第七章 《玄装の覇王 対 灰色の瀑神》-5
刃のごとき剛腕を携えた、黒き覇王。
「換装……アスラトル・
先ほどまでに比べて随分と刺々しい装甲を持つ腕を曲げ、拳を握り、ぶつけ、鋭く突き出す。
ウルスとは、古い言葉でクマ、ひいては狂戦士を意味する言葉だ。
禍々しいまでの鋭い装甲は、荒っぽさを通り越して狂気的ともいえる形状だ。
黒い獣の威容は、腕が変わっただけでも悪魔に変貌したと言っていい。
『たかが腕の二本が変わり、胴体と背中を守る装甲が追加された程度、こけおどしにもなりはしない!!』
着地した新たな覇王の姿に対し、そうムグルは叫ぶ。
ただ腕を新品に挿げ替えただけ。本体は旧型のものに変わりはない。
生成され直した高い面制圧力を誇る〈ヴィアートゥ〉の触腕が、大量の水の法力を纏って放たれる。
水流が螺旋の刃を作り出し、一斉に突き立てられた。
今までの触腕とは威力が違う。今までの盾では突破されるだろう。
今までの盾ならば、だ。
「閉ざせ」
腕の各所に配置された魔怪晶が黄金の粒子を放ち、法力が充填されていく。その粒子を集めれば、掲げた掌の前に装飾華美な盾が作り出される。
その盾を手に取り、迫りくる触腕を受け止める。
すると、激突した螺旋の刃が砕け散る。
『な、え? 何が……?』
直後全速力で接近し〈ヴィアートゥ〉本体を殴りつけると、正面部分の装甲の一部が大きく曲がり、砕けた欠片が舞い散った。
「一つ言っておこう。今までのアスラトルは、法力浸透速度が十未満でな。オレの充填した法力を一割増し程度しか放出できず、あまり効率も良くなかった」
「最初に動かしたときの法力浸透速度ってそういう意味だったの?」
確かに、コーダたちとミクトルが最初に接触したとき、そのようなことを起動時のステータス画面を見ながら口走っていた。
後々にテーレも〈アスラトル〉のスペックは確認できるようになった。
だが古代式ではわからないことも多く、彼の言葉の意味を理解できていなかった。
「そうだな、このさい少し教えてやろう」
いかなる古代式ゼミウルギアであっても、法術を発動すればそれを生身以上の力に増幅する。法力浸透速度は、その法術をどれだけ強化するかの目安だ。
「オレの法術の力を十としてアスラトルから放たれる法術の理想値を百とすると、法力浸透速度は百と表わされる。今までの〈アスラトル〉の法力浸透速度は十未満。
つまり、いくらオレが膨大な量の法力を送り込んだとしても、その十の法術はもともとの十に、コンマいくらか程度しか強化されないのだ」
「じゃあ、今までのアスラトルは、ほんの少しの力しか発揮できていなかったの?」
「そうだな。まあ、より世代が進めばさらに法力浸透速度は上がるから、これでもまだ全盛期と比べればはるかに弱い方だぞ」
だが両腕を交換することで大きく改善された。砕けた瀑神の触腕が、その証左だ。
「そっか、思い出した。マークスリーの腕と同じ、……これがマークツー」
〈アスラトル〉が見せた記憶の中で、翼を持った今の腕と同じゼミウルギアに覚えがあった。つまり、この機体が開発された後に、自由に飛行する全てを手に入れたということになる。
「オレの乗っていた最終型はマークファイブで、これはマークツー。まだまだ旧式だ」
『そんな、バカな……。バカなことがあるか!』
ムグルはまだ戦えると〈ヴィアートゥ〉立ち上がらせる。触腕の形状が変形、大量のウォーターカッターが放出されるが、その全てが盾によって防がれる。
ムグルには、今まで互角の戦いを繰り広げているかのような思いがあったのだろう。だが、ミクトルからしてみればそれは大いに手加減した戦いでもあった。
特に〈双子〉の団員たちを救うために、わざわざ結界を張り、片腕を犠牲にした。
それは全て、テーレの望みゆえ。。
「余興は終わりだ、ムグル。ここからは手加減なしだ」
黒い拳を握りしめ、その表面に揺らめく光を浮かび上がらせる。黄金の粒子を纏い、一歩ずつ、大地を踏みしめて近づいていく。
「刮目してみるがいい。お前の目の前にいるのは、神に抗う者たちの最後の希望だ!!」
漆黒の機体から溢れる黄金の嵐が、両腕に集まって拳を作る。
『これが、一万年前の覇王……。そんな、古代の遺物にっ!! 我が瀑神がっ!!』
飛び掛かり、鉤爪を突き立てようとする。
