第三章 《目指す場所へ》-5
傭兵団〈
砂漠に近い渓谷。
その谷間に、古い鉱山を改築して造られたアジトがあった。
「あ、姉貴ィ!」
入口のシャッターが開ききるのも待たず、隙間から転がり込んだ男がいた。
つい先ほど、ミクトルにコテンパンにされたコーダたちだった。
どうやら近くに仲間が待機していたらしい。彼らのゼミウルギアは全てスクラップにされたが、無事に帰れたようだ。
千鳥足ですっころびながら辿り着いたのは、彼が便宜上所属する傭兵団の基地だった。〈熱と渇きの双子〉――通称〈双子(ジェミニ)〉の本部である。
その集会場で膝を付くコーダは、高い壇上に向けて頭を下げる。同じく、入ってきた部下たちも額を床に付ける。その状態で、全力で声を張り上げる。
「お借りしていたゼミウルギアを二機とも破損させたことは、申し訳ございません!」
彼が保有していたゼミウルギアは三機。自分のものと部下二人分。残り二機は、この傭兵団から借りたものだった。
「これには、どうしても、どうしてもお聞きいただきたいわけがございましてぇ!」
土下座をする彼に向けて、高いところから返答が飛んでくる。
「ぐちゃぐちゃうるせぇぞコーダ! 今商談中だ!」
女性の怒声が飛んでくると彼はびくりと震え、平伏したまま次の言葉を待つ。
「ったく……じゃあテメェの持ってる奴寄越せよ」
上の階から顔を出したのは、一人の褐色肌の女性だった。健康に焼けた褐色肌の女性、鋭い目つきと鍛え抜かれた腕に足、大胆に晒された臍と腹筋は、見た目からわかる力強さを示している。肌を多く出した快活な恰好が、豪放磊落な性格を感じさせる。
そんな彼女に、コーダは戸惑いながら告げる。
「そ、それがですね、サティ様。俺たちの持ってるゼミウルギアも、三機とも全部ぶっ壊されっちまいまして……」
上方から覗き込むサティという女性に、コーダは平謝りしつつ、そして何より震えながら答える。相当な恐怖を感じているのか、玉の汗をその禿頭から浮かべていた。
「ゼミウルギアが一般流通型だからって五機もいて全敗するか、フツー」
「あらあら、コーダちゃん。確か言ってましたよね。『ゼミウルギアは無傷で、さらに武装強化のための古代式のパーツをつけて、必ずお返しします』って」
さらにもう一人、色白の人物が顔を見せる。
上階にいる人物は――コーダから姉貴と呼ばれた者は二人いた。
日に焼けた褐色肌のサティとは対照的に、もう一方の女性は日光になど照らされたことがないのかと思うほどに白い。二人の結い上げた髪型は左右対称。サティの釣り目に対してもう一方は穏やかな糸目に、フリルの多くついた金持ちの令嬢が着ている動きにくそうなドレス姿だ。
「その通りですが、クナン様、少々、いえ、だいぶ問題がありまして!」
二人の姿には違いはあるから、顔立ちが多少似ていても判別はしやすいだろう。
だが、そのナイフのように鋭い視線だけは驚くほどにそっくりだった。
初めて二人を見た人間でも、おそらく姉妹だろう、と思える。
サティが壇上から飛び降りてコーダの前に立つ。
「テメェ、あたしらとの約束反故にして、土下座程度で済むと思ってんのか?」
「いいっ、いいえ!! ですが、どうか、どうかひとまずは怒りをお収めください!」
必死で訴えるコーダに、他の部下も声を張り上げる。
「どうか、五分、いえ三分! 話を聞いてください、クナン様! サティ様!」
そんな彼らの様子に、雪のような肌のクナンはため息交じりに肯いた。
「サティちゃん、コーダちゃんも謝っていることだし、ちょっとはお話聞いてあげましょうか。お姉ちゃんの顔に免じて、ね」
頭上から降ってくる彼女の柔らかい声にサティは肯く。
「……クナンがそういうなら、話くらいは聞いてやろうじゃない」
クナンとサティ、それがこの傭兵団の双子の団長だった。
コーダに向き直ったサティは、怒りを眉間に貯めながら問う。
「で、何か有益な情報でもあんの? それとも単なる言い訳か?」
「お、俺たちが襲撃した相手は、あの〈流星の魔女〉の生き残り、テーレです!」
その言葉に、彼女の眉がピクリと動く。
「あのテーレか。だからって五機ものゼミウルギアを相手にできるか?」
「それが、テーレの奴は、発掘した古代式ゼミウルギアを動かせる法術師を雇っていたようで、そいつがめっぽう強く、生身でゼミウルギアの一般用ライフルを防ぎました!」
コーダの言葉に、さすがに二人は驚愕の表情を浮かべる。
本当か、とコーダの他の部下にも疑問が飛ぶが、彼らも自分が見たものを伝える。
起動した古代式ゼミウルギアと、それを操るミクトルの存在。
