第六章 《古の怪物》-5

〈アスラトル〉は、左手に持った円形の盾を、近くの岩場の裏に向けて投げつける。鋭いカーブを描いて飛んでいく円盤が、岩の裏に到達する。


 ――ガシンッ!


 土に刺さった音ではない。薄い板を両側から挟むようにして受け止めたときの音だ。


「法力反応を隠匿し、光学迷彩を纏っても隠せないものが一つある。知っているか?」


 盾を投げた方向に首だけを動かして、赤い光を宿した眼を向ける。


『……へぇ、知らないな。何だよ、教えてくれるのか?』

「下郎の放つ邪視は、二度も見逃しはしない」


 岩の影から、空中に浮かんだ盾が移動してくる。

 その盾の周りの景色が少しずつ歪み、あの灰色のマント状装甲を出現させる。投げつけた盾は触腕に挟まれており、機体の全体像が見えたあたりで捨てられる。


「やはりお前か。この双子が攻撃してきたのも、お前の差し金だな」


 誰が〈ザリチュ・タルウィ〉を彼女らに提供したのか確信を持つと、右手の刃の切っ先を出現した敵機へ向ける。同時に全身から溢れる法力をさらに高める。


「なんか、あの形、イカとかタコみたいよね……」

「オレはどちらかと言うと、クラゲに見えるな」


 マント状装甲から伸びる数本の触腕。確かに揺蕩うクラゲのように見えなくもない。


「よく見ろ。あの顔、単眼に見覚えはないか?」


 静かに、ミクトルが呟いた。


「え……あ! そうだ、その時だ。空から降ってくるあのゼミウルギア!」


 テーレも、彼の一言で思い出す。

〈アスラトル〉と接続したとき、夢の中で見た空を飛ぶミクトル。彼を襲った、天空から襲来した大量のゼミウルギアの軍勢。その頭部に似ていた。


「でもなんで、あのゼミウルギアたちと同じ顔が――」

「同一規格だろう……少し思い出した。オレを攻撃してきた奴らと同じ気配だ」


 静かに、低い声がミクトルの口から洩れる。それに答えたのは、テーレではなかった。


『……思い出した、か。一万年間の冷凍睡眠の弊害、案外出ているみたいだな』


 触腕をうねらせながら、〈アスラトル〉をその単眼が睨む。

 ミクトルも機体越しに敵を睨む。


「そろそろ名乗ったらどうだ。他人任せではなく、自分で正面から戦ってみろ」

『悪いが、こちらはあんたほど直情型のケダモノではない。だが、ビビっていると思われるのもそれはそれでシャクだ』


 敵のゼミウルギアの胸部が、パシュゥ、と音を立てて開かれる。

 敵の目の前で堂々と生身をさらすというのはずいぶん度胸があるが、それだけ法力に自信があるということだろう。

 その行動に、ふむとミクトルは肯いた。古き時代の決闘の流儀を思い出したのだ。


 同時に、相手のゼミウルギアのマント状装甲に亀裂が走る。

 割れているのではない。機体前方にある接合部を解除し、鳥の羽のように展開しようとしているのだ。分裂した装甲板は肩の上を回って背中に移動し、両腕の動きを阻害しない状態となった。

