第六章 《古の怪物》-1

 体力の戻ったテーレを乗せて、〈アスラトル〉は立ち上がる。


 襲撃者たちの残されたゼミウルギアは、そのまま放置することとなった。

 回収することはできず、荷台に積み切れず、運ぶのにも一苦労だ。

 というわけでそのまま置いておき、時間が出来たら戻って回収、ということにした。


「予定通り遺跡に向かう。テーレの回復も中途半端だが、腰を落ち着けたい」

「うん。〈双子〉のことも気になるし、ここにいて再襲撃はやだもんね」


 そういうわけで、さっそく二人は再出発した。

 しかし、さすがに先日の戦いで懲りたのだろう。コーダの一味も〈熱と渇きの双子〉の者たちも、テーレが眠っている間はもちろん、移動中も襲撃することはなかった。

 ただどんよりと曇った空が、何か不穏な雰囲気を漂わせている。


「一万年前は、この辺りの土地は一体どういう土地だったの?」

「上を飛んでみれば周りの状況が分かるかもしれないが、地形もほとんど変わっていてよくわからん。あの遺跡が整備工場か、基地だったというのは、間違いないがな」


 ミクトルはそう言いながら、前の席の肩を指で叩く。


「動きが右にずれている。人間の体と同じだ。体が傾けばそちらに動くぞ」

「ま、真っ直ぐにしているつもりなんだけど……」


 現在、〈アスラトル〉の操縦はテーレが行っていた。

 そうなったのは、現在の二人の状況に起因する。


「生体登録者がオレとお前になったことで、アスラトルを操縦できるのはオレたち二人だけだ。アスラトルの再生措置により、そのうちテーレの体内に後天的に法力器官が発生するだろうが、今初期起動できるのはオレしかいない」


