第六章 《古の怪物》-2
火炎の塊は、警告の一部を破壊する。巨大な岩が雪崩のように通路へと落下し、質量兵器となってミクトルたちを襲う。
とっさに飛び退いた〈アスラトル〉は無事だが、タイミング悪く基地の扉から飛び出したミクトルは粉塵と瓦礫、さらに追撃の炎をもろに受ける。
『ミクトル!』
すぐに彼を助けようと瓦礫の山に近づくが、それより早く彼は自らの法術で瓦礫を吹き飛ばして外に出る。砂にまみれてはいるが、大事ない様子だった。
防御が得意と豪語するだけあって、とっさの襲撃でも完璧に防ぎ切ったのだ。
「なるほど、今の火属性法術はなかなかだ。威力、速度、熱量、よく鍛えられている」
一般人に比べればな――という文句が後に付いたが、いきなりの襲撃だ。基地の扉の一部損壊し、峡谷に残っていた〈センティ〉五体のうち二体が埋もれてしまった。
幸い基地本体に被害はないが、瓦礫を撤去する作業が増えてしまった。
「これではいつまで経っても基地としてまともに機能せんではないか」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ! ミクトル、早くこっちに!」
〈アスラトル〉に片膝を付かせ手を差し出すと、その上にミクトルは乗る。操縦席まで持ち上げたとき、敵性ゼミウルギアは峡谷の上から降りてくる。
その時、ミクトルは気づいた。灰色のゼミウルギアではない。同時にテーレは違和感を覚えて首を傾げる。
「あれ、あのゼミウルギア。見覚えがある気がするけど……あんな歪な形、どこで……」
テーレは見覚えがあるといったが、それを思い出せない。一瞬だけちらりと見たものを、たまたま覚えていたという感覚に近い。ではどこで見たのか。
青と赤、二体のゼミウルギアが背中でくっついたなどという形状、他に類を見ない。
「オレが初めて空を飛んだ瞬間を、見たといっていたな」
静かに、ミクトルが呟いた。
「え……あ! そうだ、その時だ」
テーレも、彼の一言で思い出す。
〈アスラトル〉と接続したとき、夢の中で見た空を飛ぶミクトルの仲間のうちの一機。あれはまだ第一世代と思われるフライトユニットの上に乗って運ばれていた。
道化師を思わせる左右一対の機体。それと同じものが、目の前にいる。
「確か、名前は――」
「ザリチュ・タルウィ――覇循軍でも、特に希有な才能を示した双子に、オレが託した特別仕様機だ。氷と炎を使う二人に合わせて、青と赤に塗っていたのだがな……」
静かに、低い声がミクトルの口から洩れる。それに答えたのは、テーレではなかった。
『へぇ、この機体のこと、よく知ってるみたいじゃねえか』
『どうやら、一万年前に使っていた方とお知り合いのようですわね』
〈ザリチュ・タルウィ〉の中から聞こえる声は、先日も聞いた声だ。
「クナン、それにサティ……。まだ懲りずにアスラトルを……」
ぐぅ、と喉を鳴らすテーレ。傷がうずくのか、胸のあたりの服をぐっと握りしめる。対して、ミクトルは相対する機体を見ていた。おもむろに、その口を開く。
「お前ら、金が必要なら戦場にでも赴いたらどうだ?」
彼の言葉を鼻で笑ったサティが反論する。
『あたしらとしても、あんたらにはもう関わりたくなかったよ』
『けどごめんなさいね。どうしても、そこのあなたと、テーレさんには死んでいただかなくてはならなくなってしまったの』
苛立たし気に告げる二人に、テーレの声が反論する。
「何がごめんなさいよ! あなたたちのせいでわたしの愛機は壊れて、胸貫かれて死にかけているのよ! 何の恨みがあって、こんなことを――――」
『うるせぇ! あの野郎が……あの野郎とさえ関わらなきゃ……。お前がそいつを発掘しなけりゃ! こんな面倒クセェことに首突っ込むことはなかったんだ!!』
怒りをぶちまけるサティの様子に、テーレは驚きながら出かけた言葉を引っ込める。鬼気迫る様子のお手本といっていい状態だ。何かある、そんな風に思える。
『その機体はぶっ壊す!パイロットはぶっ殺す! お前がどこにも行けないように、あたしらが、ここで!』
『全部、終わらせてあげますわ!』
その様子に、さすがにテーレは不思議がった。
「ミクトル、あの二人一体……」
「お前たち」
テーレの言葉に返答はなく、ミクトルの冷たい声は〈ザリチュ・タルウィ〉に向けられる。静かでありながら有無を言わさぬ声に、クナンとサティはびくりと震える。
「オレを狙うのは構わん。好きにしろ。だがな――」
〈アスラトル〉のハッチを開くと、その中に体を滑り込ませる。
「ハイダスとアムリの機体を、誰の許可を得て使っている?」
テーレの肩越しに大量の法力を、機体の内へと送り込む。
法力紡皮服を展開し戦闘態勢を整える。
機体の右手の指を、己の指とともに敵の中心へ向けて突き付けた。
「そして、オレの同盟者の道を阻もうというのなら、覚悟はできているんだろうな?」
機体各所から黄金の粒子を放出させ、右腕のブレードを伸ばす。
溢れ出す怒りが機体に乗り移ったかのように、漆黒のゼミウルギアは赤い双眸を輝かせる。口元の牙が開き、大量の白い排熱が行われた。
その様子に退く傭兵ではない。むしろ戦意を滾らせたのか、全身に配置されている魔怪晶から左右別々の光を放つ。
『今度こそぶちのめしてやるよ! あたしの風の刃は、止められねぇぞ!』
『焔の抱擁を持って、黒焦げにして差し上げますわ!』
正真正銘の古代式ゼミウルギア。前回のように武器が法力を纏うだけではない。溢れ出す闘志と怒り、恐怖さえも法力として吸収・昇華され、その力を何倍にも高める。
「お前たちにも事情はあろう。だがな、オレとて多少は苛立つのだ」
強靭な装甲を纏った右足が、双子の中心へ抜けて飛び掛かった。
「少々、痛い目を見てもらうぞ!」
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