第七章 《玄装の覇王 対 灰色の瀑神》-2

「ミクトル……彼らを、助けられないのかな……」


「むっ?」


 だが、突然前の座席から聞こえた言葉に、動きが止まる。生まれた隙を見逃さないと言わんばかりに、豪快にスライディングしてきた機体が左足を掴む。


「触れるなっ!」


 とっさに腕を踏みつぶし、捻った腰から裏拳を繰り出して弾き飛ばす。爆発はせず、地面をゴロゴロと転がった後、緩慢な動きで立ち上がる。


「テーレ、急に何を……?」


 ただ、ミクトルはそちらを見ず、テーレに意識を向ける。


「だって、酷いよ……。少なくとも、あの人たちは敵だけど。でも〈双子〉の団長を信じてついて来ていただけでしょう! それを、こんなふうに、利用するなんて……」


 一度はギルドが壊滅したために、仲間の大切さ、助けてくれるものの尊さと言うもの、彼女は知っている。それを簡単に踏みにじるムグルの姿は、酷く悪質に見えるのだ。

 だからこそ、捨て駒にされた者たちを、見捨てておけないと思った。


『防御だけでは、一生勝てないぞ!』


 防御に集中されては自爆も意味を成さないと思い、ムグルは挑発を仕掛けてくる。

 彼の駆る〈ヴィアートゥ〉の背部で翼化した装甲板には滑空能力がある。つまり空中に留まったところから攻撃し放題なのだ。

 軽快なステップで躱すが、その間を縫って〈センティ〉たちは迫ってくる。


「あなたたち、やめなさい! あんな奴のいいように使われないで!」


 テーレの呼びかけに、答える者はいない。

 法力の糸がその首を抑え、思考を支配し、抗うことすら許されない。奴隷よりも残酷な枷をつけられた彼らに、逃げる術はなかった。


「許さないから!わたしのものを壊して、新しい基地にまで攻め込んできて、それでここでよくわからないゼミウルギアに一方的にやられるなんて、わたしは許さないから!」


 その叫びこそ、彼女の心からの望み。


「あなたたちのリーダーを巻き込むようなやり方に、屈しないで!」


 テーレは呼びかけるが、〈センティ〉から帰ってくるのは無機質な視線と、しがみつき爆発しようという意思だけ。


『もう、いいんだ……』


 拡声器に乗ったのは、サティの声だ。悔しさに震える彼女に続き、クナンが言う。


『私たちは傭兵です。死ぬ覚悟くらい――』


 ――できている。そう続けようとしただろう。ミクトルだけだったら、クナンとサティの言葉に従い、彼女らの部下に引導を渡したことだろう。


 しかし、相棒はそうではなかった。


「なに、諦めてるのよ!」


 テーレの声に二人は、わっ! と驚き、怯えるような声が聞こえる。


「あなたたち、二人そろって傭兵団の団長でしょう! 団員が危険な状態なのに、なに見捨てるのよ! 自分を信じて付いてきた相手に、失礼だと思わないの!?」


 急に飛んできた怒号に、クナンもサティも何を急に言い出すのかと理解できていない様子だった。だから歯の間から漏れる曖昧な音で返事をするしかなかった。


「わたしのものを壊して、新しい基地にまで攻め込んできて、それでここでよくわからないゼミウルギアに一方的にやられて、その上こんな後味悪い戦いをさせられるなんて、わたしは許さないから! 必ず、今回の被害総額を計算して全部請求するから!」


