第七章 《玄装の覇王 対 灰色の瀑神》-3
「ふざけないでぇっ!」
ムグルの身勝手な物言いに、テーレの怒りが〈アスラトル〉の拳を輝かせる。強烈な裏拳が触腕を殴り払うと、敵を握り砕こうと腕が伸びる。その指が、放出される水流に切断される。
さらに右腕の一部も斬りつけられ、装甲板がきれいに切断された。切り裂かれた衝撃で、後退した〈アスラトル〉の巨体はたたらを踏んで地面に倒れる。
『かつて星征都市より永久に追放された一族があった』
空中に浮遊し、太陽を遮る〈ヴィアートゥ〉からムグルは静かに告げる。
『その一族は、あろうことか星征都市の秘宝を奪い、地上へと降り立った。我らはそれを追い、長年の探索の末その末裔である〈流星の魔女〉を見つけ、殲滅した』
それこそが、〈流星の魔女〉壊滅の理由だった。
『覇王と勇者のいなくなった時代に、今一度星を征するときに、お前の祖先は裏切ったのだ! そのせいで、わしらは都市に帰ることすら許されない!』
「大方、秘宝とやらは取り戻せなかったから帰るに帰れないだけだろう」
ムグルの言葉に、ミクトルが口を挟む。唸り声だけで、否定の言葉が返ってこない。だからミクトルが言ったことは事実なのだと、その場にいる者たちは理解する。
「その追放とやらは、一体いつの話だ?」
『この星の時間で、五千年ほど前だ。それでも、自分たちの故郷であるとして卑しく帰ろうとする。我ら〝星征都市〟の民に、近づくことすら苛立たしい!!』
星征都市――その単語に、テーレは眼を見開いた。
……ムグルは、同じ故郷の仲間だったの?
テーレの疑問の浮かんだ顔は、次第に怒りに歪んでいく。
星征都市の者たちと、〈流星の魔女〉の間に何らかのトラブルがあったことは間違いない。奪い取った秘宝とやらがどんなもので、原因かどうかもわからないが、少なくともテーレは何も知らない。
何千年も前のことで、今全く関係ないはずの二人が争っている。
はぁ、と小さく嘆息するミクトルだが、その音はテーレにはきっと届いていない。
『地に這う者たちよ。この瀑神の力で、絶望の底に沈め!』
「よくも……よくもみんなを…………ッ!!」
もう一度拳を作り出し、強く握り込む。
「……テーレ」
彼女の名を、ミクトルは呼ぶ。
その瞬間、彼は供給していた法力を止める。操縦桿からも手を離し、〈アスラトル〉の一切の運動が停止する。
ガクンッ! と揺れて立ち往生する〈アスラトル〉の内部では、テーレは突然のことに驚き、左右を見たり操縦桿を動かしたりと、いろいろ試してみる。
テーレからも法力は供給されているが、彼女の供給量ではこの機体をまともに動かすことはできなかった。自分の後ろが原因だと気づくのに、そう時間はかからない。
座席から立ち上がったテーレが、後ろで腕を組み、眼を閉じたミクトルを捉えた。
「ミクトル、なんで!?」
「前に聞いたな。お前が星征都市を目指すのは、何のためか」
その言葉に、テーレは胸元に伸ばしかけた手を止める。
「やはり、復讐のためだったのか?」
その問いかけに、以前ミクトルに向って言った言葉が、彼女の脳裏に蘇る。
〝それは違う! 発掘師は誇りある仕事よ。発掘師は、古代に埋もれた文明を呼び覚まし、人々の生活を発展させ、人のためになる仕事よ〟
〝復讐なんて誰の未来のために貢献できないことに囚われていたら、過去の偉人たちが残してくれた遺物を扱う資格なんてない! 〟
〝わたしは、おじいちゃんやみんなの残した思いを、成し遂げたい〟
心から訴えた眼を、ミクトルは覚えている。
心から叫んだことを、テーレは覚えている。
あの時は復讐相手が――皆の仇が目の前に現れるとは露ほども思っていなかったのだ。だが、今こうして目の前に現れてしまった。
それでもなお、あの言葉を忘れてはいない。自分の言った言葉だ。そこには責任がある。なにより自分の中で、曲げてはいけない信念がある。
「復讐をやめろ、などとは言わん。だがな、そのためにこの力を使うことは許さん」
穏やかにミクトルはそう言った。
周囲に結界を張って停止した〈アスラトル〉に対し、〈ヴィアートゥ〉は観察するように距離を取る。急に行動を止めたことを不審に思ったのだろうが、別に罠というわけではない。ただ本当に、指一本動かせないだけなのだ。
「復讐が虚しいとは言わん。間違っているはずもない。だが己の定めた方向を見失うくらいなら、復讐などという無駄な労力を諦める方が、よっぽど未来のためになる」
外の状況とは対象に、とても穏やかにミクトルはそう言った。
「お前の発掘は、誰かの未来のためなのだろう?」
ミクトルの問いかけに、テーレは答えない。
空を彷徨う手は震えながら下され、言葉の出てこない口は中途半端に開かれている。
「もう一度言うぞ」
俯いたその頬に手を添える。
「願うがいい。お前とともに此処にいるのは、お前の相棒だ」
見捨てられた者たちを救いたいと願った時と同じ言葉を、彼は口にする。
黒い瞳に涙を浮かべたテーレは、頬に触れる彼の手に、自分の手を重ねた。
ぐっ、と掴み、半開きだった口をしっかり開けて、震える声で答えた。
「わたしは、あいつを許せない」
「そうだろうな」
