第四章 《我、覇王であるがゆえに》-2
――アイドニシティ門前。
アイドニシティの門を潜り、〈アスラトル〉の肩からテーレは門番に手を振る。
「テーレちゃんいってらっしゃぁぁい!」
門番たちからの挨拶を背に、〈アスラトル〉は走り出す。
街を離れ、農耕地帯の間に延びる長い街道を駆け抜けて、乾いた土地へと道を外れる。
大地を疾駆するゼミウルギアの中でテーレは〈流星の魔女〉として残った最後の思い出の品である、集合写真を大事そうに胸に抱えていた。
〈アスラトル〉が牽く荷台には壊れた四輪車が乗っており、工具もいくつか積まれている。
ミクトルの眠っていた場所に辿り着いてから作業を開始するのに、何も不備はない。
「この車は一応現代式ゼミウルギアと同じ技術で作られているのだろう? 壊れたときは、今まではどうしていたのだ」
操縦席に腰を下ろしたテーレに、ミクトルは後ろの車両を指さしながら問う。
「今までも何度か壊れたことはあったけど、その時は街の修理工の人に頼んだり、お店にあるガレージできる修理だったら自分でやったりしてきたのよ」
「つまり、今までにこれほど大破したことがなかったということか」
だから置いておくガレージはあっても、個人持ちの修理ハンガーも必要なかった。
「艦の皆は大変だったのだな」
ミクトルは、そう呟いた。眠りにつく前の最後の記憶に残っている仲間たちの姿に、愛機を整備した者たちの顔が浮かび上がる。あの時の仲間たちはもういない。
だが、どれだけの時間が経とうと、彼らの姿を忘れることはなかった。
「これからは、アスラトルもしばらく自分で整備しなくてはな」
これからが大変だと思うミクトルは、操縦席に積んでいたゼミウルギアのカタログを手に取った。様々な工房が作った人型から車両型まで載っている。
「買い換えないのか、車両の方は」
「これだけ壊れたら修理でも買い替えでも同じくらいの値段がかかるんだけど、この子は街の人たちから立身祝いってことで貰ったものだから」
手放すことはできない。それがテーレの答えだった。
ならば、ミクトルとしても直してやりたいと思えてしまう。自分の機体に愛着がわくのは、ゼミウルギアのパイロットとして共感できるからだ。
「そういえばさ、なんであなたと兄さんたちは一万年前、戦っていたの?」
「なんで、と問われてもな……」
そもそも、なぜミクトルたちは反乱軍を、覇循軍を形成することになったのか。
そのあたりの詳しい説明をしていなかったことを思い出すと、テーレはさらに問う。
「わたしさ、あなたが覇王だってのは知っているけど、その経緯とか、よく知らないの」
「……あまり、面白いものではないぞ?」
「聞かせて。だって、もともと覇王になんて、なるはずじゃなかったんでしょ?」
そうだな、と肯いてから、彼はおもむろに口を開いた。
「オレたちは、かつては人から神と崇められることもあった種族だった」
彼の言葉を、首を傾げながらもテーレは聞き続ける。
ミクトルは自らの指の皮を噛み切ると血を垂らす。その血の色は、黄金色だった。
「え? 赤くないの? あなたの血……」
「普通の人間に比べるとはるかに高い法力適性を持つ種族で、その結果の色らしい。他にも亜人や小人、巨人なんかとも交流があった」
「あの、この町で見たことはないけど、もっと遠い町では、動物みたいな耳を生やした人とか、尖った耳をしている人を見たことあるの」
「獣人種と亜人種だな。彼らは、オレとともに人間と敵対した」
数は少なかった。その分人間より強い点を持ち、重宝されることもあった。最初は人間だろうと獣人だろうと関係なく、平和な関係を気づけた。
彼らに協力する中で、場合によっては神のように扱われる地域もあった。
しかし、それはいつしか終わりを迎えた。
「かつてはアナイも属していた、神族が現れたのだ」
黄金の血ではなく、赤い血を持つ神。人が新たに見出した神から、黄金の血を持つものは偽神であるとの裁定が下された。
「本当に、神様がいたの?」
「いや、あれはただ法力適性の高い人間だ。少しばかり特異な才能を持ってはいたが、オレが覇王と呼ばれたように、奴らも神と呼ばれていた、ただの生き物だ」
背後に何かいたかもしれんがな、と誰にも届かない声で、彼は呟く。
ともかく、結果的に偽神と呼ばれる一族は、人間たちと敵対することになった。
