第四章 《我、覇王であるがゆえに》-4
「あたしたち〈熱と渇きの双子〉が――」
「――あなたのゼミウルギアを破壊しますわ」
双子らしい、息の合った言葉が紡がれる。
「どういこと、なんであなたたちがわたしたちの邪魔をするの!?」
テーレには、〈双子〉がこれほどまでに自分たちを目の敵にする理由がわからない。
コーダたちの復讐、というにはあまりにもリスクが大きい。普通の傭兵なら選ぶはずはない選択だ。それでも攻撃を仕掛けてきたということは、考えられるのは一つ。
「誰が、あなたたちに襲撃を依頼したの……!?」
「答える義理はないねぇ」
サティは小馬鹿にしたように笑う。それに対し、ミクトルは不敵に笑った。
「おい、手を出してくるのは別に構わんが、これっきりにしてくれよ。オレたちはこれから、忙しいんだ」
さっさと倒してやるからかかってこい、そんな言外の挑発を告げる。そんなミクトルに、双子のゼミウルギアは得物を突き付ける。
同時に、両者の中間地点で手を叩くような音がする。お互いの所作に込めた法力がぶつかり合ったのだ。衝撃は大気に振動を走らせ、鼓膜に耳障りな雑音が届かせる。
鋭い目つきをするミクトルに、狂気じみた笑みを浮かべてサティは答える。
「だったら逃げんなよ、防御が得意なんだろ!」
操縦席に戻るサティたち。すぐに動き出すだろう。
ミクトルが両手を叩き合わせると、敵機二体の周囲に結界が展開される。外からの攻撃を防ぐものではない。内からの離脱を拒む牢獄だ。
「これで少しは静かになるかな」
『あら、そんな貰い結界では、わたくしたちは止まれませんよ』
クナンの白い機体はライフル持ちだ。銃口が結界に向けられると、その先端に光が灯る。
直後、先ほどの軍用ライフルとは比較にならない威力の弾丸が放たれた。
ミクトルの結界が、ガラスが砕けるような音ともに弾け飛ぶ。その威力に、ミクトルは眉を顰めた。
「この威力、対法力弾頭か?」
彼自身に向けても弾丸は飛んでくる。新たに出現させた盾が弾丸を反らす。
だが、その衝撃に機体が浮く。その隙をついて、サティの黒いゼミウルギアが両手に光をともして接近する。こちらも、同じく法力の光を宿していた。
展開した防壁が、容易く十字に切り裂かれた。
明らかに現代式ゼミウルギアの通常兵器が出せる威力ではない。では何か。
「法力障壁が無効化されたわけではない。ならば、そういうことか……」
追撃を空中で盾を蹴って方向転換。別方向へ回避すると、再度クナン、サティそれぞれの機体を結界の牢獄に包み込んだ。だが、それもまた容易く破壊される。
それで、ミクトルの考えは確信に変わった。
『あいつが言っていた通りだな。固い法力障壁が、簡単に斬れる!』
『古代式ゼミウルギアがこんなに便利だなんて、知りませんでしたわぁ』
法術師は元々大きな戦力だ。なのに、どうしてわざわざゼミウルギアに乗せるのか。
むろんゼミウルギアを介した方が法術は強くなるからだ。
今の二人のゼミウルギアの攻撃が、多少法力を宿しているだけでミクトルの法術を破壊するほどの力を得ている。
これをより多くの法術師が獲得すれば、戦力はそれだけ上昇する。
だが今回は、それだけではなかった。
「そのゼミウルギア、両腕だけが古代式のものに交換されているな」
『へえ、よくわかったじゃねぇか。さすがに、古代式使ってる奴にはばれるか!』
『けれど、すごいですわ。腕だけでも変わるものですねぇ!』
手の甲や肘に追加装甲を施して魔怪晶を隠しているのだ。ミクトルも、それにはすぐに気づけなかった。ただそうなると、まだ気になることが彼にはあった。
たとえ彼女ら二人が法力を保有していたとしても、すぐに機体に反映されるわけではない。法力にも、通るべき管というものが存在する。
