第七章 《玄装の覇王 対 灰色の瀑神》-1
ムグルの駆る〈ヴィアートゥ〉は半ば浮き上がった状態から高い跳躍力を発揮した。
〈ヴィアートゥ〉の背部で翼化した装甲板には滑空能力があるらしく、空中に留まったところから触腕による攻撃が降り注ぐ。
四本の触腕、その先端には鋭い刃。人間の肉身はおろか、ゼミウルギアの装甲ですら貫けるだろう。
「あの触腕、オレの法力阻害の術式が刻まれているな」
しかも、ミクトルの防御に対して有利な攻撃能力を持つものだった。
「そんな悠長なこと言っていないで避けないと!」
防御不可能――のはずの触腕を、いともたやすく、ミクトルの〈アスラトル〉から生成された盾が受け止める。
「あれ……?」
『なんだ、法術の阻害効果が機能していない? どういうことだ!?』
驚愕するムグルに、ミクトルは余裕たっぷりに答える。
「当然だ。相手がこちらの法術を阻害するのなら、疎外されない強度で生成すればいい。たとえ多少法力の消費量が増えようと、些細な違いにすぎん」
早速法術対策の対策を披露してみせるミクトルに、ムグルは喉を鳴らす。
面白い、そう思って笑ったのだ。まして、彼の攻撃手段もこれだけではない。
大地を蹴り砕くほどの勢いで、〈アスラトル〉は跳び上がる。
上空を浮遊しながら攻撃する〈ヴィアートゥ〉は、跳躍する〈アスラトル〉の動きに瞬時に反応した。突き出される刃を鉤爪で受け止め、大量の触腕を束ねて拳に変える。
振り下ろされる鉄拳を、空中に出現させた足場代わりの盾を蹴って回避。
「いいか、テーレ。古代における戦いで、重要なのは法力による武装精製だ。機体の内に組み込まれた術式をなぞることでアスラトルなら剣と拳と盾、奴の場合は鉤爪と触腕を展開する」
「その授業、いま必要なことなの!?」
「これからお前がアスラトルを動かすかもしれないんだ。知っておいて損はない」
〈アスラトル〉は跳躍した方向に出現させた盾を再度蹴り、二度目の突撃を仕掛ける。
今度は剣ではなく、左手の盾で突っ込んだ。
『イノシシのような攻撃だな!』
束ねられた触腕で迎撃する〈ヴィアートゥ〉。しかし、悪態とは逆に力負けすると、その体は地面に向けて押し出された。二体は揃って着地する。
地面との激突でも勢いは止まらず、そのまま装甲板の翼が地面と接触し倒れる。
馬乗りになった〈アスラトル〉の拳が振り上げられたとき、左右から触腕が伸びる。風に舞い上がる木葉のように跳躍し、触腕から逃れ〈ヴィアートゥ〉との距離を取る。
そんな状況でも、ミクトルは言葉を止めない。
「法力は心臓の上のあたりで生成される。つまり法力は体内では血流に乗って流れる。全身に意識を集中し、全細胞に法力を伝達させれば最大効率で力を発揮できる」
「ちょ、ちょっと、一気に喋らないでぇ!」
しかし、高速で動き回る戦いの中では、テーレも半分くらいしか聴き取れない。
距離を取り、一旦呼吸を落ち着ける。ミクトルはともかく、テーレには必要だった。
マント状だった装甲は機動力を上げるための翼だ。再び浮き上がり、死角となりやすい空中から攻撃を仕掛けてくる。
『穿て、邪神の
水属性の法術、圧力をかけた水を触腕の先端から鋭く放出することで、鋼を超える刃を作り出す。
紙のように薄く、それでいて不定形の刃は触腕の動きに合わせて縦横無尽に振り回される。〈アスラトル〉の展開する盾も生半可なものでは切り裂かれる。
掌を掲げて作り出した鋼の盾は貫かれ、肩口を水流が掠めた。
「瀑神……なるほど、水属性法術を得意とするらしいな」
「分析するのはいいけど、簡単に貫かれてたのよ、大丈夫なの!?」
「問題ない。どれくらい弱くていいのか試しただけだ。ついでに、法力について教えよう」
全身を包み込むような結果以上の盾を作り出し、飛んでくる攻撃全てを弾く。
『防御力は圧倒的か。だが所詮は地上戦用。そちらからは攻撃できない!』
ムグルの〈ヴィアートゥ〉はふわりと浮かび上がる。完全なる自立型飛行システム、現在の〈アスラトル〉には搭載されていない機能だ。
ほぼ一方的な攻撃でも、ミクトルが慌てた様子はない。
だが、前方座席から絹を裂くような声が聞こえる。
「――ッ! ミクトル!」
相棒からの声に合わせて、ミクトルは上空から降り注ぐ連続攻撃を、傘のように広く展開した盾で受け止める。
〈アスラトル〉の近くにはまだ〈ザリチュ〉と〈タルウィ〉が残っているが、そんなものお構いなしといわんばかりの攻撃だった。
大きな盾は〈双子〉の二人を助ける形となり、攻撃を耐え忍ぶ。
テーレがミクトルの名を叫んだのは、このためだったのだ。
「あなたたち、二人とも無事!?」
攻撃に晒される中で、テーレが最初に確かめたのは自分の乗る機体の状況ではなく、隣で転がるゼミウルギアのパイロットの安否だった。