だが、それより早く、〈アスラトル〉の左拳が流体装甲を打ち抜いた。
本来なら衝撃を完全に吸収する流体装甲だが、拳の表面に展開された法力が流体を超えて衝撃を本体へと送っていた。
そのため〈ヴィアートゥ〉内部に衝撃が伝播し、そのダメージはムグル自身への痛みとなって襲い掛かる。
『バ、カな……。流体装甲が、無効化されて……』
「攻撃を受けないための工夫は、誰もが行っていたからな。単純な力押しでどうにかなればいいが、お前のような防御で無効化される」
拳を覆う法力が何層もの小手となる。
「それをどうにかするために、装甲の奥まで届かせる拳を創り上げた」
それを発動可能なのが、この〈Mark-2〉の腕。
刺々しい見た目は威嚇にもなればそれ自体を武器にする。
だが、それ以上にミクトルの流し込んだ法力を効率よく増幅させられるのだ。
「逃げることは叶わんぞ。下っ端」
腕全体を使ったラリアット。〈ヴィアートゥ〉は全身を流体装甲で覆うことで対応しようとするが、注ぎ込まれる衝撃に抗う術はない。
接近に反応することさえ許されない。
機体は激しく回転し、吹き飛んでく通り道の岩塊も容赦なく砕いていく。それが止まったのは、触腕を数倍伸ばしても届かない距離だった。
『わしは、負ける? 負けるのか……』
ガシャン、と引っ掛かった岩を落としながら〈ヴィアートゥ〉は身動ぎする。
『そんなこと、あってたまるか!』
叫びとともに、立ち上がった。怒りもまた、法力を高める心の力だ。
前方に展開される法術円陣。先ほどと放った《水の法撃・激流弾》のように水の弾丸が形成される。
だが、今度はそれがバラバラではなくひとまとめになる。
ムグルの法力だけではなく、周囲の水分を吸いこんでいく。法力は自然に干渉する。周囲に存在するものを巻き込んで力を増していく。
生み出されるのは、瀑神の憤怒。
『天地呑みこむ滅びの時よ、来たれり――!』
それは、豪雨の集中程度ではない。
天よりの大瀑布、海原より襲い来る
『――我が最強の一撃をここにっ! 《
地震とともに発生した津波が全てを押し流すがごとく。
氾濫した河川が川沿いのもの全てを薙ぎ倒すがごとく。
水流の力が、〈ヴィアートゥ〉の腕の間から放たれる。それはどこか、巨大な海の怪物のような形をしていた。
これは、さすがに今までの盾では防げない。よくて両腕が吹き飛ぶだろう。
だが、彼らには――
「ミクトル、あなたを……信じてるから」
逃げるという選択肢は、存在しない。
「ああ――《
前方に両手を突き出し、全ての法力を集中させる。
地面に法術円陣を描きあげると、心臓の鼓動のように光を明滅させる。陣から立ち昇る法力が巨大な人影を創り出す。
悪魔か、それとも破壊神か。
否。彼こそ、絶対なる守護神である。
両腕が黄金色に染まり、一回り巨大な腕を創り出す。
その腕を天に掲げ、影を掴み取る。形を変え、鋭い目と巨大な牙に禍々しい角を備えた顔を模した盾となる。
それは全ての攻撃を弾き、敵を屈服させる究極の守り。享受するしかない敗北を運命づける壁。この前に立てば、あらゆる抵抗は無駄となる。
機体より巨大なその盾を高々と掲げ、双眸に敵を捉える。
『……砕けろッッ!!』
「――止まれ」
呪いのような叫びに対し、一方的な宣告。
ならば、これから起こることはただ一つ。
「お願い、アスラトル……」
その一歩は、まるで大地の上を飛んでいるかのように、大きな一歩だった。
放たれた瀑神の一撃を、真正面から受け止め、そして押し返す。
踏み込んだ大地はヒビ割れ、両者の間にあった大気は消し飛んでいく。アイドニシティにまで届く轟音を響かせながら、その余波は決して何者も傷つけることはない。
全てを〈アスラトル〉の盾が受け止めた。
〝だから、壊させないことに、全力を注いだ〟
その通り、彼の盾は何一つ、瀑神に壊させない。
「教えてやる。最強の盾は、最強の武器でもあるということを!」
『この、遺物めっ!』
装甲の翼を広げて飛翔する〈ヴィアートゥ〉。
〈アスラトル〉の背部にパーツが追加されたといっても、それは別に飛行用ユニットというわけではない。主のもとにまで飛んでくるための翼はあるが、本体と合体してしまえばあとは鎧代わりにしかならない。
