第三章 《目指す場所へ》-2
『なぜ冷凍睡眠していたのか』
その疑問に対し、自称覇王は、膝に肘をつき、指を組み、項垂れていた。
「本当に覚えていないの? なんで冷凍睡眠に入っていたか」
「まったくだ。そもそもオレは誰と戦っていたのか。もともと乗っていたマークファイブはどこに行ったのかとか、冷凍睡眠前の諸々の状況がいくつかわからん……」
テーレはその言葉に困惑するが、一番困惑しているのはミクトル本人だ。
「俺は覇循軍の総指揮を父から譲り受け、神選軍と戦っていた。それは間違いない」
一つずつ、自分の記憶を確認していく。
「勇者フェリンと女神アナイとは生身でもゼミウルギアでも矛を交えた。だがオレは一度たりとて奴らに負けた覚えはない。何だ、疑問でもあるのか?」
正面から感じる疑問の視線に、眉を潜めて問い返す。
「いや、兄さんたちと戦ったっていうのが、なんだか信じられなくて」
「アナイはともかく、フェリンはあまり戦うのは好きではなかっただろうからな」
何となく、思い出せる彼らとの戦いでは、二人にそんな印象を抱いていた。
「じゃあ、冷凍睡眠に入る前に負けて、その部分だけ記憶が抜けているとか?」
「いや、それはない。もともと覇循軍の由来は、オレの一族に助けを求めてきた者たちの烏合の衆だ。それをまとめ上げたら当時の為政者たちにとっての反乱軍になり、その総大将であるオレ自身は覇王と呼ばれるようになった。そして覇循軍と呼ばれるようになった」
妙に早口になるのは、それだけ彼も不安を感じているということだろう。
しかし、覇循軍としては総大将が生きているなら、戦略的に敗北ではない。
「奴らに敗北していたのなら、そもそも一万年も無事に眠っていられるはずがない」
いくら遺跡に隠されていたとしても、敵の総大将を逃がすほど甘い相手ではなかった。
まして、仲間たちが戦っている中で自分だけ冷凍睡眠に入るとも考えられなかった。それこそ神選軍に勝利するか、引き分けるかしない限り、そんな選択肢は取れない。
「何か忘れているかと思ったが、まさか自分が眠っている理由がわからんとは……」
「何のために眠っていたのかも、いつの時代に起きようとしていたのかも、わからないね」
「ああ。そうだな。今までオレを導いていた奴も、もういないからな」
その言葉だけは、異様なまでにか細くなっていた。
窓の外、遠くの空を気だるげに見つめる彼の眼は、寂しそうだった。
覇王である彼を〝導く〟存在。テーレにはそれが誰なのかと聞くことはできなかった。聞きたいと思ったのだが、声が出なかった。代わりに――
「なら、一緒に探してみたらいいよ」
「なに?」
そんな提案が、喉から飛び出した。妙にはきはきした様子で喋るテーレに、ミクトルは少し引き気味に聞く。
「わたしと一緒に行かない? どうせ行く当てもないし、街の門一つ潜れることだってできないわよ。だってわたし以外に身許を保証できるヒトなんていないもの」
訝しむミクトルの言葉に留められることなく、溢れた言葉は激流のように漏れる。
「わたしは星征都市の情報を得るために遺跡を調査する。あなたはそれに付き合って、ついでに一万年前のことについて調べるの」
「おいおい、なにを……」
「あなたは、やることがないって言ってたけど、記憶を取り戻して、覇循軍とかいうのの復活を目指したらどう? 覇王っていうのは、世界征服を目指すものでしょう」
「……おかしなことを言うやつだな。争いのない時代に覇王が復活してしまっては平和な時代が台無しであろうに。酔狂な奴だ」
呆れ半分で答えたミクトルに、テーレは少し俯き加減で答えた。
「だって……貰ってばかりじゃ、悪いし」
それは、彼女なりに恩返しをしたいという意思の表れだったのだ。
もしコーダに襲われた時、彼がいなければどうなっていたか。
生身でも逃げ切ることはできたかもしれない。たとえ反撃したとしても勝率は低いだろう。まして古代式ゼミウルギアも彼女の車両型ゼミウルギアも奪われ、途方に暮れることになる。星征都市へ向かうためのわずかな手がかりさえ、得ることはできなかった。
何より、無事この場所に戻ってこられなかっただろう。
「あなたには、出会った時から、貰ってばかりだった……」
そしてこれからともに星征都市への手掛かりを探す。戦いが起これば守ってもらう。
テーレとしては、そんなミクトルの存在に恩義を感じざるを得ないのだ。
「わたしはあなたに何も与えられない! そんなの主従でもないしギルドの仲間でもない。そんな関係で、あなたを留めるわけにはいかない……」