 そう言ったミクトルは、さっそく法力の供給は自分が、操縦はテーレに任せて練習を開始した。


「だから、早いうちに操縦だけでも慣れておかなく、ああ! 今度は左に傾く!」


 そもそも、古代式ゼミウルギアの操縦を習いたいと言い出したのは、テーレからだ。

 クナンとサティとの戦いのように、ミクトルが〈アスラトル〉から離れている時でも自分自身で戦えるようにと思って、〈アスラトル〉の操縦を習っているのだ。


「現代式とは動かす基本的なシステムは同じだけど、とんどが感覚操縦なのね……逆に、動かした分が反映されて過ぎて、難しい!」


 実に人間の二十倍近い巨体を誇る〈アスラトル〉では、本人はほんの少し体を動かした気分でいても、実際には大きく動いてしまう。


「動力だってパイロット頼りだ。体幹も攻撃も、パイロットの腕次第。代わりにこうやって動かしていれば、法力循環は早まって回復も早い」


 どこか生き生きとした様子でミクトルは指導を続ける。

 荷台を牽いている分おかしな動きにはなりづらいが、それでも右へ左へと体は傾く。

 こんなものを、よく昔の人は操縦していたと、テーレは心底思う。

 逆に言えば、これを操縦できなければ、法術師でも戦力にならなかったということだ。


「ミクトルって、料理は苦手なくせに法術精製は上手だったよね」

「……昔からよく言われたことだ。そういうのは」


 そう言ってミクトルは肩を竦める。

 つまり、料理以外でも苦手な分野はあったということだろう。

 ため息交じりに、ミクトルは言う。


「絵を描くのも、粘土細工を造るのも、形ある造形というのはほとほと苦手だった」

「でも法力精製だけは得意だった、と」


 臣下への叙任式に際して創った剣は見事な出来栄えだった。

 それに比べてあの雑な料理。仕事の丁寧さが段違いである。


「治療法術、料理、芸術……。何かを生み出すこと、直すことが苦手だったんだ」


 結果、テーレはそのうち二つを実体験として理解した。


「だから、壊させないことに、全力を注いだ」


 壊させない、撃たせない、触れさせない、それこそが彼の戦い方なのだ。

 少し伏し目になったその表情を、テーレは肩越しに見ていた。

 どうやら、少なからずテーレが生死の境を彷徨ったことを気にしているらしいと、彼女には感じられた。それが、奇妙なまでに嬉しい。


「ゼミウルギアの修理もできないなんて言わないわよね」

「それはできる。孤立した場合、自力で応急修理くらいできるようにと、仕込まれた」


 テーレはふと〈アスラトル〉が見せた記憶を思い出す。

 口調は丁寧だったが、ミクトルと親しそうにしていた声。整備士か、研究者か、それはわらかないが、飛行機能の調子について彼に尋ねていた。

 声だけで安心感を得られたのだ。きっとミクトルにとってもいい友人だったはず。


「世界初の単独飛行装備を創り上げた天才がいた。そいつに教えてもらったからな」

「さすが覇王は、学ぶ相手も一流以上なのね」

「当然だ。教える奴が上手ければ、教えられる側が上手くならないはずはない」

「つまり、ミクトルは教え下手と」


 ぬっ、とミクトルの喉から声が漏れた。

 話している最中も〈アスラトル〉は走り続ける。しかし、その機体の重心は右へ左へ行ったり来たり。なかなか真っ直ぐには、進めていなかった。


「そのうちうまくなれるだろう。気長にやればいい」


 数時間走り続ければ、見覚えのある風景が増えてくる。

 後ろの席でコンソールを叩く音を聞きながら、テーレはそのまま進んだ。峡谷の間を進んでいくと、最奥の壁に阻まれることになるが、彼らは違う。

 すぐに一部の景色が歪み遺跡への入り口が露わになる。速度を緩めながら開かれた扉に入ってしばらく、〈アスラトル〉の収まっていた玉座へ向かっていく。


「さて、では基地の制御を回復させるとするか」


 ミクトルが眠っていた遺跡は、大戦時の末期前後に造った整備工場か前線基地の一つだと当たりをつけていた。

 基地としては別段、最前線に設けられるような、防御機能も攻撃機能もない。だが、活動拠点になるくらいの設備があるはず。

 ここが一万年前のミクトルの故郷だったというわけでもない。いかなる重要拠点からも離れた、辺鄙な場所だった。

 逆に言えば――


「その方が、むしろ覇王の眠りを妨げないと判断した奴がいたんだろう」

「おかげで存在自体忘れられちゃったのね。一万年はさすがに長過ぎよたのよ」

「偽神の一族は別に長寿というわけではない。むしろ、平均を出せば短命だ」

「えッ!?」


 その言葉に、テーレは驚愕とともに振り返る。ミクトルの言った言葉が一瞬信じられなかったのだろう、説明を求める視線に、ああ、と彼は気づいた。


「偽神とは呼ばれたが、別に本当に神と言うわけではない。中身はヒトだ」


 自嘲気味な雰囲気で、ミクトルは言葉を続ける。


「偽神の一族はほとんどが戦場に出ていた。老若男女問わず戦場に出向いていたからな。神選軍との戦いも、よくわからん奴らとの戦いも、苛烈を極めた」


 戦没率が高い。だから平均寿命が短い、と説明する。


「なんだ、そういうこと」


 ホッとするテーレに、ミクトルは案ずるなと返す。


「確かに、オレを起こすはずだった奴らはいなくなってしまったかもしれない」


 その結果が一万年の冷凍睡眠。平均寿命の短い時代でもあった。いつか覇王を起こすという使命も、世代交代に中に忘れ去られていったのだろう。

 だが、今こうして覇王は目覚めた。


「オレはそう簡単に死にはしない。お前を、一人きりにするようなことは、しない」


 はっきりと、そう彼は断言した。

 テーレにとって、仲間を失うというのは、一度は経験した地獄だった。それがどんな悲惨な光景だったか。どんなに苦しい出来事だったか。ミクトルにも覚えがある。

