第二章 《たった一人の覇循軍》-4
マーケットエリアから少し離れた道を、〈アスラトル〉は進んでいく。
そして、彼女の自宅――だと思っていた場所に辿り着く。
確かに彼女の四輪車を停めるガレージはある。が、建物は食堂のようだった。
テーレは店の隣にあるシャッターを開けると、空いているスペースに〈アスラトル〉と牽いてきた荷台を誘導する。少し手狭だが機体を停め、ミクトルは外に出る。
店の入り口前には大きな看板が掲げられ、多くの客がその下にある扉を開けていく。中にはテーレに気づいて手を振ってくる者もおり、常連なのだと伺えた。
「ディモフィーリア……ラグニカーニ? 先ほどから言っていた店長とは……」
木製の看板に白い文字で書かれた『
間違いなく、これは住居兼料理人の職場であり、発掘師の家とは思えなかった。
「わたしここに住ませてもらってるの。店長には話しておくからちょっと待ってて」
下宿の傍ら、彼女もこの大衆食堂を時折手伝っているという。テーレ自身も作る料理を時折提供していると、彼女は自慢げにミクトルに告げた。
だが、それよりも気になることが彼にはあった。
「ディモフィーリアは
「上がっていいって! 二階に回るわよ」
ひょこりと勝手口らしきところからテーレがミクトルを呼ぶ。彼女の案内のもと店の裏口を通り二階へと辿り着く。そこには彼女の部屋があり、ミクトルは押し込まれた。
「じゃあ、わたし下にいるから、着替えてそこの階段から降りてきてね」
「生地は丈夫そうだな。しかし、ボタンと言う概念に変化なしか」
服飾文化と言うのは――途中に文明崩壊を挟みながら――一万年が経ってもあまり変わらないらしい。ミクトルは渡された服に着替えつつ、室内を眺める。
そしてふと気づく。
「これは、写真か? なかなかに古いもののようだが」
テーレの足音が遠くに消えたとき、一階から拍手が上がる。彼女の帰還に、どうやら客たちが騒いでいるらしい。
看板娘、マスコットなどの単語を頭の中に浮かばせながら、過去の光景を思い出す。幸い、かつてともに戦った仲間の顔は忘れていなかった。
「料理長たちも毎日大変そうだったが、食事時は皆楽しそうでもあったな」
昔を懐かしみながら、写真立てに手を伸ばす。三つあるうちの額縁の一つには、十二年前、人知歴一〇一二年の日付が記されていた。
それは集合写真であった。中央に座る夫婦らしき男女の間には、小さな少女が一人、両側から支えられて座っている。
あどけない笑みを浮かべた少女の髪は、紫紺の色をしていた。
その周り数十人の人々が立つ。一番後ろにはゼミウルギアが並び、横断幕を掲げている。
――『祝 ギルド〈流星の魔女〉創立三百年』
「ギルド、とはなんだ。しかしこの写真に写っている者たちは、見覚えがないな」
古いとは言ってもはるか昔というほどではない。このレストランの前で撮ったものでないようで、もっと大きな屋敷のようなものが背景には写っている。
その時、部屋の外から名前が呼ばれた。さらに質問が飛んでくる。
「そういえばあなた、食べられないものってあった?」
「いや、まずくなければ食べられる」
廊下から聞こえる声に瞬時に反応すると、持っていた写真をそっと戻す。
「よかったー、じゃあ早めに降りてきてね!」
集合写真の隣には、その写真の中にはいなかった男女が移っている。
三、四年ほど前だろうか。今とさほど変わらないテーレの姿が、男女の間に写っている。被写体に何か見覚えがある気がしたが、思い出せない。
ただ、そこに写るテーレの表情は朗らかだった。影を感じるような写真ではない。しかし、二つの写真は写っている人物という点でみると、あまりにも状況が変わっている。
ふと、先ほど話した老人たちの言葉が蘇る。
「どの時代であっても、誰も彼もが苦しいものを背負っているということか……」
二枚目の写真に写っている年号は、人治歴一〇一四年。たった二年の間に何かあったのではないか。そう思えてしまう。
写真を戻すと、三枚目は手に取らず、窓の外を眺めた。
このレストランは都市部の中心からははずれにあった。少し小高い丘の上に建ち、下に広がる街の風景を眺めることができる。
マーケットエリアから、この家までの道中も多数の現代式ゼミウルギアを見た。
古き神話の時代とは、まったくもって違っていた。
そんな世界では、自分は彼女によって起こされたのだ。
「オレたちの戦いより、一万年後……。同胞よ、見えているか」
神話の時代より劣る点もあれば、優れた点もある。そんな発展し続ける世界でありながら、古代の覇王という遺物が蘇った。その意味とは、一体――
「まだ着替えてるの? まさか従者がいないと着替えられないとかないわよね」
少し遠いところから飛んでくる日常的な声に、ふぅ、と息を吐いてそちらを向く。
「なんだ? 着替えれていなければ手伝うとでも言う気か?」
「言うわけないでしょ! さっさと降りてきてよ。店長……兄さんたちのこと、紹介したいから、早くしてね」
彼女は半ば言い捨てるような風にそれだけ告げて、階段を下りていく。揶揄いすぎたかと思いつつ、彼はチラリと、もう一度彼女の持っていた写真を見た。
「恩義は返させてもらう。しばらく、あ奴には世話になるだろう」
届くはずのない挨拶をして、彼女の部屋を出た。
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