第四章 《我、覇王であるがゆえに》-3
接近してくる存在を認めたミクトルは、ため息交じりに言う。
「あの下郎、またオレに叩きのめされたいようだな」
「懲りないやつね……あれからまだ三日も経ってないのに」
彼らの撃退からまだ一日程度。ゼミウルギアを五機も破壊されながら、ここまで迅速に報復に乗り出せるとは思っていなかった。
ならば、彼らのバックが動いたのだろうか。
だが今ここで襲われれば、頼るべきは一人しかいない。
「〈熱と渇きの双子〉についても気になるし、時間はかけていられないんだけどね……」
「構わん。邪魔するものは叩き潰す。それは覇王の流儀だ」
しかし、あれだけコテンパンにされても戦おうという気概になるのは少々気になる。
「遺跡へ到達する前に、まずは、迫りくる厄介者から片付けるとしよう」
指をパキパキと鳴らしたとき、チラッとテーレを見る。
「あれは、潰してしまっても構わんよな」
「ほ、ほどほどに、ね? ――ってどこ行くのよ」
ミクトルは〈アスラトル〉に膝を付かせると、ハッチを開けて外に飛び降りた。
彼の正面からはバイクを乗り回すコーダとその部下がいて、バギー、トラック、さらに移動形態のゼミウルギアが何台か見えた。
「テーレ。お前はそこで見ておけ」
両手を地につけたミクトルは、〈アスラトル〉の全身を包むような法術円陣を描く。そして機体を丸ごと法力の結界で覆い尽くす。
とっさの防御壁でさえ一般用ライフルを完全に無効化した彼の結界だ。
しっかりと法術を起動して作り出した結界は、軍用ライフルとて貫けないだろうとテーレには思えた。
この結界、来る者拒み、出る者拒まず。ミクトルは結界を素通りし、外からコンコンと叩いて強度を確かめる。
「よし、問題ない。さて軽く――ほどほどに叩き潰してやるとするか」
振り返り、後方で控えるゼミウルギアを見てみれば、街中で見た一般的ゼミウルギアとはだいぶ様相が違った。特に動力部分。
古代式ゼミウルギアはほとんどの動力を自分の放つ法力で補うので、機体動力部自体は小さい。対して現代式はそれが腹の部分にあるので胴が太めだ。しかし見たところ、この傭兵団の胴体部分は細めだ。
「テーレ、奴らのゼミウルギア。街で門番たちが使っていたものに似ているな。コーダが使っていたものより少し背が高い」
「そうね。軍用は一般用に比べて高出力かつ小型の動力部を胴体に搭載しているのが特徴だから、間違いないわ。有名な傭兵団ってことだから、いいもの持っているわね」
つまり、先ほどコテンパンにしてやったコーダの一味が使うものとは、三から五倍以上の戦力差があるということだ。
「だからと言って、一万対六から一万対三十になっても、勝敗は変わらんだろう」
自らの戦力を一万と表現するのは、この人らしいとテーレは思った。
要するに、多少強い機体を使ったところで、元の戦力に差がありすぎるということだ。
「ごもっともで……。あ、だからってあんまりやりすぎないようにね!」
「問題ない。ハンデとして、ゼミウルギアを使わずにおいてやるからな」
法力の原動力は心だ。
世界の法則に干渉する思い込みは、心からの願いが生み出す。体内に保有する法力の総量という差はあれど、最後に勝敗を決するのは心の強さだと、ミクトルは語る。
ゼミウルギアはそれを強化するものだが、元が強ければ、生身の法術も強いのだ。
覇王と呼ばれること。総司令官を任せられたこと。自分は強いのだと思うことが、その自信が、彼の法力を誰よりも強くした要因なのだと、テーレには思えた。
彼女を守るように立つ彼の顔は、自信に満ち溢れたものだった。
土煙を巻き上げながら停車するバイクに乗った者たちを、余裕たっぷりに見る。
ミクトルに出迎えられた者たちも、臆する様子なく声を張り上げる。
