第二章 《たった一人の覇循軍》-1

 古代式ゼミウルギア〈アスラトル〉へと乗り込んだミクトルの鋭い気迫が周囲を満たす。

 対するは、怒りのままにコーダたちのゼミウルギアは爆発物グレネードを取り出した。


「テーレ、衝撃に備えろ。今度は防げんかもしれんぞ!」

「うそ! さっきは弾丸生身で防いだじゃない!」

「通常弾ならばな。対ゼミウルギア戦だ。一筋縄ではいかんぞ!」


 その数なら、人の十倍近くを誇るゼミウルギアとて吹き飛ばすことができよう。ただし、普通なら遺跡や遺物に被害を与えないためにも、その付近で爆発物は最低限使わない。

 だが、彼らに理屈は通用しない。敵を倒すためなら何でもするという気迫があった。


『カシラ、いいですかい。姉さん方には、古代式のパーツを持って帰るって話で……』

『かまいやしねえ、ぶっ壊してからジャンクで持って帰ればいんだよぉ!』


 部下の制止も振り切って、コーダの機体は爆発物を投げつけた。ミクトルも感心するほど綺麗なフォームで投擲、盾の表面に轟音とともに炎が上がり、衝撃波が峡谷に響く。

 ドドドドドドゴンッ! と立て続けに爆発が重なる。頭に合わせて部下たちも爆発物を投擲したのだ。

 谷の上で発掘作業を進めていた発掘師たちも騒動を聞きつけたようで、わずかに顔を見せる。すぐに巻き上がる砂埃に顔を引っ込めたようで、状況を察したのか大半が谷から離れていく。

 コーダたちは操縦席の中でほくそ笑む。引きつった顔だが、高揚感に溢れている。


『ざまぁみやがれ、何が覇王だ! これが俺たちの力だ!』


 若干震える声で勝ち鬨を上げたとき――



「何か、したのか?」



 爆炎の向こう側から、呆れたような声がした。


「これがこの時代のグレネードなのか……? 法力障壁は爆発性攻撃に弱いはずだぞ。威力が低すぎる……花火と間違って持ってきたか? いや、そうではないか」


 古代式ゼミウルギアの展開した鋼色の障壁がヒビ一つなく、全ての攻撃を遮っていた。ドーム状にミクトルのゼミウルギアを覆っている壁が、一切ぶれることなく存在し続ける。

 その様子を、コーダたちは震えながら見ていた。


『あ、あれだけの爆薬でも、傷一つねえのかよ!』

「ど、どうなってるの、ミクトル。なんでグレネードで吹っ飛ばないの!?」


 驚愕の声は外部からだけで呀はない。内部――前の席からも聞こえてくる。ミクトルは顎に手を当てながら状況を分析、テーレの質問に答える。


「オレの時代のグレネードは、魔怪晶を使い、法力を付与された弾頭だった。だが、奴らが使ったのは、ただの火薬の塊だ。法力障壁を破ろうと思ったらもっと大量の火薬が必要になるだろう」