星征都市を目指すテーレにとって、ミクトルの存在は重要だ。彼女が星征都市に向かう力であり情報、決して欠かすことはできない。
「だから少しでも……恩返しができないかって……」
これから世話になるのだとしたら、誠意を見せなくてはならない。労働に対価がつくように、協力とは本来お互い利益を享受できるから、行われるものだ。
現在は覇王の気まぐれで助けられているに等しい。
だからこそ、テーレは家臣と言われながらも、少しでも対等であろうとしているのだ。
「でもあなたの記憶が曖昧っていうのは、冷凍睡眠では普通のことなの?」
「いや。そんな副作用は報告されていないが……一万年も眠っていた前例がないからな」
わからないと告げるミクトルに、それはそうだとテーレも同意する。
「あいつらの覚えてくれていることが、唯一の望みか……」
つまり――
――コンコン。
ドアがノックされた。すぐにテーレは扉を開ける。廊下に立っていたのは、この店の店主とシェフだった。
「フェリン兄さん、アナイ姉さん。もうお店はいいんですか?」
「気にしなくていいよ、昼の繁忙時間は終わったし、少し早めに閉めただけだから」
「あんまりお客様を待たせるわけにはいかないしね」
まだ太陽は外でらんらんと輝いている。だが昼時を過ぎたのか、客足は少なくなっていたので、早めに扉を閉じた。そしてこちらに来たのだ。
二人は持参した椅子に座ると、じっ、とミクトルを見た。品定めするかのような視線にミクトルは居心地の悪さに身をよじる。
しばらくして、フェリンから口を開く。
「しかし、改めて考えると、君がテーレの主人か……よりによってなぁ……」
「うーん、趣味が悪いわけじゃないんだけど……微妙なところよねぇ」
「殴り倒すぞ、お前ら」
額に薄い筋を浮かべるミクトル。その反応にフェリンたちはクスリと笑い、釣られるようにミクトルを小さな笑い声をあげた。
久しぶりに交わした軽口が、二度とできないと思っていた会話が、まさか一万年後の時代でできたのだ。ならば、笑うしかない。
「可笑しな話だ。まさか、覇王、勇者、女神、あの大戦を戦った者たちが、こうして同じ屋根の下で顔を突き合わせるとは」
「本当に。一万年って、いろいろ変なことを起こすものだよ」
そう、テーレを除く三人は、一万年前の戦いに存在した者たちだ。
時を超えて、まさかの再開を果たした訳だ。
一万年前に神選軍の二つ頭として覇王と戦った、最強の
二人に笑ってみせたミクトルだが、内心混乱している。対して二人は穏やかだった。
「正確なことを言うと、今の僕らは勇者でも女神でもない。ただのフェリンとアナイ。テーレの保護者で、この大衆食堂のオーナーさ」
どういう意味だ、という彼の呟きに二人はニコニコと笑顔を返す。
テーレのギルド〈流星の魔女〉襲撃後、保護してくれたということはわかっている。
そうだとしても、気になる点はいくつもある。
「なぜお前たちがこの時代にいる。お前たちも冷凍睡眠していたのか」
ミクトルにも覚えていることはある。この二人が、神選軍最強の二人であったこと。覇王と呼ばれた自分に対し、唯一対抗できる戦力であったこと。
そして神選軍には、冷凍睡眠装置の技術がなかったこと。
だから彼らがここにいるはずはない。少なくとも、先ほどまではそう思っていた。
「一万年前から目覚めたばかりの君にとっては、疑問ばかりだろう。量産型ゼミウルギアに、おいしい食事、知らない政府、変わったところもあれば変わらないこともある現状」
「それもあるが、何よりお前たちがここにいることが信じられない」
彼らもまた、自分と同じように長い年月を超えてこの時代に到達したのか。
「なにより、あの戦い、覇循軍と神選軍……どちらが勝った?」
フェリンもアナイも、その質問に肩を竦める。どちらの勝ちとも答えず、まるで覚えていないかのような態度だ。
加えていうなら、二人とも冷凍睡眠で時代を超えて来たわけではない。そうなると、不思議な点がもう一つ。
「お前たちは、テーレのギルドが襲われた後、あ奴を助けたのだろう?」
「そうだね。まだ小さかったテーレも、いつの間にか発掘師として立派にやってるよ」
それが、今から七年前。小さな少女も、大人に片足を突っ込むだけの期間だ。
「だというのにオレが覚えている顔に比べて、ほとんど変わっていないのはなぜだ?」
そう言ったミクトルの目は、鋭く細められ、虹彩に光を集め始めた。
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