加えて、ただ管を通っただけの法力では、さほど強い力は発動できない。その法力をどう使うか、それを決定するのはゼミウルギアのシステムだ。
「誰にその腕をもらった。ただの古代式ではない。オレの法術をピンポイントで阻害できるように、特別仕様のシステムが組み込んであるだろう」
『何のこと――っかな!?』
黒いゼミウルギアの大振りの二刀を回避した先は、敵の車線軸上だった。
「教えてもらおう!」
『教えられませんわ』
容赦なく向けられる砲撃。障壁を二機へ向けて多重に展開。攻撃を全て押しとどめようとする。だが、盾にわずかな亀裂が走り始めた。
『それに教えたところで、何も変わりませんわ。あなたがここで終わるってこと含め!!』
白いゼミウルギアの背中から、大量の火器が前方へ展開される。法力の宿った弾丸もあれば、ただ火薬の爆発で撃ち出されたものもある。盾を回り込むような誘導弾もある。
ミクトルをここで仕留める。そんな意思を込めて放たれた。
「――いや、案外変わるものがある」
彼の掌の間には、鈍い光を放つ球体があった。同時に展開されたのは、ミクトル本人を覆う絶対的な防壁。それが全ての砲撃を受け止め、法術発動までの時間を稼ぐ。
「どこのバカがオレに弓引くのか、知るのは重要だろう」
何より、と言いつつ彼は球体を高く掲げる。
「オレは邪魔をするものを許さない」
全力投球、鉄球がミクトルの結界が解除されると同時に飛んでいく。
『そんなもん効くと思ってんのか!』
「ああ、少し面白いやり方をしてみようと思ってな」
斬りかかるサティ。だが、その剣は鉄球を斬れず、触れると同時に爆発した。
その内部に溜め込まれた法力が一気に放出され、クナンとサティのゼミウルギアの中を駆け回る。
ビキビキッ! とひび割れるような音が響くと、クナンとサティのゼミウルギアが停止した。肘や肩から煙を上げ、動きが緩慢になっていく。
ミクトルへ追加で迫っていた誘導弾も空中で爆発、欠片が地面にばらまかれた。
「ふむ。うまくいった」
ミクトルは得意げに笑みを浮かべ、目の前の光景に満足していた。
黒と白のゼミウルギアは力なく両腕を垂れた。腕以外はまだかろうじて動くようで、サティの黒いゼミウルギアはミクトルへ向けて重たい足を進める。
『て、テメェ、なにを、しやがった……』
緩慢で動かしづらい機体に、サティ本人の体力まで奪われている。
「法力を一気に叩きつけて、腕の動きを乱した。うまくいったようだな?」
ミクトルの返事に、サティは言葉にならない怒りの雄叫びを上げる。
だが、ゼミウルギアは動かない。クナンのほうは他の武装は使えるのだが、動きが鈍ったせいで射角が取れず、サティが邪魔になって撃てない。
『どういうことですの……なんで、急にゼミウルギアが……』
「中途半端に古代式の腕を付けた結果だ。古代式の腕から侵入したオレの法力を押し留められず、現代式の内部の機器に影響を及ぼしたのだ」
クナンの疑問に、ミクトルが答える。
「一万年前、古代式ゼミウルギアが完成したころに、通常動力で動かそうという発想がなくなったのは、法力制御と通常機械による制御の相性が悪いという結果があったからだ」
つまり、通常の機体であれば起きなかったであろう法力による行動阻害を、古代式に一部換装したことによって引き起こされてしまったということだ。
「これが完全な古代式であったら効きはしなかったが……さて」
ミクトルはサティのゼミウルギアの上に立つと、両手と盾を使ってハッチを無理やりこじ開ける。
とっさに彼女は銃を構えようとするのだが、引き金を引くより早く彼の盾が銃口につまり、内部で暴発した。銃は壊れ、盾の角が首に突き立てられる。
「答えろ。誰がお前たちにオレへの対抗術式とピンポイント阻害のシステムを提供した。似たことを、昔やられた覚えがある」
