第一章 《初めまして新世界》-5
この力が、ミクトルに向かった砲弾を防ぎ、地面に叩きつけたのだ。
緊張した面持ちのコーダとは対照的に、余裕の表情でミクトルはテーレに尋ねる。
「なぁテーレ、古代式ゼミウルギアを動かせる奴は、どういう立場なんだ?」
あまりにも場違いな問いかけに、一瞬テーレも困惑するが、すぐに答えを導き出す。
「え、っと……あなたのように法力を使える人間……
「なるほど。魔怪晶は使わないのか? あれを使えば、ある程度は補えるが」
魔怪晶――自然界で発生する法力の結晶体のことだ。法力は人間以外なら多くの生物や自然が発生させることがあり、高純度の結晶体は高値で取引される。
古代式ゼミウルギアの機体各所に埋め込まれている結晶体は、この魔怪晶である。これは法力の発動を補助し、出力を高める効果がある。
「山とかで発掘される魔怪晶をを使うことはあるけど、効率がよくないから、法術師はいつだって引く手数多よ」
テーレからの説明にふむふむと首肯するミクトル。
その双眸が、コーダたちに向く。
「――だそうだ。おい禿頭の蛮族ども。そんな奴と戦えるか? お前たちは」
その言葉にバカにされたと思ったか、コーダの顔は赤くなる。
「舐めてんじゃねえぞ、優男! 多少法力が使えるからって調子に乗るんじゃねえ! 野郎ども、叩き潰してやるぞ! 古臭い機体に、現代式の強さを見せてやれ!」
彼らが使うのは、古代式ではない。現代式のゼミウルギアだ。
「これが今の時代のゼミウルギアか。む、そういえば起動したのに法力を感じない?」
ミクトルの疑問をよそに、拡声器越しの声が響いてくる。
『今更泣いて謝っても遅いぞ!』
豪快に啖呵を切りライフルを突きつけるが、ミクトルに動揺や恐れは一切見えない。
「こちらのセリフだ。テーレ、じっとしていろ」
ミクトルはテーレのもとに瞬時に駆け寄ると、地面に掌をついた。同時にコーダたちのゼミウルギアが放つ弾丸は二人の後方にある車両を撃ち抜いた。
「わたしのバギーがっ! 何してくれてんのよぉ!」
容赦なく砕けていく車体。余りにも哀れな愛車の姿に、テーレは眼を反らす。
『おお、哀れなテーレちゃんよぉう。テメェの見つけた遺跡の発掘品は全部売っ払って、俺たちゃ盛大に祝勝会を挙げてやるから。あの世で、よく見ておいてくれぇ』
コーダの嬉しそうな声に部下たちは笑う。それを遮る声が、峡谷に響く。
「ふむ、祝勝会か。そいつは楽しそうだな」
コーダたちの攻撃が止んだ時、ボロボロの四輪車とは逆に、かすり傷一つないミクトルが、テーレを庇うように立ちはだかっていた。
テーレの悲痛な叫びをあげていた時、ミクトルは自らとその腕の中のテーレを、法力を壁にして守り抜いたのだ。弾丸は全て弾かれ彼らを傷つけることはない。
自分が無事だった時に気づいたテーレは、怒りの形相でコーダたちを睨む。
「わたしの車をスクラップにして、無事に返すと思わないでよ!」
対するコーダたちは、ミクトルの存在に気圧されながらも、まだ戦意を失っていない。
『法術師がいるからって、人間に何ができる。パイロットがいてもゼミウルギアなし。そこの発掘品はどうせメンテも終わってないんだろ? どうやって俺たちと戦おうっていうんだ!?』
敵の言葉に、テーレはグッと息を飲む。
確かに生身の人間がゼミウルギアに立ち向かうなど無謀だ。
ミクトルの法力障壁がいくら硬かったとしても、ゼミウルギアに格闘戦を挑んで勝てるとは思えない。
「それで、相手がゼミウルギアだからと、お前は諦めるか?」
ミクトルの挑発するような問いかけが、テーレの鼓膜を打つ。顔を上げた彼女の視線、ミクトルの視線とぶつかり合う。
「諦めるのか、と聞いたのだ。下郎にコケにされて、祖父の名を貶められ、それでお前はいいのか?」
「ありえない!」