 つまり、グレネードの威力が弱すぎるのだ。


「対障壁グレネードや法術貫通弾などもあったから、最大出力で防御したのだが……」


 しばらく黙考したミクトルは、あることに気づく。


「まさか、法力が感じ取れないのではなく、全くないのか。晶動機関も搭載していないと見える。どうなっている、テーレ」


 ミクトルの結界が全ての攻撃を防ぎきれるとわかると、テーレは早口気味に説明する。


「どうもこうも、現代式はあなたの乗る古代式とは違うのよ。


 数千から一万年前の古代に造られた人型最終決戦兵器ゼミウルギアは、古代式。

 それを遺跡から発掘、解析した結果造られた汎用性人型作業機械が、現代式ね」


「名前はあるのか?」

「あいつらのは、量産性重視の〈センティ〉っていうの。機体性能は低いけど、量産性が高くて値段も安い。わたしたち民間への普及率は一番高いものよ」


 武装は、単発式ライフルで、ミクトルたちに向けて間髪入れず撃ち続ける。数を頼めば障壁を突破できると思ったのだろうが、残念ながら全て弾かれた。

 幸いというべきか。放たれたのはただの弾丸。障壁にぶつかって地面に落ちた。その様子を見ると、改めてテーレは関心して声を漏らす。


「でも、すごいわね。本当に、結界を破れる気配がない……」


 口では問われたことに答え続けるテーレだが、たびたび外の様子を庇う。対して、ミクトルは余裕そのもので、外の様子を気にしてはいなかった。


「現代式は、法力が完全になしでも動かせるのか。それは確かに素晴らしい発展だ――」


 壁越しに暴れる敵性ゼミウルギアについて、評価できる部分はある。


「――が、それにしても火力が低いな。法術貫通弾さえないのか」


 現状、彼らにこちらの障壁を貫けるものはないと、結論付けた。


「あなたの時代から今に至るまでに、取りこぼしちゃった技術もあるのよ」


 そうは言いつつ、ようやくはっきり見ることのできた内部構造にテーレは興味津々の様子だった。

 まったく用途のわからないセンサー系など、触れはしないが好奇心が疼いてしょうがない。思った以上に操縦席も広く、前側の席の方が少し下に位置しており、肩越しに振り替えればミクトルの顔が見える。


「それより、このゼミウルギア、福座式なの? わたしの知っているものは、全部単座式なんだけど……」


 未だに外の様子を伺いながら質問するテーレに、ミクトルは少し楽しそうに答える。


「オレの勢力の機体は大体福座式だった。法力の供給役と操縦役を分けた方が使い勝手が良くてな。まぁ、オレは一人で両方ともこなしていたがな」


 そう言って、ミクトルは得意そうに笑う。

 法力関連技術が、今、機外で行われる戦いの優劣を決していた。古代の技術でありながら、現代の技術を凌駕する。ゆえに、先ほどのテーレの言葉は正しいのだ。

 戦いの中で、貴重な技術や技法が受け継ぐ者がおらず途絶え、消えゆくものがあってもおかしくはない。

 現に、法力を循環させる紋様技術でさえ失われて久しい。現代の人治歴に至るまでも続いた戦いのなかで、いったいどれほどの技術が消え去ったか。


「あいつらのものは、量産型とか言っていたな。単座式か?」

「そうよ。安くて簡易設計。悪用する奴も多いけど今の人類には必要なものなの」

「そのための低コスト化だな。しかしスペックが低い。法力に関係ない点でも、技術継承が確実に大部分途絶えたのだな。汎用性は高いが、尖った部分がない。これは変形機構か。便利かもしれんが、センティとやらの構造的弱点も丸見えではないか」


 彼の眼前には変形機構による高い移動性能に対し、整備性が悪く構造的に脆くなる部分があることを示す内容が表示されていた。


「本当にオレたちの時代を経たのか? 軽量化と脆弱化は違うぞ」

「移動には便利よ、変形機構」


 眼前に表示されたデータを消し、ようやくミクトルは操縦桿に手を戻す。

 障壁の外ではコーダたちが殴ってでも壊そうとしているのだが、その涙ぐましい努力も全て無駄に終わる。

 彼らにはもう、何をしてもミクトルの障壁を破る手立てはなかった。


「奴らの武装の威力ではこちらの法術障壁を貫くことはできない。こんなもの、オレの時代だったら歩兵でも突破できたものであるのにな」

「その歩兵、法術師よね」

「さすがにな。法術障壁を素手でぶち破る奴など……いなくはなかったな」

「いたんだ……」


 若干テーレの顔が引きつる。それはともかく、この程度の攻撃は避けるまでもないということなのだ。一般的量産型ゼミウルギアの武装など、とるに足らないもの。

 ミクトルにとって、真面目に防御する必要さえなかった。


「もう少し試そう。こちらは一万年動かずにいたんだ。準備運動ストレッチから始めさせてくれ」


 そう言って、ミクトルは〈アスラトル〉の巨体を大きく跳躍させる。

 埃の混じった大気を突き破り、峡谷の壁にとりついた。この間も障壁は展開され続け、攻撃を全て弾く。


「ふむ、駆動系は正常。法力浸透速度が十未満か。反応速度も若干遅い……。まさか、こいつシステムがマークワンか? 形が古いとは思っていたが、三世代も前の機体にオレは寝かされていたのか。法力供給量は十分だが攻撃システムは……やはり腕のブレードしかないか。そもそもオレがシンプルな奴にしろと言ったからこうなったわけだが……」


 後半ぶつぶつといった小さな声になっていくことに、さすがにテーレも心配に思う。


「……大丈夫なの?」


 高速で情報を読み込んでいくミクトルの様子を肩越しに見るが、彼は即答する。


「対法力兵装を隠し持っているかもしれんからな。一応警戒しつつ、叩き潰そう」

「あ、あんまりやりすぎな――きゃっ!」


〈アスラトル〉の状態確認を完了し、壁面を蹴ってコーダたちの中心へ飛んでいった。


『なんでもいい! 撃ち落とせ!』


 リーダーの叫びに部下たち全員が対処しようと引き金を引くが、やはり〈アスラトル〉の障壁は貫けない。そのまま〈センティ〉一体の上に落ちる。僅かに加速しながら両肩を踏みつけると、強烈な破砕音とともに腕が落ちる。


