第六章 《古の怪物》-3

〈アスラトル〉に乗り込んだミクトルと、〈ザリチュ・タルウィ〉が対峙する。


 開幕初手からの〈アスラトル〉の飛び蹴りが胴体の結合部分へめり込むと、頭部が前に出てきたところを掴んで飛び上がる。

 峡谷の壁に沿って引きずりながら上昇し、平らな台地の上へと放り投げる。


「あそこでは手狭だろう。存分に風を振るえ、熱を放て」


 ガガガガガッ! ――と地面と岩を削り、双胴型古代式ゼミウルギアは停止する。数秒間体を衝撃に震わせるが、左右二本ずつの手足を器用に使って起き上がった。


「そのことごとくを砕いてやろう」


 拳を握り、戦闘態勢で〈アスラトル〉も着地した。


『くそっ! さすがに覇王って呼ばれるくらいだ。同じ古代式ゼミウルギアでも出力が段違いだな!』

『でも、負けるわけにもいきませんのよ!』


 青色の右側から放たれる赤色の炎の鞭。地面を跳ねるようにして飛んでくるそれは、まるでのたうち回る蛇のようだった。


『煉獄の喉、最奥へと飲み込め、焔蛇えんだあぎと!』


 古代式ゼミウルギアというのは二人乗りが基本――というわけではない。〈アスラトル〉とこの機体、偽神の民の機体が証書特別なのだ。

 機体不足やパイロットの練度不足、継戦能力、最大出力確保、様々な要因で、偽神の民の機体は二人乗りの比重が多くなったと言うだけで、全てがそうと言うわけではない。

 ただ一人が法力を充填し、一人が動かす。それが偽神の民に合っていたのは確かだ。

〈アスラトル〉の場合だと前者がミクトルで、後者がテーレの位置に座る。しかし現在、充填も操縦もミクトル単体でこなしている。

 それは法力を供給できるのも、操縦技術もミクトルのほうが圧倒的に上だからだ。


「ほう、あの特別機じゃじゃうまを、案外うまく動かすではないか」


 対して〈ザリチュ・タルウィ〉はその点、少し特別だ。

 操縦席の座席は前後に並んでおらず、その胴体の左右分割線を挟んで二席存在する。右側、左側、どちらが優先などということはなく、状況に応じて椅子も回転する。

 これは二人が左右に揃ってこそ最大の力を発揮できる。

 炎の鞭は〈アスラトル〉の右手の刃に切り裂かれ、左右に分かれていく。


〈ザリチュ・タルウィ〉はすでに上空に飛び上がり、右の両腕に炎を集める。

 炎を弓矢に形成し、燃える矢を放つ。青いほうの〈ザリチュ〉に紅の炎を操るクナンが座っているのだ。彼女は射撃を得意とし、法力精製した物も中遠距離向きの武器だった。

 逆側の赤い〈タルウィ〉に乗っているサティは緑色の風の法術を使い、双剣を持って切りかかる。先日の戦いでもミクトルの盾を斬り捨てるほどだ。たとえ両者ともにゼミウルギアに乗ったからと言って、その刃の鋭さを侮るわけにはいかない。