 装甲板の中には、テーレの胸を貫いた触腕はもちろん、ゼミウルギアを攻撃するための強靭な爪を備えた剛腕もある。

 まるで大量の蛇を首や肩から生やしたようなその機体は、人類が持つ本能的な恐怖を刺激するようだった。テーレ、クナン、サティの顔が青ざめる。

 頭部の単眼が、鈍い黒色の輝きを放つ。

 相手の行動に応えるように、ミクトルも堂々と立って構える。

 敵は自らのマントを放り捨てると、そこには華やかな緑色の服が見えた。


 顔は仮面のようなもので目元がおおわれているためよくわからない。だが腰には曲刀を佩き、どこか騎士や貴族のような優雅な雰囲気を醸し出していた。


「あの服、たしか……」


 テーレが男の格好に何か気になる点があったらしいが、ミクトルはそれよりも相手のゼミウルギアの方に意識を集中する。

 覇王と、神官染みた姿の男が、決闘の視線を交わす。


「我が名はミクトル=シバルバ、偽神の民の救済者。覇王なり!」

「我が名はムグル……星を征する者たちの使者、水の邪神なり!」


 相手の機体は全身の魔怪晶から青い光を放つ。触腕の先端部分が展開、機銃のような攻撃装置を出現させる。

 それが、この灰色の古代式ゼミウルギアの戦闘形態。

 今までのような光学迷彩や法力隠匿機関を用いた隠密形態ではなく、同じ古代式ゼミウルギアを倒すための姿だ。


「……愛機ヴィアートゥを持って〈流星の魔女〉を地に墜とす!」


 両腕に生えた巨大な一本爪。先ほどまでマントのようだった装甲板は翼となる。法力が高まっていくと、単眼の下に小さな亀裂を作り出す。

 それは人間でいうなら耳のあたりにまで広がっていき、バキンッ! と音を立てて開いていく。同時に、ムグルは〈ヴィアートゥ〉の中へと乗り込んだ。


『……ゴォォォォォォッッ――――!!』


 獣――と言う例えでは弱すぎる。〈ヴィアートゥ〉は誰がどう聞いても化け物としか形容しえない咆哮を、ミクトル、そして〈アスラトル〉へと向けた。

 対して、彼は微動だにしない。


「ムグル……だったな。オレが冷凍睡眠でこの時代まで眠っていたことはどういうわけか知っていて、あまつさえ〈流星の魔女〉にまで関わりがある。なんなんだ、お前らは」


 ぐぅ、と喉を鳴らすテーレ。

 貫かれた胸の傷がうずくのか、のどの下あたりの服をぐっと握りしめる。

 ムグルの声は、ゼミウルギアの拡声機能を使わずともよく響いた。


『わしらは、約五千年前に者たちの末裔だ。その目的は、ある裏切り者たちの始末。奴らが、二度とあの場所に辿り着かせないために……』


 苛立たし気に告げるムグルに、テーレの声が反論する。


「五千年前って、なんのことよ! 何の恨みがあって、こんなことを――」

『黙れ、魔女の末裔が! 恨み? そんな浅いもので戦っちゃいないんだよ!』


 声に法力が乗る。びりびりと大気を震わせ押し潰す圧力、恐怖という感情がテーレの口を閉ざす。命を奪われかけたという前例が、彼女に恐怖を呼び起こさせる。

 息を止め、震える彼女の肩を、後部座席から伸ばされた手が触れた。


「み、ミクトル……」


 振り向いて彼の顔を見ると、テーレは開きかけた口を閉じて、前を向く。

 ミクトルの顔に一切の恐れはなく、心情に後退もなく、ともに席に着くテーレもまた、その身を震わしながらも逃げの姿勢を見せることはない。


「あなたは、わたしの家族に――〈流星の魔女〉の壊滅に、関わりがあるの?」

『天を目指した古き者たちを地に墜とす使命は、前任者より引き継いだものだ。また魔女が天にその指を掛けようというのなら、蹴り落とすだけだ』


 どうやら、テーレの過去に彼は間接的に関わっているらしい。先ほどとは違う意味で震えを起こす彼女に代わり、ミクトルが口を開く。


「ならば、その詳しい説明をしてもらおうか。洗いざらい、お前の言う天とやらについてもだ!」

『専用機とは言え初期型で、粋がるな。玄装の覇王!』


 青色の粒子を身に纏いながら、〈ヴィアートゥ〉の機体がわずかに浮き上がる。


『この瀑神ばくしんの力を持って、古き覇王を討つ!!』


 その言葉を、彼は鼻で笑う。


「オレたちを討ちたくば、邪神ではなく勇者の一人でも連れてくるがいい!」


 ミクトルは、この時を待ちわびていた。

 彼が、この一万年後の世界で初めて出会えた友人を傷つけた、不届き者を殴り倒せる、この瞬間を。

 相手が怪物だろうと、負けるつもりはない。









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