「人と争い、神に反旗を翻さんとした他種族は、オレたち偽神を盟主と祭り上げた。そうして生まれたのが、神選軍に対する反乱軍だ」
「じゃあ、神様の一族が原因で戦ってたんだ」
「最初はな。だがだんだんと、戦う理由は変わってきた」
より良い未来を。争いのない世界を。
子どもの癇癪のようだった反逆は、いつしか世界を変える戦いへと変わっていった。
「他の個々人ならともかく、オレ自身が誰かを恨んで戦ったわけじゃない。フェリンとアナイも、別に憎いと思った事はない」
だから、先ほどもあれほどに気安く、久しぶりに会った悪友のように接していた。
神族と呼ばれた者たちでさえ、誰かの都合に振り回され、利用されていた。
それでも、より良い世界を目指し、彼らも戦った。対抗するように、ミクトルは神を征することを目指した。
結果として、敵から反逆者だの化け物だの、しまいには覇王と呼ばれるようになった。
それほどの戦いでも、この時代にまで怨恨は残しきれなかった。
悲しみは時間では癒やしきることはできない。けれど、忘れ去ることはできる。
「今のこの時代、覇循軍は不要だろう。だが、覇王の軍勢の復活は、ロマンがある」
それは、フェリンたちが来る前にテーレが言った言葉だった。
「今も戦いを続けるバカがいるのなら、それを止めてやってもいいかもしれん」
不敵に笑うミクトルの顔は、きっと希望というものに、満ち溢れていただろう。
彼が誕生したのは、戦争の始まった時代だった。
そのころに比べて、ずいぶんと平和な時代になった。それはやはり、嬉しいのだ。
だからこそ、よりよい世界にしたいとも思ってしまう。
「ひとまず、あの遺跡の設備を確かめてみないことには、不足しているものもわからん」
「ええ。急いで移動して、確かめておきましょう」
そう言いつつ、彼女は大きなあくびをする。どうも連続した作業は彼女に拭い切れない疲労を与えていた。驚くべきことも、多数あった。
「なら移動する間くらい休んでいろ。お前も疲れているだろう」
「ううん。ミクトルばかりに任せられないし、わたしだけ休んでるわけには……」
「まったく、生真面目なのも考えものだな。まあ確かに寝心地は悪いから――」
しかし、こんながたがたと動くゼミウルギアの中で寝るのも至難の業。瞼が落ちかけていると言っても寝る場所にも限度はある。
仕方ないか、と呟きかけたミクトルは、ふいに機体を止めた。ガクンと前に倒れそうになるテーレは何とか体制を保たせつつ、心臓を激しく脈打たせながら振り向く。
「な、何!? ミクトル、どうかしたの!?」
何事かと驚愕する彼女に向けて、ミクトルは待てと声をかける。
「静かにしろ。『
何事かと驚愕する彼女に対し、ミクトルは古代言語を唱える。同時に〈アスラトル〉足元に展開された法術円陣は光を放ち、周囲に光の輪を広げていった。
直後、ミクトルは何か気づいて顔を上げる。
「ちっ、榴弾砲か!」
舌打ちとともにミクトルは両方の操縦桿を強く後ろに引く。全速力で後退した〈アスラトル〉のいた場所に、上空から飛んでくる円錐状の物体が激突した。
巻き起こる衝撃波はさほど大きくはない。
「何今の!? ていうか、ミクトルも何か法術を?」
「この周囲に法力の波動を飛ばした。わずかだが、攻撃的な法力を感じ取った。おかげで飛んできた物体にも気づけたわけだが……」
テーレは法術師ではないから、法力感知の感覚はわからない。逆に法力を伴っていない物体の場合、彼は感知できない。
しかし法力を飛ばせば、その反響で周囲をある程度探索できる。
「もう一発来る。着弾前に止める」
「と、止めるって、あれ榴弾砲なんでしょ!? さすがに止められないんじゃ――」
「案ずるな」
手を上に掲げると、複数枚の盾が現れる。飛び込んでくる弾丸を数枚の薄い盾が受け止めて威力を落とし、最終的に素手でつかみ取る。
「ふむ。通常弾か。しっかり盾を造れば問題なく受け流せるな。さて、西の方角、林の向こうに何かいるな」
テーレがそちらを見るとアウトディスプレイに外の景色が拡大される。
すると、そこにバイクに乗るコーダの姿があった。部下たちも引き連れ、砂埃を挙げて爆走する。
その行き先は、真っ直ぐこちらだった。
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