 彼女の言葉と同時に、体表に輝く揺らぎが、ミクトルには見えた。

 テーレの体内に、今までになったものが生成されつつあったのだ。

 アスラトルへの登録と心臓の再生は、彼女の体に大量の法力を注入した。

 その結果、体内で法力に対する適応が始まり、心臓の再生とともに法力器官が発生するのは、予想できていた。

 だが、ここまで速いとは、彼も予想できていなかった。


「心のなせる御業ということか」


 それまで存在しなかった臓器が、後天的に生成されるという奇怪な珍事だ。

 他人の体の内ということもあり、ミクトルはもちろん、テーレ本人ですら、法力器官がすでに出来上がっていたことに気づいていなかった。

 彼女は自らの法力器官から法力を放出。ミクトルが持つ法力には遠く及ばない量ではある。だが、それがここに来て溢れ出した。

 彼女は自らの法力器官から法力を放出。ミクトルが持つ法力には遠く及ばない量ではある。だが、それがここに来て溢れ出した。

 テーレの思いに呼応して。まだゼミウルギアと一つになれるほどではなくとも。

 ゆえに、彼は問いかける。


「テーレ、お前はあの二人を……〈熱と渇きの双子〉の者たちを助けたいのか?」

「……うん。確かに迷惑かけられたけど、だから見捨てるっていうのは、違うから」


 力強い断言とともに、法力が〈アスラトル〉の中を循環する。彼女の持つ、彼女らを助けたいという願いが、現実を変え始める。

 ゼミウルギアに、誰かを守る力を創造させる。


「ごめんね。わたしだけわがまま言っちゃって――」

「何をいう」


 全身の魔怪晶から黄金の光を放出させながら、〈アスラトル〉の赤い双眸は上空の敵を睨みつける。グッ、としゃがんだ巨体が、一瞬静止。


「願うがいい。お前とともに此処にいるのは、お前の相棒だ」


 間近に迫る〈センティ〉の巨体に、〈アスラトル〉が突っ込んでいく。跳びかかってきたきた所をスライディングで回避すると、右腕の刃で両足を切り落とす。


『脚部だけを破壊した? まさか、わざわざそいつらを助けるために!?』


 ミクトルは、テーレの望みを承諾した。だから、彼らを助けるのだ。


「我が相棒からの頼みだ。拝み平伏し恩恵を享受しろ」

「あなたたちがどういう金銭状況かは知らないけど、一つ言っておくわね!」


〈アスラトル〉がミクトルの操作ではなく、テーレの意志によって動く。後方のクナンとサティに右手の指を突きつけて、高らかに宣言する。


「わたしのゼミウルギアの修理代払うまで、絶対許さないから!」


 それまで、彼女らも、その部下も、誰も死なせるわけにはいかなかった。

 周囲を睥睨したミクトルが、彼女の言葉に付けたした。


「先ほど自爆した奴もまだ生きている。古代式のように痛みを感じる仕様ではなくてよかったな。でなければ、全身ズタズタに引き裂かれていたことだろう」


 クックック、と喉を鳴らすが、本人たちには笑い事ではない。


「それで? 自爆させるだけで手札切れか?」

『ちっ、調子に乗るな。古代の遺物め……』

「――どうして!?」


 憤慨するムグルに対し、テーレは溜まっていた疑問を吐き出す。


「どうして、あんなひどいことを。彼らはあなたの仲間――」

『どうして? お前の先祖のせいで、どれだけ問題が生じたことか。お前も含めて全員抹殺してもよかったのに、それを見逃してやってたのにどうしてなどと聞くか!!』


 怒りをぶちまけるムグルの様子に、テーレは驚きながら出かけた言葉を引っ込める。鬼気迫る様子のお手本といっていい状態だ。

 だが、今――なんと言った。


「どういう、意味?」

「見逃した、だと?」


 ムグルの勢い任せの言葉は、嘘を言おうとか、騙してやろうという気概はなく、ただ激情任せの言葉をぶちまけたようだった。

 つまり、隠し事の余地を挟まない、本音――真実だ。


「何をしたのだ。お前たち……テーレのギルドに、何をした」


 ミクトルの問いかけに、ムグルは鼻で笑いながら答える。


『わしは何も。ただ先輩方が、少々遊んだだけさ』


 二人からの問いかけに頭が冷えたのか、ムグルは単調に、短く答えた。

 それに対し、テーレの心は震える。怒りか、恐怖か、もしくは双方か。

 腹の奥底を鷲掴みにされたような痛みが走り、心臓が早鐘のように打つ。

 ムグルの仲間がミクトルと戦っていた相手だというのは端々の言葉からわかる。

 だが、〈流星の魔女〉の壊滅に関わっていたのだと、テーレの家族を傷つけたのだと明言されると、その心情は穏やかではいられなかった。


『星征都市を目指そうという不届き者たちだった。先達には、いい実戦訓練の的となってくれたそうだな!』


 テーレの呼吸が速まり、〈アスラトル〉の操縦桿を握る腕に力が入る。


 ……わたしの家族は、遊びで、訓練紛いに傷つけられたの?


 彼女の体表に、法力の揺らぎが強く表れる。


「落ち着くんだ、テーレ」

「なんで……なんでわたしの家族を!?」


 本来〈アスラトル〉をはじめとする古代式ゼミウルギアは、福座式の場合は前側が操縦を担当する。それを先ほどまでは、後部座席のミクトルが動かしていた。

 だが、テーレが前側に乗っている以上、操縦の優先権はそちらにある。クナンたちに指を突きつける動作をしたように、彼女の意思さえあればいつでも移る。

 突如、〈アスラトル〉は全身の魔怪晶から青紫の法力を放出しながら、荒々しい動きで飛び上がる。その腕に、法力で作り出した巨大な手が重なった。


『急に、動きが――変わった!?』

「待て、テーレッ!」


 ゼミウルギアを鷲掴みにできるほどの手を、〈ヴィアートゥ〉へと伸ばす。

 一瞬動きの急激な変化に驚きはしたが、ムグルは巧みに後退してすぐに対応する。


「なんで、わたしの家族が、あなたたちに何を!?」

『なんだろうな。星征都市を目指した、愚かな所業の報いだろうかな』


 強靭かつ巨大な腕も、〈ヴィアートゥ〉の触腕は逆に絡めとり、機体を捻って投げ飛ばす。受け身を取って着地し、地面を削りながら停止する〈アスラトル〉に向けて飛び上がった〈ヴィアートゥ〉は空中から触腕を向ける。

 触腕の乱打を巨大な腕を盾代わりにして受け止めるものの、反撃する隙が無い。


「おじいちゃんたちは、愚かなんかじゃない! ただ、故郷を見たかっただけなのよ!」

『地を這う蛇が空を飛ぶことを夢見たのだ。相応の報いだろうさ』


 泣き叫ぶようなテーレの言葉に、ムグルは冷徹な言葉を返す。それが彼女の神経を逆撫でにする。

 星征都市を目指したことがきっかけで襲われたのだとは予想できていた。だからと言って、その実行犯の仲間が目の前にいて心中穏やかでいられるわけはない。

 彼女とて、発掘師として独立するためにはゼミウルギアの戦い方を知っている。たとえ古代式とはいえ、ゼミウルギアであることに変わりはないのだ。

 何より、動かし方は先ほど教えてもらったばかりでもある。


「ふざけないでぇっ!」


 怒りが〈アスラトル〉の拳を輝かせる。

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