 左掌に創り出した鋼の盾が、炎の矢を弾く。防御しながら接近し、右腕の刃を振るう。


『同じ土俵なら、負けるはずがねぇ!』

「同じ土俵、か……」


 大きく振るわれた〈アスラトル〉の刃は、風を纏った〈タルウィ〉の剣に阻まれる。

 ギギギギギッ! と擦れ合う音が響く。

 纏われた法力がぶつかり合うことで光がはじけ飛び、大地と木々、鋼が割れる音、全てが混じったような轟音が響く。

 衝撃波が大地を割り、二体をそれぞれの後方へ押し返す。


「熱と渇きの双子というが、なるほど焔の熱と風による渇き。二つの力がお互いを高め合っているというわけか」

「褒めてる場合じゃないでしょ! どうするの、強いわよ。あの人たち」


 テーレの忠告に、ふむ、と頷く。彼も双子が口だけの者ではないことは分かっている。


「だが、新しい力を手に入れて試したいのは分かるが、なぜ勝てない相手に向かう?」

『何を勝ったつもりでいやがるんだ、テメェは!』


 嘆息とともに零れた質問に、丁寧にサティは突っ込みを入れてくる。


「そこで自分が必ず勝つって言えるのは、あなたらしいわ」


 容赦も謙遜もない発言にテーレも呆れながら突っ込むが、彼の言うことにも一理ある。

 すでに、ゼミウルギア六機――貸し出していたものも含めれば八機の大破という、あれだけの損害を出したのだ。報復としてミクトルを狙うのは一貫した行動のように思える。

 だが、新しい、しかも古代式ゼミウルギアを手に入れて、それを乗りこなせるようになる前に襲撃を仕掛けた。それは、少々性急すぎる上に無茶がすぎるのではないか。


「まるでそれは……」


〈ザリチュ・タルウィ〉は弓を放ちながら移動するが、その矢先はぶれない。

 左右逆方向を向いた四本の足による複雑な歩行をもろともせず、むしろ二本分多いステップを巧みに使って左右に機体を振る。

 左の刃を振り抜けば、ミクトルとて反撃よりも防御を優先せざるを得ない。


「優秀だな。ザリチュ・タルウィの使い方を、初めてであろうによく分かっている」


 さすがは傭兵として名をはせるだけはあると、ミクトルにも納得できる。


「だがな……」


 間違いなくこの双子は傭兵として優秀な部類に入る。ならばなおさら疑問だった。

 テーレもミクトルも討ち〈アスラトル〉を破壊するというのは、彼女らの当初の目的から逸れているようにも思えるのだ。

 あくまで狙いは、古代式ゼミウルギア〈アスラトル〉の奪取か破壊であったはずだ。

 それが、どちらかというと、二人の邪魔をすることが目的になっているようにも思える。

 何かに駆り立てられるというか、脅されてやっているように思える。先ほど、ミクトルと〈アスラトル〉を発掘したことへの恨み節も、そんな雰囲気に感じていた。


「そんな死にたがりの戦い方では、俺には届かん」


 彼はそう呟きながら、かつてあれに乗っていた小さな友人を思い出す。


〝ミク兄さま、お下がりください。あんな奴ら、わたしがやっつけて見せます!〟


「アムリ。奴の扱う炎は、オレ以外の者に抑えられる熱量ではなかった」


 クナンの駆る〈ザリチュ〉の炎が地面を走る。大地を媒介とし、炎を動かし、攻撃の発生個所を読ませないつもりなのだろう。


「迷いある心持ちで放つ炎が、この身に焦げ跡一つ付けられると思うな」


〈アスラトル〉の左足が地面を強く踏みつけると、彼の足を起点に地面が鈍色の物体に覆われて塞がれる。その上を、獣の足が駆け抜ける。

 クナンの炎は完全に出口を失い、逆流して発動者の手元に熱が戻ってきた。

 とっさに手を引けば法力の炎は威力を失っていく。しかしそれは大きな隙になる。飛び上がりながら放たれた蹴りを叩き込まれ、地面を削りながら滑っていく。


『まだよ! サティちゃん!』


 体勢を整え、右半身を背中に回しその四肢全てから炎を噴出させる。放たれる爆発の威力そのものを加速力へと変えて、赤い体を正面に据えて低空を跳んでいく。

 サティが駆る〈タルウィ〉が、風を巻き上げる。両手に持った剣に巻き付き、巨大な竜巻の刃を形成する。それは、彼女の闘志そのもの具現化。


『風を集めて打ち鍛え、研ぎ澄ませ、風虎ふうこの爪牙!!』


 風の中に虎のような姿が浮かび上がり、大上段から刃とともに〈アスラトル〉へ叩きつけられる。その刃を、ミクトルは冷静に見つめる。


〝ミク兄ちゃん、神選軍が来たけど、僕らが言って片付けてこよっかぁ?〟


「ハイダス。奴の氷の一撃は、オレの盾すら、時には打ち砕いたか」


 突き出される〈アスラトル〉の左腕。

 そこから溢れる黄金の粒子が拳を形作り、開いた指は竜巻の大剣を捕まえる。機体の腕と連動する巨大な手は、高速回転する風の刃をものともせず鷲掴みにした。


「今のお前たちの刃はナマクラ同然だ。一度頭を冷やせ」

『余裕ぶってられんのも今のうちだ。やれっ、クナァンッ!!』


〈タルウィ〉の背後、それまで推進装置として炎を吐き続けていた〈ザリチュ〉が分離する。自由になったその足で地面を蹴って〈アスラトル〉の頭上を舞う。


『これで、燃え尽きなさい! 〈流星の魔女〉の名とともに!』


 別れを告げる言葉とともに、完全に後ろを取られた。


「ミクトル、回避を!」

「問題ない。余裕で避け――む?」


 回避のため機体を動かそうとしたミクトルは〈アスラトル〉の両足に違和感を覚える。


「両足を、何かが掴んで――」


 そちらに視線を向けた時、現代式ゼミウルギアが〈アスラトル〉の両足を掴んでいることに気づいた。法力の気配がない現代式は、目で見なければ捉えられない。

 現代にはない、光学迷彩のシステムを使ってそこにいた。


「何? が――!?」


 突如、爆風が機体を襲った。

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