のゼミウルギアの姿はなく、放り捨てるような動きをとった灰色マントのゼミウルギアを睨みつける。
「何があったんです、コーダの野郎もいないじゃないですか……」
そもそもコーダどころか精鋭の部下たちもいない。困惑する部下たちの前で、クナンとサティは怒りに打ち震えながら立ち上がる。
彼女らは不本意にも部下たちを見捨て、愛用の軍用ゼミウルギアは大破するという大損害を被った。その怒りを、依頼主へと向ける。
「ふざけんなよテメェ! テメェの持ってきた腕、全然役に立たなかったじゃねぇか!」
「それに、あの力は何なのです。ヒトの身であれほどの力……一体あなたが狙うあの男は、何者なんですか!?」
尻餅をつきながらも食って掛かるサティ、立ち上がり静かに怒りを露わにするクナンに、灰色マントのゼミウルギアは目の前で膝をつく。
その胸部の操縦席が開くと、これまたパイロットも灰色のマントを身にまとい、二人を見下ろしていた。ミクトルたちへの襲撃を依頼した男、ムグルがそこにいた。
「こちらは依頼人と商売人として、情報と、ゼミウルギアの腕を提供しただけだ。勝敗に関してまでは、商売に含まれていない。そこにケチを付けられても困るな」
ひょうひょうとしたが、有無を言わせないという力強さも籠った声だ。
だが、クナンとサティは怯まない。
「こちらはゼミウルギアが軍用一般用合わせて八機の損害なのです。これを補填するのがどれだけ苦しいか、商人というのならおわかりでしょう?」
クナンの返答に、ムグルは肩をすくめて見せた。
「失敗を他人のせいにするのは傭兵の流儀としてどうなんだ」
「今回のはおかしいだろう! なんだあの強さは! 生身と軍用ゼミウルギアだぞ! ライオンとネコの戦いのはずなのに、ネコが勝っちまったなんて、聞いたことねぇよ!?」
「ふむ、それは確かに」
例えに納得したのか、彼は大げさに首肯する。
「なら、代わりのわしが管理する古代式ゼミウルギアを提供する。で、リベンジしよう」
「……あん?」
「何を言ってらっしゃいますの?」
さすがに、この男の言っている言葉に不信感を通り越して寒気を覚え始めた。
確かに、今回の損失を補填しろとはいった。だが、その補填の仕方がおかしい。
一体、彼は自分たちに何をさせようとしているのか。
「お前ら双子だからこそ動かせるゼミウルギアが存在する。一万年前の大戦争において、覇王の傍らで戦った超精鋭〈
アジトのシャッターをぶち破り、大型の
戦闘に参加していなかった傭兵団の部下たちは突然のことに逃げ惑い、クナンとサティはやってきた闖入者を警戒する。
まるで、最初からこの機体を渡すことを前提としたような、手際のよい搬入だ。
ムグルが指を鳴らすと、トラックの荷台が開き、そこに横たわる機体が見える。他のゼミウルギアより倍ほどありそうな横幅を持つ、大型機。
「これが、一万年物の古代式ゼミウルギア、ですか?」
「その通りだ。かつては『炎と氷の
乗れ、と言外の言葉が聞こえてくる。だが、二人は首を横に振る。
「確かにこいつはいいゼミウルギアかもしれない」
「ですが、あの化け物じみた覇王と戦えというのなら、お断りします」
あの時は完全に引き際を誤った。そのせいでこれだけの大損害を出したのだ。
部下たちの回収もできていない。ましてこれ以上傭兵団の仲間を危険にさらせない。
「あたしらはやばい依頼だって金さえ払えば引き受ける。でもね、確実に無理な依頼は引き受けない。こちとら戦闘狂で傭兵やってるわけじゃないんだよ」
「今すぐお帰りいただけますか。今のあなたになら、私たちの弾丸でも届きますよ」
ムグルは周囲を確認すると、そこには大小さまざまな銃器を構えた傭兵たちがいた。全員、彼女らの指示がなくとも、部下はすでにやるべきことは分かっていたらしい。
「なるほど優秀な部下たちだ。けれど、法術師との戦闘経験は少ないらしい」
「何?」
ムグルはマントの中から左腕を出すと、その人差し指を一本立てる。それを曲げた瞬間、クナンとサティの部下たちが銃を落として足が浮き上がる。
首を抑え、締め上げられる喉から嗚咽を漏らし、何とか空気を取り入れようと口も鼻も大きく開く。それでも何も取り込めず、苦しさは血走った眼に現れる。
「みんな、どうしました!?」
「お前ら!? テメェ、こいつらに何を!?」
「悪いが、ここはすでに俺の法術円陣の上だ。お前らの部下は、全員こちらの絞首台で首に縄を括りつけられている。ほら、お前らも……」
「――ッ! クナン、下がれ!」
サティが腕を振るうと、風の刃が二人の眼前を吹き抜ける。
不可視だった糸が姿を現し、二人の首からはらりと落ちる。腕から振るった風の法力が、刃となって法力の糸を斬ったのだ。
「お見事。けれど部下のものを切って回る間に、こちらは他全員の首に糸をかけられる」
強度は低い。けれど法術でしか切れず、見えない糸では部下には対処できない。対処できるのは、法力を持つ二人だけだった。
「なら、燃やし尽くしてしまえばいいだけでしょう!」
クナンの掌に炎が灯る。蜘蛛のごとき細い糸ならば、燃やしてしまえる。