「さぁね! テメェが覇王だか何王だか知らねえが、お前をよく知る部下かもしれないな。玉座で胡坐いかいているうちに寝首かかれただけだろうが!」
射角を取ろうと移動していた白いゼミウルギアの足を、ミクトルはそちらを見ることもなく盾を投げつけることで破壊する。サティを助けようとしたクナンの動きは、見ていなくてもばれていた。
ミクトルは頭上に巨大な円盤を作り出し、サティと機体を睨む。
「オレの配下たちを愚弄するか。……もう一度聞くぞ?」
高速回転するそれは、投げれば飛来する刃となる。
「答えろ! その機体を誰に造らせた。その力を持ってなぜテーレの邪魔をする!?」
「そ、そんなもの――」
ある程度高名な傭兵であれば、取引相手を売るような愚行は犯さない。たとえ生き残ったとしても、後の仕事の信用問題になる。
それに彼女らも傭兵としてのプライドはある。たとえゼミウルギアが動かなくなったからといって、反抗の意思は崩れないだろう。
武器の脅しは効かない。何か別の手を考えなければならない。
ミクトルがそう思っていた時。
『自分で考えろよ。その油断しきった頭でな』
「――ミクトル、後ろ!」
突然聞こえてきた声に、反応した時には遅かった。
飛んできたのはゼミウルギアのライフル弾。その程度なら、ミクトルは容易く防いだだろう。だが、その弾丸は違った。法力の盾を抉るように貫き、彼の腕をかすめる。
「今のは、本物の対法力弾頭か!? やってくれる……」
むろん、もっと堅い防壁を展開すれば防げたであろう。だが、この一瞬、彼の盾が砕ける瞬間が、敵の狙いだった。
さらなる敵の気配に視線を向ければ、そこには残忍な蛇のように鎌首をもたげ、返しの付いた悪辣な刃が見えた。
……間に合わん!
それは、法力をまとった古代式ゼミウルギアの武器だ。防御法術の失われたミクトルへ向けて襲い掛かる。
新たな敵の攻撃が届くまでの刹那の時間間隔が、何倍にも引き伸ばされた。
延長する時間感覚は、視界に新たな光景を映す。景色の中からそれまで纏っていたマントを脱ぎ棄てるように、法力の光が溶けて、灰色のゼミウルギアが姿を見せた。
同時に、法力を応用した遠隔通信が、ゆっくりと流れる時間の中で煽り立てる。
『普通、法術師には法力感知能力で、ゼミウルギアは簡単に見つけられる』
この時代では失われてしまった自立式全体光学迷彩。それはもともとゼミウルギアが等しく発生させる法力反応をどうにかして抑制できないかという研究と並行していた。
停止状態なら抑制可能だという結論が出たが、それでは実戦で使い物にならないと捨て置かれた。姿を隠す光学迷彩と、その光学迷彩を起動するための法力の反応を抑制する法力隠匿機関。二つの同時併用で、ハイコストながらもかろうじて低速移動時に利用可能なレベルの光学迷彩が出来上がった。
むろんそれでも微弱な法力反応の漏れで発見される可能性はあるので、ミクトルの記憶でもまともに使用された覚えがない。
『逆に考えれば、停止状態のゼミウルギアに法力隠匿機関を搭載する余裕さえあれば、感知に集中していないと大概見つけられなくなる、というわけだ』
虚空から届く言葉は、さらに捲し立てる。
『生身でも強いから、情報を聞くために素手で倒そうって魂胆だろうけど』
もうすでに、攻撃からは逃れられない。
『どうして自分以外に、古代の力を持っている者がいると思わなかったのだ? その油断がお前の敗因になるのだ!』
耳障りな笑いとともに、死の宣告を告げる。
『たとえ、一万年前――
ミクトルは腕の一本、もしくは肺の一つを覚悟したとき、彼の身体を横から突き飛ばす者がいた。
血肉を貫き、ミクトルの顔を赤色に染める。
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