第六章 《古の怪物》-4
〈アスラトル〉の両足が、光学迷彩に包まれた現代式ゼミウルギアに捕まれた。
突如、爆風が機体を襲う。法力障壁の内側、盾の裏側で爆発が生じた。一瞬困惑するが、すぐに理由はわかる。敵のゼミウルギアそのものが、爆発したのだ。
「自爆……だと?」
「ミクトル! あれ、〈双子〉のギルドの人が乗ってるわ!」
テーレからの指摘に、ミクトルは機体の画像を拡大する。そこには、操縦席から放り出され、ボロボロの傭兵団服を身に纏った男がいた。その肩に、双子のマークが縫い付けられている。
「クナン、サティとか言ったな。お前は、部下に自爆命令を出したのか……?」
ミクトルの問いかけに、拡声器越しに息を吸い込む音がする。歯ぎしりの音まで聞こえるほどだ。たった一つの息遣い。そこからわかったのは、あまりにも残酷な手段だ。
「どういうこと、なんで自爆なんて!?」
「どうやら、誰かが強要しているらしいな」
ミクトルの小さな呟きにミクトルが答えるより先に、爆風を突き抜けて青い機体が頭上に現れる。ザリチュを駆るクナンだった。
『終わりです!』
部下の自爆によって造られた隙を逃がさないと、彼女は弓を引き絞る。確実に命中するであろう矢の用意に、ミクトルは努めて冷静だった。
「そんな姑息な手で、この覇王から勝ちを拾えると思うな」
ザリチュの炎の矢の発射まで、あと数秒とない状況。回避すら不可能な距離でありながら、ミクトルはまるで諭すようにテーレへ告げた。
「絶望的に見える状況だ。だが、そんなものを、オレは覆し続けてきた」
「いいからやって!」
――というテーレの声が響いたとき、竜巻の刃を掴む腕と同じものが、右腕にも現れた。
巨大な右手が〈ザリチュ〉の発射しかけた火炎球を掴んだ。
「案ずるな。オレがアスラトルに乗っていることはそれすなわち――」
実体がないはずの風。だがそれは法力によって実体を帯び、刃となって形成された。揺らめくはずの炎も球体となり、質量を帯びた。それは掴むことも、押し返すこともできる。
左右双方から向けられた風と炎の攻撃は、完全に押し留められた。
「お前は絶対に、誰にも傷つけさせない」
動かない左右の敵機。こうなれば、あとは単純。握り潰すのみ。
制御を失った風も炎も、敵ではなく自らを傷つける諸刃の剣となった。
法力の爆発に押し倒され、〈ザリチュ〉と〈タルウィ〉は再び体を土に横たえる。
受け身も取れないほどの衝撃に地面へ叩きつけられた。次の対応もできない二機であるが、そこに追撃の手は及ばない。
「さて。その機体を壊したくはない。もう降りろ」
古き友、そして部下の機体だ。
ミクトルとしては、これ以上の戦闘は望まない。
そのため、彼はブレードを突きつけはすれども攻撃はしない。ただ降伏を勧める。
『ふざけないで! 一度戦いを挑んだ傭兵が、情けを掛けられておめおめと――』
「傭兵だからこそ、生き残るものだろう。オレの時代でもそうだった」
クナンの言葉を遮って、ミクトルはどこか、同情に近い感情を持って告げる。
「そこに誇りはあっても命を捨てる義務はない。違うか?」
『て、テメェがいなけりゃ、あたしらもあいつらも、死にかけてねぇんだよ!』
「それに関しては不運だと思え。オレに挑んだのが悪い」
完膚なきまでに倒したことについては悪びれる様子はない。
事実、襲われた側なのだから被害者と言ってもいい。
それでも、相手のことを慮る余裕はあった。
「お前たちの狙いは何だ。部下を自爆させてまで挑むとは。オレか? テーレか? アスラトルか?」
『全部ですわ。〈流星の魔女〉と一万年前の覇王に関連する全て。それを破壊するのがわたくしたちに課せられた――!』
「任務というわけか」
その身を炎で包み込んだクナンが突撃しようとするが、空中から振り下ろされた巨大な腕が地面へ叩きつける。
悶絶する声が法力に乗って響いてくると、ふとミクトルは思う。
「お前たち、ゼミウルギアを攻撃されたときに、痛みを感じるか?」
『はぁ? 感じるわけ、ねぇだろ?』
『機体が揺れてどこかに体をぶつけたら、それは痛いですけど……』
実際、今ぶつけたためにクナンは悶絶した。対して、そうか、とミクトルは嘆息する。
「教えておいてやる。法力を使うゼミウルギアの力を強く引き出すと、その体が法力を通して機体と一体化していく。かつてその機体に乗っていたパイロットも、そうだった」
「何それ?」
テーレも知らないらしい。ミクトルは構わず言葉を続ける。