「おい! 法術師の兄ちゃんよぉ! 街を出たって聞いて慌てて追っかけて来たぜ!」
「今朝はよくもやってくれたなぁ。勝ち逃げは許さねぇぞ!」
「俺たちの総大将、クナン様とサティ様直々にお前を叩き潰しに来ていただいたぜ!!」
コーダとその部下たちが騒ぐが、ミクトルは涼しい顔で受け流す。
「ザコどもが雁首揃えてよく来た。あれだけやられてもまだ再挑戦しようというその気概だけは褒めてやる。その代わり類稀にみる愚か者として認めてやろう」
彼の物言いはコーダたちの神経をまたもや逆撫でにする。
耐えきれなくなりハンドルを捻り突撃するが、ミクトルが一息吹いた直後、突撃しようとした全員がバイクから転げ落ちる。
まるで、空中に浮かぶ物に顔だけぶつかったように、見事な一回転で地面に落ちた。
痛みに打ち震えながら体を起こした彼らは、狼狽しつつ周囲を確かめる。
「な、なんか見えねえもんがあるぞ!」
「法力障壁が、いつの間に!?」
「発動の兆候なんてなんもなかったぞ!?」
「当然だ。無色の法力障壁程度、一呼吸の間に展開できなくては暗殺されてしまう」
ミクトルの時代は、戦争の時代だ。血で血を洗う世界で生きてきたら、そんな技を身に着けてきた。
「法力は濃く、目によく視える術のほうが強力になり、発動時に言霊を乗せることでより明確なものになる。だがな、無色透明で発動の兆候さえなくても、お前たちを追っ払う程度には十分ということだ」
極限の中で達人が人の限界を超えるように。
ミクトルもまた、人を超えた力を持って戦わなくてならなかった。
「どうした。攻撃するがいい。お前たちの目の前にいるのは、生身の男一人だぞ」
視線にさえ力を込めれば、それだけで矢となり盾となる。
彼の視線に恐怖を感じれば、それだけで首を絞められたような錯覚さえ覚える。
「に、逃げろ!」
「叶うはずがねえ! あんな奴と戦うのはごめんだ!」
各々恐怖の叫びをあげながら、蜘蛛の子を散らすようにしてコーダたちは逃げていく。
「まぁ、一度戦っているからな。こんなものか」
前座は動く必要もなく退散させられた。それを踏まえて、ついに真打が前に出る。
軍用ゼミウルギア、そのオリジナルカスタム機たち。
剣と銃を構える双子らしい少女のシルエットが描かれたマークが、この傭兵団のシンボルマークだ。合計六機のゼミウルギアのうち、左右二機ずつがまず前に出る。
最後尾の二機が、この傭兵団を取りまとめる団長であろう。
「わざわざ勿体ぶるな。全員まとめてかかってこい」
ミクトルの周囲に二枚のひし形の盾が創り出される。それは、彼の攻防一体の盾。
『調子乗んな、木偶の坊。テメェ一人くらいあたしらが手を出さなくても問題ねぇよ!』
拡声器越しの声は、奥のゼミウルギアパイロット、褐色肌のサティのものだ。
「一万年前にもよく言われたが、まさかこの時代でも侮られるとはな」
操縦席ハッチを開けて顔が出る。嗜虐的な笑みがそこにあった。
「マジで古代人なのか? 久しぶりに気になる奴が出てきたよ。お前ら、奴さんの実力を確かめてやんな! ザコだったら、全部奪い取れ」
『しゃぁっ!』
団長からの指示に四体のゼミウルギアが各々の得物を掲げて声を上げる。ライフルもあれば対ゼミウルギア用のブレードを持つ者もいる。
前衛二機が剣、後衛二機がライフルを装備し、油断なくミクトルを見据えた。
「さすがにあれで殴られたら痛いな」
地面を蹴って飛び出す前衛。軍用ということもあってか、なかなか足が速い。
「だが、まだ遅い。勇者をはじめとしたあの頃の戦士に比べれば、止まって見えるぞ」
空中に浮かぶ盾が前に飛び出すと、振り下ろされる剣に対して側面の淵をぶつける。