だからムグルが上空に逃げる判断をしたのはごく自然で、正しい行動だ。
「少なくとも、他人を利用するという行為よりかは、はるかに正しいが……」
それを人は、因果応報と言うのだろう。
『逃げんな、くぉらぁぁっ!!』
『一人だけ逃げようとは、そうはいきませんわ!』
逃走を許さぬ者たちが、ここには存在した。
〈ザリチュ〉と〈タルウィ〉に乗った、双子である。
いまだに分離したままだった二機が、その細身を空中に躍らせる。手足から放出する法力それ自体が推進力となり、彼女らの機体を空に飛ばしていたのだ。
突然左右から迫りくる機体にムグルの反応が遅れる。
鋭い二色の蹴りが翼を撃つ。
流体装甲の表面を熱し乾かす双子の法力。飛行能力を失った機体が地面に落ちるも、その程度ではやられはしない。
見事着地し触腕を持って迎撃しようとするが、合体した二体の放つ火と風の結界が水の力を阻む。火は水に弱いが、風を送り込まれることで水を蒸発させるほどに強くなる。
今、彼女らはムグルより優位に立っていたのだ。
『ゼミウルギアとのリンクさえもできていない奴らが、わしに盾突くのか……!』
「それがお前の敗因だ。戦いにおいて、誰かを捨て駒にすることもあろう。だがお前は嬉々としてそれを行った。その者たちの戦いを嗤った。ゆえに、今地に堕ちた」
『浅ましい、地上人どもめ!!』
触腕が一気に動き、〈ザリチュ・タルウィ〉の機体を打つ。二色の結界は強制的に打ち破られ瀑神は自由を取り戻す。
だが、もう遅い。
「自分の不運を呪うがいい。お前の目の前にいるのは、その地上人とやらの中で、最強のゼミウルギアのパイロットだ」
一瞬で〈ヴィアートゥ〉との間合いを詰めた〈アスラトル〉は、両腕を大きく振り上げた。そのついでに防御しようとしていた触腕と鉤爪を吹き飛ばす。
そして無防備になった本体へ、盾の正面を叩きつける。
最強の防御を、最高の攻撃に変えて。
「《凱王魔玄装》……《
最後の抵抗と、体表に流体装甲が展開される。
しかしそれも、流体が吸収しきれないほどの衝撃を与えられれば、無残にも崩れ去る。
一瞬、テーレの目に世界は止まったかのように見えた。
流れゆく時を置き去りにするような現象が、テーレの五感をも支配する。
砕け散る〈ヴィアートゥ〉の中から、ムグルの声が彼女の――〈アスラトル〉の操縦席内に響く。
その声は間近から聞こえる。顔を横に向ければ、そこにムグルの笑い顔があった。
これは、通常世界から切り離された、思考の交錯である。
「わしを潰したところで無駄なことだ。お前は絶対に星征都市に辿り着くことはできない」
嘲笑する彼の声に慄きながら、彼女は気丈にも問い返す。
「なんで? あなたの仲間が邪魔するから?」
「無論だ。だがそれ以上に、お前とその覇王が相いれない。すぐに破滅は訪れる」
苦し紛れな負け惜しみのようなものだ。だが、それは気持ち悪いくらいに彼女の首に、胸に残る。
「星征都市に近づくほどに、奴の記憶は蘇るだろう。そうなれば、魔女と覇王は相いれない存在となるのだ!」
まるで鋭い槍に深々と刺されたように、強く突き刺さる。
「せいぜい、ここで止まらなかったことを悔いる――」
彼の口を、後ろから延びてきた腕が掴む。骨をきしませ、筋肉に指を抉り込むそれは、ミクトルの腕だった。
「オレの相棒を口説くなら、もっと気の利いた文句を用意するのだな」
ミシミシと歪んでいくその顔は、苦悶に満ちた表情というより恍惚としているかのように、彼女には思えた。
「失せろ。テーレのロマンを、お前らごときが阻めると思うな!」
握り潰したとき、飛び散るのは血ではなく半透明な水。それも法力として霧散し、その場からは消滅する。
法術で作り出した分身。彼女の目に映る世界は正常に戻っていた。
それを理解したとき、テーレはすぐに前方のゼミウルギアに視線を戻す。
崩れ行くコクピットの中に人影を見出せず、盾の衝突する個所から砕けていく機体は、見捨てられたことを嘆くかのように重い音を響かせる。
ついに、その機体の背中にまで衝撃が到達したとき、古代式ゼミウルギアは四肢を爆散させて吹き飛んでいく。
こうして、瀑神は塵となり、掻き消えていったのだった。
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