「ゼミウルギアに流し込んだ法力は自らの体との間で循環する。そこには機体をより高精度に動かそうと、機体それ自体を自分の体と認識する思い込みが働く」
法力は思い込みの力。自分の体以外を自分の体であると思った時、それが傷つけば――。
「ゼミウルギアが受けた攻撃を、自分が受けたかのように思い込む」
より高精度な動きの代償は、パイロット自身へのダメージだった。逆に、ミクトルが〈アスラトル〉の足を掴まれたことに気づいたように、高い知覚能力と反応速度を得ることもできる。
「オレの時代では、エースと呼ばれた者たちの多くはそうだった。引きちぎれる腕の痛みに叫び、期待の足が吹き飛んだら生身も動かず。だが、それでもなお、彼らは戦った」
〈アスラトル〉のブレードが〈タルウィ〉の首に刺さるが、サティは痛みを感じない。
つまり、彼女らが最大限にゼミウルギアの力を発揮できていないと言う事の証左だ。
「これ以上は無駄だ。お前たちとオレでは、法力の次元が違う」
これ以上戦っても、勝つ見込みは一切ない。彼はそう言っているのだ。
「だから、もう動くな」
哀れみすらこもったその言葉に、二人は悪態をつくことすらできない。
『負けるのか。あたしら、また……』
『敵わない。ごめんなさい、みんな……』
目の前までやってきた敗北に、彼女らの心は膝を屈した。それは法力の力を弱め、先ほどまで燃え盛っていた炎が潰え、風は収まっていく。
急激に萎んでいく法力にミクトルも刃を引っ込めた。
「ミクトル、あの人たち、もう戦う気はないのよね」
「だろうな。法力の力が低下している。心が戦えるとはもう思っていないのだ」
二人が自らの意思で襲撃を掛けてきたわけではないと、ミクトルも理解していた。
「よい法術の腕をしている。だが、心の方がそれに追いついていない」
「どういうこと?」
「頭で考えている目的と、心の思っている目的が一致していないのだ。〈流星の魔女〉の壊滅を目指しオレを打倒する、それを奴らが心から望んでいるわけではないのだ」
現代式ならば、動力炉にエネルギーが残っていればいくらでも動き続けられる。
だが、古代式の主動力は中のパイロットだ。パイロットの放つ法力は、戦う意思によってその放出量が左右される。
法力の光を失ったということは、戦意を失ったに等しい。
戦意を維持するための心が、頭で考えていることを否定しているのだろう。
「戦いたくない相手と戦う。傭兵稼業というのも、あまり楽ではないみたいだな」
わざわざゼミウルギアを失った傭兵団にゼミウルギアを提供して戦わせる。
目的があるとしても、真っ当な戦力投入の考え方ではない。
「――とすると、あの二人に攻撃を依頼した奴は……暫定オレたちの敵にとって、星征都市に関して調べることも許せないらしい」
だからわざわざ傭兵にゼミウルギアを提供してまで攻撃してきたのか。他人が言ったらバカバカしいと思えるが、ミクトルが言うとテーレも真実味を感じてしまう。
「このザリチュ・タルウィは、初期型だ。最新型であればもっと高性能であるし、自立飛行も可能な機体だった」
「古代式ゼミウルギアを……その〈ザリチュ・タルウィ〉を使ってまで、どうしてわたしたちを襲ってきたの?」
古代人からも骨董品扱いされるゼミウルギアを使う理由は分からない。だが、それを使ってでもミクトルたちを攻撃しなければならないきっかけについては、想像できた。
「クナン。それにサティ。もうお前たちがオレと戦う必要はない」
ミクトルはゆっくりと、落ち着いた声を二人にかける。
「誰の依頼かとも、どうして戦うのかとも、問うつもりはない」
それを彼女らが口にすれば、傭兵としてのプライドを放棄したことと同意だ。
たとえ無理やり交わされた契約だとしても、依頼主から裏切られない限り従うの流儀だ。やむにやまれぬ事情があるのだとしても、助けを求めさせるのは、より屈辱的だ。
戦いを生業とする者の心は、彼にもよくわかる。
だからその魂を踏み躙る行為は、許せない。
部下を自爆させてまで勝利しようという姑息な手を使う輩を、ミクトルは認めるつもりはなかったのだ。
「自爆のことも機体のことも、やむにやまれぬ事情があるのだろうが、根本は――」
ミクトルのその言葉は、同情でも憐憫でもない。
ただかつての部下の機体を勝手に使われ、自分たちとの因縁に他人を巻き込んだ。そんなことをした奴が許せないのだ。
「――どうせ、アレのせいだろう」
左手に持った円形の盾を、近くの岩場の裏に向けて投げつけた。
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