法力で創った盾がゼミウルギアのブレードを砕き、武器ではないはずなのに機体を斬る。余りにも強度が高いため、ゼミウルギアの装甲の方が押し負けたのだ。
さらに胴体部分の動力部を破壊すれば、いくら軍用とはいえ機能停止する。
それを見たミクトルは、ふむと現代式の軍用ゼミウルギアを観察する。
「動力がパーツ頼りというのは、やはり古代式に比べれば欠陥とも言えるし、利点ともいえるな。オレも初めて乗ったころは法力の使用ペースを掴めずに苦労したからな。だが誰にでも動かせる分、出力はやはり足りんのか」
現代式ゼミウルギアは動力部をパイロット本人に頼らない。途中で交換すれば、パイロットが生きている限り戦い続けられる。
その利点を一切生かすことはなく、一機目が大破。土煙が舞い上がる。
それを突き破って、二機目がミクトルの左側に現れる。横薙ぎの一太刀。けれど、構えた盾を刃が突破することはない。逆に、刃が欠けた。
「脆いぞ、お前たち」
上空に浮かべた盾が上から機体を押しつぶした。こうなれば、相手も戦い方を変える。
『距離を取れ。あの盾、固いし速いぞ!』
『防御力が高いが攻撃とは併用できまい、連射しながら左から回れ!』
軍用ライフルの重い弾丸が連射される。左右に分かれた二機から重質量が迫る。ミクトルが左右に手を振れば、盾が移動して砲撃全てを受け止めた。
防戦日報に見える中、ミクトルはテーレに法力を介して声を届ける。
「テーレ、オレの得意とする戦闘法術は、斬撃、砲撃、防御、加速、どれだと思う?」
投げつけられる爆弾を爆発より早く盾ではじき返し、ライフルに盾の尖った部分を突き立てて破壊する。その中でも、彼は問いかけを続けた。
「あなたのゼミウルギアはブレードを使ってたから、斬撃?」
「違う。見ての通り、防御だ」
巨大化した盾が、正面から二機を殴り倒す。
突然のことに、二機は対応できなかった。
「斬ったり撃ったりするより、固いもので殴った方が強いだろう?」
「防御は絶対の攻撃っていうけどさ……。でも、事実ね」
操縦席のハッチは吹き飛ばされ、砕かれた手足を放り出しながら地面に落ちる。そこから這い出したパイロットにケガはないが、ゼミウルギアのほうは完全に機能停止した。
「まぁこんなものだろう。で、そこの姉妹はどうする。やるのか?」
砕けたゼミウルギアを左右にどかし、残った二体への道ができる。
その道の先に、唖然とした女性がいた。
「生身で軍用ゼミウルギア潰すとか、生身のほうが強いんじゃね?」
「あらら、みんなやられてしまいましたわ」
黒と白、真逆の色で塗られた機体。いつの間にかサティの隣のゼミウルギアのハッチも開かれ、そこにクナンが立っていた。
「テーレ、あれが傭兵団の団長でいいのだな」
「たぶん、見たことないけど!」
操縦席から顔を出す二人の女性。褐色と白皙、対照的に見えるがその眼はよく似ていた。一万年前にも、大勢いた奴らの目だったと、ミクトルは思い出す。
「あたしがサティだ! テメェの首を掻っ切る者だ、覚えときな!」
「わたくしはクナンです。手加減してくださったら嬉しいわ」
サティのほうは黒い機体で、両手に剣を装備している。クナンのほうは白い機体で、両手に重火器を備えている。わずかだが、ミクトルには二人から法力を感じ取れた。
言い放たれる言葉にも、殺気や敵意に似たものが混じっている。
「こいつら、法術師か。法力は小さいが、確かな強さを秘めている」
視線、言葉、仕草は、原初の呪い――法力の発動所作に通じる。
ミクトルは少なくとも、姉妹がただのザコとは思わなかった。
「あたしたち〈熱と渇きの双子〉が――」
「――あなたのゼミウルギアを破壊しますわ」
双子らしい、息の合った言葉が紡がれる。
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