『……なんで、あたしらまで庇うんだよ』
『わたくしたちは、あなたがたを攻撃したのですよ?』
〈ザリチュ〉も〈タルウィ〉は動けそうにないようだ。魔怪晶に輝きがなく、法力の反応もミクトルは感じられない。二人の戦意は完全に喪失していた。
最強の一撃を完璧に防がれ、法力の差も見せつけられた。もう勝てないと思えば、動くこともできなくなる。それがゼミウルギアというものの、最大の欠点だった。
しかし、逃げる気力も失いほどに心が折れるというのは、ミクトルでもあまり見たことがない。そんな彼女らを助けろと、あの一瞬でテーレは言外にミクトルへ願った。
だから、彼もそれに答えたのだが……
「完全に見捨てられたな、お前たち。もうあいつに従う義理はないが、どうする?」
機体を手に入れた経緯も、部下への自爆攻撃の強要などで脅迫なり取引があったことも分かる。だがその詳細は不明だ。
彼の問いかけに、完全に自分たちを見捨てた依頼人に義理もなくなかったからか、二人は重い口を開く。
『……部下が、あの野郎の法術で首を握られている』
『指一本で仲間たち何十人が、人質となりました。与えられたこの古代式ゼミウルギアであなた方を倒せば、開放するという交換条件で』
つまり、体のいい捨て駒というわけだ。
〈アスラトル〉は覇循軍にとって最初期の機体だ。
〈ザリチュ・タルウィ〉はその見た目通り複雑な一点もので、世代は一つ上にあたる。
そんなものを用意してまで、〈アスラトル〉の破壊を行わせようとした。もしくは少しでも疲労させようとしたのか。
「ではこの数日のことは全て、奴が仕掛けてきたというわけか」
『全部ではないさ。古代式の腕を売って来たのはあいつだけど、あんたを攻撃するのを決定したのはあたしらさ』
『二度も戦うことになるとは、思いませんでしたけどね』
そう言って、彼女らは自らの行いを
途中までは、彼女らも一攫千金を求めてミクトルに挑んできた。古代式ゼミウルギアの確保は、法力を持つ彼女らにとっては夢のような話なのだ。
けれど、途中から風向きが変わった。
あのムグルと名乗った男の目的に動かされ、無謀な戦いにも挑まされた。自爆を強要される部下たちの救助もできず、こうしてミクトルに敗北し、地面に転がっている。
『テメェに勝ったところで、誰も助かる保証はないのにな』
自嘲気味に笑うサティの言葉に、ミクトルは返答を持ちえなかった。
彼女らが諦めるのなら、別にそれは構わない。彼にとっては一万年前の友人たちが乗っていた機体を返してもらえればいいだけの話だ。
周りに集まってきたゼミウルギア……おそらくその全てが、爆弾を積み込んだ状態でクナンとサティの部下に操縦させているのだろう。
「ひどい裏切り方だったようだな。決闘の流儀を知っているのなら、さぞや高尚な法術しかと思っていたが、オレの勘違いらしい」
『裏切り? 勘違いするな。わしらは、星を征する者たちの使者だ。そこに転がっている奴らもゼミウルギアに乗っている者たちも、現地調達した消耗品だ』
一切の躊躇や戸惑いを感じさせない声色は、本気で彼らを捨て駒と思っているから出てくるものだ。あまりにも残酷すぎる感性が、〈双子〉の傭兵たちを死に追いやる。
「犠牲が出ることを前提で戦うことと、犠牲を出す戦いをすることは全く違うぞ」
『犠牲? 少し高価な爆弾と言うだけで、使用に躊躇する理由はない』
これは、ムグルが自らを邪神と名乗ったから、人間とは感性が違うのだろうかとテーレは思う。偽神と呼ばれたミクトルが、人間と変わらない心を持っている。女神の生まれ変わりであるアナイは人間以上に強い母性を持った女性だったのではないか。
けれど、目の前にいる男は、彼らとは違う。冷徹、そんな言葉すら生ぬるいほど。
「あまり好きではないな。そういう考えは」
足元の映像をフォーカスすれば、傷だらけでゼミウルギアから這い出す姿が映る。
〈アスラトル〉は両腕を左右に広げ、法力の盾を作り出す。
周りのゼミウルギアに対して緑と紫の二重虹彩の輝きを強めたミクトルは、ムグルの〈ヴィアートゥ〉から伸びる法力の糸を見た。それは現代式ゼミウルギア〈センティ〉たちに繋がり、内部のパイロットに何か影響を及ぼしている。
「服従のさせ方が、なんとも外道なやり方だな」
『なんとでも。わしが勝つためなら、必要なことだ』
〈センティ〉を使った自爆特攻。それを囮とした触腕による攻撃、まともに爆発を受ければ乗っているパイロットを含めて危険極まりない。
盾で押し留め、蹴り飛ばすことで距離を開く。取り付かなければ爆発しようとしないらしく、距離を保っている分には問題ない。
「ミクトル……彼らを、助けられないのかな……」
そんな言葉が、突然聞こえて来た。
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