「けど、そんなことで苛立って、おじいちゃんの教えとか、兄さんたちの優しさも、あなたの言葉さえ、全部忘れそうになる自分が、一番許せない……」
彼女をつくってきたのは、偉大な祖父をはじめとした、家族の生き様だ。そして幼い彼女を守り育てた、フェリンとアナイの存在がある。
その中に、ミクトルとの出会いが、短い間ながらに含まれていた。
彼女の夢を叶えるための一歩を踏み出そうとしたこの数日が、彼女の中に大切な思い出として、そしてこれから先の未来へ進むための糧になっているのだ。
「あんな奴に、何のために星征都市へ向かうことを邪魔するのかもよくわかってないような奴に――邪魔される筋合いはない!!」
「……その通りだ!」
歓喜とともに、彼は肯定する。
「テーレ、オレとともに行くなら、忘れぬことだ」
「え、は、はい!?」
突然の真剣な言葉に、ついテーレの体が硬直する。
「オレは、一万年前の覇王だ」
「そ、それは、わかって、ます……」
頭の上に疑問符を浮かべながら首を縦に振る。一体何が言いたいのか、と思いながら。
「一万年前のあの戦いでは、数多の神、天才、鬼才、英雄、賢者が戦った。だがな――」
誇り高く、彼は静かに告げた。
「誰も覇王を超えることはできなかった!」
〈アスラトル〉の前側コクピットという特等席から見えるミクトルの姿に、テーレはフェリンから言われた言葉を思い出す。
〝僕はずっと彼に勝つことが目標だった。だって……〟
〝彼は神をも超えて、覇王と呼ばれた――〟
〝――最強の称号を、持つものだったから〟
「覇王とは、常に己が道を自ら切り開くものだった」
そういうと、彼女の零れかけた涙を指で拭い、その手を操縦桿へと戻す。
同時に、機体に大量の法力を充填する。同じく、テーレも自ら操縦桿を握り、ありったけの法力を循環させた。
「しからば行くぞ。邪魔者を蹴り飛ばし、星征都市へと続く手掛かりを見つけるのだ!!」
「……わかった。あいつを倒して、行こう!」
復讐したいから、倒すのではない。
道を遮る大岩があれば、砕くなり、どかすなり、迂回するだろう。それと同じだ。今立ちはだかる敵はただの壁だ。こちらを躓かせようとする路傍の石だ。
ならば排除してしかるべき。
『防御ばかりでは勝つことはできないぞ、一万年前の遺物め』
一向に動こうとしない〈アスラトル〉へ挑発をかけるムグルに、ミクトルは答える。
「もう少しいい挑発の文句を考えてこい。心に響かん」
『お前が復活したことで、こちらは余計な出費や、無駄な処理が多くなったんだ。詫びてから消えろ』
「ふむ、わかりやすい文句だな」
ミクトルは結界を解除、空中に浮遊する〈ヴィアートゥ〉と相対する。
「自分の計算外をオレに押し付けないで貰おうか。お前が何を計画しているのかは知らんが、オレ一人の復活で崩れ去る程度の脆い計画なら、立案からやり直せ」
『〈流星の魔女〉の生き残りと接触するとは、思っていなかったからな!』
触腕が機体の前方に法力を溜め込むと、巨大な水の球体が出来上がる。それは水の塊ではあるが、古代式ゼミウルギアでも破壊するだけの威力がある。
「ふむ、つまりお前はまだ、作戦を考えるような立場にない、下っ端というわけか」
とたんに、ムグルから放たれる法力が、禍々しいものへと変化する。強烈な怒り、妬みを伴い始めた。
『〈流星の魔女〉の旅路はここで潰える。何一つ、遺すことなく!』
「やってみるがいい。だがお前の目の前にいるのは、そのギルドの新団長だ」
「ちょっと、団長の座を渡した覚えないんだけど!」
テーレの叫びを遮る一撃が、問答無用で放たれる。
『山を割る
怒号を伴い、機体の左右に無数に現れる水の塊。
それこそ街一つを蹂躙してしまいそうなほどの威力と数を持つ鉄砲水――ならぬ大砲水。強固な都市の城壁も打ち砕く勢いを、ゼミウルギア一体に向けて集中する。
現代式ゼミウルギアであれば、確実に押し潰されるだろう。
だが、ここにいるのは古代式ゼミウルギア。不可能を可能に、絶望を希望へと変えるための、最終決戦兵器だ。
『砕けろ、星に仇なす覇王よ!』
ムグルの叫びに、ミクトルは冷静に答えた。
「そもそも、オレが覇王と呼ばれたのは、神選軍に反逆した者たちのトップがオレだったからだ。別に世界を滅ぼしたいとは思っていない」
周囲一帯を水の砲弾が破壊して回り、無差別攻撃に大地が割れる。その中心で――
「覇王と呼ばれ、皆に頼られたことは、オレの誇りだ。オレの盾が誰かを守れることこそが、覇王と呼ばれる意味がある!」
無傷で覇王の機体は立っていた。
黒い獣のような――破壊神と言われる見た目に反して、その本質は守護者であった。
頼られ、乞われ、ゆえに救ってきた。
豪雨の水全てをまとめて叩きつけたような攻撃を、〈アスラトル〉の盾は見事に弾いて見せた。地面を濡らし、木々を薙ぎ倒すその力は、決して彼より後ろには降りかからない。背後に残る〈双子〉の傭兵たちにも、古き友のゼミウルギアにも降りかからない。
相当の威力を込めて自信があったのだろう。愕然とした様子の〈ヴィアートゥ〉に接近すると、その腹部を豪快に蹴りつけた。
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