ぴしゃりと、彼女は断言する。その即答に、迷いはない。
「わたしは最後の〈魔女〉として、あの空に――〈星征都市〉に辿り着かなくちゃいけない! その邪魔になる障害は、なんであろうと許さない!」
強い意志を感じさせる言葉を口にし、ミクトルから目を逸らさない。
そんな彼女は、紛れもない戦士の目をしていた。
「ならば、オレもその言葉に応えよう。その名に恥じぬ存在として!」
腕を横に大きく振るった時、先ほどまで展開し続けていた法力障壁が、外に広がっていく。それはコーダたちのゼミウルギアを押しのけ、地面に倒す。
「少し待っていろ、お前の望む結果は、オレが創ってやる」
まるで衝撃波が駆け抜けたようであり、コーダたちは何が起こった理解できない。
「おい下郎ども」
転がるゼミウルギアを何とか起き上がらせるコーダたち。少なからぬ驚愕と恐怖を覚えた彼らは、狼狽しながらも彼の問いに答えた。
『げ、下郎って俺たちのことか?』
「お前ら以外に誰がいる。確か、祝勝会をやるとか言っていたな」
ミクトルの睨みに一歩退くコーダたちだが、気丈にも彼に向かって言い返す。
『だ、だったらどうした!?』
「ならば盛大に祝わせてやる。一万年ぶりに、覇王が帰ってきたとな!」
右腕を掲げ掌に法力を集めていく。同時にミクトルの後方、四輪車に牽引される玉座に光の円が出現した。その内部には複雑な紋様が刻まれ、法力の光が放たれる。
それは、テーレにとっては初めて見るものだった。
「これ、法術円陣!?」
「そうだ。高度法術を発動する際に発生する法力の円紋様。機体の整備機能のない場所でゼミウルギアを起動するには、これが必要不可欠でな」
甲高い音が峡谷に小さく鳴り響く。それは、魔怪晶に法力が充填されていく音だ。
潰れた四輪車の隣で、玉座に腰掛け眠る巨体がわずかに震える。
漆黒の機体から生える半透明な黒色の魔怪晶。その内部から黄金の光が生まれると、雪のような粒子状になって放出される。同時に全身のギアラインへ血流のように法力が流れて装甲を起動状態へと移行させる。
それが、完全起動完了の合図だ。
『う、動くのか!? 発掘品が、メンテもなしで!?』
驚愕するコーダたちに見せつけるように、機体の拘束が、一気に弾け飛ぶ。
「目覚めろ、オレの盾――オレの
テーレを抱えたミクトルが機体に飛び乗ると、胸部ハッチが前後二か所開かれる。
内部は席が前後に二つ有り、彼は左腕で抱えたテーレを前側に放り込む。そしてミクトル自身は冷凍睡眠時に入っていた後ろ側の席へとへ飛び込み、操縦桿を握る。
同時に、彼の体表に法力が走る。それは強化皮膚を創り出す特殊な法術。ゼミウルギアに搭乗中、様々な攻撃から身を守るための技術の一つだ。
先ほど凍って崩れ去った服にも似た、漆黒の『
「漆黒の獣よ、目を覚ませ。起き抜けの運動としゃれこむぞ!」
古代式ゼミウルギアは肘掛けに手を置き、緩慢な動きで立ち上がる。
手首や肘、片、膝、足首、いたるところに配された魔怪晶の輝きが強まり、その腕を振るわせる。
両腕の二の腕は腕の長さに比べて短く、指先は鋭い鉤爪のようになっている。細身だが強靭な両足と合わせて、その獣じみた様相はより強く印象を与えてくる。
「行くぞ、アスラトル!」
『ヴォォォォォォンッッ――――!!』
古代式ゼミウルギア〈アスラトル〉――およそ一万年ぶりの再起動に、機体そのものが獣の如く歓喜の雄叫びをあげる。
赤色の双眸が強く輝く。各所から黄金の粒子を放出しながら、一歩、前に出る。
この姿は、悪魔か、破壊神か、それとも――
「抵抗するがいい。お前たちの目の前にいるのは、一万年前の覇王だぞ」
土煙を引き裂き、
その日、神話が新世界に復活した。
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