「試してみるか? お前ら二人と、部下が絞首台に登るのと、どちらが早いか」
それは、言うまでもなくわかる脅迫であった。
すでに彼らの足元の板は、外されようとしているのだから。クナンもサティも、その腕に宿る法力の力を少しずつ弱めていく。
「さて、追加依頼だ、傭兵さん」
断ることは許されない。断れば、彼女らは部下をさらに失うことになる。
「なんでッ……、そこまでして!?」
問いかけるサティに、ムグルはおもむろに答える。
「本物だったんだ」
「は……?」
その一言に、クナンもサティも内心疑問符を浮かべる。
「本物だったんだ! 一万年の時を超えて、わしらを滅ぼすために覇王が復活した! ふふふ、くわっはっはっはっ! ならば、行くしかあるまい!」
歓喜と怒りに打ち震えるムグルは、困惑する双子に向けて吠える。
「どういう意味です? 一万年とか、滅ぼすとかって、なにが……彼らとあなたに、何があったというのですか……」
「ああ、お前らにはわからん時代の話だから、しょうがないよな」
来客用ではなく団員用のソファへ、周りに転がる部下を跨いで、ムグルはそこに座る。
ドカリと腰を下ろし、そばにある酒瓶を掴む。直接グイっと呷ると、飲み干したビンを力強く机に叩きつけ、全身で湧き上がる感情を表現する。
「かつてこの星には、空の彼方からやってくる真の主がいた」
昔話――急に何をと彼女らも思うが、余計な癇癪を起させないために、黙って聞く。
「地上の民は神と偽の神とに分かれ争い、真の主たちは平定のために両陣営と戦った。抵抗激しく、真の主は地上に兵士を残して、空の彼方に退かざるを得なくなった」
それは、神選軍と覇循軍の――神々と偽神の戦いの物語。知る者すらいなくなった神話の時代を、ムグルは語る。
「だがその時、主の仲間に裏切り者が出た。奴は神と偽の神に力を貸し、真の主を時空の彼方に封印した。地上に残った兵士はいずれ自分たちも空の彼方に帰るために、地上の民と戦い続けた」
握っているビンにひびが入る。強烈な怒りが、掌にまで伝わって握力を強める。
「そして一万年! 真の主が戻られるときが来た! 星を征する者たち到来だ!」
時は来た。ムグルが――彼の血族が望んだ時代が、ついに訪れたのだ。
「だが、偽の神もまたいずこかで我々の存在を滅ぼそうと画策していた。まさか、わしが一番に出会うとは思っていなかったけどな」
彼にとって、偽の神――ミクトルは敵だったのだ。
ミクトルが冷凍睡眠し、一万年後の世界で目覚める理由。本人たちはいざ知らず。ここにいる敵は、その全てを知っていた。
「あのゼミウルギアを使って、戦ってこい。狙いは変わらず、一万年の眠りより目覚めた覇王ミクトル=シバルバ。そしてその機体、アスラトルの完全破壊だ」
眼下に横渡る巨体、それを指さし彼は言う。
「かつて存在したギルド〈流星の魔女〉の生き残りであるテーレ=パリカーが、あの覇王を発掘してしまった。彼女は星征都市への到達を諦められなかったゆえに」
「星征都市?」
クナンが疑問の言葉を挟むが、答える気はないのか、ムグルは気にせず続ける。
「何人も星征都市へ辿り着かせてはならない。テーレ=パリカーの排除はもちろん、到達手段の獲得に繋がる者を排除しなければならない」
それが、この度の追加依頼。受け入れざるを得ない、無謀な依頼だ。同時にそれはムグルの最重要任務である。
「たとえ、何を滅ぼしたとしても――完遂するぞ」
一万年前の覇王と、かつて覇王とともに戦った機体で戦えと。
有無を言わさぬ言葉で、ムグルは宣告する。
「たった一機のゼミウルギアで、アイツらに勝てって言うのか……」
「いや。部下の皆さんにも手伝ってもらおう。文字通り、命がけで戦えば少しは役立つだろう」
ムグルが〈双子〉の部下たちに伸ばしていた半透明な糸に力を込める。
「え!? おい、こいつらに何を……」
「覇王と戦うんだ。命の一つや二つ、捨てるくらいの覚悟で挑め」
糸は首を絞め付け、自由を奪われた彼らから、さらに意識まで奪っていく。
だが、体には新たな意志が宿る。滅びの意志、邪悪なる魂が憑りついたのだ。
「すべては、星を征する者たちのために」
部下たちは青い顔をしながら、自らの、もしくは古代式ゼミウルギアに続き搬入された新たなゼミウルギアに乗っていく。大量の武器と、爆弾を抱えて。
この時のムグルの、酷く狂気に歪んだ笑みを見た二人は揃って、悪魔、それを超えた邪神のものように見えていた。
「さぁ、行くぞ、お前ら」
大量の爆薬を内蔵した現代式ゼミウルギアが、ミクトルの復活した遺跡を目指して歩み始めた。
「そして新時代の双子よ、このザリチュ・タルウィで、覇王を討て」
苦々しい顔で、クナンとサティはその場で膝をついた。誰かに助けを乞うように、拳を握り、流せない涙を必死に堪えた。
マントの下で歪んだ笑みが、悪魔、それを超えた邪神のものように思えた。
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