 大勢の仲間が傷つき倒れていく瞬間。二度と、彼女に味合わせるわけにはいかない。


「新生〈流星の魔女〉は、お前を一人にはしない」


 そのうえで、テーレは仲間たちのやり残したことをやるのだ。そのための第一歩が、この遺跡から始まる。

 彼らは、基地の中枢――ミクトルが眠っていた仮の玉座の間へと辿り着いた。

 玉座の間は〈アスラトル〉を玉座ごと運び出した結果、ずいぶんと寂しい状態だ。この状態からどうするのかと思っていた時、ミクトルは足元に法術円陣を描いた。

 法力を通して、基地のシステムを掌握していく。本来ならば基地の見取り図や説明書などを一通り目にする必要があるだろうが、ミクトルには必要ない。


「基地内全システムに接続、基地を待機状態スタンドより稼働状態アクティブへ。全機能、回復せよ!」


 基地の床に光が走る。古代式ゼミウルギアにも使われている、法術を流す紋様だ。遺跡として隠されていた機能が、全て解放されていく。

 壁の一部が開いたかと思うと豪快に換気が開始され埃が吸い込まれていく。

 浮彫の刻まれた壁の一部は床に沈んでいき、その奥にあった設備が展開。整備ハンガーが現れた。

 部屋の床からは多数の人間用、ゼミウルギア用それぞれの端末が並び、指令室のようなものも天井付近に降りてくる。

 指令室に続く階段が壁面に沿って現れると、全体照明が点灯した。


「……なにこれ?」


 唖然とするテーレは、気の抜けた声でミクトルに尋ねた。


「今まで見ていた部分は、オレとアスラトルを祭る神殿であったと思わせるための装飾だ。実際のシステムは整備ハンガーと指令室を兼ね備えた臨時基地、というわけだ」


 ミクトルはハンガーの一つに大破した車両を置くと、強靭なアームががっちり掴む。

 端末の一つには車両の状態が表示され、ほとんどが赤い警告文を発していた。古代文字であるためテーレにはすぐ読めないが、ミクトルその一つ一つを確認する。


「ほとんどが規格外で修理不可というメッセージだな。ここでは直せそうにない」

「えー!? じゃあ出戻りするの? 街まで!?」

「機体に関するデータが少なすぎるんだ。おそらく機体形状を照合しようとしてエラーを吐いている。変形機構を備えた車両型なんてものは、オレたちの時代なかった」


 ミクトルの説明に、テーレははたと気づく。


「じゃあ、複数の機体を調べるまで、修理はお預けってことね……」

「法力で動かす以上、人型以外の形状となると難しくてな。変形機構を断念した理由も、その一つなんだ。人型だったらまだしも、車両型はデータにない」


 つまり、現代式にあった整備方法が、この基地はわからないということだ。

 まだまだやることがあるらしいと理解したところで、テーレは一度頬を叩く。


「よし、切り替えていくわよ!」

「練習も兼ねて他の機体をハンガーにセットして見ろ。オレはデータベースを調べる」


〈アスラトル〉から飛び降りたミクトルに、テーレは拡声器越しに応える。


『はーい。うまく、やってみようか』


 恐る恐るという動きではあるが、テーレは〈アスラトル〉を使い外に向かう。時間をかけて、壊れた〈センティ〉たちを運んでいく。

 その間にミクトルは基地の端末に触れ、この一万年間の記録を調べていく。


「オレが眠りについたのが、一万年以上前。そこからこの地では何があったのか」


 フェリンとアナイからはあまり情報は得られなかった。なら、ここから探すしかない。

 自動収集された情報を遡ると、そこには五千年ほどで詳細データが消失している。


「古すぎてデータが消えたか? よりにもよって知りたい情報がバッサリと消えている。ほとんど巨大怪獣とか群雄割拠の時代の情報とか、考古学者なら買い取ってくれそうだ」


 残念ながら、ミクトルにはさほど価値があるようには思えなかった。

 その情報曰く、地殻変動や気候変動の影響によって進化した生物――怪獣によって人類は窮地に立たされたようだが、それもゼミウルギアの活躍によって撃退した。

 ただし、技術伝承の多くが途絶えたのは、この巨大生物跋扈の時期だ。

 偽神の民――ミクトルにとって同族と同じように扱っていた巨人、獣人などの人間以外のヒトは、このころから人里から離れたり、地下にひそんだり、滅亡したり……様々な道を辿っていた。

 彼と同じ偽神と呼ばれる者たちも、ほとんどの消息が不明となっている。

 二千年ほど前、群雄割拠の時代が到来したときは、量産型ゼミウルギアの開発が進み、現代にも通じる文明の基礎的な部分が出来上がったとされている。

 今現在は千年ほど前に発足した『人類秩序維持政府』統括の下、世界は平和を享受している。少なくとも、人とそれ以外のヒトでの民族的争いは、起きていなかった。


「怪獣の出現は五千年よりさらに前だ。それ以前の状況についてのデータは、他にデータサーバーが残っていれば、そちらにアクセスして引き出せるが……見たところ、怪獣とは法力生物の進化種のようだな」


 法力生物――ゼミウルギア開発の一因となった、魔怪晶を生み出す魔物などと呼ばれた存在だ。少なくとも、データで見る個体ほど巨大ではなかった。


『ミクトル、一台運び終わったわよ』


 余計な情報の調査よりまず、ゼミウルギアの修理が進みそうだった。

〈アスラトル〉の空響伝声を使った映像通信がミクトルの端末の一角に表示された。

 基地外部映像も表示することができ、テーレが一生懸命〈アスラトル〉を動かしているのが映った。次の一機も、さっそく運び始める。


「よし、機体の解析を行う。鹵獲機体を解析する時と同じ手段で、何とかなるだろう」

『ミクトルの時代は、やっぱり新しい機体の開発競争がすごかったの?』


 ミクトルが愛機の方を見れば、自分が乗ってきたいくつかの機体の姿を思い浮かべた。目の前にある〈アスラトル〉は、覚えている限りの最新鋭機より三世代以上前の機体であるが、こうして立派に動いている。