さらにはミクトルが発した会話の内容まで、仔細全て。
「あらら、一万年前の覇王だなんて、お伽噺でも聞いたことありませんわね」
「でも間違いなくそう名乗ってたんです!」
「へぇ……本当だったら、とても楽しいことになりそうですわね」
「ただのバカか。それともガチの古代人か。どっちでもいいけど、面白そうじゃん」
どうやら、テーレ、そしてミクトルの存在はクナンとサティのお眼鏡に叶ったらしい。
嗜虐的で猟奇的な笑みを浮かべる二人に、部下たちは一縷の希望を見出すと同時に恐怖せざるを得ない。
傭兵団は、政府側に立つこともあれば、反政府軍側に加担することもあり、ここは気紛れでどちらにも就く。ある意味、最も傭兵らしいといえば、傭兵らしい。
そんな狂気的な双子の団長に恐怖を覚えつつ、彼らは従っていた。
「いいよ、コーダ。面白そうな話だった。今回は許してやる」
「あ。ありがたき幸せ!」
「でも、今度はそいつの機体データとか情報を持ってこいよ。でないと、ない髪の毛の代わりにそのハゲ頭に何が生えるかわかんないから」
「た、直ちに情報収集に行ってまいります!」
こうして、テーレとミクトルの存在は知れ渡っていくことになる。
いい意味でも、悪い意味でも。
同時に、クナンは壇上で先ほどまで話していた相手に向き直る。サティが言っていたように、彼女らは元々客との対応中だった。
「それで、話を遮ってごめんなさい。うちの子がちょっと大変だったみたいで。それで、依頼内容は、反政府側としての参戦でよろしかったですかね?」
彼女はコーダとの話が終わったと判断し、先ほどまで話していた相手に顔を戻す。
その相手は、灰色のマントを羽織り、椅子に深く腰を掛けている。布に隠れた顔はよく視えないが、筋骨隆々な体はマントでも隠せていない。金さえ出せれば依頼人が誰であろうが関係ない。
「気にしていないさ。それより、依頼内容だが……」
「どうされました?」
「検討したい。ちょいとばかり、気になることができた」
依頼人の言葉に首を傾げるクナン。ここに来てなぜだろうと思うのだが、相手にも思うところがあるのだろう。
依頼人の事情には踏み込まない。それができる傭兵というものだ。
「すまないが、今の話をよく聞かせてくれないか。〈流星の魔女〉って、言ったか?」
灰色のマントの奥から響く初老の男性の低い声は、どこか嬉しそうに震えていた。
怪訝な眼で依頼人を見るクナンだが、金を取るほどの情報というわけでもない。
「ええ、〈流星の魔女〉のテーレさん。この先のアイドニシティでは有名なギルドでして、何年か前に壊滅したと聞きましたが、生き残りの娘さんが一人で頑張っていらっしゃるようですよ」
「〈流星の魔女〉――か。生き残りが動き出したのか?」
彼はまるで遊び相手でも見つけたかのように、笑みを浮かべる。マントの下に見える顎のとげとげした髭の辺りに指を添えて何かを考える。そしてまとまったのか歯の間から小さく笑いを漏らす。
「まだ星を征する場所を目指すか。もう二度と空を目指せないように、徹底的に潰すべきか」
ほくそ笑んだその顔を誰かが見たら、嫌悪に似た感情を抱いただろう。きっとそれは、悪魔を見た時に抱く感情と、ほぼ同じものだ。
「そうすればわしも……星征都市に……」
最後の呟きは、誰にも届くことはないほど、小さなものだった。
彼女の説明に、依頼人は何度か首肯する。顎の辺りに指を添えて何かを考えると、それがまとまったのか歯の間から小さく笑いを漏らす。
「決めた。あるギルドの襲撃を頼みたい」
「あら、そんな依頼でよろしいんですか?」
クナンもギルドを結成するだけなら五年目だが、傭兵としてはそれ以上の経歴がある。依頼人が何を言いたいかなど、瞬時に見抜いた。
「ああ、ギルド〈流星の魔女〉に運び込まれたという古代式ゼミウルギア、それを完膚なきまでに破壊したい。あんたらに使ってもらえる、対古代式ゼミウルギア用の、とてもいい武装があるんだ」
クナンは相手の表情に、何か悪寒のようなものを覚えた。だがそれは、高額の依頼料の前には陽炎のごとく消えていった。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな」
ばさりとフードを外したその中に、緑色の帽子を被った初老の男性がいた。目元の深い彫りをさらに深くしながら、名乗りを上げる。
「わしはムガルってんだ。まぁ、平たく言えば、武器商人ってとこかな」
太くごつい指に挟んだ契約書類を、クナンへと広げてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます