第五章 《覇王の名のもとに》-3

 ミクトルの、ほぼ初めてと言っていい料理。ゆっくりと咀嚼するテーレに対し、彼は問いかける。


「どうだ?」


 敵と戦うよりはるかに大きな緊張と不安を感じながら、彼女の言葉を待つ。


「………………雑」

「はぁ?」


 ごくりと飲み込んだテーレは、苦笑い気味に答える。


「もっと変な味だったら文句言えたのに、中途半端に雑な味だから、感想に困るよぉ」

「そ、そうか? 味見にしながらだったが、別にまずいとは思わなかったが……」

「まずくはないけど、塩と胡椒を適当に突っ込んだだけよね」


 彼女の指摘に、ミクトルは何も言えない。ただ黙り込み、視線を反らす。

 対して、テーレは大きく口を開く。もう一口、ということだろうか。


「無理して食わなくてもいい。街で何か購入してくる」

「いいの。これが、いいの」


 そういうテーレの口に、一回、二回とミクトルはスープを運んでいく。


「慣れないことは、するものではないな。フェリンのようにはうまくいかん」

「ふふ、兄さんだって、最初っから上手だったわけじゃないわよ」


 スープを全部飲み干すまでに、相当の時間はかかった。それでも、しっかり胃に染み渡る。暖かい、雑な味だが、おいしいものだった。


「こんなに微妙な料理で満足したの、初めて」

「もう料理に関してはいいだろう。二度と作らん」


 不機嫌そうに視線を反らす主人を、嬉しそうに彼女は慰める。


「ふふ、わたしが元気になったら、とびっきりおいしいもの作ってあげるから」


 食事を摂ったおかげか、法力による身体回復が効いてきたのか、少し楽になった。

 まだ立ち上がれそうにないが、体を少し横に傾けミクトルを顔の正面に捉える。

 そして、間髪入れず問いかける。消しそびれたのなら、ちょうどよかった。


「登録者のこと、本当に良かったの?」


 その言葉に、一瞬ミクトルは息を飲む。それもほんのわずかな間。すぐに返答が来る。


「お前が気にすることではない。オレの登録さえ残っていれば問題ない」


 しかし、テーレには気になることがある。包み隠さず、彼女は告げることにした。


「気絶している間に、夢を見たの」

「夢か。だが夢だろう」


 夢というには、少しばかりはっきりしすぎた光景ではあったが。


「あなたがアスラトルで空を飛んでいる光景だったわ。前の座席に誰かを乗せて、試験飛行をしている様子だった」

「空を飛ぶだけならいくらでもやった。一時期地上より空にいる方が長かったくらいにな」

「同時に、空を覆う巨大な要塞が現れた」


 その一言に、彼の眉がピクリと動く。


「整備員さんかな。最高速度の試験をしたり、旋回したり、腕が今のアスラトルとちょっと違ってたのは、マークスリー、とかって言ってたからかな」


 そこまでテーレが言うと、ミクトルは口をむっと結ぶ。彼に残っていた記憶と完全に合致したのだろう。彼女が見た夢というのは、間違いなく彼の過去の記憶だった。


「大量の敵が現れる中で、あなたを追って来たのは双子のゼミウルギア。その名前は……」


 夢で聞いた言葉を一語一句過たず、ミクトルへと伝える。


「ハイダスとアムリ」


 ミクトルは口元を抑え、驚きを隠そうとする。

 だが、その仕草からして、もう隠せていない。


「わたしは、その夢を見ていた時、あなたの前側に座っていたの。ちょうど、この席」


 前側の操縦桿に触れると、法力が伝達される感覚がする。ここに座っていた誰かも、同じような感覚を味わっていたのだろうか。


「ここにいたのは、誰?」


 右側、少し上を向いたテーレの目に、ミクトルの視線が重なる。


「姉さんから聞いたの。わたしによく似た人が、あなたの側にいたって」


 少しだけ伏し目になったものの、すぐに戻される。


「魔女と呼ばれる女が、かつて存在した」


 おもむろに、彼は口を開いた。


「ある意味鮮麗に、曖昧に、記憶に残っている、何か大きな敵と戦うために、奴はオレの前に現れた。神選軍との戦いも、巨大な敵との戦いも、奴はオレの仲間として戦った」


 彼を導いたという存在。やはり、彼女はこの席に座っていた。


「一万年前の話だからな。生きてはいない。登録も残しておいても意味はない」


 やはり、登録の前任者は、その魔女と呼ばれた人物だった。

 彼とともにこの機体に乗り、多くの戦いを乗り越えてきたであろう存在。


「その人がね、夢の中でわたしに言ったの」


 その言葉に、ミクトルは目を丸くする。どういうことだという驚愕と、何を言ったのかという若干恐怖するような顔、どちらにもとれる。

 それが少し可笑しかったのか、テーレはくふっ、と笑う。

 その衝撃で胸の筋肉が攣り、痛みを覚える。


「そんな、身構えるような内容じゃないよ」

「いーや、どうだかな。奴の奔放さには苦労させられた……と思う」


 親しい仲間であったことは間違いない。今の自分と比べたら、どうなのだろうかとテーレは思うが、それを考えるのは後回しだ。


「あなたのことをお願いって。自分はもう一緒にいられないから。危なっかしいあなたを助けて、世界を巡ってきて」


 テーレの言葉に、ミクトルの顔から表情が消える。


「星征都市に、望む場所も、見つけるべきものも、『わたしたち』も、きっとそこにいるから――って。優しい声、だったよ」


 シートの端を指で強く掴み、視線をテーレから反らす。肩をわずかに震わし、大きく息を吸って、また大きく吐く。数秒の後――


「そうか。ならばそうしよう」


 ただ静かに、そう言った。

 彼の視線が再びテーレに戻った時、そこには真剣な表情が戻っていた。

 妙にかしこまった表情に、彼女は困惑しながら視線を返す。


「テーレ、お前の臣下としての任を解く」

「……へ?」


 急に言われた言葉に、思考が追い付かなかった。

 つい先日、部下としての叙任式じみたことをさせられた思い出があるというのに、いきなり解任ということに、理解ができなかった。


「な、なんで? わたしはあなたと一緒に旅に――」

「代わりに、改めて申し入れる」


 ずいぶんと畏まった言葉が飛んでくる。とっさに、彼女は言葉を切った。


「テーレ=パリカーよ、覇王ミクトル=シバルバの名のもとに希う。我と同盟者となられたし。我らは対等の友であり、同じゼミウルギアを動かす資格を持つ――」


 深く息を吸い、そして確かに告げる。





 ミクトルの差し出したその手を、テーレはぽかんとしながら見つめる。

 一度彼の顔へ視線が移り、手に戻る。その顔に、くしゃっ、とした笑顔が浮かんだ。

 ゆっくりとした動作で持ち上げられた彼女の手が、下から彼の手に掬われる。そして、痛みはないのにしっかりと握られた。


「改めてよろしくね、ミクトル」

「ああ。そのためにまず、決めておくことがある」


 ん? と首を傾げるテーレ。そんな彼女にミクトルは大仰な言い方をする。


「新生覇循軍ことギルド〈流星の魔女〉、ギルド長はどっちが務める?」

「それは、わたしに決まってるでしょう! 現ギルド長だってわたしなんだから!」

「だがそれはこれから新生覇循軍の隠れ蓑となってもらうのだ。つまり覇循軍総司令官であるオレがギルド長になるのにふさわしい」

「いーえ、発掘のはの字も知らない人に、発掘師ギルドは任せられません!」


 ここからが、彼らの旅立ちである。

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