 世代はどんどん更新されたが、古いものにも活躍の場は多々あった。


「そうだな。機体の入れ替わりが酷かった時期だろう。毎月のように新しい機体やシステムが考案され、開発され、それに対抗するものを持ち出した」

『フライトユニットとか』


 テーレの指摘に、ミクトルは肯いた。


「あれは戦況を大きく変えた。もともとゼミウルギアは地上を歩くでかい人間でしかなかったのに、飛行能力を得て攻撃力が格段に上がった。戦場は縦にも広くなり、それまでの戦術が意味を成さなくなることは、いくらでもあった」

『マークファイブとかマークワンとか言ってたけど、この子は最初期型なのよね』

「ああ。アスラトル・マークワン、オレが最初に使ったゼミウルギアで、最終的に首都の博物館かどっかで展示品として寄贈した奴だったな、たしか」


 それを持ち出し、冷凍睡眠装置を取り付けて、ここに寝かしていたということなのだ。

 ミクトル曰く、この次の次〈Mark-3〉になったときに初めて単独飛行のフライトユニットが搭載され、戦場を縦横無尽に駆け巡ることができるようになった。

 さらに世代が進むと真っ直ぐな翼ではなく、より有機的な動きをする可変翼を使えるようになったというが、テーレには何のことなのか分からず首を傾げる。

 そのあたりの技術継承はおろか、伝承としてすら伝わっていなかった。


「他の遺跡を探せば、もしかしたら使えるフライトユニットが出てくるかもしれん」

『そうなったら、旅はもっと広がるわね』


 確かにと、ミクトルは肯く。単純な移動手段、回避手段としか思ってこなかった。

 だが、この平和な時代においては、空を飛んで移動することは戦うこと以外にも使える。

 戦いのために開発された力だが、今の時代では使い方は違う。


「探してみるか、アスラトルをアップグレードできるかもしれん」


 スキャンにはまだ時間がかかる。その間に、ミクトルはさらにデータを深く調べていく。


「この施設のデータベースは二つに分けられていたのか。五千年以上前のデータは別の場所にあるが、ここからだとアクセスできない……。直接行く必要があるな。他にここで使えそうなものは――」


 施設の格納庫に、彼は見覚えのある名前を見つけた。


「まさか、これが残っていたのか。いやむしろ、あいつのために残しておいたのか」


 残されたものに対し、彼は眼を細める。

 懐かしさか、感謝か。誰もいない場所だからこそできる寂しげな表情がそこにあった。

 一万年後、ではなくとも何百年かの後に目覚めることを期待して、誰かが残しておいた物なのだろうと、彼は当たりをつける。

〈アスラトル〉が現状経年劣化などによる破損が確認されていない以上、そちらも何かしら使えるものが残っているはずだ、と。

 そう確信して歩き出そうとした彼を、テーレの声が呼び止める。


『ミクトル、ちょっとこれを見て!』


 何だ? というミクトルの問いかけに、テーレは画面越しにアベスタを掲げて示す。

 それは〈アスラトル〉のような古代式ゼミウルギアの存在を感知していたのだ。


『古代式ゼミウルギアが、ここに近づいて来てる!』


 その一言に、彼は眉を顰める。そして同時に走り出した。


「どうやら、奴がここに来ているかもしれんな……」

『奴って、もしかして――』


 顔を青ざめるテーレ。一瞬のことだったために何が起こったのかよく覚えていない彼女だが、事の顛末はだいたいミクトルから聞き及んでいる。

 自分の体を貫いた触腕の持ち主、灰色のマント状装甲に身を包んだ古代式ゼミウルギア――彼らは名前までは知らないが、それを操るムグルという古代に通じる存在。

 本当に古代式であるという確証はないが、ミクトルはその複雑な攻撃兵装の存在から現代式ではないと確信していた。

 何より、パイロットの方は確実に古代人に類する者、もしくはフェリンやアナイと同じ、魂を転生させた誰かである。

 しかも、こちらと積極的に殺そうとする敵対者であることも間違いない。


「すぐにそちらに着く。迎撃の準備を――」

『ダメ、もうすぐそこに来てる!』


 テーレの叫び声と同時に、空に炎の塊が現れた。火の法術――古代式ゼミウルギアの力で強化されたそれは、着弾の峡谷の一部を吹き飛ばした。

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