第四章 《我、覇王であるがゆえに》-1

 フェリンとアナイの歓待とギルド登録の翌日。『大衆食堂・聖なる香り亭』前。

 店先に鎮座する〈アスラトル〉に荷物を積み込むミクトルテーレの姿があった。荷台には壊れたテーレの四輪車が積まれ、出発準備も終わりを迎える。

 二人を見送る店主が、手に持つものをミクトルへと渡す。


「最後に一つだけ。今ここら辺で危険な、君たちの道を阻みそうな相手について、知っておいた方がいい」

「ほう、気前がいいな」


 別れ際、フェリンが渡したのは一枚の紙だった。


「なんたって、僕はテーレの兄だからね。少なくとも、そう呼ばれてきたんだ」


 整った顔立ちできれいな笑顔を浮かべる。ミクトルは――そういえば覇循軍の女性陣の中でも受けが良かったような、なんてことを思い出しつつ話を聞く。

 ミクトルが受け取った紙は、ある傭兵団の宣伝チラシだった。


「傭兵団〈熱と渇きの双子〉。この辺りじゃ有名な、ならず者紛いだ」


 フェリンの言葉に、テーレは、あっ、と何か思い出す。


「ミクトルはコーダのことを、まだ覚えているわよね」

「……ああ、あのザコか」


 思い出すのに一瞬間があったが、覚えていたらしい。


「あいつのバックにいる、所属してるのかな。とりあえず後ろ盾になっているのが、この傭兵団なの。戦力では、ここらでは最大級ね」

 テーレの説明になるほどと肯くミクトル。彼女に続き、フェリンが補足する。


「まだできて五年も経っていない新進気鋭の傭兵団だけど、ゼミウルギアパイロットとしても双子の傭兵団長は有名でね。政府側でも反政府側でも、様々な活躍を見せている」

「お前が警戒するほどなのか?」


 ミクトルの問いかけに、フェリンは肯定を返す。


「こういう店をやってると、情報の方から食事に来てくれるから。強そうだったよ」

「なら多少は気を付けるとするか。意味ないだろうが」


 かつては勇者として覇を競った相手だ。彼の評価を鵜呑みにするわけではないが、ないがしろにするわけでもない。


「奴ら機体は古代式か?」

「……いいや、多分、全部現代式だったと思うよ」


 食事に来ていた時に乗っていたのか、フェリンは数拍の後思い出す。

 その返事に、ミクトルは鼻で笑って返す。


「ならば問題ない。現代の武器で、オレの盾は貫けぬさ」


 最後に使っていた全盛期の機体より世代が劣るとはいえ、愛機がある。

 機体スペックも、パイロットスペックを含めて負ける気など毛頭なかった。


「恐れはしないんだね」

「当然だ。覇王が勇者と女神以外の存在を、恐れてたまるか」


 それは、むしろフェリンとアナイにとっては誉め言葉だ。

 彼が好敵手と認めるのは、後にも先にも彼らしかいない。

 あとほんの一握り、苦戦する相手はいたし、実力伯仲といっても過言ではない味方もいた。誰にも従わない孤高の一匹狼なんかもいた。

 だが彼が恐れる敵は勇者と女神だけなのだ。


「最近傭兵団の戦力を増強中で、闇取引にも手を出し始めたって話だから、特にレアなゼミウルギアを持つことになる君たちは、気を付けたほうがいい」


 大衆食堂とは、情報も時に集まる。もし今もその情報が生きているのなら、この傭兵団の狙いは〈アスラトル〉のような古代式ゼミウルギアということになる。


「しかし、一万年後に、こんな会話ができるとは思ってもいなかった」


 神選軍と覇循軍、二つの勢力に分かれて全面戦争を繰り広げた相手との会話とは、到底思えない。これは、ある意味時間のなせる業、なのだろうか。


「そうかい? 僕は一万年ぶりだけどな」

「私も、久しぶりに貴方に出会えて嬉しかったわ。転生の法術も、発動するのはこれで最後になるでしょうし」


 二人の使命は、覇王なき後の世界を守ること。覇王が起きたこの世界で、彼らの使命は終了した。もう、戦いの時代に転生する必要はない。

 それを悟ると、ミクトルは大きく肯いた。


「フェリン、アナイ、ご苦労だった」

「いいのよ。どうせ法術なんかなくったって、私は次に生まれ変わってもまたフェリンに恋をするんだから」

「だから、もし君がまた冷凍睡眠しても、新しい姿で会えるだろうさ。だから――」


 勇者と呼ばれた男の右手が、覇王と呼ばれた男に伸びる。


「また会おう、友よ」

「ああ。気長に余生を過ごすと言い。いずれまた、戦場以外でな」


 その言葉は、きっと一万年前には決して言えなかったものだろう。たとえ共闘することがあっても、それは剣を突きつけ合った上でのものだったから。


「僕らはこの世界を楽しむよ。君もそうするといい」

「テーレちゃんのこと、お願いね。私たちにとっては、娘と変わりないんだから。あんなすてきな、泣かしたりしたら承知しないから」


 そう言って二人は、テーレのもとに向かう。

 彼女の体を二人して包み込み、ぎゅっと抱きしめる。


「テーレ、気を付けて、いってらっしゃい。君なら故郷を見つけられるって信じてる」

「私たちはいつだって貴女を応援しているから。いつでもご飯食べに来てね」

「あと、これだけは覚えておいて――」


 耳元で告げた言葉を最後に、彼らは出発する。

〈アスラトル〉に荷物を詰め込んで操縦席へと乗り込む。

 テーレは二人が見えなくなるまで、ハッチから身を乗り出して街を見ていた。


〝また会おう〟――ミクトルはその言葉を捨て台詞以外で、初めて聞いたのだった。

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