第七章 《玄装の覇王 対 灰色の瀑神》-4

〈アスラトル〉が〈ヴィアートゥ〉に接近すると、その腹部を豪快に蹴りつける。だが――


「手ごたえが、ない?」

『見誤ったな。わしのヴィアートゥに、お前の攻撃は効かん!』


 ミクトルの疑問に、ムグルは余裕の笑みを浮かべながら答えた。

〈ヴィアートゥ〉に当たったかに思えた蹴りは、粘膜状の物質によって絡めとられ、その威力を失っていた。すぐさま離脱することで事なきを得るが、あと数秒そのままでいれば、片足の一本もぎ取られていたかもしれない。

 右腕のブレードで切りかかっても同じだ。先ほどとは装甲表面の状態が違う。


「まさか、流体装甲か? オレの時代ではまだ実用化されていなかったはずの……」

『そうだ。一万年前の遺物にはない、新時代の力だ!』


 ムグルは流体装甲を展開し、ミクトルの繰り出す攻撃全ての威力を吸収している。


「……どうやら、お互い防御に特化した機体であったというわけか」

『消耗戦で終わらせるつもりはない! やれ、お間ら!』


〈アスラトル〉の攻撃を防ぎ切った〈ヴィアートゥ〉は触腕を振り回し、お互いの距離を開ける。自爆用ゼミウルギアを向かわせて隙を誘うと、今一度水流の刃を放ち始める。わざと狙いをクナンたちや彼女の部下たちへ向けるため、ミクトルは機体を盾にする。防御のために法力障壁を展開し、受け止める。

 水流の一部が盾を貫き、機体を揺らす。


「卑怯よ! 他の人を巻き込むなんて……」

『言っただろう。そいつらは消耗品であり、その機体も不要な遺物だとな!』

「そんな、あなたの身勝手で!」


 この状況を好転させるには――。

 吠えるテーレの姿を見ながら、動くことのない後ろの二機に、ミクトルは問いかける。


「クナンとサティだったな。お前の部下たちは首を握られているのだったな」

『そ、そうだ……正確には、首を糸みたいなもので縛られたんだけど……』


 サティの言葉に、なるほどとミクトルは肯いた。先程法力を強めた眼で見えた糸は、やはり操縦室にまで繋がっていると確信する。

 法力が世界に干渉する思い込みであるのなら、その発信源が断たれた時、現実化していない思い込みは霧散する。なら、断ち切ればいいだけだ。


「ああ、そこか」


〈ヴィアートゥ〉の左腕に光が漂う。〈センティ〉に繋がる法力はそこから伸びている。

 断ち切るには、多少無理をする必要があった。


「テーレ、無茶をするぞ。いいか?」

「ええ。わたしが最初に、そうしたいって思ったんだから」


 相棒の同意に、覇王が頷く。


「〈熱と渇きの双子〉の団長たちよ。お前たちの部下の未来、オレたち〈流星の魔女〉が請け負おう!」


 それは、新生〈流星の魔女〉としては初任務。

 誰に依頼されたわけでもない。

 しかし、このギルドは、覇王と呼ばれた男にとっては新たな仲間。

 遥か古の覇循軍の復活に他ならない。名は〈流星の魔女〉であったとしても、戦いの意義は発掘だけにあるわけではないのだ。


『本当に? 彼らを、助けてくれるのですか……?』

『やれるのか? やれるのなら、やってみて……やってくれ!』


 クナン、サティ、二人の団長の声が響く。

 コーダのような外部協力者には当たりがきついところはある。

 だが、自分たちの仲間にとって、彼女らはよき団長であったのだろう。心から願う想いは、彼女らの乗る機体の魔怪晶に、ほのかな光を宿す。


『何を? 奴らの未来、だと……?』

「ああ、ちょうど、働き手が欲しいと思っていたところなのでな!」


 それはつまり、今実質的に崩壊に直面する〈双子〉の団員達への勧誘だった。


『覇王が人助けだと? おかしなことをいうものではない!』


 ムグルの指摘に、ミクトルは鼻で笑う。


「確かにお伽噺では、覇王とは世界の敵だ。だがな、オレを頼ってきた者たちにとって、覇王とは――」


 黒い機体の足元に黄金の粒子を放出しながら膝を折り曲げる。


「――最後の希望という意味だった!!」


 高く持ち上がった尻尾が、地面を強く打ち付ける。屈伸した足の勢いと相まって、〈アスラトル〉の巨体を豪快に撃ち出す。

〈アスラトル〉が左拳の周辺に盾を配置し、文字通りの鉄拳を繰り出した。対する〈ヴィアートゥ〉も自らの左腕に触腕を束ね、水の膜を纏って受け止める。


『無駄だ。そちらの攻撃は、我が水の鎧を打ち抜くことはできない!』

「そうだな。だが……」


〈アスラトル〉の右腕が、〈ヴィアートゥ〉の左腕を掴む。


「ほら、捕らえることはできる」


 その狙いは、〈ヴィアートゥ〉の攻撃範囲を限定させること。ここまで〈アスラトル〉が接近した状態では、他への攻撃に割いている余裕はない。触腕は全て、左腕を止めるために使用されている以上、反撃もできない。


『まさか、本気で奴らを助けようと?』

「わるいが、オレはやるといったことをやらなかったことはないものでな!」


〈アスラトル〉を捕まえようとする〈センティ〉たちが飛び掛かってくるが、それより早くミクトルは自分たちを結界で包み込む。〈センティ〉の腕は届かず、内側の二体は離れることも許されない。


『ならば、代償にその左腕をもらおうか!』

「代わりにお前の腕も、奴らの命も、全てこちらが貰うぞ!」


〈アスラトル〉の右腕が〈ヴィアートゥ〉の触腕を掴んでいる間に、〈ヴィアートゥ〉の鉤爪が流体装甲で捉えた左腕を叩き斬った。

 肘から断ち切られたところで、結界を解除し全速力で後退する。

 同時に掴んだ敵の左腕を引きちぎり、握り砕く。

〈ヴィアートゥ〉は片膝を付き、ちぎられた左腕の肘辺りを右手で押さえる。


『ぐぅっ! ひ、左腕の……、一本くらい……!』


 左腕の破損とともに、周囲の〈センティ〉たちが倒れていく。自爆をするにも、古代式と違ってパイロットが居なければ現代式ゼミウルギアが動くことはない。


「ほう、さすがに古代式を使う以上、お前はゼミウルギアとの感応が高いらしいな」


 対して、同じく左腕を断ち切ったはずの〈アスラトル〉は悠然と立っていた。


『な、お前、感応が低いのか? ゼミウルギアの痛みを、感じていないのか?』

「そんなわけあるか、愚か者。腕一本落とされた程度で、泣き喚く覇王がいるものか」


 呆れた様子のミクトル。つまり、痛みは感じているのは間違いない。

 だが、それを気にしていない。やせ我慢と言うと聞こえが悪い。腕を失った程度の痛みなど、動じるほどではないということだ。


「ほ、本当に大丈夫なの、ミクトル」

「時には、あまりの痛みに本当にコクピット内で傷を負ってしまう者がいてな。ほとんどのゼミウルギアには肉体再生機能が搭載されたのは、それが理由なのだ」

「……まぁ、わたしはそのおかげで助かったから、ありがたいけど」


 逆に言えば、ゼミウルギアの痛みを強く感じる者であればあるほど、強力な法術を起動できるということだ。

 ムグルが本来は個体であるはずの機体表面の装甲を、流体に変化させるという高等法術を掛けていたように。

 それも覇王は突くでも斬るでもなく、掴むという行為によって突破したのだが。


『だが、お前は腕一本。こちらにはその代わりとなるアームがいくらでもある。単純な弱体化は、そちらだけだ!』

「そうかもしれんな」


 そう言って〈アスラトル〉は自らの左肩を掴み、付け根の部分から取り外す。肩口から法力の粒子が血流のように噴き出し、内部機構が露わになる。


「な、何しているのミクトル!?」

『血迷ったか』


 さすがにテーレもムグルも驚かざるを得ず、対するミクトルは冷静に掴んでいた左腕を地面に落とす。


「気にするな。どうせ半分は失っていたものだ。必要ない」


 噴き出していた法力が次第に形状を整え、内部機構を隠す蓋となる。だが、攻撃手段を一部失ったことは、変わりない。


『腕一本で懲りぬなら、もう一本も貰う!』

「やらせると思うな。下郎!」


 振り下ろされる鉤爪を、右腕のブレードが受け止める。

 ギィィィィンッ! と耳障りな音が響く。

 鉤爪を払ったところで触腕が上下左右から襲い来る。盾を発動する腕を失ったが、機体の周囲に展開する結界まで失ったわけではない。触腕の突きを数度受け止めるが、それも次第に苦しくなる。

 ブレードによる迎撃だけではなく蹴りによる反撃も増えていく。

 運動量は増し、その分ミクトルに法力を大量に消費させていく。

 それでも、彼は余裕を崩さない。


「いい加減、お前と遊んでいる時間はない」

「これ以上、好きにはさせない!」


 突き立てられた爪を、直接右手で掴んで止める。急激な制動にムグルはコクピット内で激しく前後に揺られた。

 強烈で強固な、不動の金縛り。

〈ヴィアートゥ〉の体はその場で停止し、まるで機体の全てが固い石像になってしまったかのようだった。


『鋼属性の捕縛法術……これほどまでの、拘束力が……!?』


 今までの力は何だったのか。ムグルは困惑するが、それも当然だろう。



 福座式ゼミウルギアは、



 今まで、ミクトルは一人で〈アスラトル〉を動かしてきた。

 しかし、今はテーレとともに操縦桿を握り、その法力を循環させている。

 たとえテーレの法力がミクトルの足元に及ばないほど小さくとも、ゼミウルギアはその真の力を発揮する。単座式にはない、偽神の民の独自技術の結晶である。

 溢れ出る法力という願いを乗せて、望む未来を紡ぐために、ヒトが運命に打ち克つために想像した機械巨人はその瞳を輝かせる。

 ムグルの目には、明らかに今までとは桁違いの法力が見えていた。


『バカな、こんな出力、ありえない! 何が起きたのだ!?』


 困惑するムグルに対し、ミクトルは鼻で笑う。


「お前はもう一つ、忘れているぞ」

『なに?』


 その疑問はコクピットの中からも届く。

 テーレも〈アスラトル〉の出力が上昇していることに気づいていないようで、何がそんなに余裕なのか分かっていない様子だ。

 だから、彼は高らかに宣言する。


「かつての世界では、ゼミウルギアとは、願紡機がんぼうきと呼ばれていた」


 それは、絵物語で語られる聖杯や魔導書のように、どんな願いも叶えるという願望器アーティファクトと呼ばれるものと同じ意味を持つ言葉である。


「ゼミウルギアは、よりよき未来を創る力。運命に打ち克つ――ヒトの希望だ」


 決して願うだけで、未来を手に入れる力ではない。

 抗って、抗って、抗い抜いたその先を、ただの夢で終わらせないための最後の一押し。


「それは、絶望を許さない!!」


 それが、《創克の願紡機ゼミウルギア


「来い、ウルスディルア!」


 遺跡から飛んでくる飛行物体。

〈ヴィアートゥ〉を投げ捨て〈アスラトル〉は跳ぶ。

 それはゼミウルギアの半分くらいの大きさのコンテナであり、外装がパージされると内部のものが〈アスラトル〉へ向けて直進する。

 それは、〈アスラトル・Mark-1〉を〈Mark-2〉へと強化するための追加装備。名称は〈ウルスディルア〉、頭が二つある鳥のようなギザギザした形状をして飛んでいた。


「な、何あれ!?」


 鳥の頭のように見えたのは二つの左右対称の長いパーツ。

 それはよく見れば腕の形をしており、真っ直ぐに伸ばした指で空気を切り裂いていた。


「ドッキングポート展開、到達位置誤差、コンマ〇二!」


 背中の一部が変形するのと同時に、〈アスラトル〉は残っていた右腕をパージする。

〈ウルスディルア〉は背部のジョイントで接続し、胸部を覆うように翼が変形して装甲となる。さらに搭載されていた両腕パーツが肩と結合。〈アスラトル〉の新たな腕となった。その形状は、鋭い結晶の集合体と言えよう。


「換装……アスラトル・Mark-2ウルス――!!」

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