「踏んでみると案外強度は高いな。だがオレイカスウーツ装甲ではないのなら、脆い!」


 機体を蹴り飛ばせば、装甲が完全にひしゃげる。操縦席は辛うじて無事で、パイロットは何とかハッチを蹴り飛ばして脱出する。

〈アスラトル〉をはじめとする古代式ゼミウルギアの装甲はオレイカスウーツと呼ばれる特殊な金属を使用している。

 これは法力を通すことで硬化し、同時に衝撃吸収性を高める。ミクトルが覚えている戦いでは、ただ踏んだだけで潰れるゼミウルギアなど存在しない。


『この化け物野郎がぁ!』


 別の機体が果敢にも向かってくる。ライフルの銃剣を構えて斬りかかってきた。


「対法力兵装に関する技術も失われているとは、よく生き残れたものだ。人類は」


 振り下ろされる刃を横から殴って破壊し、足払いをかけて左側を地面に打ち付ける。

 さらに左腕を踏みつけて破壊し、右腕は掴んで引きちぎる。


「すごい……っ! 防御だけじゃない。スピードもパワーも、けた違い!」

『腕を踏み砕き引き千切るなんて、軍用だってそんな出力のある奴はほとんどねぇぞ!』


 この力にはテーレは率直に称賛し、コーダは顔を引きつらせながら恐怖した。


「晶動機関さえ搭載していないとなると、この程度のパワーでも驚愕に値するのか」


 晶動機関――正式名称は『魔怪晶装填動力機関クリスタルエンジン』魔怪晶を核として作られた動力機関であり、法力の増幅、強化、法術の発動補助など古代式ゼミウルギアの機動に不可欠なものだ。たとえ法力が小さくとも、晶動機関のアシストによって古代式ゼミウルギアは現代式ゼミウルギアをはるかに上回る能力を発揮するだろう。


「通常のゼミウルギアでもできなくはないわよ。でも、こんな一瞬でできるほど出力がないの。軍用だからって、そこまで大きな差が合わる訳じゃないし……」

「軍用などもあるのか。まぁ、どうせそちらも晶動機関は搭載していないのだろう。テーレ、後でいいから、詳しく教えてくれるか」


 現代に関する情報を取り込みながら余裕な態度はぶれない。そんなミクトルに、テーレは戸惑い気味に言葉を返す。


「いいけど……わたしの話も聞いてくれるかしら」


 少しだけ、ミクトルに届いた声の調子が低かった。

 彼としては別段気にするほどではないが、少なからぬ恩義はある。


「構わんぞ。臣下の功績には恩賞を持って報いるのが君主の役目だ」

「――いつの間にわたしあなたの臣下になってるの!?」

「何を言う。お伽噺でもよくあるだろう」


 テーレの返事にミクトルは楽しげに笑い、法力を機体に充填していく。


『もう無理だ、逃げろ!』


 コーダの部下たち二機は、リーダーのゼミウルギアを置いて逃げようとする。

 その二機の前に〈アスラトル〉は跳躍で回り込み、右腕のブレードを一閃。現代式ゼミウルギア二機の胴体と足を、法力の刃が分断させる。



「封印された古代の王を復活させるのは、いつだって忠実な臣下の役目だとな」



 崩れ落ちる機体を一瞥もせず〈アスラトル〉はゆっくり振り返りつつ、刃の切っ先をコーダの〈センティ〉へ向ける。


「さて、哀れなるハゲワシよ。あとは、お前だけだ」

『な、舐め腐りやがってこのヤロー!!』


 三下に下郎、さらにハゲワシと悉く罵倒されたコーダは怒り心頭だ。その気迫は、ミクトルには届かない。


「ただ一つ、お前にも礼を言おう。現代式ゼミウルギア、よく見せてもらった」


 コーダもすでに分かっていた。天変地異が起ころうと、この覇王には勝てない。


『う、うああ、あああああっ!!』

「さらばだ」


 ミクトルの手向けの言葉を聞く余裕はない。無理だと悟ったゆえ、コーダは逃げの一手を選ぶ。

対して〈アスラトル〉は全速力で大地を駆け抜ける。そして右腕のブレードが〈センティ〉の操縦席の真横を貫いた。

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